青梅市の梅郷へ
3月7日、今日は青梅市の梅郷まで梅を観に行きました。
梅を観に行く。
言葉にすると、なんだか春らしくていい響きです。
桜ほど一気に盛り上がる感じではないけれど、梅には梅の良さがあります。派手すぎず、でもちゃんと季節を感じさせてくれる。寒さが少し残る時期に咲いている姿を見ると、「ああ、少しずつ進んでいるんだな」と思えます。
今回、青梅の梅郷へ行くことにしたのは、相方の一言がきっかけでした。
私の母も、久しぶりに外へ出て歩いたほうが良いのではないかと、相方からアドバイスをもらいました。
それを聞いて、私もたしかにそうだなと感じました。
家にいる時間が長くなると、どうしても外へ出る機会は減ります。外へ出ないと、さらに歩かなくなります。歩かないと、また外へ出るのが少し面倒になる。
この流れ、わりとあります。
自分でも分かります。休日に家でだらだらしていると、近所の買い物すら少し面倒になることがあります。布団と部屋着の力は強いです。人間を外に出さない力があります。
ただ、母の場合はなおさら、たまには外の空気を吸って歩く時間があったほうがいいのかもしれません。
そう思い、今回は母も一緒に連れていくことにしました。
弟も含めて、相方、母、弟、私の四人です。
相方の気づきがなければ、たぶん母を誘うところまで考えていなかったかもしれません。こういうところは、相方に助けられています。
自分だけだと、どうしても目の前の予定や自分の都合ばかりになってしまいます。
でも相方は、ふとしたところで「こうしたほうがいいんじゃない?」と気づいてくれることがあります。
ありがたいです。
早めに出かけることにした
梅を観に行くなら、混んでいる時間は避けたい。
そう思って、早めに出かけることにしました。
こういう場所は、のんびり出ると人が増えてきます。駐車場や道の混み具合も気になりますし、母を連れて歩くとなると、なるべく落ち着いている時間帯に行きたいところです。
人混みの中を歩くのは、それだけで疲れます。
見るものは梅なのに、人の流れに気を取られてしまうと、落ち着いて楽しめません。
だから、早めに動く。
我が家としては、わりと正しい判断だったと思います。
普段の休日なら、朝はもう少しゆっくりしたい気持ちもあります。東京都多摩地区の古い賃貸アパートで、洗濯物を眺めながら「今日どうする?」とぼんやりする時間も嫌いではありません。
ただ、この日は母も一緒です。
目的地も青梅の梅郷。
少し段取りよく動かないと、あとでバタバタしそうです。
早めに出かけると、空気もまだ落ち着いています。
どこかへ向かう途中の朝の感じは、少し好きです。これから目的地へ行くぞという気持ちと、まだ一日が始まったばかりの静けさが混ざっています。
梅を観に行くには、ちょうどいい朝だったと思います。
ただ、こういうときは、頭の中で予定を立てていても、その通りには進まないこともあります。
今回も、母がどれくらい歩けるかは、実際に行ってみないと分かりませんでした。
青梅の梅は小ぶりだった
青梅の梅は、以前、梅の病気でいちから植え直したみたいで、小ぶりでした。

その話は聞いていたので、ものすごく大きな梅の木がどーんと広がっている、という感じではないのだろうなとは思っていました。
実際に見てみると、やはり小ぶりな印象でした。
でも、たくさんの梅が咲いていました。
小ぶりだから物足りない、というわけではありません。
むしろ、小さめの木々が一生懸命咲いている感じがありました。
青梅の梅郷といえば、梅の名所という印象がありました。だからこそ、一度大きく植え直すような出来事があったと聞くと、少し複雑な気持ちになります。
花のある景色は、ただそこに自然にあるように見えます。
でも、実際には手入れする人がいて、守る人がいて、また植えて育てる時間があります。
一度なくなったものを戻していくには、きっと簡単ではなかったはずです。
こちらは観に行く側なので、「咲いている」「きれいだな」と思うだけになりがちです。でも、小ぶりな梅を見ていると、ここまで育ってきた時間も少し想像しました。
派手さで圧倒するというより、これからまた少しずつ育っていく場所。
そんな感じがしました。
たくさん咲いている梅を見ながら、来てよかったなと思いました。
梅の花は、近づいて見るとひとつひとつが可愛いです。
桜のように一気に空を染める感じとは違って、枝にぽつぽつと咲く姿がいい。少し控えめだけど、しっかり季節を知らせてくれる感じがあります。
母にも、この景色を見せられてよかったです。
母と一緒に歩く難しさ
ただ、早めに出かけたものの、母はあまり歩くことができませんでした。
ここは、少し考えさせられました。
相方が「外へ出て歩いたほうが良いのでは」と言ってくれて、私もそう感じて連れてきました。けれど、実際に歩けるかどうかは別です。
行けば歩ける、という単純な話ではありません。
こちらが「少し歩けばいい運動になる」と思っていても、母の体には母のペースがあります。
このあたりは、連れていく側の勝手な期待も少しあったのかもしれません。
せっかく梅を観に来たのだから、少し歩いて見て回れたらいい。
そう思っていました。
でも、実際には思ったより歩けない。
そうなると、予定をどうするか考えます。
無理に歩かせるのは違います。
せっかく外へ出たのに、しんどい思いばかりになってしまったら意味がありません。
梅を観ることも大事ですが、母が無理なく過ごせることのほうが大事です。
とはいえ、少し寂しさもありました。
もっと一緒に歩けると思っていた気持ちが、自分の中にあったのだと思います。
梅郷を歩きながら、母の様子を見て、無理はできないなと感じました。
自分の中では「まだ歩けるだろう」と思ってしまう部分もあります。でも、それは自分の感覚です。母の感覚とは違います。
こういうところで、家族と出かける難しさを感じます。
楽しいおでかけにしたい。
でも、体調や歩く力に合わせないといけない。
こちらの予定通りには進まない。
それでも、一緒に外へ出られたこと自体はよかったと思います。
梅を見る時間は短めに
母があまり歩けなかったこともあり、梅を見る時間は短めになりました。



予定していたよりも、早く切り上げる形です。
少し物足りなさはありました。
せっかく青梅の梅郷まで来たので、もう少し歩いて見て回りたい気持ちもありました。たくさん咲いている梅をもう少し眺めたかったですし、写真ももう少し撮りたかったかもしれません。
でも、今回は母を連れてきたおでかけです。
母のペースに合わせるのが一番です。
こういうとき、無理に「せっかく来たんだから」と詰め込むと、あとで疲れが残ります。
旅行やおでかけでよくあるのが、「せっかく来たから」の罠です。
せっかく来たから、もう少し歩こう。
せっかく来たから、あそこも見よう。
せっかく来たから、予定通り回ろう。
この言葉は便利ですが、けっこう危険です。
自分だけなら多少無理してもいいかもしれません。でも、誰かと一緒にいるときは、その人の状態も見ないといけません。
今回は、早めに切り上げるのがちょうどよかったと思います。
梅は小ぶりでしたが、たくさん咲いていました。
母と一緒にその景色を少しでも見られた。
それで十分だったのかもしれません。
完璧に見て回る必要はありません。
全部を楽しめなくても、少しだけでも外に出て、季節の花を見る。
それだけでも、家にいるのとは違います。
早めのお昼はバーミヤンへ
十時半すぎには、もう早めのお昼になりました。
向かったのはバーミヤンです。
母、弟、相方、私の四人でランチをしました。
梅を観に行った後にバーミヤン。
この流れが、なんだか我が家らしいです。
おしゃれな古民家カフェとか、地元の名店ランチとか、そういう方向ではありません。
バーミヤンです。
でも、こういうときのバーミヤンはありがたいです。
入りやすい。
席に座れる。
メニューが分かりやすい。
四人でも入りやすい。
母を連れていると、こういう安心感は大事です。
変に混んでいたり、席が狭かったり、メニューが分かりづらかったりすると、それだけで疲れます。
その点、バーミヤンは気楽です。
梅郷であまり長く歩けなかったぶん、早めに座って食事できたのはよかったと思います。
十時半すぎのお昼というと、かなり早いです。
でも、朝から動いていると、この時間でも食べられます。
早めに出かけて、少し歩いて、梅を見て、移動して、座ったらお腹も空いてくる。
不思議と食べられるものです。
四人でテーブルを囲む時間は、梅を見る時間とはまた違う意味で大事でした。
外に出て、花を見て、ご飯を食べる。
たったそれだけですが、母にとってもいつもと違う時間になっていたらいいなと思います。
四人でランチする時間
バーミヤンでのランチは、特別なごちそうというわけではありません。
でも、四人で座って食べる時間には、それなりの良さがあります。
母と弟、相方と私。
こういう組み合わせで外食することも、頻繁にあるわけではありません。
母を外へ連れ出すという目的があった今回のおでかけですが、こうして一緒に昼を食べるだけでも、意味があった気がします。


歩くことだけが外出の目的ではありません。
外の景色を見る。
車に乗る。
梅を見る。
店に入って席に座る。
メニューを見る。
食べる。
少し話す。
その全部が、家にいるのとは違う刺激になります。
もちろん、母がどれくらい楽しめたかは分かりません。
あまり歩けなかったことで疲れたかもしれませんし、外へ出たことで気分が変わったかもしれません。
こちらが勝手に「良かったはず」と決めつけるのも違います。
でも、少なくとも、ずっと家にいるだけではない時間を作れたのはよかったと思っています。
相方のアドバイスがなかったら、母を誘うこともなく、私たちだけで梅を観に行っていたかもしれません。
そう考えると、やはり相方の視点はありがたいです。
自分では気づかないところを見てくれる。
夫婦で暮らしていると、こういう場面があります。
相方のひと言で、予定の中身が少し変わる。
その結果、母と一緒に梅を観ることができました。
河辺駅近くで降ろしてもらう
ランチのあとは、河辺駅近くで降ろしてもらいました。
そこから、私たちはクレープショップへ寄ることにしました。
梅を観て、バーミヤンでランチして、そのあとクレープ。
ちょっと食べる流れが続いています。
でも、おでかけの日はそういうものです。
花を観に行ったはずなのに、気づくと食べ物の記録もしっかり残ります。
むしろ、あとで思い返すと、食べたもののほうが細かく記憶に残っていたりします。
梅は小ぶりだった。
母はあまり歩けなかった。
バーミヤンで早めのお昼を食べた。
帰りにクレープを食べた。
こうやって、景色と食べ物が一緒に記憶になります。
河辺駅近くで降ろしてもらったあと、母と弟とはそこで別れ、私たちはクレープショップへ。
相方と二人の時間に戻る感じです。
母と一緒にいる時間も大事ですが、相方と帰り道に少し寄り道する時間もまた大事です。
おでかけは、一つの目的だけでは終わりません。
梅を観る。
母とランチする。
帰りにクレープに寄る。
そうやって、少しずつ予定がつながって一日になります。
クレープショップへ寄る
河辺駅近くで降ろしてもらったあと、クレープショップに寄りました。

クレープは、値段相応な感じでした。
ここは正直に書きます。
すごく感動した、というよりは、まあ値段相応かなという感じです。
こういう感想もあります。
なんでも「めちゃくちゃ美味しい」と書く必要はありません。食べてみて、自分の中でそこまで大きく刺さらないこともあります。
それはそれで、ちゃんとした感想です。
クレープという食べ物は、見た目だけで少し気分が上がります。
手に持つと、なんとなく休日っぽい。甘いものを食べながら歩く感じも、ちょっとした楽しみです。
ただ、味としては値段相応。
うん、そういう日もあります。
一方で、相方が頼んだソフトクリームは美味しかったです。
これは印象に残りました。
クレープより、相方のソフトクリームのほうが良かったかもしれません。
こういうこともよくあります。
自分が頼んだものより、相方が頼んだもののほうが美味しそうに見える。実際に食べると、やっぱりそっちのほうが良かったりする。
注文の難しさです。
外食や食べ歩きでは、こういう小さな勝敗があります。
今日は相方の勝ちだったかもしれません。
とはいえ、クレープも食べられたのでよし。
梅を観て、ランチして、クレープショップに寄って帰る。
一日としては、なかなか充実していました。
相方のソフトクリームが美味しかった
相方が頼んだソフトクリームは美味しかったです。
クレープショップに寄ったのに、印象に残ったのはソフトクリーム。
こういうところが面白いです。
名前としてはクレープショップなので、クレープが主役のはずです。でも、食べてみるとソフトクリームが良かった。
食べ物の記憶は、予定通りにはいきません。
期待していたものより、横にあったもののほうが印象に残ることがあります。
相方が頼んだものが美味しいと、少しうらやましい気持ちも出ます。
「そっちだったか」と思います。
ただ、相方が美味しいものを選んでいたなら、それはそれでよかったです。
妊娠中の相方と一緒に出かけると、食べるものや移動の負担など、いろいろ気を使う場面があります。
だからこそ、ちょっとした寄り道で美味しいものに当たると、こちらも嬉しくなります。
遠出ではなく、青梅の梅郷から河辺駅近くのクレープショップ。
大きな旅行ではありませんが、相方と一緒にそういう時間を過ごせたのはよかったです。
母のこともあり、少し気持ちを使う一日でした。
あまり歩けなかった母を見て、考えることもありました。
それでも、最後に相方とソフトクリームの美味しさを感じる時間があったことで、少し気持ちが軽くなりました。
食べ物の力はすごいです。
帰宅して思ったこと
クレープショップへ寄ったあと、私たちは帰宅しました。
帰るころには、少し疲れていました。
朝から早めに出て、青梅市の梅郷へ行き、母と弟も含めて梅を観て、早めのお昼を食べ、河辺駅近くで降ろしてもらい、クレープショップへ寄る。
文字にすると、そこまで大変そうに見えないかもしれません。
でも、母を連れてのおでかけは、ただ移動するだけとは違います。
歩けるかどうか。
疲れていないか。
早めに切り上げたほうがいいか。
どこで食べるか。
そういうことを考えながら動くので、気持ちの使い方が少し違います。
それでも、行ってよかったと思います。
母があまり歩けなかったことは、少し考えさせられました。
自分が思っているより、外へ出て歩くことは簡単ではないのかもしれません。
「歩いたほうがいい」と思うことと、「実際に歩ける」ことは別です。
ここは忘れないようにしたいです。
無理に連れ出すのではなく、無理のない範囲で外へ出る。
そのくらいがいいのかもしれません。
今回は、青梅の梅郷で梅を見る時間は短めでした。
でも、たくさん咲いている梅を少しでも一緒に見られました。
バーミヤンで四人でランチもできました。
それだけでも、十分だったのだと思います。
梅を観に行った一日として
今回の青梅梅郷へのおでかけは、完璧に予定通りではありませんでした。
混む時間を避けるために早めに出かけたものの、母はあまり歩くことができませんでした。
梅を見る時間も、思っていたより短めになりました。
でも、たくさんの梅が咲いている景色は見られました。
小ぶりな梅ではありましたが、それでも咲いている姿にはちゃんと力がありました。
以前、梅の病気でいちから植え直したと聞いていたこともあり、今咲いている梅を見られること自体が、少しありがたく感じました。
青梅の梅郷は、これからまた少しずつ育っていく場所なのかもしれません。
今の景色は今の景色として、ちゃんと残しておきたいです。
そして、母を連れていけたこと。
ここも今日の大きなことでした。
相方のアドバイスがなければ、母を誘わずに出かけていたかもしれません。
相方が気づいてくれて、私もそうだなと思って、一緒に連れていくことにした。
その流れがあって、今日の一日になりました。
あまり歩けなかったことも含めて、記録しておきたいです。
いいことだけを書いても、日記としては少し違います。
思ったより歩けなかった。
早めにお昼になった。
クレープは値段相応だった。
相方のソフトクリームは美味しかった。
こういう現実も含めて、今日の青梅梅郷です。
まとめ
3月7日、青梅市の梅郷まで梅を観に行きました。
相方から、私の母も久しぶりに外へ出て歩いたほうが良いのではないかとアドバイスをもらい、私もそう感じたので、母も一緒に連れていくことにしました。
相方、母、弟、私の四人でのおでかけです。
青梅の梅は、以前、梅の病気でいちから植え直したみたいで、小ぶりでした。
それでも、たくさんの梅が咲いていました。
混んでいる時間を避けるために早めに出かけましたが、母はあまり歩くことができませんでした。無理に歩かせるのは違うので、梅を見る時間は短めになりました。
十時半すぎには、もう早めのお昼。
バーミヤンで、母、弟、相方、私の四人でランチをしました。
その後、河辺駅近くで降ろしてもらい、クレープショップへ寄ってから、私たちは帰宅しました。
クレープは値段相応な感じでしたが、相方が頼んだソフトクリームは美味しかったです。
梅をたくさん見られたこともよかったですし、母を外へ連れていけたこともよかったです。
ただ、母があまり歩けなかったことは、少し考えさせられました。
外へ出ることは良いことでも、無理なく過ごせる範囲を見ないといけません。
派手なおでかけではありませんでした。
でも、青梅の梅を見て、四人でバーミヤンに行って、帰りにクレープショップへ寄る。
我が家らしい、生活感のある梅見の日になりました。