旅ログ

韓国旅2日目|大田エキスポと紅葉の山歩き

2026年6月18日

※2000年11月9日の日記です。

2000年11月9日、韓国4泊5日旅の2日目

前日に韓国へ到着し、ソウルでSamongと初対面。

そのままロッテワールドへ行き、夕方から高速バスで大田へ移動し、夜はSamongの家に泊めてもらいました。

今思い返しても、初日からかなり濃い流れでした。

成田空港からソウルへ飛び、空港で初対面。

ロッテワールドで遊び、大田へ移動。

犬のオットに迎えられ、Samongの家族に温かく迎えてもらい、夜は刺身屋へ。

普通の旅行なら、これだけで一日どころか、二日分くらいの内容があります。

そんな濃い初日の翌日。

韓国4泊5日旅の2日目は、観光地として有名なソウルではなく、地方都市・大田でゆっくり過ごす一日になりました。

これがまた、かなり良かったです。

華やかな観光地を次々に巡るような日ではありません。

ブランド店で買い物をするわけでもありません。

有名スポットを効率よく回る旅でもありません。

大田の街をバスで移動し、エキスポ跡地を歩き、なぜかそのまま山へ行き、紅葉を見て、帰りにマクドナルドへ寄り、夜はまたSamongの家で過ごす。

言葉にすると地味です。

でも、この地味さこそが旅の記憶として残っています。

旅行というと、どうしても有名観光地や名物グルメに目が向きます。

でも、その国の人が暮らしている街を歩く時間や、普通の家で過ごす時間も、それ以上に印象に残ることがあります。

この2日目は、まさにそんな一日でした。

韓国の家庭で迎えた朝

この日は、朝10時頃に目を覚ましました。

旅先では早起きして動きたい気持ちもあります。

でも前日は、移動、初対面、観光、長距離移動、初めての家庭での宿泊と、かなり内容の濃い一日でした。

体も気持ちも、思った以上に疲れていたのだと思います。

起きた時には、知らない天井。

ホテルではなく、韓国の一般家庭。

この感覚はとても新鮮でした。

海外旅行でホテルに泊まるのとは、まったく違います。

ホテルなら、どこか旅行者用の空間にいる感じがあります。

でも人の家に泊まると、その国の生活の中に少し入らせてもらっている感じがします。

部屋を出てリビングへ向かうと、すでにSamongのお母さんが起きていました。

こちらが軽く頭を下げて挨拶すると、お母さんはにこっと笑い返してくれました。

言葉は通じません。

でも、その笑顔だけで十分でした。

外国語ができなくても、優しさというものは不思議と伝わります。

もちろん、細かい会話ができたらもっと楽しいと思います。

でも、旅先では言葉以上に表情や空気で安心する場面があります。

この朝のお母さんの笑顔は、まさにそういうものでした。

知らない国の知らない家にいる。

普通なら緊張してもおかしくありません。

でも、この家には生活の温度がありました。

テレビの音。

食器の音。

犬が歩く音。

そういう何気ない音が、旅先の緊張をやわらげてくれました。

犬のオットと過ごす朝の時間

お母さんはSamongを起こしに行ってくれました。

その間、自分は犬のオットと遊んでいました。

オットは相変わらず人懐っこく、朝から元気いっぱいでした。

しっぽを振りながら近寄ってきて、こちらの足元をくるくる回る姿がかわいかったです。

旅先で動物がいると、場が一気に和みます。

言葉が通じない場所でも、犬には関係ありません。

こちらがしゃがむと近寄ってきて、撫でると嬉しそうにする。

それだけで、こちらも自然に笑顔になります。

海外の家庭にいるという緊張感も、オットのおかげでかなり軽くなりました。

Samongのお母さんとは言葉が通じない。

家の中のものも、細かいルールも分からない。

そんな中で、オットは何の遠慮もなく近寄ってきます。

それがありがたかったです。

自分はもともと犬が好きでしたが、この時は本当に、

「こんな犬と一緒に暮らせたらいいな」

と思いました。

旅行の思い出で、なぜか犬の存在が強く残ることがあります。

観光地より犬。

名所より犬。

ちょっと変かもしれませんが、でも実際そうなのです。

オットはこの旅の中で、とても大きな存在でした。

初日の夜に迎えてくれたこと。

2日目の朝に遊んだこと。

帰宅するとまた元気に迎えてくれたこと。

そういう場面が、今でもはっきり残っています。

旅の記憶というのは、必ずしも有名な場所だけでできているわけではありません。

犬のしっぽの動きまで、ちゃんと記憶になります。

Samongが起きてきて、大田エキスポ跡地へ行くことに

しばらくすると、Samongが起きてきました。

今日はどこへ行くのか聞くと、1993年に開催された大田エキスポの会場跡地へ連れて行ってくれるとのことでした。

大田国際博覧会。

1993年に開催された博覧会です。

この時は開催からしばらく経っていたので、いわゆる博覧会の熱気がそのまま残っている時期ではありません。

むしろ、終わった後の会場跡地を見に行くような感覚でした。

日本で言えば、つくば科学万博や愛知万博の跡地を訪れるような感じでしょうか。

「もう終わった博覧会の跡地って、どんな雰囲気なんだろう」

少し不思議に思いました。

華やかな観光地というより、少し落ち着いた場所なのかな。

展示は残っているのかな。

人はいるのかな。

そんなことを考えながら、バスで向かうことになりました。

ソウルではなく、大田。

テーマパークではなく、エキスポ跡地。

初日とはまったく違う方向の観光です。

でも、むしろそこが良かったです。

旅行ガイドに大きく載っている場所だけではなく、現地の友人が連れて行ってくれる場所へ行く。

これは、普通のひとり旅ではなかなかできません。

Samongがいるからこそ行けた場所でした。

バスで1時間、大田の街を眺めながら移動

エキスポ会場までは、バスで1時間ほどだったと思います。

車窓から見える大田の街並みは、ソウルとはまったく違う印象でした。

ソウルのような大都会感はありません。

高層ビルが林立しているわけでもなく、観光客であふれているわけでもありません。

ほどよく都市で、ほどよく落ち着いている。

そんな雰囲気でした。

バスに乗って街を眺める時間は、意外と好きです。

観光地そのものを見る時間も楽しいですが、移動中の景色には、その土地の日常が出ます。

道路沿いの店。

看板。

バス停。

歩いている人。

住宅。

学校らしき建物。

そういう何気ないものを見ることで、

「ああ、ここにも普通に生活があるんだな」

と感じます。

韓国というと、当時の自分にとってはどうしてもソウルのイメージが強かったです。

でも、大田をバスで移動していると、韓国も首都だけではないのだと自然に感じました。

日本でも、東京だけを見ても日本全体は分かりません。

地方都市には地方都市の空気があります。

韓国も同じです。

大田には、大田の生活がありました。

大きすぎず、小さすぎず。

落ち着いた街。

自然も近い。

その印象は、この日ずっと残りました。

大田エキスポ跡地へ到着

大田エキスポ跡地へ到着しました。

会場に着くと、平日だったこともあり、人はかなり少なめでした。

広い敷地の中に、未来的なデザインの建物や展示施設が点在しています。

ただ、どこか静かでした。

華やかというより、少し時が止まったような雰囲気。

開催当時はきっと、多くの人でにぎわっていたのだと思います。

新しい技術。

未来を感じさせる展示。

イベント。

大きな会場。

そういう空気があったはずです。

でも、開催から時間が経つと、場所の表情は少し変わります。

当時は最先端だったものも、少し古びて見える。

未来を見せようとしていた建物が、いつの間にか過去のものになっている。

この感じが、なんとも言えませんでした。

万博跡地や博覧会跡地には、独特の空気があります。

かつての熱気。

少し残った未来感。

今は静かな敷地。

その組み合わせが、不思議な哀愁を作っています。

自分は、こういう場所が嫌いではありません。

むしろ、派手な観光地より記憶に残ることがあります。

人が少ない分、建物や空間そのものをじっくり見ることができました。

少し古びた未来感が妙に印象に残った

展示や施設をいくつか見て回りました。

当時としては新しかったであろう映像設備や技術展示も、2000年時点ではすでに少し時代を感じる部分がありました。

でも、それが悪い意味ではありません。

むしろ味わい深かったのです。

「未来を夢見て作られた場所が、少しだけ昔になっている」

そんな空気がありました。

未来をテーマにした施設や展示は、時間が経つと独特の表情になります。

作られた時は新しかったはずなのに、少し経つと懐かしさをまとい始める。

当時の人たちが思い描いた未来が、そのまま残っているような感じです。

それは、今見ると少しズレているかもしれません。

でも、そのズレも面白い。

「この頃はこういうものが未来だったんだな」

そう感じられるからです。

大田エキスポ跡地には、そんな“少し古びた未来”がありました。

観光地として分かりやすく盛り上がる場所ではないかもしれません。

でも、自分にはかなり印象的でした。

こういう場所は、写真だけでは伝わりにくいです。

その場の静けさ。

広い敷地。

少し古びた建物。

かつてのにぎわいを想像させる空気。

そういうものを実際に歩きながら感じることで、記憶に残るのだと思います。

団体観光客の姿も見かけた

会場内を歩いていると、団体観光客らしきグループも見かけました。

地元の学生なのか、地方から来た旅行客なのかは分かりません。

ただ、まとまって歩いている姿がありました。

自分のような日本人旅行者は、ほとんど見かけなかった気がします。

ソウルなら、日本人観光客も多かった時代です。

明洞や南大門市場、ロッテワールドのような場所なら、日本語が聞こえてくることもあります。

でも大田では、そういう感じはほとんどありませんでした。

それがまた新鮮でした。

観光地の中でも、外国人向けというより、韓国の人たちが来る場所。

そういう場所に来られたことが、貴重な経験でした。

海外旅行では、どうしても有名観光地に行きがちです。

それはそれで楽しいです。

初めて行く国なら、まず定番スポットを回るのも自然です。

でも、現地の人に連れて行ってもらうと、ガイドブックとは少し違う場所へ行けます。

大田エキスポ跡地は、まさにそんな場所でした。

ものすごく派手ではありません。

でも、現地の空気を感じられる場所でした。

そして、自分にとってはかなり記憶に残る場所になりました。

なぜかそのまま山へ行く流れに

エキスポ見学が終わると、なぜかその流れで山へ行くことになりました。

この「なぜか」という感じが、旅らしくていいですね。

細かい計画を立てていたわけではありません。

Samongに連れられるまま、

「次は山へ行くのか」

という流れでした。

当時の韓国では、登山や山歩きがとても身近な趣味だった印象があります。

街中でも登山ウェア姿の人を見かけることがありました。

大田も周囲に自然が多く、少し移動すると山が近い環境でした。

「じゃあ登ろう」

そんな軽い感じだったと思います。

こちらとしては、エキスポの次に山へ行くとは思っていません。

でも、こういう予定外の展開は嫌いではありません。

むしろ、現地の友人と一緒だからこそできる流れです。

もしひとり旅だったら、たぶんエキスポを見て終わりです。

そのあと山へ行こうとは思わなかったかもしれません。

そもそも、どの山へ行けばいいかも分からない。

でもSamongがいることで、自然に大田の山へ向かうことになりました。

旅では、こういう“連れて行ってもらう面白さ”があります。

自分で全部決める旅も好きですが、人に案内してもらう旅には、自分では選ばない場所へ行ける良さがあります。

この日の山歩きも、まさにそんな時間でした。

11月の韓国、紅葉が本当にきれいだった

山へ入ると、紅葉が本当にきれいでした。

赤や黄色に染まった木々。

ひんやりした空気。

乾いた落ち葉の匂い。

足元に落ち葉があり、歩くたびに季節を感じます。

韓国に来ているのに、どこか日本の秋と似ている。

それが少し嬉しかったです。

海外に来ると、違いばかりに目が向きます。

言葉が違う。

看板が違う。

食べ物が違う。

街並みが違う。

でも自然の中へ入ると、共通するものもあります。

紅葉の美しさ。

山の空気。

落ち葉の匂い。

そういうものは、日本の秋とどこか重なります。

外国にいるのに、少し懐かしい。

不思議な感覚でした。

都市部では、外国に来た実感が強くあります。

でも山の中では、国境を少し忘れる瞬間があります。

もちろん、山の中にある表示や寺院の雰囲気には韓国らしさがあります。

でも、自然の美しさには共通するものがありました。

紅葉の中を歩きながら、

「大田っていいところだな」

と思いました。

ソウルのような華やかさはないかもしれません。

でも、近くにこんな自然がある。

これは大きな魅力です。

山道を歩きながら感じた大田の落ち着き

山道を歩いていると、大田という街の印象が少しずつはっきりしてきました。

大田は、派手な街ではありません。

少なくともこの旅で見た範囲では、観光客向けに大きく飾られた街という感じではありませんでした。

でも、落ち着きがあります。

都市としての便利さもあり、自然も近い。

人の雰囲気も穏やかに感じました。

バスで見た街並み。

エキスポ跡地の静けさ。

山の紅葉。

Samongの家の温かさ。

そういうものがつながって、大田という街の印象を作っていきました。

海外旅行では、どうしても首都や有名観光地に目が向きます。

韓国ならソウル。

釜山。

済州島。

そういった名前が出てきやすいです。

でも、大田のような地方都市で過ごす時間もかなり良いものだと思いました。

観光地としての派手さは少ないかもしれません。

でも、生活しやすそうな空気があります。

日本で言えば、地方中核都市のような安心感。

大きすぎず、小さすぎず。

落ち着いていて、自然にもアクセスしやすい。

もし韓国で暮らすなら、こういう街もいいのかもしれない。

そんなことを少し思いました。

もちろん、実際に暮らすとなれば言葉や仕事、生活習慣などいろいろあります。

でも、旅の中でそう思えるくらい、大田の空気は自分に合っていたのだと思います。

山の途中にあった仏教寺院

山の途中には、仏教寺院もありました。

お坊さんの姿も見かけました。

韓国にも仏教文化が根付いています。

静かな山の中に寺があり、僧侶が歩いている光景は、とても絵になっていました。

観光地として大きく宣伝されている場所ではなかったと思います。

でも、こういう風景こそ旅の記憶に残ります。

紅葉の中に寺院がある。

そこをお坊さんが歩いている。

ひんやりした空気。

静かな山道。

この組み合わせは、とても印象的でした。

日本にも山の中に寺があります。

だから、どこか親しみもあります。

でも建物の雰囲気や色使い、周囲の空気には韓国らしさもあります。

似ているけれど違う。

この感覚が面白いです。

韓国と日本は近い国ですが、文化の違いはもちろんあります。

一方で、仏教文化や山の風景には、どこか共通する空気もあります。

この寺院を見たことで、旅の印象が少し深くなりました。

エキスポ跡地で見た“少し古びた未来”と、山の中の寺院。

同じ一日の中で、未来を夢見た場所と、古くから続く文化のような場所を見たことになります。

なかなか面白い組み合わせです。

大田は静かで住みやすそうな地方都市だった

この日歩いて感じたのは、大田という街の住みやすそうな雰囲気でした。

特別に有名な観光地が多いわけではないのかもしれません。

でも、街は落ち着いていて、自然が近い。

人の雰囲気もやわらかく感じました。

ソウルのような大都市には、大都市の魅力があります。

便利で、活気があり、刺激も多い。

でも、その分少し疲れることもあります。

大田には、もう少し日常に近い落ち着きがありました。

バスで移動していても、山を歩いていても、Samongの家にいても、どこか安心する感じがありました。

これは、Samongとその家族が優しく迎えてくれたことも大きいと思います。

街の印象は、そこで出会った人の印象にかなり左右されます。

もし冷たい対応ばかり受けていたら、大田の印象も違ったはずです。

でもこの旅では、Samongも家族もとても温かく接してくれました。

だから、大田という街全体にも良い印象が残ったのだと思います。

観光地としての華やかさだけが、旅の良さではありません。

静かに過ごせる街。

暮らしの空気が見える街。

人の優しさを感じられる街。

そういう街も、旅の中では大切な場所になります。

帰りにマクドナルドへ寄る

山を下りた後、帰りにマクドナルドへ寄りました。

海外旅行中、現地の食事ももちろん楽しいです。

でも、ときどき知っている味に安心したくなることがあります。

マクドナルドは、国が違っても入りやすい存在です。

看板を見るだけで、少しほっとします。

もちろんメニューや味には国ごとの違いがあります。

でも、基本的な安心感があります。

海外でマクドナルドに入ると、

「ここなら何とかなる」

という気持ちになります。

この時も、山歩きの後だったので、気軽に休める場所としてちょうど良かったのだと思います。

そこでSamongの友達にも会いました。

少し会話をしましたが、自分は日本語と片言の英語。

相手は韓国語。

間にSamongが入ってくれながら話した記憶があります。

こういう会話は、スムーズではありません。

でも、その不完全さが旅らしくて面白いです。

言葉が全部分からなくても、何とか伝えようとする。

相手も理解しようとしてくれる。

誰かが間に入ってくれる。

笑いながら、少しずつ会話する。

こういう時間は、観光地を見るのとは違う楽しさがあります。

マクドナルドという身近な場所で、韓国の友人の友人と会う。

かなり日常に近い旅の場面でした。

言葉が完璧でなくても楽しかった

この旅では、言葉の壁を何度も感じました。

Samongは日本語を話せましたが、家族や友達とは直接細かい会話ができません。

自分も韓国語ができるわけではありません。

片言の英語や、身振り手振り、Samongの通訳に頼る場面が多かったです。

それでも、不思議と楽しかったです。

言葉が通じないと、もちろん不便です。

細かい気持ちを伝えられない。

冗談も難しい。

聞きたいことがあっても、うまく聞けない。

でも、言葉が不完全だからこそ、表情や雰囲気をよく見るようになります。

笑顔。

声のトーン。

仕草。

間。

そういうものから、相手の気持ちを受け取ろうとします。

この2日目も、Samongのお母さんの笑顔、オットの人懐っこさ、友達との少しぎこちない会話など、言葉以外の記憶がたくさん残っています。

旅先でのコミュニケーションは、完璧である必要はないのかもしれません。

もちろん、言葉ができればもっと深く話せます。

それは間違いありません。

でも、通じない中でも伝わるものはあります。

この日の大田での時間は、それを強く感じる一日でした。

夜はまたオットと遊んで就寝

家へ戻ると、オットがまた元気に迎えてくれました。

朝も遊びましたが、夜もやっぱりかわいい。

少し遊んで、のんびり過ごして、そのまま眠りました。

この日は、派手な夜遊びはありません。

豪華なレストランへ行ったわけでもありません。

夜景スポットへ行ったわけでもありません。

でも、それで十分でした。

むしろ、この静かさが良かったです。

韓国の家庭に戻り、犬と遊び、少し休んで眠る。

旅先なのに、どこか日常に近い時間。

この感覚はホテル泊ではなかなか味わえません。

ホテルは快適です。

清潔で、便利で、気を使わない。

でも、家庭に泊まると、その国の生活の中に少し入ったような感覚があります。

テレビの音。

家族の会話。

犬の足音。

そういうものが、旅をただの観光ではなく、もっと生活に近い体験にしてくれました。

この2日目は、まさにそういう日でした。

派手ではないけれど、旅の本質を感じた一日

この日の行動だけを見ると、ものすごく派手な観光ではありません。

大田エキスポ跡地。

紅葉の山歩き。

仏教寺院。

マクドナルド。

Samongの家。

犬のオット。

観光パンフレットの表紙になるような、分かりやすい名所巡りではありません。

でも、旅としてはとても濃かったです。

その国の人と同じ街を歩く。

バスに乗る。

山へ行く。

マクドナルドに寄る。

家に帰る。

犬と遊ぶ。

そういう普通の流れの中にこそ、旅の本質があるのかもしれません。

観光名所をたくさん回る旅も楽しいです。

写真も残ります。

分かりやすい達成感もあります。

でも、現地の人の日常に少し触れる旅は、別の意味で記憶に残ります。

大田の2日目は、まさにそのタイプの一日でした。

何かすごい事件があったわけではありません。

でも、朝のお母さんの笑顔、オットのしっぽ、エキスポ跡地の静けさ、紅葉の山道、マクドナルドでの会話。

そういう小さな場面が、今でもしっかり残っています。

まとめ

2000年11月8日から始まった韓国4泊5日旅。

2日目は、ソウルではなく、大田でゆっくり過ごした一日でした。

前日の移動疲れもあり、この日は朝10時頃に起床。

リビングへ行くとSamongのお母さんがいて、言葉は通じなくても、笑顔で迎えてくれました。

その間、犬のオットと遊んで過ごしました。

オットは本当に人懐っこく、旅先の緊張をやわらげてくれる存在でした。

Samongが起きてからは、1993年に開催された大田エキスポの会場跡地へ。

バスで1時間ほど移動しながら、大田の落ち着いた街並みを見ることができました。

エキスポ跡地は平日ということもあり人が少なく、広い敷地に未来的な建物が点在していました。

開催当時は最先端だったであろう展示や施設も、少し時代を感じる雰囲気になっていて、その“少し古びた未来感”が妙に印象に残りました。

エキスポ見学の後は、なぜかその流れで山へ。

11月の韓国の山は紅葉がとてもきれいで、赤や黄色の木々、ひんやりした空気、乾いた落ち葉の匂いが心に残っています。

山の途中には仏教寺院もあり、お坊さんの姿も見かけました。

派手な観光地ではありませんが、こういう静かな風景こそ旅の記憶に残るものだと思います。

帰りにはマクドナルドへ寄り、Samongの友達にも会いました。

自分は日本語と片言の英語、相手は韓国語。

Samongに助けてもらいながらの会話でしたが、そういう不完全なコミュニケーションも旅らしくて楽しかったです。

夜はSamongの家に戻り、またオットと少し遊んで就寝。

豪華な食事や派手な夜遊びはない一日でしたが、韓国の地方都市で、その土地の人と同じ空気を吸い、同じ街を歩き、家庭で過ごすという、とても貴重な時間でした。

大田という街には、ソウルのような華やかさとは違う、落ち着いた魅力がありました。

そして何より、Samongとその家族の優しさに触れられた一日でした。

旅の2日目にして、すでに観光以上のものを経験していた気がします。

ただ、エキスポの後に自然な流れで山へ行くあたり、韓国の山歩き文化の身近さには少し驚きました。

日本で友達に「次、山行こう」と言われたら、たぶん一度靴を確認します。

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