旅ログ

初海外一人旅8日目|市場巡りと夜のパッポン

2026年6月2日

※2000年9月28日の日記です。

初めての海外一人旅も、いよいよ終盤に差しかかっていた。

9月21日に日本を出発して、韓国へ。

そこからタイ・バンコクへ渡り、気づけばもう8日目。

最初は何もかもが不安だった。

韓国の金浦空港に着いた初日、ホテルを予約していなくていきなり詰みかけた。

英語は通じない。

電話カードは逆に入れる。

自分がソウルにいると思っていたら、実はソウル市内ではなかった。

そんな状態から始まった旅だった。

でも、日を追うごとに少しずつ海外の空気に慣れていった。

韓国ではWonと会い、タイではMaiと会った。

バンコクではエースに助けられ、トゥクトゥクに乗り、王宮やワット・プラケオを見て、チャオプラヤー川をボートで進み、カオサン通りやプラトゥーナム市場も歩いた。

そしてこの8日目。

特に大きな予定は入れていなかった。

有名観光地を急いで回るというより、市場をぶらぶら歩き、街の空気を感じながら過ごしたい。

そんな気持ちが強くなっていた。

旅も終盤になると、少し心に余裕が出てくる。

最初の頃は「どこへ行けばいいのか」「どうすればいいのか」で精一杯だった。

でもこの頃には、目的地がなくても街を歩けるようになっていた。

それは小さな成長だったのかもしれない。

旅の終盤、急がない一日

この日は、特に大きな予定を入れず、市場を中心にぶらぶら観光することに決めていた。

旅に出る前は、海外旅行といえば有名な観光名所を回るものだと思っていた。

王宮。

寺院。

博物館。

有名な通り。

ガイドブックに載っている場所。

そういうところへ行くのが旅行だと思っていた。

もちろん、それはそれで楽しい。

実際、バンコクの王宮やワット・プラケオは圧倒されたし、チャオプラヤー川のクルーズも忘れられない。

でも、何日も旅を続けていると、だんだん「名所を見たかどうか」だけでは満足できなくなってくる。

街を歩く。

市場をのぞく。

屋台で食べる。

現地の人と少し話す。

公園で休む。

そういう時間のほうが、じわじわ旅らしく感じるようになっていた。

この日はまさに、そんな一日だった。

大きなイベントがあったわけではない。

でも、バンコクという街の匂いや熱気、人の動きがよく残っている日だった。

朝から変わらないタイの暑さ

ホテルを出ると、相変わらずタイらしい暑さだった。

朝から気温は高く、日差しも強い。

日本の夏も暑いけれど、バンコクの暑さはまた違う。

じっとりしている。

空気が濃い。

外に出た瞬間、体に熱気がまとわりついてくるような感じがある。

ただ、数日過ごしているうちに、身体は少しずつこの気候に慣れてきていた。

初めてバンコクに着いたときは、夜でも熱気に圧倒された。

翌朝、外に出たときも、むわっとした蒸し暑さに驚いた。

でも8日目にもなると、

「ああ、今日も暑いな」

くらいの感覚になっている。

慣れというのはすごい。

もちろん快適という意味ではない。

普通に暑い。

汗もかく。

歩けば疲れる。

でも、その暑さ込みでバンコクだと思えるようになっていた。

この感覚の変化も、旅の面白さだと思う。

最初は異物だった空気が、少しずつ自分の中に入ってくる。

ずっと住んでいる人からしたら当たり前の日常。

でも旅人にとっては、その日常すら新鮮だった。

公園で昼寝してしまう

途中、公園に寄ってみた。

そこでは、ジョギングをしている人たちが多かった。

朝から元気に走っている。

暑いのに走っている。

正直、すごいと思った。

自分はというと、ベンチに座ってしばらく景色を眺めていた。

そして、そのまま少し昼寝をしてしまった。

旅先の公園で昼寝。

今思うと、なかなか自由である。

日本にいたら、せっかく海外に来たのに昼寝なんてもったいないと思ったかもしれない。

でも、そのときは眠かった。

そして一人旅なので、誰にも気を使わなくていい。

眠たければ寝ればいい。

観光したければ歩けばいい。

気が向かなければ、ただ座っていてもいい。

これが一人旅の良さだった。

ツアー旅行なら、集合時間がある。

誰かと一緒の旅なら、相手の予定や気分もある。

でも一人旅なら、自分の体と気持ちだけを見て動ける。

この自由さは、かなり大きかった。

もちろん、全部自分で決めなければいけない怖さもある。

でも、この頃にはその自由さを少し楽しめるようになっていた。

バンコクの公園のベンチでうとうとする。

ただそれだけの時間なのに、妙に覚えている。

何もしない時間も旅になる

旅先で何もしない時間というのは、意外と贅沢だ。

日本にいると、どうしても時間を効率よく使おうとしてしまう。

せっかく来たのだから、何かしなければ。

せっかくの休みなのだから、予定を詰めなければ。

せっかくの旅行なのだから、有名な場所を回らなければ。

そう考えがちだ。

でも、旅が長くなると、毎日全力で観光するのは無理だと分かってくる。

疲れる。

暑い。

歩きすぎる。

頭も使う。

だから、何もしない時間が必要になる。

公園でぼーっとする。

ベンチで少し寝る。

通りを行く人を眺める。

それもちゃんと旅だった。

むしろ、そういう時間のほうが、その国の日常に近づける気もする。

観光地では、観光客として景色を見る。

でも公園では、現地の人の日常の中に少しだけ混ざる。

もちろん、本当に混ざれるわけではない。

自分はあくまで旅人だ。

でも、少しだけその街の時間を借りているような気分になった。

バンコクの暑さの中で、ジョギングする人たちを眺めながら、ベンチでうとうとする。

これはこれで、かなり旅だった。

バンランプー市場へ向かう

昼過ぎになり、バンランプー市場へ向かった。

市場に入ると、雑貨や洋服、日用品、食べ物まで、ありとあらゆる物が所狭しと並んでいた。

整然とした日本の商店街とは違う。

きれいに区画が整えられているというより、商品と人と声と匂いが一気に押し寄せてくる感じだった。

ごちゃごちゃしている。

でも、妙な活気がある。

これが市場の面白さだった。

歩いているだけでも十分楽しい。

何を買うと決めていなくても、見て回るだけで面白い。

Tシャツ。

キーホルダー。

バッグ。

小物。

よく分からない雑貨。

現地の人が買うような日用品。

観光客向けの商品。

全部が混ざっている。

日本の店のように、きれいにディスプレイされているわけではない。

でも、そこに生活感がある。

人の声があり、商売の匂いがあり、暑さがあり、雑多なエネルギーがある。

バンコクの市場は、街そのものの縮図のようだった。

お土産探しは楽しいけど難しい

友人へのお土産をいくつか探しながら歩いた。

キーホルダーやTシャツ、小物など、タイらしい商品がたくさん並んでいた。

お土産選びというのは、楽しいけれど難しい。

自分用なら、多少変なものでもいい。

旅先のテンションで買って、あとから「何でこれ買ったんだろう」と思っても、それはそれで笑える。

でも人に渡すものとなると、少し考える。

これをもらってうれしいのか。

使えるのか。

邪魔にならないのか。

タイっぽさはあるのか。

値段は高すぎないか。

安すぎて雑すぎないか。

いろいろ考えてしまう。

しかも市場では、観光客相手だと最初の値段を高めに言ってくることも多い。

前日のプラトゥーナム市場でも感じたけれど、日本人観光客はお金を持っていると思われがちなのかもしれない。

こちらはただの大学生で、別にお金持ちではない。

でも、相手から見れば日本から来た観光客。

その時点で、少し高めに見積もられているような感覚があった。

少しずつ値段交渉に慣れてきた

最初の頃は、言われたまま買ってしまいそうだった。

値段交渉なんて、日本ではあまりしない。

店で値札を見て、その金額を払う。

それが普通だ。

でもバンコクの市場では、最初に提示された金額がそのまま最終価格とは限らない。

こちらが渋る。

笑いながら値段を下げてもらう。

少し高いと言ってみる。

一度その場を離れようとする。

すると、案外すぐに値段が下がることもある。

この頃には、自分も少しだけ慣れてきていた。

もちろん、上手ではない。

エースのように旅慣れた交渉ができるわけではない。

でも、最初の金額をそのまま受け入れるのではなく、少しやり取りをしてみるくらいのことはできるようになっていた。

これも旅の中で覚えたことだった。

英語も完璧ではない。

タイ語は分からない。

でも、数字を言う。

首をかしげる。

笑う。

手を振る。

そういうやり取りで、意外と何とかなる。

市場では、言葉より雰囲気のほうが通じる場面もある。

この値段交渉も、バンコクらしい経験だった。

市場にはその国の日常が詰まっている

市場という場所は、その国の暮らしや人柄がよく見える場所だと思う。

有名な観光地は、観光客向けに整えられている。

もちろんそれはそれで大事だ。

でも市場には、もっと生活に近い空気がある。

何を売っているのか。

どんなふうに声をかけてくるのか。

値段はどう決まるのか。

現地の人は何を買っているのか。

観光客はどう見られているのか。

そういうものが見えてくる。

バンランプー市場は、ただ買い物をする場所というより、バンコクの生活の一部をのぞく場所だった。

ごちゃごちゃしている。

暑い。

人も多い。

たまに疲れる。

でも、歩いていて飽きない。

日本の整った商業施設とはまったく違う面白さがある。

前日に行った伊勢丹は、日本語の安心感があった。

バンランプー市場には、タイの生活感と熱気があった。

どちらもバンコクだった。

この両方があるから、街は面白いのだと思う。

夕方のパッポンへ向かう

夕方が近づく頃、パッポンへ向かった。

ユーザーとして当時の自分は「バッポン」と聞いていたような記憶もあるけれど、いわゆるパッポンである。

ここは、昼と夜でまるで別の顔を持つ街だった。

昼間は普通の通りに見える。

特別に派手というわけでもない。

しかし、18時近くになると空気が変わり始める。

大量の荷物が運び込まれ、露店の準備が一斉に始まる。

私はしばらくその様子を眺めていた。

机が組み立てられる。

商品が並べられる。

ライトが灯る。

人が増えていく。

昼間の普通の道が、少しずつ夜の市場へ変わっていく。

その変化が面白かった。

まるで劇場の舞台裏を見ているようだった。

開演前の準備。

スタッフが動き、道具が並び、照明が入り、観客が集まり始める。

そんな感じだった。

夜になると街の顔が変わる

日が沈む頃には、通り全体がネオンと熱気に包まれていた。

昼間とはまったく違う街になっている。

バンコクの夜は、本当に表情が変わる。

ナナプラザもそうだった。

ソイ・カウボーイ周辺もそうだった。

そしてパッポンもまた、夜になると別の世界になる。

ネオンが光り、露店が並び、人が行き交う。

観光客も多い。

店の人たちは、こちらが日本人だと分かると日本語で声をかけてくる。

「ロレックスあるよ」

「安いよ、見るだけ」

そんな日本語があちこちから飛んでくる。

観光客慣れした街だとすぐに分かる。

正直、怪しさもある。

でも、その怪しさも含めてパッポンだった。

日本の夜の繁華街とも違う。

韓国の明洞とも違う。

バンコクの夜には、独特の湿度と熱気があった。

歩いているだけで、目も耳も忙しい。

怪しいTシャツを買ってしまう

露店を見て歩いているうちに、怪しいTシャツを3〜4枚買ってしまった。

日本の店の名前が入っていたり、どこかで見たようなロゴが使われていたり、今思えばかなり微妙な品ばかりだった。

なぜ買ったのか。

その場の雰囲気である。

旅先の夜の市場は危険だ。

ネオン。

人の声。

値段交渉。

店員の勢い。

「今しか買えない」という気持ち。

そういうものが混ざると、判断力が少しおかしくなる。

日本にいたら絶対に買わないようなTシャツでも、

「まあ安いし」

「お土産になるし」

「ネタになるし」

「せっかくだし」

と思ってしまう。

この「せっかくだし」は本当に危ない。

旅行中の財布の紐を緩める魔法の言葉である。

結局、帰国してしばらくしたあと、そのTシャツは全部処分することになった。

今思えば、そりゃそうだろうという感じである。

でも、それもまた思い出だ。

怪しいTシャツを買ってしまった夜。

これはこれで、旅の記憶として残っている。

旅先では財布も気持ちも少し緩む

旅先では、普段ならしない買い物をしてしまう。

これは本当にある。

冷静に考えれば必要ない。

帰国後に着るかどうかも怪しい。

洗濯に耐えるかどうかも分からない。

でも、その場では魅力的に見える。

値段も日本より安い。

店員はどんどん勧めてくる。

少し値下げしてもらえると、なぜか勝った気分になる。

その結果、買ってしまう。

怪しいTシャツ3〜4枚。

今の自分なら、もう少し冷静に考えると思う。

いや、たぶん今でも旅先なら少し買ってしまうかもしれない。

人間はあまり成長しない。

ただ、買って後悔したものでも、旅の思い出になることはある。

写真や観光地だけが思い出ではない。

失敗した買い物も思い出になる。

帰国して処分したTシャツも、こうして20年以上経って記事に書ける。

そう考えると、完全な無駄ではなかったのかもしれない。

いや、物としては無駄だった。

でも記憶としては残った。

屋台で鳥のから揚げを食べる

お腹が空いたので、屋台で夕食を取ることにした。

注文したのは、鳥のから揚げ。

旅先で食べる屋台ごはんは、やはりいい。

高級レストランのようなきれいさはない。

メニューも分かりやすいとは限らない。

でも、その場の匂いと勢いがある。

鳥のから揚げを注文すると、おばさんが笑顔でライスも付けてくれた。

サービスだったのか。

見かねて付けてくれたのか。

それは分からない。

ただ、その笑顔と一緒に出してくれたライスが、なんだかうれしかった。

海外では、言葉が通じない場面が多い。

でも、親切さは伝わる。

特に食べ物を通じた親切は、かなり心に残る。

タイ語は分からない。

こちらの英語も怪しい。

でも、から揚げとライスを出してくれる。

笑顔で渡してくれる。

それだけで十分だった。

屋台ごはんの温かさ

味も素朴でおいしかった。

高級レストランでは味わえない、その土地の生活に近い味だった気がする。

きれいに盛り付けられた料理もいい。

ちゃんとしたレストランで食べる食事ももちろんいい。

でも、屋台で食べるごはんには、別の温かさがある。

その街の人たちが食べているものに近い。

そこに自分も少し混ざっている感じがする。

旅先で何を食べたかという記憶は、味そのものだけではない。

誰が出してくれたか。

どこで食べたか。

どんな気分だったか。

そういうものが一緒に残る。

この日の鳥のから揚げとライスも、豪華な料理ではない。

でも、屋台のおばさんの笑顔と一緒に記憶に残っている。

海外では言葉が通じなくても、人の親切さは伝わる。

むしろ言葉が少ないぶん、その優しさがより強く心に残るのかもしれない。

この旅では、何度も人に助けられた。

韓国のホテルスタッフ。

Won。

エース。

Mai。

そして、屋台のおばさん。

旅は本当に人でできている。

マクドナルドで日本人女性に出会う

食後、喉が渇いたのでマクドナルドへ入った。

海外でマクドナルドに入ると、少し安心する。

セブンイレブンと同じで、形が分かる。

注文の仕方もだいたい想像できる。

見慣れたロゴ。

見慣れたカウンター。

ただし、細かいところは日本と違う。

並んでいると、前にいた日本人女性が困っている様子だった。

すぐに理由が分かった。

ストローが見つからないのだ。

日本では、飲み物と一緒にストローをもらえることが多い。

でも海外では、別の場所に置いてあり、自分で取るスタイルも多い。

彼女はそれが分からず、少し戸惑っていたようだった。

自分は、自分の分と一緒にストローを取り、彼女に渡してあげた。

ほんの小さなことだ。

でも海外では、こういう小さな助けが妙にありがたい。

自分もこの旅で何度も助けられてきた。

だから、少しだけ誰かを助けられたのは、うれしかった。

タイに来たばかりの日本人女性

少し話してみると、その日本人女性はツアー旅行中とのことだった。

ただ、この日は別行動をしているらしい。

年齢は30歳前後だったと思う。

タイに来たばかりで、タクシーにぼったくられたと苦笑いしていた。

ああ、分かる。

ものすごく分かる。

バンコクのタクシーやトゥクトゥクの料金交渉は、慣れていないと難しい。

自分も最初はかなり戸惑った。

前日もタクシーでメーターを使ってもらうために、

“Meter, please.”

と言ったばかりだった。

旅人は、同じようなところでつまずく。

言葉が分からない。

相場が分からない。

どこまで交渉していいのか分からない。

そして、気づけば高く払ってしまう。

彼女の話を聞きながら、自分も数日前までは同じようなものだったなと思った。

いや、今でも大して変わらない。

ただ、少しだけ経験値が増えていただけだ。

Tシャツの値段交渉を手伝う

その後、その日本人女性がTシャツを買いたいというので、少し付き合うことになった。

自分が英語で値段交渉を手伝う。

初海外で英語が怪しい自分が、他の日本人の値段交渉を手伝っている。

数日前の自分が見たら、驚くと思う。

韓国の金浦空港で「I want… cheap hotel…」くらいしか言えずに固まっていた自分である。

それが、バンコクでTシャツの交渉を手伝っている。

人間、旅の中で少しは成長するものだ。

交渉の結果、なんとか最初の提示額の3分の1くらいまで下げてもらった。

それでも、まだ高かった気はする。

でも彼女が喜んでいたので、それで十分だった。

値段交渉というのは、どこまでが正解なのか分からない。

もっと下がったかもしれない。

でも、相手も納得して買って、店側も売る。

それでいいのかもしれない。

彼女がうれしそうにしていたことで、自分も少し役に立てた気がした。

少しだけ旅慣れた気分になる

このとき、自分は少しだけ旅慣れた気分になっていたと思う。

実際には、まだまだ初心者である。

英語も流暢ではない。

タイ語も分からない。

値段交渉も上手とは言えない。

でも、タイに来たばかりの日本人女性を少し手伝えるくらいには、この街に慣れてきていた。

それが少しうれしかった。

旅の初日は、自分が助けてもらう側だった。

韓国では、ホテルの女性スタッフに助けられた。

空港でおじさんに助けられた。

バンコクではエースに助けられた。

タイ人女性にも電話番号をもらった。

ずっと助けられる側だった。

でもこの日は、マクドナルドでストローを渡し、Tシャツの交渉を手伝った。

ほんの小さなことだけれど、自分も少し誰かの役に立てた。

旅の中でそういう瞬間があると、自分の立ち位置が少し変わる。

ただ迷っているだけの旅行者から、少しだけ街に慣れた旅行者になる。

それは、小さな自信になった。

まだ帰りたくなくてバーへ

その日本人女性と別れたあと、バーでビールを一杯飲んだ。

そのままホテルへ戻ろうと思った。

でも、まだ少し飲み足りなかった。

せっかくのバンコクの夜。

もう少し歩きたい。

もう少しこの空気の中にいたい。

そう思った。

旅も終盤に近づいていた。

明日には帰国が近づいてくる。

そう考えると、ホテルへ戻るのが少しもったいなかったのかもしれない。

疲れているはずなのに、まだ外にいたい。

この感覚は、旅の終盤によくある。

終わりが見えてくると、急に時間が惜しくなる。

初日はあれほど不安だったのに、帰りが近づくと名残惜しくなる。

人間とは勝手なものだ。

でも、その勝手さも旅らしい。

もう少しだけ、バンコクの夜を味わっていたかった。

そこで、ソイ・カウボーイ方面まで足を延ばすことにした。

静かなバーで飲む

近くのバーに入ると、客はおらず、ママさんが2人いるだけだった。

ナナプラザやパッポンのにぎやかさとは少し違う。

静かな店内。

客がいないバー。

そこでビールを飲む。

にぎやかな場所もいいけれど、こういう少し静かな時間も悪くない。

ママさんたちと、たわいもない会話を楽しんだ。

英語は完璧ではない。

でも、なんとなく話す。

旅先では、この「なんとなく」が意外と大事だった。

文法がどうとか、発音がどうとか、細かく考えすぎると何も話せない。

通じる範囲で、単語を並べる。

笑う。

相手も分かろうとしてくれる。

それで十分な時間もある。

ビールを飲みながら、バンコクの夜の空気を味わう。

初めての海外一人旅で、こんな時間を過ごしている自分が少し不思議だった。

100バーツの服をプレゼントする

そのとき、洋服を売りに来た商人が通りかかった。

ママさんの一人が、その服を欲しそうにしていた。

値段は100バーツほどだったと思う。

なぜか自分は、その服を買ってプレゼントした。

今となっては、なぜそんなことをしたのかよく分からない。

格好つけたかったのか。

旅先のテンションだったのか。

少し気が大きくなっていたのか。

たぶん全部だと思う。

旅先では、普段ならしないことをしてしまうことがある。

財布の紐も、気持ちも少し緩む。

100バーツという金額が、当時の自分にとって大金だったわけではない。

でも、学生の旅としては無駄遣いと言えば無駄遣いだ。

ただ、その場では自然にそうしたくなったのだと思う。

今の自分なら、もう少し冷静に考える。

いや、もしかしたら今でも雰囲気に飲まれたらやってしまうかもしれない。

こういうところ、人はあまり変わらない。

でも、その小さなプレゼントも、旅の夜の一場面として記憶に残っている。

旅先の夜は少しだけ人を変える

バンコクの夜は、人を少し変える力があった。

昼間の自分なら、もう少し慎重だったかもしれない。

でも夜になると、街の熱気やネオン、人の声、ビールの力もあって、少し気持ちが大きくなる。

怪しいTシャツを買う。

屋台のおばさんの笑顔にほっとする。

日本人女性の値段交渉を手伝う。

バーで見知らぬ人と話す。

100バーツの服をプレゼントする。

冷静に並べると、なかなかまとまりのない一日である。

でも、それが旅の夜だった。

予定通りに進むわけではない。

地図に載っている名所だけを回るわけでもない。

その場で出会った人や、通りかかった商人や、店の空気に流されながら、時間が進んでいく。

そういう偶然の連続が、一人旅の面白さだった。

ツアー旅行ではなかなか味わえない、ゆるくて危なっかしくて、でも妙に記憶に残る時間。

この夜は、まさにそんな時間だった。

旅の終わりが少し見えてきた

この日は、旅の終わりが少し見え始めた日でもあった。

初めての海外一人旅。

出発前は不安もあったし、実際に初日からトラブル続きだった。

でも、気づけばバンコクの夜の街を一人で歩き、市場で買い物をし、屋台でご飯を食べ、知らない人と会話している。

旅に出る前の自分からすると、想像できなかった姿だった。

もちろん、大きく成長したとか、人生が劇的に変わったとか、そういう大げさな話ではない。

帰国すれば、また普通の大学生活が待っている。

でも、自分の中で何かは確実に変わっていたと思う。

知らない国でも、意外となんとかなる。

言葉が完璧でなくても、人とは少し通じ合える。

不安なこともあるけれど、その先に面白いことがある。

そんなことを、この旅は少しずつ教えてくれた。

そして同時に、

「もうすぐ終わるのか」

という寂しさも出てきていた。

最初は早く慣れたいと思っていたのに、慣れてきた頃には終わりが近い。

旅はだいたいそういうものなのかもしれない。

まとめ

初めての海外一人旅8日目は、有名観光地を巡る日ではなかった。

市場を歩き、屋台で食べ、夜の街を眺め、人と少し話した。

それだけの一日だった。

でも、こういう日こそ旅らしいと思う。

朝は特に大きな予定を入れず、バンコクの街をぶらぶらすることにした。

ホテルを出ると、相変わらずタイらしい暑さ。

朝から気温は高く、日差しも強かったが、数日過ごしているうちに、身体も少しずつこの気候に慣れてきていた。

途中、公園に寄ると、ジョギングをしている人たちが多かった。

自分はベンチに座ってしばらく景色を眺め、そのまま少し昼寝をしてしまった。

旅先で何もしない時間というのは、意外と贅沢だ。

眠たければ寝ればいい。

気が向かなければ歩くだけでもいい。

一人旅の自由さを、少しずつ楽しめるようになっていた。

昼過ぎには、バンランプー市場へ向かった。

雑貨や洋服、日用品、食べ物まで、ありとあらゆるものが所狭しと並んでいて、歩いているだけでも十分楽しかった。

友人へのお土産を探しながら、キーホルダーやTシャツ、小物などを見て回った。

観光客相手には最初の値段を高めに言ってくることも多かったが、この頃には少しずつ値段交渉にも慣れてきていた。

笑いながら値段を下げてもらったり、一度その場を離れるそぶりを見せたりすると、案外すぐに値段が下がることもある。

市場には、その国の暮らしや人柄がよく出る。

観光地以上に、その国の日常が詰まっている場所だと感じた。

夕方が近づく頃には、パッポンへ向かった。

昼間は普通の通りに見えるのに、18時近くになると大量の荷物が運び込まれ、露店の準備が一斉に始まる。

机が組み立てられ、商品が並べられ、ライトが灯り、人が増えていく。

その様子は、まるで劇場の舞台裏を見ているようだった。

日が沈む頃には、通り全体がネオンと熱気に包まれた。

「ロレックスあるよ」

「安いよ、見るだけ」

そんな日本語があちこちから飛んでくる。

観光客慣れした街だとすぐに分かった。

露店を見て歩いているうちに、怪しいTシャツを3〜4枚買ってしまった。

日本の店の名前が入っていたり、どこかで見たようなロゴが使われていたり、今思えばかなり微妙な品ばかりだった。

その場の雰囲気というのは恐ろしい。

旅先では「今しか買えない」という気持ちになってしまう。

結局、帰国してしばらくしたあと、そのTシャツは全部処分することになった。

でも、それもまた思い出である。

お腹が空いたので、屋台で鳥のから揚げを食べた。

注文すると、おばさんが笑顔でライスも付けてくれた。

サービスだったのか、見かねて付けてくれたのかは分からない。

でも、その優しさがうれしかった。

味も素朴でおいしく、高級レストランでは味わえない、その土地の生活に近い味だった気がする。

食後、喉が渇いたのでマクドナルドへ入ると、前にいた日本人女性が困っていた。

ストローが見つからなかったようなので、自分の分と一緒に取って渡してあげた。

少し話すと、彼女はツアー旅行中で、この日は別行動しているとのことだった。

タイに来たばかりで、タクシーにぼったくられたと苦笑いしていた。

その後、Tシャツを買いたいというので少し付き合い、英語で値段交渉を手伝った。

なんとか最初の提示額の3分の1くらいまで下げてもらった。

それでもまだ高かった気はするが、彼女が喜んでいたのでそれで十分だった。

旅の最初は助けられてばかりだった自分が、少しだけ誰かを助ける側になれた。

それが少しうれしかった。

彼女と別れたあと、バーでビールを一杯飲み、そのままホテルへ戻ろうと思った。

でも、まだ少し飲み足りなかった。

せっかくのバンコクの夜。

もう少し歩きたいと思い、ソイ・カウボーイ方面まで足を延ばした。

近くのバーに入ると、客はおらず、ママさんが2人いるだけだった。

静かな店内でビールを飲みながら、たわいもない会話を楽しんだ。

途中、洋服を売りに来た商人が通りかかり、ママさんの一人が欲しそうにしていたので、つい100バーツほどの服を買ってプレゼントした。

なぜそんなことをしたのか、今となってはよく分からない。

ただ、旅先では少しだけ気持ちも財布も大きくなるものだ。

この日は、派手な観光地を巡ったわけではない。

でも、市場の熱気、屋台のおばさんの笑顔、マクドナルドで出会った日本人女性、夜のパッポンの露店、静かなバーでの会話。

そういう何気ない出来事が、強く記憶に残っている。

豪華な観光地より、街の暑さや匂い。

レストランの料理より、屋台のごはん。

有名な景色より、人との短い会話。

旅の終盤になって、そういうものこそ旅の面白さなのかもしれないと思うようになっていた。

初めての海外一人旅も、いよいよ終わりが近づいている。

最初は不安だらけだったのに、今ではバンコクの夜をもう少し歩きたいと思っている。

人間、数日で意外と変わるものだ。

いや、変わったというより、少しだけ旅に慣れたのかもしれない。

そして、買った怪しいTシャツは後日全部処分することになる。

そこまで含めて、ちゃんと旅だった。

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