※2000年9月27日の日記です。
初めての海外一人旅も、気づけば7日目になっていた。
2000年9月21日に日本を出発して、まずは韓国へ。
金浦空港でいきなりホテルを予約していない現実にぶつかり、観光案内所で英語が通じず、謎のおじさんに助けられて、なんとかホテルにたどり着いた。
そこから、韓国の友人Wonと会い、仁寺洞や景福宮、ソウルタワーを回った。
そして韓国を離れて、タイ・バンコクへ。
空港で出会ったタイ人女性や、旅慣れたアメリカ人のエースに助けられながら、バンコクの夜、トゥクトゥク、王宮、ワット・プラケオ、チャオプラヤー川、カオサン通り、プラトゥーナム市場などを体験してきた。
最初の頃に感じていた不安は、少しずつ薄れてきていた。
もちろん、まだ分からないことだらけだ。
英語も怪しい。
タイ語は分からない。
地理も完全には把握していない。
タクシーではメーターを使ってくれるか気になるし、市場では値段交渉もある。
それでも、旅の初日みたいに何もかも怖いという感じではなくなっていた。
少しずつ、海外にいる自分に慣れてきたのだと思う。
この日は、夕方にタイ人の女性Maiと会う約束があった。
Maiは、ICQで知り合ったタイ人。
韓国でNETOMOの友人Wonと会ったように、タイでもネットの向こう側にいた人と実際に会う。
この旅の大きな目的の一つだった。
そして、この日の思い出として強く残っているのは、有名な観光地よりも、夕方に降った突然の雨と、その雨宿りの時間だった。
朝のバンコク、今日も蒸し暑い
朝、目が覚めたのは9時過ぎだった。
旅先ではもっと早起きして、朝から精力的に動くものだと思っていた。
でも現実は、そこまできれいにはいかない。
連日の移動と暑さで、体は思った以上に疲れていた。
韓国からタイへ移動し、バンコクに着いたその夜にはナナプラザへ行き、翌日はエースと一緒に王宮やワット・プラケオを回り、チャオプラヤー川をクルーズし、コブラまで触った。
その次の日は伊勢丹やプラトゥーナム市場へ行き、買い物をして、夜はパッポンへ。
大学生の体力とはいえ、さすがに疲れがたまる。
今の47歳の自分なら、たぶんこの時点で一度しっかり休養日を入れたくなる。
いや、当時も入れたほうがよかったのかもしれない。
でも、初海外一人旅中の自分は、とにかく動きたかった。
せっかく海外に来ているのだから、部屋で寝ているのはもったいない。
そんな気持ちがあった。
カーテンを開けると、外はすでに強い日差しだった。
道路には車があふれ、人も絶えず行き交っている。
バンコクの朝は、日本の朝とは違った。
爽やかというより、朝からすでに完成された暑さ。
朝なのに、もう本気で暑い。
じっとしていても汗ばむような空気。
エアコンの効いた部屋から一歩外へ出ると、むわっとした熱気が体を包む。
「今日も暑いな」
そう思いながら、顔を洗い、軽く準備をして外へ出た。
この日の予定は夕方のMaiだけ
この日の予定は、夕方にMaiと会うことだけだった。
それまでは自由行動。
つまり、朝から夕方まで何をしてもいい。
一人旅らしい時間である。
ただ、一人旅の自由というのは、楽しい反面、少し困ることもある。
誰も予定を決めてくれない。
「今日はここへ行こう」と言ってくれる人もいない。
ガイド付きのツアーなら、時間になればバスに乗り、決められた場所へ行けばいい。
でも一人旅は、自分で決めるしかない。
どこへ行くか。
何を食べるか。
どれくらい歩くか。
いつ戻るか。
全部自分で決める。
この自由さが魅力であり、少し面倒でもある。
とはいえ、この頃にはバンコクの街にも少し慣れてきていた。
最初の頃のように、外へ出るだけで緊張する感じは減っていた。
この日は、夕方の待ち合わせまで、気ままに街を歩いてみようと思った。
いまの時代なら、スマホで簡単に連絡が取れる。
「少し遅れます」
「今どこにいますか?」
「この店の前にいます」
そんな連絡がすぐできる。
でも2000年当時は違う。
待ち合わせに遅れれば、それだけで会えなくなる可能性がある。
相手もこちらも、今どこにいるのか簡単には確認できない。
だからこそ、一つひとつの約束が少し重かった。
夕方の約束に遅れないようにしなければならない。
それだけは意識しながら、街へ出た。
BTSスカイトレインに乗ってみる
まず乗ったのは、バンコクのBTSスカイトレインだった。
高架を走る都市鉄道。
当時の自分には、かなり近代的に見えた。
正直、タイに行く前は、東南アジアに対して勝手にもっと素朴なイメージを持っていた。
屋台があって、トゥクトゥクが走っていて、寺院があって、暑くて、雑多で。
もちろん、それもバンコクの一面だった。
でも実際のバンコクは、それだけではなかった。
高層ビルがある。
ショッピングセンターがある。
道路は渋滞している。
巨大な看板がある。
そして高架鉄道まで走っている。
「タイってすごいな」
率直にそう思った。
自分が勝手に持っていたイメージより、バンコクはずっと大都会だった。
日本にいると、海外のことを知っているつもりになってしまう。
テレビや雑誌、ガイドブックで見て、なんとなく分かった気になる。
でも、実際に行ってみると、思っていたものとは違う景色が出てくる。
バンコクのBTSスカイトレインは、自分にとってそういう発見の一つだった。
冷房の効いた車内で少し生き返る
BTSの車内は、冷房が効いていて快適だった。
これが本当にありがたい。
外は蒸し暑い。
少し歩くだけで汗が出る。
日差しも強い。
そんな中で駅に入り、電車に乗ると、冷房で一気に体が冷える。
少し生き返るような気分だった。
外との温度差がかなりある。
でも、その温度差がうれしい。
バンコクでは、移動中の冷房がかなり大事だった。
日本でも夏の電車の冷房はありがたい。
でもバンコクでは、そのありがたさがさらに強い。
車内から見える景色も面白かった。
高架を走るので、街が少し上から見える。
ビル群。
雑多な街並み。
道路の渋滞。
露店。
大型商業施設。
全部が混ざっている。
一本路地に入ればローカルな市場があり、少し進めば近代的なショッピングセンターがある。
新しいものと古いもの。
整ったものと雑多なもの。
観光客向けの場所と現地の生活。
それらが同じ街の中で同居していた。
バンコクは、歩いても面白いし、BTSから眺めても面白い街だった。
バンコクは歩いているだけで面白い
この日も、特別な観光目的地があったわけではなかった。
駅をいくつか降りながら、ただ歩く。
それだけで十分楽しかった。
道端で焼かれている串焼き。
色鮮やかな南国フルーツ。
露店で売られるTシャツ。
怪しげな偽物時計。
道路脇で昼寝する犬。
バイクで三人乗りする家族。
日本ではあまり見ない光景が、次から次へと現れる。
観光名所に行かなくても、街そのものが面白い。
日本の街は便利で整っている。
電車も時間通り来る。
お店も清潔で、案内も分かりやすい。
でも、どこか均一なところもある。
一方、バンコクには予測不能な面白さがあった。
一本路地に入るたび、新しい景色がある。
急に屋台が並んでいたり、犬が寝ていたり、排気ガスがすごかったり、鮮やかな果物が積まれていたりする。
きれいとは限らない。
快適とも限らない。
でも、飽きない。
その雑多さが、旅人にはたまらなかった。
初めての海外一人旅で、こういう街を歩けたことは大きかった。
「世界には、自分の知らない日常がある」
そんな当たり前のことを、歩きながら感じていた。
ルンピニー公園でひと休み
途中、ルンピニー公園にも立ち寄った。
都会の中心にある広い公園で、木陰も多く、散歩する人やジョギングする人で賑わっていた。
バンコクの街の中にある、少し落ち着いた場所。
車の音や街の熱気から少し離れて、ベンチに座る。
しばらくぼーっとした。
こういう時間が、旅では意外と大切だと思う。
旅をしていると、つい観光名所を詰め込みたくなる。
せっかく来たのだから、あそこも行きたい。
ここも見たい。
あれも食べたい。
写真も撮りたい。
でも、ただ座ってぼーっとする時間も、ちゃんと旅の一部だ。
現地の人たちがどんな表情で歩いているか。
どんな速さで時間が流れているか。
何をして過ごしているか。
そういうものは、有名観光地ではなく、日常の場所で見えてくることがある。
公園で休んでいる人。
ジョギングしている人。
木陰で話している人。
そういう風景を見ていると、
「自分はいまタイにいるんだな」
と、改めて実感した。
観光地を巡っているときより、こういう何気ない時間のほうが、じわっと海外にいることを感じる。
待ち合わせ時間が近づいてくる
気づけば午後3時近くになっていた。
そろそろ待ち合わせ場所へ向かう時間だった。
Maiと約束していたのは、伊勢丹周辺。
当時のバンコクで、日本人にもなじみのある場所だった。
前日、自分も伊勢丹へ行って、日本語の本屋やラーメン屋にかなり安心した。
日本人が多く、日本語も見える場所。
初対面の待ち合わせ場所としては、かなり分かりやすかったのだと思う。
少し余裕を持って出たつもりだった。
しかし、移動にもたついた。
海外では、思った通りに移動できるとは限らない。
電車の乗り換え。
駅からの距離。
人混み。
自分の方向感覚のあやしさ。
そういうものが少しずつ時間を削っていく。
到着はやや遅れ気味だった。
この時代の待ち合わせは、緊張する。
今ならメッセージ一本で済む。
「少し遅れます」
「今向かっています」
「着いたら連絡します」
それでだいたい何とかなる。
でも当時は、そう簡単ではない。
すれ違えば、それで終わる可能性もある。
だから、待ち合わせ場所に向かいながら少し焦っていた。
人混みの中でMaiを探す
伊勢丹周辺に着くと、人混みの中を見回した。
Maiはどこにいるのか。
自分が少し遅れてしまったことで、もう帰ってしまっていないか。
それが少し不安だった。
そもそも、会ったことがない相手である。
ICQでやり取りはしていた。
電話もした。
でも実際に会うのは初めて。
今のように、事前にスマホで写真を送り合ったり、SNSで顔を確認したりできる時代ではない。
だから、
「本当に分かるのか?」
という不安があった。
ネットで知り合った人との初対面には、独特の緊張感がある。
韓国でWonと会ったときもそうだった。
ホテルのドアを開けるまで、どんな人なのか分からなかった。
Maiとの待ち合わせも同じだった。
人混みの中を見回しながら歩いていると、制服姿の女性がこちらを見て手を振っていた。
Maiだった。
Maiとの初対面
Maiとは、もちろん初対面だった。
少しやり取りをしていたとはいえ、実際に会うのはまったく別の話である。
画面の文字。
電話の声。
それと、目の前にいる人。
やっぱり全然違う。
「本当にこの人かな」
最初は半信半疑だった。
でも、笑顔を見てようやく安心した。
昔のネットでの出会いには、こういう緊張感があった。
今のように、顔写真も動画も簡単に見られるわけではない。
会うまで分からない。
だからこそ、実際に会えたときの感動や安心感は大きかった。
Maiは学校帰りだったようで、制服姿だった。
派手さはなく、落ち着いた雰囲気の女性だった。
こちらも少し緊張していたし、相手もおそらく少し照れていたと思う。
英語で簡単な会話をしながら歩き始めた。
お互い、流暢に話せるわけではない。
言葉を選びながら、ゆっくり話す。
うまく伝わらないときは、少し笑う。
そのぎこちなさも、初対面らしくて良かった気がする。
ワールドトレードセンター地下でタイスキ
まずは食事をしようという話になった。
向かったのは、ワールドトレードセンター地下の飲食店街。
入ったのは、タイスキの店だった。
タイスキ。
日本でいうしゃぶしゃぶに近い料理で、鍋に肉や野菜を入れて煮込み、タレにつけて食べる。
見た目には、とても美味しそうだった。
具材もいろいろある。
鍋を囲むというのも、日本人にはなじみやすい。
海外で初対面の人と食事をするには、いい料理だったと思う。
鍋を囲むと、会話が完璧でなくても何となく場が持つ。
具材を入れる。
煮えるのを待つ。
取り分ける。
食べる。
そういう動きがあるだけで、少し距離が縮まる。
ただ、問題があった。
タレが辛い。
想像以上に辛かった。
自分は辛いものがそこまで得意ではない。
だから、水を何度も飲みながら食べることになった。
Maiは平然と食べている。
現地の人の強さを感じた。
こちらは内心、
「辛い。かなり辛い」
と思っている。
でも、せっかく一緒に食べているので、あまり情けない顔ばかりもできない。
とはいえ、たぶん顔には出ていたと思う。
食事は言葉の壁を少し低くしてくれる
タイスキのタレは辛かった。
でも、一緒に食事をする時間は楽しかった。
言葉が完璧に通じなくても、食事は自然と距離を縮めてくれる。
これは韓国でWonと過ごしたときにも感じた。
一緒に焼肉を食べる。
お茶を飲む。
ジャージャー麺を食べる。
言葉が足りなくても、同じものを食べる時間があると、少し安心する。
Maiとのタイスキもそうだった。
鍋を前にして、少しずつ話す。
辛さに驚く。
笑う。
水を飲む。
また食べる。
それだけで、初対面のぎこちなさが少しずつ薄れていった。
海外旅行では、食事がただの食事ではなくなる。
そこには言葉の練習もあり、文化の違いもあり、人との距離感もある。
タイスキという料理そのものも印象に残っているが、それ以上に、Maiと向かい合って鍋を食べた時間が記憶に残っている。
辛かったけど。
いや、本当に辛かった。
タイ語を少し教えてもらう
食後、席で少しタイ語を教えてもらった。
簡単な挨拶や、否定語の使い方など。
タイ語は発音が難しい。
声の高低でも意味が変わるらしい。
これがなかなか手ごわい。
自分が真似して発音しても、うまく通じない。
Maiに笑われる。
でも、それが楽しかった。
語学の授業のようにきっちり勉強するのとは違う。
旅先で、現地の人にその場で言葉を教えてもらう。
これが面白い。
テキストに載っている言葉ではなく、目の前の人が話している言葉を真似する。
うまくできない。
笑われる。
また挑戦する。
そういう時間が、観光以上にその国と近づける気がした。
韓国でも、Wonとは言葉があまり通じなかった。
それでも「しばくぞ われ」という謎の日本語を聞いて笑った。
タイでは、Maiにタイ語を教えてもらって笑われる。
言葉が完璧でないからこそ、そこに小さな笑いが生まれる。
これは、旅先ならではの時間だった。
外へ出ると突然のスコール
食事を終えて外へ出ると、空の様子が一変していた。
さっきまで晴れていたのに、黒い雲が広がっている。
そして、突然の大雨。
南国特有のスコールだった。
本当に急に来る。
日本の雨のように、少しずつ雲が増えて、ぽつぽつ降ってきて、だんだん強くなるという感じではない。
一気に降る。
道路には、すぐに水たまりができる。
人々は慌てすぎることなく、屋根のある場所へ移動していた。
現地の人にとっては、慣れたものなのかもしれない。
自分たちも建物の軒下へ避難した。
時間にして、午後3時過ぎから4時前くらいだったと思う。
まだ明るい時間帯なのに、大雨で空だけが暗くなっていた。
バンコクの街が雨に包まれる。
車の音。
雨の音。
人のざわめき。
軒下で雨が弱まるのを待つ。
特別な観光地ではない。
でも、この時間が強く記憶に残ることになる。
雨宿りの中で響いた歌声
しばらくその場で、雨が弱まるのを待っていた。
すると、Maiが突然、日本の歌を口ずさみ始めた。
宇多田ヒカルの「Automatic」だった。
当時、日本でも大ヒットしていた曲である。
日本にいた頃にも、よく耳にしていた。
その曲を、タイで、タイ人の女の子が、日本語で歌っている。
なんとも不思議な光景だった。
しかも、上手い。
発音も自然で、しっかり歌えていた。
驚いた。
バンコクの街角。
突然のスコール。
軒下での雨宿り。
その中で聞こえてくる、日本の歌。
こんな場面を、日本にいた頃の自分が想像できただろうか。
たぶん、できない。
旅の記憶というのは、不思議な場面が残る。
王宮の豪華さ。
チャオプラヤー川の濁った水。
カオサン通りのバックパッカーたち。
そういうものももちろん覚えている。
でも、この日の一番強い記憶は、雨音の中で聞いたMaiの歌声だった。
観光地の景色より、こういう瞬間のほうが心に残ることがある。
日本の歌が海外で聞こえる不思議
海外で日本の歌を聞くと、不思議な気持ちになる。
しかも、日本人が歌っているのではない。
タイ人のMaiが、日本語で歌っている。
日本の曲が、タイにも届いている。
日本語の歌を、海外の人が覚えて歌っている。
それが、当時の自分にはとても新鮮だった。
今なら、日本の音楽やアニメ、ドラマが海外で楽しまれていることも珍しくない。
YouTubeもSNSもある。
世界中で同じ曲を聴くことができる。
でも2000年当時は、今よりずっと距離があった。
だからこそ、タイの街角で日本の曲を聞くことに、強い驚きがあった。
日本から遠く離れた場所で、日本の歌が響く。
しかも、雨宿りの時間に。
なんだか映画みたいだなと思った。
いや、実際には、暑くて、雨で、少し疲れていて、ただ軒下で待っていただけなのだけど。
でも、そういう何気ない時間が、あとから思い返すと妙にきれいに残っている。
別れの時間
雨も少し弱まってきた。
そろそろ帰る時間になった。
Maiは学生で、あまり遅くまではいられない。
自分も旅の途中だった。
短い時間だったけれど、会えてよかったと思った。
ICQで知り合った相手と、実際にバンコクで会う。
タイスキを食べる。
タイ語を教えてもらう。
雨宿りをする。
日本の歌を聞く。
時間としては長くなかった。
でも、かなり濃い時間だった。
お互い初対面でも、食事をして、話して、笑えば、それだけで思い出になる。
完璧な会話ができたわけではない。
深い話をたくさんしたわけでもない。
でも、笑顔で別れることができた。
それで十分だった。
Maiと別れ、自分はタクシーに乗ることにした。
少し寂しさもあった。
でも、旅先の出会いは、だいたい短い。
だからこそ、記憶に残るのかもしれない。
タクシーでひと苦労
タクシーに乗ると、すぐにまた現実が戻ってきた。
運転手がメーターを使わず、高い料金を提示してきた。
旅人あるあるである。
こういう場面は、バンコクに来て少しずつ慣れてきていた。
最初の頃なら、言われたまま払ってしまったかもしれない。
あるいは、どうしていいか分からず固まっていたかもしれない。
でも、この頃には少しだけ学んでいた。
慌てて、
“Meter, please.”
と伝えた。
すると運転手は、少し嫌そうな顔をしながらメーターを倒した。
よし。
小さな勝利である。
たったこれだけのことだけれど、初海外一人旅では大きい。
メーターを使ってもらう。
ぼったくられそうになったら言う。
自分の意思を伝える。
こういうことを、旅の中で少しずつ覚えていった。
もちろん、まだまだ下手だ。
でも初日に比べたら、少しは成長している。
金浦空港でホテルを探していた頃の自分よりは、確実に前に進んでいた。
ホテルに戻って静かな夕方
ホテルへ戻った頃には、まだ夕方の時間帯だった。
部屋に入り、シャワーを浴びる。
汗と雨と街の熱気を流す。
バンコクでは、シャワーが本当にありがたかった。
外は暑い。
歩くだけで汗をかく。
スコールにも降られる。
ホテルに戻ってシャワーを浴びると、ようやくリセットされる感じがする。
そのあと、ベッドに横になった。
外では車の音が聞こえる。
エアコンが静かに動いている。
部屋の中は少し涼しい。
今日一日を思い返した。
BTSに乗って街を歩いた。
ルンピニー公園でぼーっとした。
伊勢丹周辺でMaiと会った。
タイスキを食べた。
タイ語を教えてもらった。
突然のスコールで雨宿りをした。
その中で、Maiが宇多田ヒカルの「Automatic」を歌ってくれた。
派手な出来事ではない。
でも、こういう何気ない一日こそ旅の記憶になるのだと思った。
観光名所に行ったわけではない。
大きなトラブルがあったわけでもない。
でも、忘れられない時間があった。
旅の終盤に感じた変化
この頃には、自分の中で旅への向き合い方が少し変わっていた。
初日は、とにかく不安だった。
韓国に着いて、ホテルがなくて、英語が通じなくて、どうしたらいいのか分からなかった。
でも7日目の自分は、バンコクの街を一人で歩き、BTSに乗り、公園で休み、Maiと待ち合わせをして、タクシーでメーターを使ってくれと言えるようになっていた。
もちろん、まだまだ危なっかしい。
今の自分から見れば、もっと慎重に行動したほうがいいと思う場面もある。
でも、当時の自分なりに、少しずつ旅に慣れていた。
分からないことがあっても、少し落ち着いて対応できる。
言葉が通じなくても、完全に諦めなくなる。
知らない街でも、歩いてみようと思える。
人と会うことにも、少しずつ慣れていく。
旅は、観光地を回るだけではなく、自分の中の何かを少しずつ変えていくものなのかもしれない。
大げさに人生が変わったとは言わない。
でも、2000年の自分にとって、この旅は確かに大きかった。
旅の記憶は人と時間で残る
7日目を振り返ると、やっぱり印象に残っているのは人との時間だ。
バンコクの街歩きも楽しかった。
BTSも新鮮だった。
ルンピニー公園も良かった。
でも、一番残っているのはMaiとの時間だった。
初対面の少しぎこちない感じ。
タイスキの辛いタレ。
タイ語を教えてもらって笑われたこと。
突然のスコール。
雨宿り。
その中で響いた日本の歌。
こういう場面は、写真がなくても記憶に残る。
むしろ、写真では残しきれないものかもしれない。
雨の音。
空気の湿度。
少し照れた会話。
歌声。
その場の空気。
旅の記憶は、景色だけではなく、人と時間でできている。
韓国でWonと会ったときにも思った。
バンコクでエースと行動したときにも思った。
そしてMaiと会ったこの日も、同じことを感じた。
海外旅行の魅力は、やっぱり人だった。
まとめ
初めての海外一人旅7日目は、観光名所よりも人との時間が印象に残った一日だった。
朝は9時過ぎに起床。
連日の移動と暑さで少し疲れがたまっていたのか、遅めのスタートになった。
この日の予定は、夕方にタイ人女性Maiと会うことだけ。
それまでは自由行動として、バンコクの街を気ままに歩くことにした。
まず乗ったのは、BTSスカイトレイン。
高架を走る近代的な都市鉄道で、当時の自分にはかなり新鮮に映った。
東南アジアに対して勝手に素朴なイメージを持っていたが、バンコクは高層ビルもショッピングセンターもあり、BTSまで走る大都会だった。
車内は冷房が効いていて快適で、外の暑さとの温度差にかなり救われた。
その後は特別な目的地を決めず、駅をいくつか降りながら街を歩いた。
道端の串焼き、南国フルーツ、露店、道路脇で寝ている犬、バイクで三人乗りする家族。
日本ではあまり見ない光景が次々と現れ、歩いているだけで十分に面白かった。
途中ではルンピニー公園にも立ち寄った。
都会の中心にある広い公園で、散歩する人やジョギングする人がいて、ベンチに座ってしばらくぼーっとした。
観光名所を巡るだけではなく、現地の人の日常を感じる時間も旅には大事なのだと思った。
午後3時近くになり、Maiとの待ち合わせ場所である伊勢丹周辺へ向かった。
少し余裕を持って出たつもりだったが、移動にもたつき、到着はやや遅れ気味になった。
当時はスマホで簡単に連絡できる時代ではない。
すれ違えば会えない可能性もある。
少し焦りながら人混みの中を見回していると、制服姿の女性がこちらに手を振っていた。
Maiだった。
Maiとはもちろん初対面。
ICQでやり取りはしていたが、実際に会うのはまったく別の話だった。
写真も今ほど気軽に送り合える時代ではなかったので、最初は「本当にこの人かな」と半信半疑だった。
でも、笑顔を見てようやく安心した。
Maiは学校帰りだったようで、制服姿。
派手さはなく、落ち着いた雰囲気の女性だった。
まずは食事をしようということで、ワールドトレードセンター地下の飲食店街へ行き、タイスキの店に入った。
タイスキは日本のしゃぶしゃぶに近い料理で、肉や野菜を鍋で煮てタレにつけて食べる。
見た目には美味しそうだったが、タレが想像以上に辛かった。
自分は辛いものがそこまで得意ではなかったので、水を何度も飲みながら食べた。
一方、Maiは平然と食べていて、現地の人の強さを感じた。
食後は、席で少しタイ語を教えてもらった。
簡単な挨拶や否定語の使い方などだったが、タイ語は発音が難しく、声の高低でも意味が変わるらしい。
自分が真似してもうまく通じず、Maiに笑われた。
でも、それが楽しかった。
旅先で現地の人に言葉を教えてもらう時間は、観光以上にその国と近づける気がした。
食事を終えて外へ出ると、空の様子が一変していた。
突然のスコールだった。
さっきまで晴れていたのに、黒い雲が広がり、激しい雨が降り始めた。
道路には一気に水たまりができ、人々は慌てず屋根のある場所へ移動していた。
自分たちも建物の軒下で雨宿りをすることになった。
その雨宿りの時間に、Maiが突然、日本の歌を口ずさみ始めた。
宇多田ヒカルの「Automatic」だった。
当時、日本でも大ヒットしていた曲。
それをタイで、タイ人の女の子が、日本語で歌っている。
なんとも不思議な光景だった。
しかも上手かった。
発音も自然で、しっかり歌えていた。
雨音の中で聴く日本の歌。
バンコクの街角でそんな時間が訪れるとは思っていなかった。
観光地の景色より、こういう瞬間のほうが強く記憶に残るのだと思う。
雨が少し弱まったところで、Maiとは別れることになった。
短い時間だったが、会えてよかった。
お互い初対面で、言葉も完璧ではなかった。
それでも食事をして、タイ語を教えてもらい、雨宿りをしながら歌を聴いた。
それだけで十分な思い出になった。
別れたあと、タクシーに乗ると、運転手がメーターを使わず高い料金を提示してきた。
そこで慌てて “Meter, please.” と伝えると、少し嫌そうな顔をしながらメーターを倒してくれた。
こういう交渉も、旅を通じて少しずつ覚えていったことだった。
ホテルに戻った頃には、まだ夕方だった。
シャワーを浴び、ベッドに横になりながら、この一日を思い返した。
バンコクの街を歩き、BTSに乗り、ルンピニー公園で休み、Maiと会い、タイスキを食べ、タイ語を教えてもらい、雨宿りをしながら日本の歌を聴いた。
派手な出来事ではない。
でも、こういう何気ない一日こそ、旅の記憶になるのだと思った。
7日目は、観光名所よりも人との時間が主役の日だった。
海外旅行の魅力は、景色だけではない。
そこで出会った人との短い時間こそ、あとから思い返す宝物になるのかもしれない。
20年以上経った今でも、バンコクの雨音と、Maiが歌った「Automatic」の記憶は残っている。
旅の思い出って、意外とそういう小さな場面に宿る。
有名な場所よりも、雨宿りの軒下。
豪華な景色よりも、少し照れた歌声。
初海外一人旅の終盤に、そんなことを少しだけ知った一日だった。