アイドルにはハマらなかった自分
人生を振り返ってみると、不思議とアイドルにどっぷりハマった記憶がありません。
テレビをつければ人気アイドルグループが歌っている。
クラスメイトが「誰々がかわいい」と盛り上がっている。
雑誌の表紙にも、音楽番組にも、当たり前のようにアイドルが出ている。
でも自分は、それを少し離れたところから見ているタイプでした。
「へぇ、人気なんだな」
くらい。
もちろん、アイドルが嫌いだったわけではありません。
かわいいなと思う人もいたし、曲が耳に残ることもありました。
ただ、そこから先に進まなかったんですよね。
CDを買う。
雑誌を追う。
出演番組を録画する。
ライブに行きたいと思う。
誰かを“推す”。
そういう熱量までは、自分の中に出てこなかった。
若い頃って、周りが盛り上がっているものに乗れないと、ちょっとだけ自分がズレているような気分になることがあります。
別に誰に責められたわけでもないのに、
「あれ、自分はここに熱くなれないんだな」
と、少しだけ距離を感じる。
今なら分かります。
好みなんて人それぞれです。
ラーメンで言えば、こってり豚骨が好きな人もいれば、あっさり醤油が好きな人もいる。
全員が背脂に突撃する必要はないわけです。
でも当時は、そういう自分の好みの違いが少し不思議でした。
そんな自分が、ある時期だけかなり熱を入れてハマったジャンルがあります。
それが、声優でした。
アイドルにはそこまでハマらなかった自分が、なぜか声優には心を持っていかれた。
今思い返しても、なかなか面白い流れです。
人生、どこに落とし穴があるか分かりません。
しかもその落とし穴、けっこう深かった。
きっかけは高校3年のラジオ番組だった
声優にハマったきっかけは、高校3年のときでした。
高校3年といえば、普通なら受験です。
机に向かって参考書を開き、単語帳をめくり、将来について考え、親や先生からは当然のように「勉強しろ」と言われる時期です。
まあ、言われますよね。
でも人間って不思議なもので、
「勉強しろ」
と言われると、急に別のことが輝いて見えるんです。
普段なら気にならない本棚の整理がしたくなる。
部屋の掃除を始めたくなる。
昔の漫画を読み返したくなる。
ラジオを聴きたくなる。
勉強から逃げる能力だけは、なぜか異常に発達する。
その才能、もう少し受験科目に回せなかったのか。
今でもそう思います。
そんな時期に出会ったのが、声優さんのラジオ番組でした。
深夜ラジオ独特の空気。
あれは何なのでしょうね。
昼間に聴くラジオとは、まったく違う世界があります。
部屋は静か。
家族は寝ている。
外も暗い。
机には参考書。
でも耳から聞こえてくるのは、声優さんのトーク。
この背徳感。
勉強しなければいけないのに、なぜかラジオの声に集中している。
参考書は開いている。
でも目は文字を追っていない。
ただ開いているだけ。
参考書もきっと思っていたでしょう。
「飾りか」
はい。
かなり飾りでした。
でも、その深夜のラジオが本当に楽しかったんです。
顔は見えないのに、声だけで人柄が伝わってくる。
テレビよりも距離が近く感じる。
まるで、自分の部屋に直接話しかけてくれているような感覚がある。
これが強かった。
テレビのアイドルは、画面の向こうのスターでした。
でもラジオの声優さんは、もう少し近く感じたんです。
もちろん実際には遠い存在です。
こっちはただの高校生。
向こうはプロの声優さん。
距離なんて月とカップラーメンくらい離れています。
でも深夜ラジオの声は、その距離を少しだけ縮めてくれるような気がしました。
声だけで惹かれる不思議な世界
声優さんに惹かれた理由は、やっぱり「声」だったと思います。
当たり前すぎる話ですが、声優さんは声の力がすごい。
アニメのキャラクターを演じる声。
ラジオで普通に喋る声。
歌うときの声。
イベントで見せるテンション。
同じ人なのに、場面によって印象が変わる。
そこが面白かったんです。
「あ、このキャラクターの声の人って、素で話すとこんな感じなんだ」
とか、
「歌声になると印象が全然違うな」
とか、
「意外と天然っぽいな」
とか、
「この人、トークが普通に面白いな」
とか。
毎週、何かしら発見がありました。
アイドルにハマらなかった自分が、なぜ声優にはハマったのか。
今考えると、たぶん“声から入る距離感”が自分に合っていたんだと思います。
見た目で一気に好きになるというより、声や話し方、ラジオでの雰囲気から少しずつ惹かれていく感じ。
派手な入り口ではなく、じわじわ来る。
気づいたらCDをチェックしている。
気づいたらラジオの放送時間を覚えている。
気づいたら雑誌の声優特集を見ている。
怖いですね。
沼というものは、だいたい静かに足元から来ます。
最初は足首くらいです。
「あ、ちょっと楽しいな」
くらい。
それが気づいたら膝まで来ている。
腰まで来ている。
もう戻れない。
受験期に何をやっているんだ、という話です。
でも、あの時期に夢中になれるものがあったことは、今思うと悪くなかった気もします。
勉強の不安。
将来への不安。
自分がどこへ行くのか分からない感じ。
高校3年って、意外と心がザワザワしています。
そんな時期に、毎週楽しみにできるラジオがあった。
それは結構、救いだったのかもしれません。
当時好きだった声優さんたち
あの頃、自分が好きだった声優さんの名前を並べると、今でも一気にその時代へ戻ります。
椎名へきるさん。
川澄綾子さん。
丹下桜さん。
林原めぐみさん。
池澤春菜さん。
桑島法子さん。
坂本真綾さん。
この名前の並び。
同世代で、当時アニメや声優ラジオを追っていた人なら、
「ああ、その時代ね」
と分かってくれるかもしれません。
なんでしょうね。
名前を見ただけで、部屋の空気まで思い出す感じがあります。
深夜の机。
ラジオの音。
カセットテープ。
雑誌のページ。
CDショップの棚。
アニメ雑誌の声優コーナー。
あの頃は、今のようにSNSで毎日情報が流れてくる時代ではありませんでした。
だからこそ、一つひとつの情報が貴重でした。
ラジオで新曲情報が出る。
雑誌にインタビューが載る。
CDの発売日をチェックする。
アニメのエンディングで名前を見る。
テレビに少し出るだけで妙にうれしい。
今ならスマホで検索すれば、情報はいくらでも出てきます。
便利です。
ものすごく便利です。
でも、当時の「なかなか情報が手に入らないからこそ大事にする感じ」も、あれはあれで良かったんですよね。
雑誌一冊の重みが違いました。
今ならネットで数秒で見られる情報でも、当時は雑誌を買うか、ラジオを聴くか、友達から聞くか。
そういう時代でした。
だから熱量も高かったのかもしれません。
手に入りにくいものほど、人は追いかけたくなる。
恋愛でも趣味でも、だいたいそうです。
簡単に手に入るとありがたみを忘れる。
人間、面倒くさい生き物です。
アニメソングと声優ラジオが熱かった時代
今振り返ると、あの頃はアニメソングと声優ラジオの距離がかなり近かった時代だった気がします。
もちろん今も素晴らしいアニメソングはたくさんあります。
ただ、当時はラジオ番組、アニメ、CD、イベント、ライブが、ひとつの流れでつながっている感じがありました。
ラジオで新曲が流れる。
パーソナリティ本人が歌っている。
アニメの主題歌やキャラクターソングにもつながる。
ライブやイベントの話も出る。
その曲をCDで聴く。
またラジオで話を聴く。
この循環が楽しかった。
音楽番組で流れる流行曲とは少し違う、自分だけがこっそり大事にしているような感覚がありました。
いや、実際には多くの人が聴いていたんでしょうけどね。
でも当時の自分にとっては、ちょっと秘密基地のような世界でした。
深夜にラジオを聴く。
放送時間に合わせてラジカセの前にいる。
録音ボタンを押す。
雑音が入る。
家族が話しかけてくる。
「今、録ってるんだけど!」
と心の中で叫ぶ。
声には出さない。
なぜなら、声に出したら自分がラジオを録音していることがバレるからです。
この無駄な緊張感。
今ならスマホで配信を聴けます。
聞き逃し配信もある。
アーカイブもある。
倍速再生もできる。
イヤホンでどこでも聴ける。
便利すぎます。
でも、当時は放送時間を逃したら終わりでした。
まさに一期一会。
だからこそ、放送時間が近づくとソワソワしました。
「今日はちゃんと電波入るかな」
という謎の心配もありました。
雑音混じりの音声。
でも、それも含めて思い出です。
むしろ、少しザラついた音の方が、記憶には残っている気がします。
人生の思い出って、なぜか高音質では残らないんですよね。
少しノイズがある方が、妙にリアルだったりします。
大学4年の研究室で流れていた椎名へきる
時は流れて、大学4年。
声優にハマった高校3年から時間が経って、少し落ち着いた頃です。
大学4年といえば、研究室です。
卒論。
実験データ。
発表資料。
就活。
将来への不安。
締切。
謎の焦り。
だいたい、そういうものが詰まった場所です。
明るい青春というより、少し現実が近づいてくる場所。
そんな研究室に、同じ苗字の人がいました。
しかも、その人が椎名へきるさんのファンだったんです。
これはなかなか珍しい偶然でした。
同じ苗字。
同じ研究室。
そして椎名へきるファン。
何の伏線だったのか、今でもよく分かりません。
その人は、ファンクラブ会員だったと思います。
かなりしっかり追っていた印象がありました。
そしてあるとき、研究室のプロジェクターでライブDVDを流し始めたんです。
これがなかなかの衝撃でした。
研究室のプロジェクターといえば、普通は発表資料を映すものです。
実験結果。
グラフ。
スライド。
卒論の進捗。
先生からの鋭い質問。
そういうもののために存在しているはずです。
そこにライブDVD。
しかも結構しっかり観る。
今考えると、すごい空間です。
「研究室とは」
という哲学的な問いが生まれます。
でも、あの空気は嫌いではありませんでした。
むしろ、かなり好きでした。
研究室という少し息苦しい場所に、突然流れるライブ映像。
真面目な空間の中に、趣味が堂々と入り込んでくる感じ。
あれは時代がおおらかだったのか、研究室が自由だったのか、その人の胆力が強かったのか。
たぶん全部です。
BGMとして曲が流れていることもありました。
作業をしているようで、耳はしっかり反応している。
パソコンの画面を見ながら、心の中では、
「あ、この曲」
となる。
研究室にいながら、少しだけ高校時代の続きに戻ったような気分でした。
実は自分も隠れファンだった
ここで大事なのは、自分もファンだったということです。
ただし、隠していました。
これが若さです。
いや、若さというより、変な見栄です。
今なら普通に言えます。
「自分も好きでしたよ」
で終わる話です。
でも当時は、なぜか言えなかった。
オタク文化や声優好きに対する空気感が、今とは少し違ったんですよね。
今は「推し活」という言葉も普通に使われます。
アニメ好き、声優好き、アイドル好き、VTuber好き、ゲーム好き。
いろいろな趣味がかなりオープンになりました。
もちろん今でも人によって温度差はありますが、当時よりはずっと言いやすい空気になっていると思います。
でも当時は、声優が好きだと言うのに、少し照れがありました。
変に思われたくない。
詳しすぎると思われたくない。
オタクっぽく見られたくない。
でも好き。
この複雑な感じ。
青春ですね。
面倒くさいですね。
研究室でライブDVDが流れていても、自分はあくまで平静を装っていました。
「へぇ、詳しいね」
みたいな顔をする。
でも心の中では、
「この曲知ってる」
「そのライブ映像、見たことある」
「次の曲好きなんだよな」
「そこ、盛り上がるところだよね」
と、かなり反応していました。
外側は無関心風。
内側は小さくスタンディングオベーション。
何をやっているんだ、自分。
今なら思います。
素直に言えばよかったじゃないかと。
「自分も好きなんですよ」
たったそれだけです。
それだけなのに、当時は言えない。
若い頃の自意識というのは、本当に厄介です。
でも、その不器用さも含めて、今ではいい思い出です。
無駄に隠していた時間。
バレないようにしながら、心の中で楽しんでいた時間。
分かっているのに、分かっていないふりをした時間。
そういう情けなさも、青春の一部なんでしょうね。
好きなものを好きと言えなかった時代
今考えると、あの頃は「好きなものを好きと言う」ことが今より少し難しかった気がします。
もちろん人によります。
堂々と好きなものを話せる人もいました。
研究室でライブDVDを流していた同じ苗字の人なんて、まさにそうです。
強い。
あの堂々とした感じ、今思うとちょっと羨ましいです。
一方の自分は、ひっそりタイプでした。
好きだけど言わない。
知っているけど知らないふり。
聴いているけど話題には出さない。
無駄に忍者。
誰にも頼まれていないのに、趣味を隠密行動にしていました。
でも、当時はそれが自然だったんです。
自分の中にある好きなものを、簡単に人に見せられなかった。
否定されるのが怖いというより、少し照れくさい。
「そういうの好きなんだ」
と言われるだけでも、妙に恥ずかしい。
若い頃の自分は、たぶん今よりずっと人の目を気にしていました。
40代になった今は、だいぶ図太くなりました。
というより、細かいことを気にする体力が減りました。
これも老化の一種かもしれません。
でも悪くない老化です。
好きなものは好きでいい。
誰かに迷惑をかけていないなら、それでいい。
昔の自分に言ってあげたいですね。
「そのライブDVD、普通に楽しんでいいぞ」と。
ただ、当時の自分がそれをできなかったからこそ、今こうして思い出すと少しおかしい。
心の中だけで盛り上がる研究室。
外から見ると普通の学生。
中身はひっそりライブ会場。
なかなか器用な生き方をしていました。
器用というより、面倒くさいだけですが。
あの頃の“好き”は純粋だった
大人になると、好きなものに対しても、少し現実的な考えが混ざってきます。
時間はあるのか。
お金はかかるのか。
どれくらい追えるのか。
今からハマっても大丈夫か。
家のスペースはあるのか。
グッズを買ったら置き場所はどうするのか。
嫌ですね。
現実がすぐに会議を始めます。
若い頃は、もっと単純でした。
声が好き。
曲が好き。
ラジオが楽しみ。
来週の放送が待ち遠しい。
新曲が流れるとうれしい。
雑誌に載っていると読みたい。
それだけで十分でした。
意味があるかどうかなんて考えていませんでした。
何かの役に立つかどうかも考えていませんでした。
ただ好きだった。
これって、今思うとかなり貴重です。
大人になると、どうしても効率や成果を考えてしまいます。
この時間を使う意味はあるのか。
この趣味にお金を使っていいのか。
もっと有意義なことをした方がいいのではないか。
そんなことを考え始める。
もちろん、それも大事です。
生活がありますからね。
家賃も光熱費もあります。
スーパーで卵の値段を見て、一瞬止まる人生です。
「趣味は純粋に楽しめばいい」
と言いたいところですが、財布はなかなか現実的です。
でも高校生や大学生の頃の“好き”は、もう少しシンプルでした。
深夜にラジオを聴く。
曲を聴く。
名前を見つけてうれしくなる。
それだけで楽しい。
あの頃の自分にとって、声優さんたちの声や歌は、日常の中の楽しみでした。
受験の不安。
大学生活の不安。
将来への不安。
何者でもない自分。
そういうものの横に、ラジオや音楽がありました。
大げさに言えば、心の逃げ場だったのかもしれません。
いや、大げさではないかもしれません。
人は、何か楽しみがないとやっていけません。
それが深夜ラジオでも、アニメソングでも、声優さんのトークでもいい。
自分にとっては、それがあの頃の支えのひとつでした。
名前を見るだけで時代ごと思い出す
椎名へきるさん、川澄綾子さん、丹下桜さん、林原めぐみさん、池澤春菜さん、桑島法子さん、坂本真綾さん。
こうして名前を並べるだけで、作品や曲だけでなく、その時代の自分まで一緒に思い出します。
不思議です。
人の名前なのに、自分の記憶のスイッチにもなっている。
部屋の机。
深夜のラジオ。
カセットテープ。
受験勉強のふり。
大学の研究室。
プロジェクターに映るライブ映像。
言えなかった「自分も好きです」の一言。
全部まとめて思い出します。
好きなものって、人生のしおりみたいな存在なのかもしれません。
本のページに挟んだしおりを見ると、
「あ、このあたりを読んでいたな」
と思うように、昔好きだったものを見ると、
「あの頃、自分はこうだったな」
と思い出す。
声優さんの名前や曲は、自分にとってそういう存在です。
今も当時と同じ熱量で追っているわけではありません。
でも、ふと昔の曲を聴くと、一瞬で戻ることがあります。
あの感覚はすごいです。
音楽や声の記憶は、かなり強い。
当時の空気まで連れてきます。
部屋の暗さ。
ラジオの雑音。
夜更かしの感じ。
明日も学校なのに起きている罪悪感。
あれ、なんで夜更かしってあんなに楽しかったんでしょうね。
今は夜更かしすると、翌日ただのダメージです。
若い頃は、夜更かしにロマンがありました。
今は、夜更かしに請求書が来ます。
身体から。
「昨日の分、いただきます」
と言わんばかりに、翌日しっかり眠い。
でも、あの頃の深夜ラジオの時間は、間違いなく特別でした。
今なら普通に好きだったと言える
当時は隠れファンでした。
でも今なら普通に言えます。
「あの頃、声優にハマってました」
と。
何なら、少し誇らしいくらいです。
好きなものがあったというのは、それだけで豊かなことだと思います。
人に言えなかったとしても、隠していたとしても、自分の中ではちゃんと大事な時間だった。
ラジオを楽しみにしていたこと。
曲を聴いていたこと。
雑誌を見ていたこと。
研究室で流れるライブDVDに心の中で反応していたこと。
全部、ちゃんと思い出になっています。
若い頃は、好きなものを隠すことにエネルギーを使っていました。
今考えると、もったいないです。
でも、そのもったいなさも含めて自分です。
あの不器用さがあったから、今こうして少し笑って振り返ることができる。
「なんであのとき言わなかったんだろう」
と思いながらも、
「まあ、あれも青春だったな」
と思える。
人生の思い出は、完璧じゃないから面白いのかもしれません。
全部うまく立ち回れていたら、逆に味気ない。
少し恥ずかしい。
少し情けない。
少し不器用。
でも楽しかった。
それくらいが、後から思い出すにはちょうどいいのかもしれません。
まとめ
アイドルにはそこまでハマらなかった自分が、高校3年の頃に声優に夢中になったのは、深夜ラジオがきっかけでした。
テレビで見るアイドルには少し距離を感じていたのに、ラジオから聞こえる声優さんの声やトークには、不思議と近さを感じたんです。
顔は見えない。
でも声がある。
話し方がある。
歌がある。
キャラクターとは違う素の雰囲気がある。
その世界に、見事に引き込まれていきました。
椎名へきるさん、川澄綾子さん、丹下桜さん、林原めぐみさん、池澤春菜さん、桑島法子さん、坂本真綾さん。
当時好きだった声優さんたちの名前を見るだけで、今でもあの頃の空気を思い出します。
深夜ラジオ。
カセットテープ。
受験の不安。
アニメソング。
大学の研究室。
プロジェクターで流れるライブDVD。
そして、実は自分もファンなのに言えなかったあの感じ。
今思うと、なかなか面倒くさい青春です。
でも、悪くない。
むしろ、かなり愛おしい時間だったと思います。
好きなものを素直に好きと言えなかった自分も、心の中ではちゃんと楽しんでいました。
当時の“好き”は、とても純粋でした。
意味があるかどうかではなく、ただ楽しい。
声が好き。
曲が好き。
ラジオが待ち遠しい。
それだけでよかった。
大人になると、どうしても効率やお金や時間を考えてしまいます。
でも、たまにはあの頃みたいに、ただ好きだったものに戻ってみるのもいいのかもしれません。
昔の曲を聴く。
当時の声を思い出す。
深夜ラジオを待っていた自分を思い出す。
それだけで、少しだけ高校3年の部屋に戻れる気がします。
もちろん現実には戻れません。
戻ったところで、受験勉強が待っています。
それは困る。
できれば勉強だけは免除でお願いします。
でも、あの頃の空気を少し思い出すくらいなら、今でもできます。
今夜あたり、久しぶりに昔のアニメソングでも聴いてみようかなと思います。
そしてたぶん、イントロが流れた瞬間にこうなります。
「あ、これ知ってる……」
外側は40代。
中身は、深夜ラジオを聴いていた高校3年。
人間、意外と変わっていないものです。