旅ログ

タイ旅行最終日|空港の別れと5年後の再会

2026年6月19日

※2002年9月8日の日記です。

2002年9月8日、タイ旅行の最終日

タイ旅行も、いよいよ最終日になりました。

たった2泊3日の短い旅です。

今振り返っても、かなり弾丸でした。

1日目は、台風の影響で飛行機が遅れ、深夜にバンコクへ到着。

ICQで知り合ったタイ人の友人Daと初対面し、おじさんとおばさんにも迎えに来てもらいました。

深夜のシーフード料理店で本場のタイ料理を食べ、辛さに驚きながらも、カニの唐揚げのような料理を夢中で食べました。

Daの家へ着いたのは2時近くだったと思います。

2日目は、朝からアユタヤへ。

巨大なチェディ、壊れた仏像、樹の根に埋もれた仏頭、初めての象乗り体験。

さらに屋台飯、タイ風ラーメン、夜のビアシンまで、タイらしさがぎゅっと詰まった一日でした。

そして3日目。

この日は帰国の日です。

朝から、どこか空気が違っていました。

まだタイにいる。

まだDaの家にいる。

でも、帰る時間は確実に近づいています。

旅の最終日は、いつも少し不思議です。

楽しい時間の中に、終わりが混ざってくる。

何をしていても、

「これが最後かもしれない」

という気持ちが少しだけ入ってきます。

この日の朝も、まさにそんな感じでした。

静かな朝食と別れの気配

朝食には、サンドイッチと甘いフルーツを用意してくれていました。

南国のフルーツは、やはりおいしいです。

香りが強く、しっかり熟した甘さがあります。

日本で食べる果物とは少し違う、南国らしい濃さがありました。

タイに来てから、Daのお母さんには何度も食べ物を用意してもらいました。

初日の深夜には果物を出してくれました。

2日目の朝には、シーフード系のおかゆを用意してくれました。

そして最終日の朝にも、サンドイッチとフルーツ。

本当にありがたいことです。

旅行中は、外で食べる料理ももちろん記憶に残ります。

でも、誰かの家で用意してもらった食事というのは、また別の温かさがあります。

そこには「食べていってね」という気持ちがあります。

レストランの料理とは違う、家の中のやさしさがあります。

ただ、この日の朝は会話が少なめでした。

お互いに、別れが近づいていることを感じていたのだと思います。

まだ空港へ行くには少し時間があります。

でも、もう旅は終わりに向かっています。

何を話しても、どこか最後の会話のような気がしてしまう。

そんな静かな朝でした。

タイで飲んだ牛乳が甘かった

この日の朝、初めてタイで牛乳を飲みました。

ところが、これが驚くほど甘かったのです。

日本で飲む牛乳の感覚で口にしたので、かなりびっくりしました。

牛乳というより、少しデザート寄りの飲み物のように感じました。

最初は、

「あれ、これ牛乳だよね?」

という気持ちになります。

でも旅先では、こういう小さな違いが面白いんですよね。

味覚の当たり前が、国によって違う。

日本で普通だと思っているものが、海外ではまったく違う味になっている。

これは旅の楽しさのひとつです。

タイの牛乳が甘いことも、今ではかなり印象に残っています。

有名な観光地より、こういう何気ない食卓の違いの方が記憶に残ることがあります。

サンドイッチ。

南国のフルーツ。

甘い牛乳。

そして少し静かな空気。

この朝食の場面は、最終日の始まりとして、とてもよく覚えています。

派手な出来事ではありません。

でも、旅の終わりが近づいていることを感じる、静かな朝でした。

入院している叔父さんのお見舞いへ

朝食後、Daに連れられて病院へ向かいました。

旅行の数日前、Daの叔父さんが交通事故に遭い、入院していると聞いていました。

そのお見舞いへ行くことになったのです。

正直、少し緊張しました。

自分は家族ではありません。

タイ語も話せません。

そんな自分が、入院している叔父さんのお見舞いに同行していいのだろうか。

そう思いました。

でもDaが連れて行ってくれるということは、きっと大丈夫なのだろうと思い、一緒に向かいました。

病院へ入ると、昼間にもかかわらず全体的に暗い印象がありました。

照明が少なかったのか、建物の雰囲気なのか、日本の病院とはかなり違って見えました。

少し不気味に感じたことも覚えています。

海外の病院に入る機会なんて、普通の旅行ではなかなかありません。

観光地でもなく、レストランでもなく、病院。

旅の最終日に、こういう場所へ行くことになるとは思っていませんでした。

でも、これもDaの生活や家族の事情に少し触れる時間でした。

観光旅行だけでは見えないタイの一面だったと思います。

病室に入るのを少しためらった

病室の前まで来ると、私は入るのを少しためらいました。

家族でもない外国人の自分が入っていいのだろうか。

迷惑ではないだろうか。

そう思ったのです。

入院中の方に会うというのは、ただの挨拶とは違います。

体調もあるでしょうし、家族の時間でもあります。

そこに自分が入っていくことに、少し遠慮がありました。

でもDaが、

「大丈夫」

という感じで促してくれました。

それで一緒に中へ入りました。

すると、叔父さんは起き上がり、私の手を握って歓迎してくれました。

この場面は、とても印象に残っています。

言葉は通じません。

でも、手を握ってくれたことで、歓迎してくれていることは伝わりました。

海外で、言葉が分からない相手と向き合う時、握手や表情はとても大きな意味を持ちます。

こちらも挨拶をしました。

Daが笑いながら通訳してくれます。

どうやら叔父さんは、私のことを「感じの良い人に見える」と言ってくれたようです。

やっぱり?

と、そこは少し調子に乗っておきたいところです。

でも冗談はともかく、入院中にもかかわらず温かく迎えてくれたことが本当にうれしかったです。

Daの家族の温かさをまた感じた

この旅では、Da本人だけでなく、家族や親族の方々の温かさに何度も触れました。

初日の深夜、空港まで迎えに来てくれたおじさんとおばさん。

到着後、遅い時間にもかかわらず食事に連れて行ってくれたこと。

Daの家で、笑顔で迎えてくれたお母さん。

果物を用意してくれたこと。

そして最終日には、入院中の叔父さんまで手を握って歓迎してくれました。

普通に考えると、すごいことです。

自分は、ネットで知り合ったDaの友人としてタイに来た外国人です。

言葉も十分には通じません。

家族でも親戚でもありません。

それでも、みんな自然に受け入れてくれました。

この優しさは、今でも忘れられません。

旅先で親切にしてもらうと、その国の印象は一気に温かいものになります。

もちろん、一度の旅で国全体を語ることはできません。

でも、自分にとってタイ旅行の記憶は、Daとその家族の温かさと強く結びついています。

病院で叔父さんと会ったことも、観光とは違う形で心に残る場面でした。

再び王宮へ向かう

お見舞いの後は、バンコク市内の王宮、グランドパレスへ向かいました。

ここは以前にも訪れたことがある場所でした。

でも、同じ場所でも、誰と行くかでまったく印象が変わります。

一人で見る王宮と、Daと一緒に歩く王宮。

同じ建物を見ていても、記憶としては別物になります。

王宮は、やはりタイらしい華やかな空間でした。

黄金に輝く建物。

細かい装飾。

観光客の賑わい。

強い日差し。

どこを見ても、日本の寺社とは違う迫力があります。

タイに来たという実感を強く感じる場所です。

ただ、この日は最終日です。

どれだけ華やかな景色を見ても、心のどこかに別れの気配がありました。

楽しいけれど、少し寂しい。

きれいだけれど、時間が気になる。

旅の終盤は、どこへ行ってもそんな気持ちが混ざります。

それでも、Daと一緒に王宮を歩けたことは良い思い出になりました。

前に来た場所であっても、一緒にいる人が違えば、その景色は新しくなります。

王宮はやっぱりタイらしい華やかさがあった

王宮の建物は、とにかく華やかでした。

金色の装飾が強い日差しに照らされ、眩しいくらいに輝いていました。

タイの寺院や王宮には、日本とは違う「派手さ」があります。

色使いも、装飾も、形も、かなり強い。

でも、それが不思議と空に合います。

暑い空気。

強い日差し。

観光客のざわめき。

その中にある金色の建物。

これぞバンコクという景色でした。

観光地としては定番です。

でも定番には、やはり定番になるだけの理由があります。

何度見ても印象に残る強さがあります。

ただ、この日は少し足も疲れていました。

前日はアユタヤでかなり歩きました。

遺跡をいくつも回り、象にも乗り、夜まで動きました。

その疲れが、最終日になってじわじわ出てきていたと思います。

それでも、王宮の華やかさはしっかり記憶に残っています。

タイ旅行の最後に、もう一度バンコクらしい景色を見ることができたのは良かったです。

ボートで川を移動する

王宮を出た後は、前回と同じようにボートへ乗りました。

バンコクの川をボートで移動する時間は、道路とはまた違う魅力があります。

水上から見る街は、少し表情が変わります。

古い建物。

水辺の生活。

近代的な街並み。

行き交う船。

道路から見るバンコクとは違う、川の街としてのバンコクが見えてきます。

タイに来たら、ボート移動はやはり印象に残ります。

風を受けながら水の上を進む感じ。

エンジンの音。

川の匂い。

揺れ。

こういうものが、旅の記憶になります。

バンコクは道路もかなり活気がありますが、川にも独特の生活感があります。

水上から見ると、街の古さと新しさが混ざっているのがよく分かります。

この日は帰国日でしたが、最後までしっかり観光していたなと思います。

体は疲れている。

でも、見たい場所もある。

Daと過ごせる時間も限られている。

だから、少し無理をしてでも動いていたのかもしれません。

Royal Barge Museumへ

途中、Royal Barge Museumにも立ち寄りました。

王室行事で使われるという豪華な御座船が展示されている場所です。

これがとても美しかったです。

船というより、まるで芸術品のようでした。

細かい装飾。

長く伸びた船体。

金色の飾り。

独特の形。

実用的な乗り物というより、儀式や文化を象徴する存在のように感じました。

タイの王室文化に触れる場所として、とても印象的でした。

王宮の華やかさとはまた違う、静かな美しさがあります。

川の文化と王室の伝統が結びついたような展示でした。

こういう場所は、ガイドブックだけではなかなか魅力が伝わりにくいかもしれません。

でも実際に見ると、

「これはすごいな」

と思います。

細部まで作り込まれていて、手間と技術と文化が詰まっている感じがしました。

アユタヤの遺跡とはまた違う、タイの歴史や文化の深さを感じる時間でした。

渡し舟でWat Arunへ

その後、渡し舟にも乗り、Wat Arun(ワット・アルン)へ向かいました。

ワット・アルンは、バンコクを代表する寺院のひとつです。

川沿いに立つ姿が印象的で、船から近づくと独特の存在感があります。

ただ、この頃にはかなり疲れが出ていました。

前日のアユタヤ遺跡巡りで歩き回った疲れ。

この日の王宮、ボート、博物館、移動。

足が痛かったことを覚えています。

観光を続けたい気持ちはあります。

でも、体力には限界があります。

特に暑い国での観光は、思った以上に体力を使います。

日差し、湿気、移動、歩き。

それらが少しずつ効いてきます。

ワット・アルン自体は、もちろん見応えのある場所です。

でも、この時の記憶には、景色の美しさと同じくらい、足の疲れも残っています。

旅の記憶は正直です。

「すごかった」

だけではなく、

「足が痛かった」

も一緒に残ります。

でも、その疲れも含めて旅です。

頑張って歩いたからこそ、見られた景色でもあります。

旅の最終日は体力との勝負でもある

最終日というのは、意外と体力との勝負です。

帰国前だから、最後まで楽しみたい。

でも、前日までの疲れがたまっている。

荷物もある。

飛行機の時間も気になる。

気持ちは動きたいのに、体は少し休みたがっています。

この日もそうでした。

王宮へ行き、ボートに乗り、Royal Barge Museumへ寄り、ワット・アルンへ。

かなり動いています。

2泊3日の旅なので、時間が限られています。

だから、どうしても詰め込み気味になります。

「せっかくタイに来たんだから」

この言葉は、旅先でかなり強いです。

少し疲れていても、もう一カ所行こうと思ってしまいます。

でも、足は正直です。

痛いものは痛い。

それでもDaと一緒にいられる時間が限られていると思うと、簡単には休もうと言えなかったのかもしれません。

旅の最終日は、観光の時間であると同時に、別れまでの時間でもあります。

だから、疲れていても動き続けてしまう。

そんな一日でした。

マーケットで最後の買い物

夕方になり、マーケットへ向かいました。

場所の名前は忘れてしまいましたが、雑貨や衣類が並ぶ活気ある市場でした。

タイのマーケットは、見ているだけで楽しいです。

色とりどりの商品。

服。

雑貨。

アクセサリー。

食べ物。

人の声。

値段交渉の雰囲気。

そこには、デパートとは違う活気があります。

このマーケットで、コーヒーも飲みました。

歩き疲れた体には、こういう休憩が本当にありがたいです。

旅先で飲むコーヒーも、なぜか記憶に残ります。

特別なカフェでなくても、その時の空気と一緒に残るからです。

Tシャツなども購入しました。

旅先で買うTシャツは、実用的なお土産でもあり、記憶の品でもあります。

帰国後に着ると、その場所を思い出します。

この時も、最後の買い物としていくつか選びました。

ただ、自分の買い物以上に大事だったのは、Daへのお礼でした。

Daへのお礼にアクセサリーと洋服を贈る

このマーケットで、Daへのお礼としてアクセサリーと洋服をプレゼントしました。

この旅では、Daに本当にたくさん助けてもらいました。

空港で待っていてくれたこと。

深夜に食事へ連れて行ってくれたこと。

家に泊めてくれたこと。

アユタヤを案内してくれたこと。

バンコク市内を一緒に回ってくれたこと。

言葉の面でも、移動の面でも、ずっと支えてくれました。

お礼を形にしたい。

そう思ったのです。

もちろん、アクセサリーや洋服だけで十分なお返しになるとは思いません。

でも、何か気持ちを伝えたかった。

Daはとても喜んでくれました。

その表情を見て、買ってよかったと思いました。

旅先で誰かに贈り物をする時間は、少し特別です。

ただ物を買うのではなく、感謝を渡す感じがあります。

言葉だけでは伝えきれない気持ちを、少し形にする。

この時の買い物は、そんな時間でした。

ラベンダーの香りの蝋をもらう

Daからは、ラベンダーの香りの蝋をもらいました。

キャンドルのようなものだったと思います。

高価なものではなかったかもしれません。

でも、旅先でもらうこういう贈り物は、ずっと記憶に残ります。

物の値段ではありません。

誰から、どこで、どんな気持ちでもらったか。

それが大事です。

ラベンダーの香り。

小さな贈り物。

旅の最終日。

別れが近づく中でもらったもの。

そういう背景があるから、記憶に残るのだと思います。

お土産や贈り物は、後から見るとその時の空気を思い出させてくれます。

たとえ物が手元になくなっても、もらった記憶は残ります。

Daからもらったラベンダーの香りの蝋も、この旅の大切な思い出のひとつです。

アクセサリーと洋服を贈り、ラベンダーの香りの蝋をもらう。

旅の終盤らしい、少し切ない交換でした。

帰りのタクシーでの静かな時間

18時ごろになり、疲れもあったのでタクシーでDaの家へ向かうことにしました。

車内で、Daがそっと私の肩にもたれてきました。

私も彼女の手を握り、顔を近づけました。

拒む様子はなく、静かに気持ちが通じ合った瞬間だったと思います。

異国のタクシーの中。

窓の外には、バンコクの夕方の街並みが流れていきます。

市場の活気。

日が落ちていく空気。

車の音。

その中で、言葉は多くありませんでした。

でも、言葉が少ないからこそ伝わるものもあります。

この時間は、今でも妙にはっきり覚えています。

旅の最終日。

もうすぐ空港へ向かわなければいけない。

別れが近い。

その寂しさが、車内の空気にあったのだと思います。

Daとの関係は、ICQでのやり取りから始まりました。

実際に会ったのはこの旅が初めてです。

それなのに、2泊3日の間にとても濃い時間を過ごしました。

タクシーの中での静かな時間は、その旅の感情が一気に凝縮されたような場面でした。

文化の違いを後から知る

当時のタイでは、公の場で男女が親しく振る舞うことには慎重な空気があったようです。

後から聞いた話も含めて、そういう文化的な違いがあったのだと知りました。

その時の自分は、そこまで深く理解できていなかったと思います。

日本での感覚、自分の気持ち、その場の空気。

そういうものだけで動いていました。

もちろん、悪気があったわけではありません。

ただ、国が違えば、距離感や振る舞いの受け止め方も変わります。

旅先で誰かと親しくなる時、その文化の違いをどこまで理解できているかは、とても大事なことだったのだと思います。

このタクシーの中の時間は、自分にとっては大切な思い出です。

でも後に、この距離感がDaの家族にとっては少し受け止めにくいものだったのかもしれないと知ることになります。

旅は楽しいものですが、文化の違いはいつもそばにあります。

その違いを、その場ですべて理解するのは難しいです。

でも、後から振り返ることで見えてくるものもあります。

最後の夕食は日本食のラーメン

Daの家の近くのデパートで降り、夕食を取ることになりました。

Daが「日本食を食べたい」と言うので、一緒にラーメンを食べました。

タイ旅行の最後の夕食がラーメン。

少し不思議です。

前日はタイ風ラーメンを食べましたが、この日は日本食としてのラーメンです。

海外で日本食を見ると、妙に安心します。

同時に、少し気にもなります。

味は日本と同じなのか。

現地向けに変わっているのか。

どんな雰囲気なのか。

Daが日本食を食べたいと言ってくれたことも、少しうれしかったです。

自分の国の料理に興味を持ってくれている感じがあったからです。

ただ、この食事もゆっくり楽しむというより、少し時間を気にしながらの夕食でした。

19時過ぎ、電話がかかってきました。

Daのお母さんからです。

私が空港へ向かう時間が近づいているとの連絡でした。

いよいよ本当に、帰国の時間が近づいてきました。

お母さんが用意してくれたパイナップル

急いでDaの家へ戻ると、お母さんが私のためにパイナップルを用意してくれていました。

最後の最後まで、本当に優しいです。

荷物に詰め込むと、かなり重くなりました。

これはちょっと笑えます。

ありがたい。

でも重い。

旅先の親切は、時々物理的な重さも伴います。

でも、その重さすらうれしいんです。

お母さんは、私に持たせようとしてくれていたのだと思います。

少しでもタイの味を持って帰ってほしい。

そんな気持ちだったのかもしれません。

言葉が十分に通じたわけではありません。

でも、その気遣いはしっかり伝わりました。

初日の深夜に果物を出してくれたこと。

朝食を用意してくれたこと。

そして最後にパイナップルを持たせてくれたこと。

Daのお母さんには、本当に感謝しています。

旅先で出会った人の優しさは、時間が経っても残ります。

このパイナップルも、タイ旅行最終日の大切な記憶です。

少し重かったですが。

いや、かなり重かった気もします。

叔父さんと叔母さんが車で迎えに来てくれた

しばらくすると、叔父さんと叔母さんが車で迎えに来てくれました。

空港へ送ってくれるためです。

この旅では、最初から最後までDaの家族や親族に助けてもらいました。

初日には空港まで迎えに来てもらい、深夜の食事にも連れて行ってもらいました。

そして最終日には、また空港へ送ってもらう。

本当にありがたいことです。

最後にお母さんへ挨拶をしました。

言葉でうまく気持ちを伝えられたかは分かりません。

でも、感謝の気持ちは強くありました。

何度もお世話になりました。

家に泊めてもらい、食事を出してもらい、果物まで用意してもらいました。

お母さんの笑顔と優しさは、今でも忘れられません。

車へ乗り込みます。

後部座席で、Daと私は気づかれないようにそっと手をつないでいました。

別れが近づいている中で、言葉よりも手をつなぐことの方が気持ちを伝えていたのかもしれません。

空港へ向かう車内は、静かな時間でした。

空港での別れ

空港に到着すると、Daだけがロビーまで一緒についてきてくれました。

そこで最後の別れです。

短い旅でした。

たった2泊3日。

でも、不思議なくらい濃い時間でした。

初日の深夜、空港で会った時は緊張していました。

本当に会えるのか不安でした。

でもDaは待っていてくれました。

そこから深夜のタイ料理、Daの家での宿泊、アユタヤ遺跡巡り、象乗り、バンコク観光、マーケット、タクシー、最後のラーメン。

短い時間の中に、あまりにもたくさんの出来事がありました。

だからこそ、空港での別れはとても名残惜しかったです。

この先、また会えるのか。

連絡は続くのか。

関係はどうなるのか。

その時は分かりません。

ただ、別れなければいけない時間が来ていました。

旅の別れは、いつもあっけないです。

どれだけ濃い時間を過ごしても、最後は空港で手を振る。

そして、それぞれの場所へ戻っていきます。

この時の別れも、今でも心に残っています。

帰国後に起きたすれ違い

帰国後しばらくして、Daのカメラで撮った写真を見たお母さんが怒ったと聞きました。

理由は、私たちが手をつないでいた写真だったそうです。

それを聞いた時、文化や価値観の違いを改めて感じました。

自分にとっては自然な親しさの表現だったかもしれません。

でも、Daの家族にとっては受け止め方が違ったのだと思います。

当時の自分には、そこまで深く理解できていませんでした。

海外で人と親しくなるということは、相手の文化や家族の価値観も含めて考える必要があります。

でも、その場では気持ちが先に動いてしまうこともあります。

結果として、それがきっかけのひとつとなり、私たちの関係は少しずつぎくしゃくしていきました。

やがて自然と離れていきました。

これは少し寂しいことです。

でも、今振り返ると、誰かが悪かったというより、文化の違いや距離、時間、タイミングが重なったのだと思います。

旅先での出会いは、とても濃いものになります。

でも、その濃さを日常の関係として続けていくのは、簡単ではありません。

それでも大切な思い出であることは変わらない

その後、Daとの関係は少しずつ離れていきました。

でも、それでこの旅の思い出が悪いものになったわけではありません。

むしろ、今でも大切な記憶として残っています。

人との関係には、続くものもあれば、途中で離れていくものもあります。

それでも、その時に確かに温かい時間があったなら、それは消えません。

Daは、タイで私を迎えてくれました。

案内してくれました。

家族にも紹介してくれました。

一緒にアユタヤを歩き、象にも乗り、バンコクを巡りました。

短い時間の中で、たくさんの思い出をくれました。

だから、その後にすれ違いがあったとしても、この旅が特別だったことは変わりません。

むしろ、少し切なさがあるからこそ、余計に記憶に残っているのかもしれません。

楽しいだけの思い出より、少し複雑な感情が混ざった思い出の方が、長く残ることがあります。

このタイ旅行は、自分にとってそんな旅でした。

5年後、まさかの日本での再会

けれど、この話には続きがあります。

それから5年前後経った頃、突然Daから連絡がありました。

なんと、日本へ留学していたのです。

しかも場所は立川。

これには驚きました。

あのタイで出会ったDaが、日本にいる。

しかも自分にとってなじみのある場所で暮らしている。

人生は本当に分かりません。

立川のカフェで再会しました。

久しぶりに会い、しばらく近況を話しました。

タイで出会った時の記憶が、ふっとよみがえります。

深夜の空港。

アユタヤ。

象乗り。

マーケット。

空港での別れ。

それらを共有している相手が、今度は日本のカフェにいる。

とても不思議な感覚でした。

Daが日本で元気に暮らしていることが、純粋にうれしかったです。

あの旅から時間が経っても、こうして再会できることがある。

本当に、人生は予想外です。

その後は会っていない

立川で再会した後、Daとはその後会っていません。

携帯番号も変わり、連絡手段もなくなりました。

今どこで何をしているのかは分かりません。

でも、どこかで元気に暮らしていてくれたら、それで十分です。

すべての出会いが、ずっと続くわけではありません。

でも、続かなかったからといって、意味がなかったわけではありません。

2002年のタイ旅行。

ICQで知り合ったDa。

深夜の空港での初対面。

Daの家族の温かさ。

アユタヤ遺跡。

象乗り。

バンコクの夕方のタクシー。

空港での別れ。

そして、5年前後経ってからの立川での再会。

これだけの出来事があったのです。

十分すぎるくらい、心に残る出会いでした。

連絡が取れなくなっても、その人との時間が消えるわけではありません。

記憶の中には残ります。

Daとの出会いは、自分にとって間違いなく特別なものでした。

一期一会という言葉を思う

この旅を振り返ると、一期一会という言葉を思い出します。

旅先で出会う人とは、その時、その場所、そのタイミングでしか会えません。

もしICQを使っていなかったら。

もしDaとやり取りしていなかったら。

もしタイへ行く決断をしていなかったら。

もし飛行機の遅延でDaが帰ってしまっていたら。

もしアユタヤへ行かなかったら。

もし5年前後後にDaが日本へ来ていなかったら。

どれかひとつ違っても、この物語は違うものになっていたと思います。

人生は、そういう偶然の積み重ねなのかもしれません。

出会いは不思議です。

続くこともあれば、離れることもあります。

でも、その時に確かに心が動いたなら、それは大切な記憶になります。

Daとの時間は、まさにそうでした。

短い旅でした。

でも、その短さ以上に濃い旅でした。

別れの寂しさも、すれ違いも、再会の驚きも含めて、忘れられない思い出です。

まとめ

2002年9月6日から始まったタイ2泊3日旅。

3日目の最終日は、別れの日であり、後につながる不思議な一日でもありました。

朝食にはサンドイッチと甘いフルーツを用意してもらいました。

そして初めてタイで飲んだ牛乳は、日本のものとは違い、驚くほど甘く感じました。

食卓には穏やかな時間が流れていましたが、会話は少なめ。

別れが近づいていることを、Daも私も感じていたのだと思います。

朝食後は、交通事故で入院していたDaの叔父さんのお見舞いへ行きました。

病院は日本の病院とは雰囲気が違い、少し暗く感じました。

病室に入ることをためらいましたが、Daに促されて中へ入ると、叔父さんは起き上がって私の手を握り、温かく迎えてくれました。

その後は、バンコク市内の王宮へ。

以前にも訪れた場所でしたが、Daと一緒に歩く王宮は、また違う思い出になりました。

黄金に輝く建物、強い日差し、観光客の賑わい。

タイらしい華やかな景色でした。

王宮の後はボートに乗り、水上からバンコクの景色を眺めました。

Royal Barge Museumでは、王室行事で使われる豪華な御座船を見学。

その後、渡し舟でWat Arunへ向かいました。

ただ、この頃には前日からの疲れがかなり出ていて、足も痛くなっていました。

夕方にはマーケットへ行き、コーヒーを飲み、Tシャツなどを購入。

お世話になったDaへのお礼として、アクセサリーと洋服をプレゼントしました。

Daは喜んでくれ、その代わりにラベンダーの香りの蝋をくれました。

高価なものではなくても、旅先でもらう贈り物は深く記憶に残ります。

18時ごろ、疲れもあってタクシーでDaの家へ戻ることにしました。

車内では、Daがそっと肩にもたれてきて、私も手を握りました。

窓の外を流れるバンコクの夕方の街並みと一緒に、今でも印象に残っている時間です。

その後、Daの家の近くのデパートで日本食のラーメンを食べました。

19時過ぎにお母さんから電話があり、空港へ向かう時間が近づいていることを知ります。

急いで家に戻ると、お母さんが私のためにパイナップルを用意してくれていました。

荷物はかなり重くなりましたが、その気持ちが本当にうれしかったです。

叔父さんと叔母さんの車で空港へ向かい、最後はDaだけがロビーまで一緒に来てくれました。

そこで、短くも濃かったタイ旅行の別れを迎えました。

帰国後、手をつないでいた写真を見たDaのお母さんが怒ったと聞きました。

文化や価値観の違いを、当時の自分は十分に理解できていなかったのだと思います。

その後、Daとの関係は少しずつぎくしゃくし、自然と離れていきました。

けれど、物語はそこで終わりませんでした。

それから5年前後経った頃、突然Daから連絡がありました。

なんと日本へ留学していて、場所は立川。

カフェで再会し、近況を話しました。

タイで出会ったDaが、日本で元気に暮らしている。

そのことがとても嬉しかったです。

その後は会っていません。

連絡手段もなくなりました。

でも、どこかで元気に暮らしていてくれたら、それで十分です。

このタイ旅行は、短いながらも、人との出会い、別れ、すれ違い、そして思いがけない再会まで含んだ特別な旅でした。

旅先で出会った人と過ごす時間は、短くても心に深く残るものです。

一期一会。

その言葉の意味を、この旅で少し知った気がします。

そして今でも思います。

あの時、ICQでDaと出会っていなかったら、自分の記憶の中に、こんなに濃いタイの3日間は残っていなかっただろうなと。

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