声優にハマる前にあったラジオという入口
以前、声優にハマった話を書きました。
高校3年の頃、ラジオ番組をきっかけに声優に興味を持つようになった、という話です。
でも、よく考えてみると、いきなり声優ラジオにたどり着いたわけではありませんでした。
その前に、まず「ラジオそのもの」にハマった時期があったんです。
今回はその話です。
声優ではなく、ラジオ。
もっと言えば、深夜ラジオの空気に引き込まれていった高校時代の話です。
今なら、娯楽はいくらでもあります。
YouTubeもある。
配信サービスもある。
SNSもある。
スマホひとつで、動画も音楽もニュースも見られる。
むしろ多すぎて、何を見ればいいのか分からなくなるくらいです。
でも当時の自分にとって、ラジオはかなり大きな存在でした。
画面はない。
映像もない。
ただ声だけ。
でも、その声だけの世界が、なぜか妙に近く感じたんです。
今思い返しても、あの時期にラジオと出会ったことは、自分の趣味の流れを大きく変えた気がします。
声優にハマったのも、その延長線上にありました。
つまり、声優にハマる前に、すでにラジオに心を持っていかれていたわけです。
段階を踏んで沈んでいった沼です。
いきなり深みに落ちたわけではありません。
浅瀬だと思って入ったら、気づいたら足がつかなくなっていた。
そんな感じです。
受験期にテレビを我慢していた高校3年
きっかけは、高校3年の受験期でした。
高校3年。
本来なら、人生の中でもかなり勉強しなければいけない時期です。
参考書。
単語帳。
模試。
志望校。
進路。
不安。
いろいろなものが、まとめて押し寄せてきます。
今考えると、よくあの時期を普通の顔で過ごしていたなと思います。
いや、普通の顔はしていなかったかもしれません。
たぶん内心は結構ぐちゃぐちゃでした。
受験生というのは、なんとなく常に追われています。
勉強していても、
「これで足りるのか」
と思う。
休んでいても、
「休んでいていいのか」
と思う。
テレビを見ていても、
「こんなことしていていいのか」
と思う。
非常に面倒くさい精神状態です。
そこで自分は、テレビを見るのを制限していました。
家族に強制されたというより、自分で「見ない方がいいかな」と思っていた感じです。
テレビは危険です。
一度見始めると止まらない。
番組が終わっても、次の番組が始まる。
「このコーナーだけ」
「このゲストだけ」
「CM明けだけ」
そうやって、気づいたら時間が消えている。
受験生には危険物です。
だからテレビは我慢。
でも、完全に無音で勉強するのもつらい。
無音の部屋で参考書と向き合っていると、自分の不安の音が聞こえてくる気がします。
それはそれでしんどい。
そこで登場したのが、ラジオでした。
テレビはダメでもラジオならいいという謎ルール
テレビはダメ。
でもラジオならいい。
この謎の許容ライン。
今考えると、なかなか都合がいいです。
テレビは映像があるからダメ。
ラジオは音だけだから、勉強の邪魔にならない。
そう思っていました。
本当に邪魔にならなかったかというと、かなり怪しいです。
普通に内容を聞いていました。
むしろ、勉強よりラジオの方に集中していた時間もあったと思います。
参考書を開いている。
シャーペンも持っている。
机に向かっている。
でも耳は完全にラジオ。
見た目だけは受験生。
中身はただのリスナー。
参考書もきっと思っていたでしょう。
「こいつ、読んでないな」
はい。
読んでいませんでした。
最初は、ただのBGMのつもりだったんです。
完全な無音はつらいから、何か音があった方がいい。
そのくらいの気持ちでした。
でも、ラジオはただのBGMでは終わりませんでした。
思っていた以上に面白かった。
むしろテレビより楽しみになる時間が出てきました。
これが危ない。
勉強の補助として取り入れたはずのラジオが、いつの間にか一日の楽しみになっている。
主従逆転です。
勉強のお供だったはずが、ラジオの合間に勉強するようになっていました。
これはもう、だいぶ危険な状態です。
初めてラジオの面白さに気づいた
それまでラジオをちゃんと聴いたことは、あまりありませんでした。
車の中で流れているもの。
親が聞いているもの。
なんとなくニュースや音楽が流れているもの。
そのくらいの認識でした。
でも、一人で部屋でじっくり聴いてみると、まったく違いました。
パーソナリティの話し方。
声の間。
リスナーとのやり取り。
投稿されるはがきやメール。
その場の空気感。
テレビとは違う距離感があるんです。
画面がない分、想像力が働きます。
どんな表情で話しているのか。
スタジオはどんな雰囲気なのか。
投稿した人はどんな人なのか。
そういうものを、声だけを頼りに想像する。
これが面白かった。
テレビは、全部見せてくれます。
それはそれで分かりやすい。
でもラジオは、見えない余白がある。
その余白に、自分の想像が入り込む。
だからこそ、妙に近く感じたのかもしれません。
深夜の部屋で、一人で勉強している。
外は静か。
家族も寝ている。
その中で、ラジオから誰かの声が聞こえる。
それだけで、少し孤独感が薄れました。
受験期のラジオは、ただの娯楽ではなく、ちょっとした逃げ道でもありました。
逃げ道。
この言葉は少し後ろ向きに聞こえるかもしれません。
でも、人間には逃げ道が必要です。
ずっと正面から不安と戦い続けるなんて、無理です。
たまには横道にそれないと、心が持ちません。
自分にとって、その横道がラジオでした。
「宮川賢の誰なんだお前は!?」との出会い
そんな中で特にハマったのが、
「宮川賢の誰なんだお前は!?」
でした。
番組名からして、もう強い。
誰なんだお前は!?
いきなり距離感が近い。
いや、近いというより、ちょっと絡まれている。
でも、この番組が本当に面白かったんです。
自分が聴いていたのは後半の時期で、平日月曜から金曜の22時から24時。
22時スタートでした。
21時台スタートの時期もあったらしいですが、自分の記憶は完全に22時です。
この22時という時間がまた絶妙でした。
夜。
勉強しなければいけない。
でも一日の終わりに近づいて、少し気が緩んでくる時間。
そこで始まる「誰なんだお前は!?」。
受験生としては、かなり危ない番組でした。
番組の空気は、とにかく自由。
良い意味で、深夜ラジオ感が全開でした。
今の基準で考えると、かなり攻めた内容もあったと思います。
でも当時の自分には、その自由さがたまらなかった。
学校でも家でも、受験期はどこか真面目でいなければいけない空気があります。
ちゃんと勉強しろ。
将来を考えろ。
だらだらするな。
そんな中で、ラジオの中だけは妙に自由だった。
少しくだらない。
少し危ない。
でも、ものすごく面白い。
その空気に、見事に引き込まれました。
平日22時が待ち遠しかった日々
受験生なのに、平日22時が待ち遠しい。
これはなかなかの矛盾です。
本来なら、22時といえばラストスパートで勉強している時間かもしれません。
でも自分の場合、
「あと少しで始まる」
とラジオを意識していました。
時計を見る。
22時を待つ。
始まる。
空気が変わる。
この流れが、毎日の楽しみになっていました。
番組が始まると、一気に部屋の雰囲気が変わるんです。
さっきまで参考書と向き合っていた静かな部屋に、急に番組のテンションが入ってくる。
声がある。
笑いがある。
変な企画がある。
リスナーの投稿がある。
自分の部屋にいながら、どこか別の場所につながったような気がしました。
今思うと、よくあの状態で勉強していたなと思います。
本当に勉強になっていたのか。
その点については、かなり疑問です。
ただ、あの時間があったからこそ、受験期を乗り切れた部分もあった気がします。
ずっと張り詰めていたら、たぶん苦しくなっていました。
ラジオを楽しみにする時間があったから、
「今日も何とかやるか」
と思えたのかもしれません。
不真面目なようで、実は必要な息抜きだった。
そういうことにしておきたい。
今さら成績は変わりません。
せめて思い出くらいは美化させてください。
リスナー登録という独特な文化
この番組で印象的だったのが、リスナー登録制度です。
顔写真付きのはがきを送ると、リスナーとして登録される仕組みでした。
今考えると、なかなかすごいシステムです。
顔写真付きのはがき。
今なら個人情報とか、肖像権とか、いろいろな話になりそうです。
でも当時は、それが普通に行われていました。
なんというか、時代がおおらかでした。
おおらかというか、少し無防備。
でも、その無防備さも含めて面白かった。
登録されると、番組からステッカーが送られてきました。
このステッカーが、また欲しくなるんです。
番組を聴いている証。
リスナーとして認められた感じ。
自分ももちろん送りました。
そして、ちゃんとステッカーをもらいました。
もらったんです。
しかし、今はありません。
どこかで紛失しました。
こういうものに限って、残っていないんですよね。
当時の自分に言いたい。
ちゃんと保管しておけ。
なぜ捨てた。
いや、捨てたのか失くしたのかも覚えていません。
でも、今となってはかなり惜しいです。
あのステッカーが残っていたら、今ごろブログのネタとして写真にできたかもしれません。
未来の自分のことを考えずに生きていた高校生の自分。
まあ、高校生にそれを求めるのも無理です。
当時は、ただステッカーが届いたことがうれしかった。
それで十分だったんでしょう。
ステッカー欲しさに広がる誰おまネットワーク
面白かったのが、ステッカー欲しさに起きる現象です。
家族や友人との写真を送って、勝手にリスナー登録してしまう人がいたという話。
今なら、ちょっと問題になりそうです。
いや、かなり問題かもしれません。
でも当時は、それも含めて番組のノリとして成立していたような空気がありました。
このゆるさ。
この無法地帯感。
いかにも当時の深夜ラジオという感じがします。
もちろん、今の時代の感覚で見ればアウトな部分もあると思います。
でも、あの時代のラジオには、どこか「番組とリスナーが一緒にふざけている」ような雰囲気がありました。
リスナーがただ聴いているだけではなく、番組に参加している。
投稿する。
登録される。
名前を読まれる。
ステッカーが届く。
それだけで、番組との距離が一気に近くなる。
自分の部屋で一人で聴いているのに、どこかコミュニティの一部になっているような感覚がありました。
今ならSNSで簡単につながれます。
ハッシュタグで感想を書ける。
公式アカウントをフォローできる。
リスナー同士もすぐ見つかる。
でも当時は違いました。
はがき。
ラジオネーム。
ステッカー。
放送内で読まれること。
それがつながりでした。
不便だけど、その不便さが逆に濃かった気がします。
今では考えにくい企画の数々
「宮川賢の誰なんだお前は!?」は、とにかく企画がぶっ飛んでいました。
今の基準で考えると、
「これ、大丈夫なのか?」
と思うものも多かった気がします。
たぶん、今だったらそのままでは放送できない企画もあると思います。
でも、当時はそれが深夜ラジオの魅力でもありました。
自由で、少し危なくて、でも面白い。
きれいに整っていない。
予定調和ではない。
どこに転がっていくか分からない。
その感じがよかったんです。
テレビではできないこと。
普通の番組ではやらないこと。
そういうものが、ラジオでは普通に流れてくる。
高校生の自分には、それがかなり刺激的でした。
学校生活では、だいたいルールがあります。
先生がいる。
校則がある。
受験がある。
真面目にやらなければいけない空気がある。
その反動もあったのかもしれません。
ラジオの中の自由さが、とても魅力的に見えました。
ただ、自由というのは危うさもあります。
今振り返ると、あれは時代の空気があってこそ成立していたものだったんだろうなと思います。
コンプライアンスが今ほど厳しくなかった時代。
リスナーも番組も、ある意味で雑だった時代。
その雑さが、当時の自分には面白かった。
今ではもう戻れない空気です。
だからこそ、余計に記憶に残っているのかもしれません。
ド下手な歌ランキングの衝撃
中でも印象に残っているのが、“ド下手な歌ランキング”です。
リスナーが送ってきた音源をもとに、勝手にランキングするという企画。
これが本当に面白かった。
いわゆる音痴の歌が流れるわけですが、ただ下手というだけではありません。
クセが強い。
強すぎる。
歌っているはずなのに、途中から歌なのか何なのか分からなくなる。
音程が自由すぎる。
リズムが独自路線すぎる。
感情だけが先に走っている。
もはや芸術なのではないかと思う瞬間もありました。
いや、たぶん違います。
でも、そこまでいくと一周回って面白いんです。
何を基準にランキングしているのか分からない。
でも、なぜか成立している。
そして笑ってしまう。
今思うと、かなりカオスな企画でした。
よくあれを聴きながら勉強していたなと思います。
英単語を覚えるどころではありません。
頭の中に残るのは、謎の歌声。
受験には何の役にも立ちません。
むしろ邪魔です。
でも、精神的にはかなり助けられていました。
笑える時間があるというのは大事です。
受験期は、どうしても気持ちが重くなります。
でも、意味の分からない歌で笑える時間があると、少し救われる。
この企画は、そういう意味でも強烈に記憶に残っています。
ラジオがくれた孤独じゃない時間
受験期は、どうしても孤独になりがちです。
一人で机に向かう。
一人で不安になる。
一人で成績を気にする。
一人で将来を考える。
周りにも同じ受験生はいるけれど、最終的には自分の問題です。
その孤独感は、なかなか重いものがあります。
でも、ラジオがあると少し違いました。
誰かが話している。
誰かが笑っている。
誰かの投稿が読まれている。
どこかの誰かも同じ時間に聴いている。
そう思うだけで、少し気持ちが軽くなりました。
ラジオって、距離は遠いのに近く感じるんですよね。
スタジオと自分の部屋は離れています。
パーソナリティとも会ったことはありません。
リスナーの顔も知りません。
それでも、同じ時間を共有している感覚がある。
これは、ラジオ独特の魅力だと思います。
今の配信やSNSにも近さはあります。
でも、あの頃のラジオの近さは少し違いました。
もっと静かで、もっと個人的で、もっと夜に合っていた。
部屋で一人。
でも完全には一人じゃない。
その感覚に、かなり助けられていました。
声優ラジオへつながっていった流れ
そして、このラジオ体験が、のちに声優ラジオへとつながっていきました。
最初は、ただラジオそのものが面白かった。
パーソナリティの話が面白い。
番組の空気が好き。
リスナーとのやり取りが楽しい。
そういう入口でした。
でも、だんだん声そのものにも興味を持つようになります。
この人の話し方が好きだな。
この声、聞きやすいな。
この間の取り方、いいな。
声だけで人に惹かれる感覚が、ここで育っていたのかもしれません。
その後、声優さんのラジオを聴くようになって、
「この人の声が好きだな」
「このトーク面白いな」
「アニメのキャラクターと素の話し方が違うんだな」
と感じるようになりました。
今振り返ると、完全にこのルートです。
テレビではなくラジオ。
映像ではなく声。
見た目ではなく話し方や空気感。
自分が声優にハマっていった背景には、まずラジオにハマった時間がありました。
あの高校3年の夜がなければ、声優ラジオにもそこまで深く入っていなかったかもしれません。
そう考えると、趣味の入口というのは不思議です。
最初はただのBGMだったものが、いつの間にか人生の記憶に残る入口になっている。
人生、どこに何が転がっているか分かりません。
あの頃の自分にとってラジオは必要だった
高校3年の受験期。
本来なら、一番ストイックに勉強しているべき時期だったのかもしれません。
でも実際の自分は、ラジオを楽しみにしながら過ごしていました。
これが良かったのかどうかは分かりません。
もっと真面目に勉強していたら、違う未来があったのかもしれません。
ラジオを消して、英単語を一つでも多く覚えていた方が良かったのかもしれません。
でも、今となっては分かりません。
少なくとも、あの時間があったからこそ、気持ちが持ったのは確かです。
勉強だけの毎日だったら、たぶんどこかで息切れしていました。
ラジオがあったから、少し笑えた。
少し楽しみがあった。
少し孤独じゃなかった。
それは、受験期の自分には必要なものだったと思います。
人生は、効率だけでは進めません。
無駄に見える時間が、あとから大事な記憶になることがあります。
ラジオを聴いていた時間も、受験勉強という意味では効率的ではなかったかもしれません。
でも、自分の中にはちゃんと残っています。
そして今、こうしてブログの記事になっています。
受験には役立たなかったかもしれない。
でもブログにはなった。
遠回りにもほどがあります。
でも、こういう遠回りも悪くないのかもしれません。
まとめ
今回は、声優にハマる前にあった“もう一つの入口”として、高校時代にハマった深夜ラジオについて振り返ってみました。
きっかけは、高校3年の受験期。
テレビを我慢していた中で、
「ラジオならいいか」
という謎の許容ラインから聴き始めたのが最初でした。
最初はただのBGMのつもりでした。
でも、パーソナリティの話し方、リスナーとのやり取り、画面がないからこその距離感に、どんどん引き込まれていきました。
特に印象に残っているのが、「宮川賢の誰なんだお前は!?」です。
平日22時から24時。
受験生なのに、22時が待ち遠しいというなかなか危険な生活。
それでも、あの時間は自分にとって大事な息抜きでした。
リスナー登録制度やステッカー、今では考えにくいような自由な企画、ド下手な歌ランキング。
どれもカオスで、ゆるくて、でも強烈に記憶に残っています。
今の基準で見ればアウトな部分もあったかもしれません。
でも、当時の深夜ラジオには、あの時代だからこその自由さがありました。
受験期の孤独な時間に、誰かの声が聞こえる。
誰かが笑っている。
どこかの誰かも同じ番組を聴いている。
それだけで、少し気持ちが軽くなりました。
そしてその経験が、のちに声優ラジオへとつながっていきます。
声だけで人に惹かれる感覚。
パーソナリティの話し方や空気感を楽しむ感覚。
その土台は、きっとこの頃にできていたのだと思います。
あの頃のラジオが、受験にどれだけ役立ったかは分かりません。
むしろ勉強の邪魔をしていた可能性もあります。
でも、心を支えてくれたのは確かです。
高校3年の夜。
参考書を開きながら、耳は完全にラジオ。
今思えば、なかなか不真面目な受験生です。
でも、その不真面目な時間が、今では大事な思い出になっています。
人生って、意外とそういうものかもしれません。
当時はただの寄り道だったものが、あとから振り返るとちゃんと道になっている。
声優にハマる前に、ラジオにハマった。
その入口があったから、今でも声やラジオの記憶が、自分の中に残っているのだと思います。
また機会があれば、そこから声優ラジオにどう流れていったのかも、もう少し深く書いてみたいです。
……とはいえ、受験生の自分には一言だけ言っておきたい。
参考書、もう少し読め。
ラジオは面白かったけど、英単語は待ってくれなかったぞ。
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