※2000年9月26日の日記です。
初めての海外一人旅、6日目。
韓国から始まった旅も、気づけばタイ・バンコクまで来ていた。
初日は韓国の金浦空港でホテルを予約していないという、今考えるとなかなか危なっかしいスタート。
2日目は、よく分からない街にタクシーで行き、屋台で初めてチヂミを食べた。
3日目は、ネットで知り合った韓国の友人Wonと会い、仁寺洞や景福宮、ソウルタワーを回った。
4日目には韓国を離れてバンコクへ移動し、空港で出会ったタイ人女性や、旅慣れたアメリカ人のエースと出会った。
5日目は、エースと一緒にバンコク観光。
トゥクトゥクに乗り、王宮とワット・プラケオを見て、チャオプラヤー川をクルーズし、スネークファームでコブラに触り、カオサン通りも歩いた。
ここまで来ると、最初に感じていた「海外怖い」「何も分からない」という緊張感は、少しずつ薄れてきていた。
もちろん、まだ分からないことだらけである。
英語も怪しい。
タイ語は分からない。
地理もあやしい。
でも、初日ほどのパニックはなくなっていた。
海外にいることに、少しずつ慣れてきた自分がいた。
そして6日目。
この日は、バンコクでショッピングを中心に過ごす一日になった。
日本の安心感がある場所。
ローカル市場の熱気。
値段交渉。
増えていく荷物。
そして夜のパッポン。
派手な観光地を巡る日ではなかったけれど、バンコクという街のいろいろな顔を感じた一日だった。
セブンイレブンで始まるバンコクの朝
この日は9時過ぎに起きた。
少し遅めのスタートだった。
前日までの疲れもあったのだと思う。
王宮やワット・プラケオを歩き、チャオプラヤー川をボートで進み、スネークファームでコブラに触り、カオサン通りやチャイナタウンも歩いた。
さらに夜も出かけている。
若かったとはいえ、さすがに疲れがたまっていたのだろう。
起きたとき、体が少し重かった。
旅をしていると、毎日フルパワーでは動けない。
特に初海外では、普通に街を歩いているだけでも神経を使う。
言葉が分からない。
看板が読めない。
店の入り方も分からない。
料金の相場も分からない。
何をするにも、どこか緊張している。
だから、体力だけでなく、頭も疲れる。
朝食をどうするか少し悩んだ。
ホテルの周辺を歩けば、何かしら食べる場所はありそうだった。
でも、この日はあまり冒険する気力がなかった。
そこで向かったのが、ホテル周辺にあったセブンイレブン。
海外に来てまでコンビニか、と思うかもしれない。
でも、この安心感は大きい。
セブンイレブンという名前を見ただけで、少しホッとする。
海外のコンビニにある安心感
海外のセブンイレブンに入ると、不思議な感覚になる。
日本と同じような雰囲気もある。
でも、売っているものは少し違う。
見慣れた商品もあれば、まったく知らない現地の商品も並んでいる。
飲み物の種類も違う。
パンやお菓子も違う。
パッケージの文字も読めないものが多い。
それでも、コンビニという形そのものが安心する。
明るい店内。
棚に並んだ商品。
レジ。
冷蔵ケース。
この構造が分かるだけで、少し気持ちが楽になる。
海外旅行では、こういう「知っている形」に救われることがある。
完全な異文化も面白い。
でも、ずっと知らないものばかりだと疲れる。
どこかに少し日本と似たものがあると、気持ちが休まる。
この日は食欲があまりなかった。
なので、軽くパンと飲み物で済ませることにした。
旅先では、食べたい日もあれば、あまり食べられない日もある。
毎回、現地料理をしっかり食べなければいけないわけではない。
無理して食べて体調を崩すより、軽く済ませるほうがいい。
この頃には、そういうことも少しずつ分かってきていた。
ショッピング中心に動くことにした
朝食を済ませたあと、この日はショッピング中心に動こうと決めた。
連日いろいろ観光していたので、少し買い物をしたい気分だった。
目的地は、日本人にもなじみのある伊勢丹。
当時のバンコクには、ワールドトレードセンターの中に伊勢丹があった。
日本の百貨店が海外にある。
それだけで、少し興味が湧いた。
海外で日本のデパートに入ると、どんな感じなのか。
日本の商品はあるのか。
日本人は多いのか。
値段はどのくらいなのか。
そういうことも気になった。
ホテル前でタクシーを拾い、運転手に「伊勢丹」と伝えた。
しかし、通じない。
何度言っても伝わらない。
「イセタン」
「Isetan」
自分なりに発音を変えてみるが、反応はいまいちだった。
少し焦る。
日本では当たり前に通じる名前でも、海外ではそうはいかない。
こちらの発音が悪いのかもしれない。
相手がその名前を知らないのかもしれない。
そもそも、現地では別の呼ばれ方をしているのかもしれない。
ここでまた、自分の常識が通じないことを実感した。
伊勢丹ではなくワールドトレードセンター
しばらくして、ようやく気づいた。
伊勢丹単体ではなく、ワールドトレードセンターという建物の中にあるのだと。
そこで改めて、
「World Trade Center」
と伝えてみた。
すると、すぐに理解してもらえた。
ああ、そういうことか。
自分の中では目的地が「伊勢丹」だった。
でも、運転手にとっては「ワールドトレードセンター」のほうが分かりやすかったのだと思う。
海外では、こういうことが何度もある。
自分が知っている名前と、現地で通じる名前が違う。
日本語読みでは通じない。
英語でも発音が違う。
建物名と店名のどちらを言うべきかも違う。
小さなことだけれど、実際にその場にいると少し焦る。
今ならスマホで地図を見せれば終わりだ。
目的地を画面で示せば、かなり楽になる。
でも2000年当時は、それができない。
言葉で伝えるしかない。
紙に書くか、ガイドブックを見せるか、なんとか説明するしかない。
伊勢丹へ行くだけで、ひとつ勉強になった。
バンコクの伊勢丹は日本人のオアシスだった
無事にワールドトレードセンターへ到着した。
ただ、まだ開店前だった。
少し待ってから中へ入る。
入ってみると、そこはまるで日本のデパートのような空間だった。
外のバンコクの熱気とは、少し違う。
空調も効いていて、落ち着いていて、きれいで、見慣れた雰囲気がある。
特に驚いたのは、日本人の多さだった。
ここだけ切り取れば、まるで日本に戻ってきたような感覚になる。
数日前まで、韓国で片言の英語とジェスチャーに苦労し、タイに来てからもトゥクトゥクの交渉やローカルな空気に圧倒されていた。
そんな中で、急に日本人が多い空間に入ると、なんとも不思議な気持ちになる。
安心する。
でも同時に、少し拍子抜けもする。
「あれ、ここバンコクだよな?」
と思うような感じだった。
海外に来ているのに、日本の空気がある。
それが伊勢丹だった。
海外在住の日本人にとっては、こういう場所がかなり貴重なのだろうと思った。
日本語の本に救われる感覚
中でも印象的だったのが、本屋だった。
日本の書籍がずらりと並んでいる。
雑誌も豊富にそろっていた。
海外で日本語の本を見ると、それだけで安心する。
文字が読める。
意味が分かる。
当たり前のことなのに、海外にいるとそれがありがたい。
韓国でもタイでも、看板やメニューは読めないことが多かった。
英語ならまだ少し分かるが、韓国語やタイ語はほとんど分からない。
そんな状態が続いたあとに日本語を見ると、脳が少し休まる。
思わず旅行雑誌を手に取り、しばらく立ち読みした。
日本の雑誌をバンコクで読む。
なんとも不思議な時間だった。
ただ、値段を見ると日本の約1.5倍。
やっぱり輸入品なんだなと実感した。
日本で普通に買える本も、海外に来ると高くなる。
でも、それでも買いたくなる気持ちはよく分かる。
日本語に触れられるというだけで、価値がある。
海外で暮らしている人にとって、日本語の本や雑誌は、ただの情報源ではなく、心の休憩所みたいなものなのかもしれない。
日本語が通じるラーメン屋でほっとする
時間は12時近くになった。
そろそろ昼食を取ることにした。
近くのラーメン屋へ入る。
海外でラーメン。
これもまた、かなり安心感がある。
店に入ると、ウェイトレスが日本語で「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
これには正直驚いた。
バンコクにいるのに、日本語で接客される。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。
でも同時に、かなりほっとした。
「いらっしゃいませ」
たったそれだけの言葉なのに、安心する。
海外にいると、日本語が聞こえるだけで気持ちが緩む。
自分が思っている以上に、言葉の壁で緊張していたのだと思う。
注文したラーメンは、値段も比較的安く、味も悪くなかった。
むしろ、ここ数日の食事の中では、かなり満足度が高かった。
韓国の焼肉も美味しかった。
屋台のチヂミも良かった。
タイのレモンジュースも印象に残っている。
でも、前日に食べたビーフシチューは正直微妙だった。
少し生臭くて、最後まで食べるのがきつかった。
そんなあとに食べるラーメンは、やっぱり安心する。
慣れた味は強い。
海外で食べる日本の味
海外に来たら、現地のものを食べるべき。
そういう考え方もあると思う。
自分も、せっかくタイにいるならタイ料理を食べたい気持ちはあった。
でも、ずっと現地の味ばかりだと、たまに慣れた味が恋しくなる。
特に初海外では、胃袋も緊張している。
食べたことのない味。
見たことのない料理。
注文の仕方も分からない。
辛いのか甘いのか、どんな匂いなのかも分からない。
それは楽しいけれど、少し疲れる。
そんなとき、日本のラーメンは心の休憩になる。
バンコクでラーメンを食べながら、
「ああ、やっぱり慣れた味って落ち着くな」
と思った。
海外旅行の中で、日本のものに触れることは、逃げではないと思う。
むしろ、それがあるからまた外へ出られる。
少し安心して、またローカルな場所へ向かえる。
この日のラーメンは、そういう意味でかなりありがたかった。
プラトゥーナム市場へ向かう
昼食後は、ローカルな雰囲気を求めてプラトゥーナム市場へ向かった。
伊勢丹で日本の安心感を味わったあと、一気にローカルな市場へ行く。
このギャップが、かなりバンコクらしかった。
プラトゥーナム市場は、衣料品を中心に、雑貨や食料品などが所狭しと並ぶ巨大マーケットだった。
一歩足を踏み入れた瞬間、その熱気と人の多さに圧倒された。
伊勢丹とは完全に別世界である。
きれいで整ったデパート。
日本語の本屋。
日本語が通じるラーメン屋。
そこから、通路の狭いローカル市場へ。
この振れ幅がすごい。
通路は狭く、人と人がすれ違うだけでも一苦労だった。
商品がぎっしり並んでいる。
人の声がする。
店員の呼び込みのような声もある。
暑さもある。
空気も濃い。
いわゆる“海外らしさ”が一気に来る場所だった。
ローカル市場の熱気に圧倒される
プラトゥーナム市場では、どこを見ても商品が並んでいた。
Tシャツ。
靴下。
バッグ。
財布。
雑貨。
食べ物。
とにかく多い。
きれいに余白を取って見せる日本の店とは違い、商品が押し寄せてくるような感じだった。
これでもかというほど並んでいる。
そして、人も多い。
観光客もいれば、現地の人もいる。
店員もいる。
通路を歩くだけで、かなり体力を使う。
でも、この熱気が面白かった。
伊勢丹のような安心感もいい。
でも、こういう市場に来ると、「海外に来ている」という実感が一気に増す。
値札があっても、それが本当に最終価格なのか分からない。
交渉できるのか。
どこまで下げられるのか。
高いのか安いのか。
全部が分からない。
でも、それを含めて市場の面白さだった。
日本では、基本的に値段は決まっている。
レジに持っていけば、その金額を払う。
でもここでは、やり取りがある。
価格も会話の一部になる。
これが、かなり新鮮だった。
壊れた財布を買い替えることにした
実は、この旅の途中で財布が壊れてしまっていた。
海外旅行中に財布が壊れる。
なかなか困る。
現金もトラベラーズチェックも持っているし、財布はかなり重要な道具である。
そこで、新しい財布を探すことにした。
市場を歩きながら、いくつか見て回る。
値段。
見た目。
使いやすさ。
壊れにくそうかどうか。
いろいろ考える。
と言っても、高級なものを探しているわけではない。
旅の途中で使えればいい。
安くて、そこそこ使えそうなものがあれば十分だった。
いくつか見た中で、気に入った財布を見つけた。
値段は200バーツ。
当時の感覚で、約600円程度だったと思う。
日本で財布を買うことを考えれば、かなり安い。
でも、ここで大事なのが値段交渉だった。
市場では、最初に提示される価格が観光客向けに高めに設定されていることが多い。
特に日本人はお金を持っていると思われがちなのか、最初の価格はやや高く感じた。
値段交渉の洗礼を受ける
エースと一緒に行動していたときは、交渉をかなり任せていた。
トゥクトゥクの料金。
ボートの料金。
エースが慣れた様子でやってくれた。
でも、この日は自分で交渉しなければならない。
英語も完璧ではない。
タイ語は分からない。
相手も商売慣れしている。
これはなかなか難しい。
それでも、自分なりに交渉してみた。
少しだけ値下げしてもらうことができた。
大幅に下がったわけではない。
エースのようにスムーズでもない。
でも、自分で交渉して買えたことが少しうれしかった。
海外で値段交渉をするというのは、慣れていないとかなり緊張する。
日本ではあまりやらない。
店で「もう少し安くなりませんか?」と言う場面は少ない。
だから最初は、少し申し訳ないような気持ちにもなる。
でも市場では、それが普通のやり取りなのだろう。
相手も最初から交渉を前提にしている。
そう考えると、こちらもやってみるしかない。
値段交渉は、ただ安く買うためだけではなく、海外の商売文化に触れる体験でもあった。
日本人はお金持ちに見られている気がした
市場を歩いていて感じたのは、日本人はやっぱりお金持ちに見られているのかもしれないということだった。
どの店でも、最初の価格はやや高めに感じた。
もちろん、実際に日本人だから高く言われたのかどうかは分からない。
ただ、観光客には高めに言うのが普通だったのかもしれない。
でも当時の自分には、
「ああ、日本人ってそう見られてるんだな」
と感じた。
2000年当時、日本人観光客はアジアの中でもお金を使うイメージがあったのかもしれない。
こちらは大学生で、決してお金持ちではない。
むしろ、初海外で節約しながら旅をしている。
でも、相手から見れば日本から来た観光客。
財布の中身以上に、国籍で見られている感覚があった。
これも海外ならではの経験だった。
日本にいると、自分が日本人であることをそこまで意識しない。
でも海外に出ると、「日本人観光客」として見られる。
自分個人ではなく、日本人というカテゴリーに入れられる。
その感覚は、少し不思議だった。
買い物三昧で荷物が増えていく
財布のほかにも、Tシャツや靴下、小さなバッグなどを購入した。
気づけば、荷物がどんどん増えていく。
まだ旅の途中である。
これ以上荷物を増やして大丈夫なのか。
そう思いながらも、買ってしまう。
旅行中の買い物は危険だ。
その場では全部必要に見える。
安いし、記念になるし、日本では買えないし、せっかくだし。
この「せっかくだし」が、また出てくる。
旅先の買い物を後押しする最強ワードである。
Tシャツは使える。
靴下も使える。
小さなバッグも何かに使える。
財布は壊れたから必要。
こうやって、自分に言い訳をしながら買い物をする。
今の自分なら、荷物の重さや帰国時の整理をもう少し考える。
でも当時は、買い物の楽しさが勝っていた。
一通り買い物を終えた頃には、かなり疲れていた。
市場を歩くだけでも体力を使う。
さらに買い物で頭も使う。
値段交渉をして、商品を見て、人混みを進む。
荷物も増える。
これは疲れる。
いったんホテルへ戻ることにした。
ホテルで一度休憩する
買い物を終えてホテルへ戻ると、かなりホッとした。
バンコクの市場は面白い。
でも、ずっといると疲れる。
暑さ。
人の多さ。
狭い通路。
値段交渉。
全部が刺激になる。
ホテルの部屋に戻ると、ようやく自分だけの空間になる。
荷物を置く。
ベッドに座る。
少し落ち着く。
海外一人旅では、ホテルの部屋が本当に大事だ。
外ではずっと気を張っている。
でも部屋に戻れば、誰とも話さなくていい。
荷物も広げられる。
水も飲める。
少し横になれる。
この切り替えがないと、旅はかなりしんどい。
夕方まで少し休憩した。
気づけば18時頃。
この日の夜は、パッポンへ向かうことにした。
バンコクの夜の街。
前日はナナプラザを見た。
今度はパッポン。
バンコクに来たからには、夜の街の空気も見ておきたいという気持ちがあったのだと思う。
若かった。
今より確実に行動力がある。
いや、勢いだけとも言える。
夜のパッポンへ向かう
夕方にホテルを出て、パッポンへ向かった。
パッポンは、ナナプラザとはまた違った雰囲気の夜の街だった。
ネオンが輝き、人々の活気があふれている。
バンコクの夜は、とにかくエネルギーがある。
昼間の暑さとは違う熱気。
夜になっても、街は眠らない。
露店。
バー。
観光客。
呼び込み。
音楽。
いろいろなものが混ざっている。
ナナプラザは、初めて見たときかなり圧倒された。
パッポンもまた、別の意味でバンコクらしい夜の場所だった。
軽く飲みながら、ここまでの旅を振り返る。
最初は不安だらけだった。
韓国の空港でホテルも決まっていなかった自分。
電話カードを逆に入れていた自分。
自分がソウルにいると思い込んでいた自分。
そんな自分が、今はバンコクの夜の街にいる。
しかも、一人で動いている。
少しずつ、旅に慣れてきているのを感じた。
旅に慣れてきた自分がいた
旅の6日目になると、最初の頃とは自分の感覚が少し変わっていた。
もちろん、まだまだ旅慣れた人間ではない。
エースのように30カ国以上を旅しているわけでもない。
交渉も下手だし、英語も怪しい。
でも、初日よりは確実に動けるようになっていた。
分からないことがあっても、少しは落ち着いて対応できる。
タクシーに乗る。
市場で買い物をする。
日本語が通じない場所に入る。
値段交渉をしてみる。
夜の街に出る。
どれも、初日ならもっと怖かったと思う。
でも、この頃には少しずつ、
「まあ、なんとかなるか」
と思えるようになっていた。
もちろん、無謀なことをしていいわけではない。
今振り返ると、危なっかしい場面も多い。
ホテル未予約とか、知らない人についていくとか、夜の街を一人で歩くとか、今ならもっと慎重になる。
でも、当時の自分は、少しずつ海外の空気に慣れていった。
言葉の壁も、文化の違いも、全部が怖いだけではなくなっていた。
少しずつ楽しめるようになっていた。
日本の安心感とローカル市場のギャップ
この日が印象に残っているのは、日本の安心感とローカル市場の熱気、その両方を一日で感じたからだと思う。
朝はセブンイレブンで軽く朝食。
昼前には伊勢丹へ行き、日本語の本屋を見て、日本人の多さに驚いた。
昼食は日本語が通じるラーメン屋。
そこには安心感があった。
読める文字。
聞こえる日本語。
慣れた味。
海外にいるからこそ、それがありがたかった。
でもその後に行ったプラトゥーナム市場は、まったく違う世界だった。
狭い通路。
人混み。
値段交渉。
商品がぎっしり並ぶ熱気。
観光客として見られる感覚。
日本の安心感とは正反対の、ローカルなバンコクの空気だった。
どちらが良い悪いではない。
両方あるから面白い。
安心できる場所があるから、ローカルな場所にも行ける。
ローカルな場所を歩くから、日本語のありがたさも分かる。
このギャップが、バンコクの面白さだった。
まとめ
初めての海外一人旅6日目は、ショッピングを中心にバンコクを歩いた一日だった。
朝は9時過ぎに起床。
前日までの疲れもあり、少し遅めのスタートになった。
朝食は、ホテル周辺にあったセブンイレブンで軽くパンと飲み物を買って済ませた。
海外に来てまでコンビニかと思うかもしれないが、コンビニの安心感はかなり大きかった。
店内には日本と似たような商品もあれば、見たことのない現地の商品も並んでいて、海外のコンビニらしい面白さもあった。
この日はショッピング中心に動くことにし、まずは伊勢丹を目指した。
ホテル前でタクシーを拾い、「伊勢丹」と伝えたものの、まったく通じなかった。
少し焦ったが、伊勢丹はワールドトレードセンターの中にあることを思い出し、「World Trade Center」と伝えるとすぐに理解してもらえた。
海外では、自分の知っている名前がそのまま通じるとは限らない。
こういう小さな場面でも、自分の常識が通じないことを実感した。
無事に到着したものの、まだ開店前。
少し待ってから中へ入ると、そこはまるで日本のデパートのような空間だった。
特に日本人の多さに驚いた。
ここだけ切り取れば、日本に戻ってきたような感覚すらあった。
中でも印象に残ったのが本屋だった。
日本の書籍や雑誌がずらりと並んでいて、思わず旅行雑誌を手に取って立ち読みした。
ただ、値段は日本の約1.5倍。
やっぱり輸入品なのだと実感した。
それでも、海外で日本語の本に触れられる安心感は大きかった。
昼食は近くのラーメン屋へ入った。
店に入ると、ウェイトレスが日本語で「いらっしゃいませ」と声をかけてきて驚いた。
海外にいるのに日本語で接客される不思議な感覚。
そして、どこかほっとする自分がいた。
注文したラーメンは値段も比較的安く、味も悪くなかった。
ここ数日の食事の中ではかなり満足度が高かったと思う。
やはり、慣れた味というのは安心する。
昼食後は、ローカルな雰囲気を求めてプラトゥーナム市場へ向かった。
衣料品や雑貨、食料品などが所狭しと並ぶ巨大マーケットで、一歩足を踏み入れた瞬間、その熱気と人の多さに圧倒された。
通路は狭く、人と人がすれ違うだけでも一苦労。
でも、その雑多な空気こそが海外らしさでもあった。
この旅の途中で財布が壊れてしまっていたため、市場で新しい財布を探すことにした。
気に入った財布を見つけ、値段は200バーツ。
当時の感覚で約600円程度だった。
ただ、市場では値段交渉が重要。
最初に提示される価格は観光客向けに高めに設定されていることが多く、自分なりに交渉して少しだけ値下げしてもらった。
エースのようにスムーズにはいかなかったが、自分で交渉して買えたことは少しうれしかった。
一方で、日本人はやっぱりお金持ちに見られているのかもしれないとも感じた。
どの店でも、最初の価格は少し高めに思えた。
自分はただの大学生で、決してお金持ちではない。
それでも、海外では日本人観光客として見られる。
その感覚もまた、海外ならではだった。
財布のほかにも、Tシャツや靴下、小さなバッグなどを購入した。
気づけば荷物はどんどん増えていた。
まだ旅の途中なのに大丈夫かと思いつつ、こういう買い物も旅の楽しみの一つだった。
買い物を終える頃にはかなり疲れていたため、一度ホテルへ戻って休憩した。
夕方に少し休み、18時頃からこの日の夜はパッポンへ向かった。
ナナプラザとはまた違った雰囲気の夜の街で、ネオンが輝き、人々の活気があふれていた。
軽く飲みながら、ここまでの旅を振り返った。
最初は不安だらけだった一人旅も、この頃には少しずつ慣れてきていた。
言葉の壁も、文化の違いも、怖いだけではなく、少しずつ楽しめるようになっている自分がいた。
6日目は、バンコクの日本的な一面とローカルな一面の両方を体験できた一日だった。
伊勢丹で感じた日本語の安心感。
日本語が通じるラーメン屋のほっとする感じ。
その一方で、プラトゥーナム市場の熱気、値段交渉、観光客として見られる感覚。
このギャップがとても印象的だった。
海外に来ているからといって、ずっと現地らしいものだけを追いかける必要はない。
日本の安心感に触れる時間もあっていい。
でも、その安心感があるからこそ、またローカルな市場へ入っていく気力も出る。
旅も終盤に差しかかってきた。
次はいよいよ、タイで連絡を取っていた友人Maiと会う予定が近づいている。
韓国でWonと会ったように、タイでもネットの向こうにいた人と現実で会う。
この先どんな展開が待っているのか、少し緊張しつつも楽しみになってきた。
バンコクは、暑くて、にぎやかで、時々疲れる。
でも、少しずつその濃さに慣れてきた。
そして財布は壊れたけど、新しい財布は買えた。
旅は、こういう小さな実用品の買い替えすら、ちゃんと思い出になる。