※2003年1月13日の日記です。
2003年1月13日、韓国2泊3日旅の最終日
2003年1月13日。
韓国2泊3日旅の最終日です。
前日は、途中まではとても楽しい一日でした。
日本人と韓国人が集まる喫茶店へ行こうとしたものの、残念ながらお店は休み。
昼には餃子を食べ、カラオケでは店のおばちゃんの親切で予定より長く歌わせてもらいました。
夕方には明洞へ行き、コーヒーショップでチーズケーキを食べ、有名なパスタ屋で夕食。
その後、明洞を歩き、カンナムへ向かう予定でした。
ただ、時間が遅くなっていたので、ビールとつまみを買ってホテルで二人で飲むことになりました。
本来なら、旅の最後の夜として、ゆっくり楽しく過ごせるはずでした。
でも、そこでソヒャンと喧嘩をしてしまいました。
原因は、お互いの価値観の違いでした。
ちょっとしたことから意見がぶつかり、空気が悪くなり、修復できないまま彼女が帰る時間になりました。
私は後からフォローしようとしました。
でも、その時にはもう遅かったのだと思います。
喧嘩したまま別れることになりました。
そして迎えた帰国日。
この日は、ただ日本へ帰る日ではありませんでした。
前夜の喧嘩の後、ソヒャンとの関係がどうなるのか。
その答えを聞く日でもありました。
昨日の喧嘩のことをずっと考えていた
朝を迎えるまで、昨日の喧嘩のことをたくさん考えました。
何が悪かったのか。
どこで言い方を間違えたのか。
なぜあんな空気になってしまったのか。
もっと早く謝ればよかったのか。
もっと相手の話を聞けばよかったのか。
考えても考えても、答えは出ませんでした。
喧嘩というのは、その場が終わってからの方が苦しいことがあります。
その時は感情が動いていて、自分の言いたいことを言ってしまいます。
でも一人になると、相手の表情や言葉が何度も思い出されます。
「あれは傷つけたかもしれない」
「本当はこう言えばよかった」
「なぜあそこで止められなかったのか」
そんなことばかり浮かんできます。
特に今回は、旅先です。
しかも帰国日です。
今日、日本へ帰らなければいけません。
ゆっくり時間をかけて仲直りする余裕はありません。
会える時間は限られています。
その制限が、さらに不安を大きくしました。
昨日の夜、ソヒャンは明日見送りに来てくれると言ってくれました。
でも、本当に来てくれるのか。
昨日の喧嘩で気持ちが変わってしまったのではないか。
朝からずっと落ち着かなかったと思います。
約束した時間にソヒャンは来てくれた
そんな不安の中、ソヒャンは昨夜約束した時間に来てくれました。
来てくれた。
まず、そのことに少し安心しました。
もし来なかったらどうしようと思っていました。
避けられたらどうしよう。
もう会いたくないと思われていたらどうしよう。
そんな不安がありました。
でも彼女は、約束通り来てくれました。
それだけで、まだ話す時間をもらえたような気がしました。
もちろん、来てくれたからといって、すべてが元通りになるわけではありません。
昨日の喧嘩は消えません。
空気もきっと重かったと思います。
でも、会えたこと自体は大きかったです。
遠距離の関係では、会える時間が限られています。
このまま会えずに帰国していたら、もっと苦しかったと思います。
ソヒャンが来てくれたことで、最後に直接話す時間ができました。
ただ、その時間が楽しい別れの時間になるのか、つらい別れの時間になるのか。
それはまだ分かりませんでした。
ホテルをチェックアウトした
ソヒャンが来てくれた後、ホテルをチェックアウトしました。
旅行の最終日にホテルを出る時は、いつも少し寂しいものです。
荷物をまとめる。
部屋を確認する。
忘れ物がないか見る。
鍵を返す。
その一つ一つが、旅の終わりを感じさせます。
でもこの日のチェックアウトは、ただの旅の終わりではありませんでした。
ソヒャンとの関係も、何かが終わってしまうかもしれない。
そんな不安がありました。
前回泊まった時にも使ったDinastyホテル。
今回もそこに泊まりました。
このホテルには、ソヒャンとの思い出が重なっていました。
再会したこと。
一緒に過ごしたこと。
出かける前の時間。
そして、喧嘩した夜。
良い記憶も、苦い記憶も残っています。
ホテルを出る時、気持ちはかなり重かったと思います。
荷物はスーツケースだけではありません。
昨日の喧嘩。
今日の不安。
これから聞くかもしれない答え。
そういうものまで一緒に持って出たような感覚でした。
喫茶店に入った
ホテルをチェックアウトした後、喫茶店の中に入りました。
帰国前に少し話す時間です。
空港へ向かう前の喫茶店。
本来なら、最後にゆっくりお茶を飲む時間になってもよかったはずです。
「また会おうね」
「気をつけて帰ってね」
そんな言葉を交わして、少し名残惜しさを感じる時間。
でもこの日は、そういう穏やかな空気ではありませんでした。
昨日の喧嘩が残っています。
二人の間には、言葉にしづらい重さがありました。
喫茶店という場所は、不思議です。
外の街の音から少し離れ、向かい合って座ることになります。
逃げ場が少ない。
話さなければいけない空気になる。
この時の自分も、何か話さなければと思っていたはずです。
でも何を話せばよかったのか。
謝るべきなのか。
昨日のことをもう一度話すべきなのか。
普通の話題から入るべきなのか。
きっと頭の中はぐちゃぐちゃでした。
そして、その喫茶店で、ソヒャンから別れを告げられることになります。
喫茶店で別れを告げられた
喫茶店の中で、ソヒャンから別れを告げられました。
昨日の喧嘩が大きかったのだと思います。
価値観の違い。
言葉のすれ違い。
気持ちのズレ。
そうしたものが、彼女の中で決定的になってしまったのかもしれません。
もちろん、喧嘩だけが理由ではなかった可能性もあります。
日本と韓国の遠距離。
普段会えない不安。
文化や考え方の違い。
今後どう続けていくのかという現実。
そういうものが、すでに彼女の中で積み重なっていたのかもしれません。
そこに、昨日の喧嘩が重なった。
そう考えると、あの喧嘩はきっかけであり、同時に答えを出す最後の材料だったのかもしれません。
私は、その場でとてもショックを受けたと思います。
前回の韓国旅行で気持ちを伝え、空港へ向かうバスの中で答えをもらい、そこから毎日メールをしていました。
そして今回、また会いに来ました。
それなのに、最終日の朝、喫茶店で別れを告げられる。
あまりにも急な展開に感じたと思います。
でも、彼女の中では、急ではなかったのかもしれません。
「友達でいよう」と言われた
ソヒャンは、友達でいようと言ってくれました。
恋人としては終わるけれど、友達としての関係は残したい。
そういう気持ちだったのだと思います。
それは、彼女なりの優しさだったのかもしれません。
完全に縁を切るのではなく、つながりは残そうとしてくれた。
そう考えることもできます。
でも、その時の自分には、すぐに受け止めることができませんでした。
好きだった相手から別れを告げられた直後に、
「じゃあ友達で」
とはなかなか言えません。
そんなに簡単に気持ちは切り替えられません。
昨日まで恋人として向き合っていた相手です。
毎日メールをしていた相手です。
韓国まで会いに来た相手です。
その相手と、今日から友達としてメールを書く。
自分には、すぐにはできないと思いました。
友達でいることが嫌だったわけではありません。
でも、気持ちが追いつかなかったのです。
好きな気持ちが残ったまま、友達として自然に接することは難しい。
その時の正直な気持ちでした。
すぐには友達に戻れなかった
私は、ソヒャンに「考えさせて」と話しました。
友達でいようと言われても、すぐには答えられませんでした。
考えさせてほしい。
それが精一杯だったと思います。
すぐに「分かった」と言えば、彼女を安心させられたのかもしれません。
でも、それは自分の気持ちに嘘をつくことになる気がしました。
一方で、
「友達にはなれない」
ときっぱり言うこともできませんでした。
彼女とのつながりを完全に失うのは怖かったからです。
別れを告げられても、まだ好きな気持ちは残っています。
このまま全部終わってしまうのはつらい。
でも友達としてすぐに振る舞うのもつらい。
どちらも苦しい。
だから、結論を出せませんでした。
恋愛の終わりには、こういう中途半端な時間があります。
好きだけど続けられない。
離れたいけど離れたくない。
つながっていたいけど、友達として見るのは苦しい。
気持ちが整理できないまま、時間だけが進んでいきます。
この喫茶店での時間は、まさにそういう時間でした。
結論が出ないまま空港へ向かった
喫茶店で別れを告げられ、友達でいようと言われ、私は考えさせてほしいと答えました。
でも、その場で結論は出ませんでした。
そして、結論が出ないまま空港へ向かうことになりました。
帰国日は、待ってくれません。
気持ちが整理できていなくても、飛行機の時間は近づいてきます。
話し合いが終わっていなくても、空港へ行かなければいけません。
この現実がつらいところです。
もっと時間があれば、落ち着いて話せたのかもしれません。
もう少し気持ちを整理できたのかもしれません。
でも、旅には終わりがあります。
ホテルを出て、喫茶店で話し、空港へ向かう。
流れは止まりません。
空港へ向かう道中、何を話したのかは細かく覚えていません。
きっと重い空気だったと思います。
前回の韓国旅行の最終日、空港へ向かうバスの中では、彼女が「彼と別れる」と答えてくれました。
恋が始まった場所でした。
でも今回は、空港へ向かう道のりが、別れを抱えた時間になっていました。
同じように空港へ向かっているのに、まったく違う気持ちです。
空港へ向かう時間がつらかった
空港へ向かう時間は、とてもつらかったと思います。
普通の帰国でも寂しいものです。
でも、この時はそれ以上でした。
別れを告げられたばかり。
友達でいようと言われたばかり。
自分の答えは出ていない。
それなのに、もう帰らなければいけない。
空港へ近づくほど、時間がなくなっていきます。
空港は、旅の終わりを強く感じる場所です。
チェックイン。
手続き。
搭乗。
出発。
どれも、もう戻れない方向へ進んでいく感じがあります。
この日は、その流れがとても重かったはずです。
ソヒャンと一緒にいる時間も、残りわずかです。
でも、何を話せばいいのか分からない。
仲直りしたいのか。
別れを受け入れるべきなのか。
友達として続けるのか。
何も決められない。
心の中が整理できないまま、空港へ向かっていました。
旅の最終日に、こんな気持ちで空港へ向かうことになるとは思っていませんでした。
しばらく友達としてメールを続けることになった
空港へ向かう中で、最終的にどうするかははっきり決まりませんでした。
ただ、しばらくの間は友達のままメール交換をして、再びソヒャンの心が許してくれるまで待つことになりました。
これは、完全な終わりではないようでいて、とても不安定な状態でした。
恋人ではない。
でも完全に離れるわけでもない。
友達としてメールを続ける。
そして、いつか彼女の気持ちが戻ってくれるかもしれないと待つ。
かなり苦しい形です。
でも、その時の自分には、それしか選べなかったのだと思います。
完全に終わらせる勇気もない。
友達として割り切る強さもない。
まだ戻れるかもしれないという可能性にすがりたい。
そんな気持ちがありました。
「待つ」という選択は、希望があるようでつらいものです。
待っている間、相手の言葉ひとつで気持ちが揺れます。
メールが来れば期待します。
少しそっけなければ不安になります。
返信が遅れれば落ち込みます。
それでも、完全に終わらせるよりはましだと思ってしまう。
この時の自分は、そんな状態だったのだと思います。
帰国後も気持ちは整理できなかった
日本へ帰国しても、気持ちは整理できませんでした。
旅が終わったからといって、心がすぐに切り替わるわけではありません。
むしろ、帰国してからの方がつらかったかもしれません。
韓国にいる間は、まだソヒャンが近くにいました。
直接会うこともできました。
話すこともできました。
でも日本へ戻ると、また距離ができます。
会えません。
メールでしかつながれません。
しかも、恋人としてではなく、友達としてメールをする。
これはかなり難しかったと思います。
相手のことはまだ好きです。
でも、恋人ではない。
相手は友達として接しようとしている。
自分はまだ期待している。
このズレは苦しいです。
メールを書くにも、どんな温度で書けばいいのか分かりません。
以前のように恋人として書いてはいけない。
でも、完全に友達として軽く書くこともできない。
一通のメールを書くにも、かなり悩んだのではないかと思います。
遠距離恋愛の終わりは、別れた瞬間だけでなく、その後のやり取りにも痛みが残ります。
1週間後に告げられた完全な別れ
そして、1週間経った日。
ソヒャンから、2度と彼女の心は戻らないだろうと言われました。
その言葉で、完全に別れることになりました。
これはかなりつらかったです。
喫茶店で別れを告げられた時もつらかったですが、その時はまだ少しだけ可能性を残していました。
友達としてメールを続ける。
彼女の心が戻ってくれるまで待つ。
そういう形でした。
でも1週間後、その可能性もなくなりました。
もう心は戻らない。
そう言われたことで、関係は完全に終わりました。
待つこともできない。
期待する余地もない。
そう突きつけられたような気持ちだったと思います。
もちろん、彼女にとっても簡単な言葉ではなかったのかもしれません。
曖昧に続けるより、はっきり終わらせる方がいいと考えたのかもしれません。
でも受け取る側としては、とても苦しい言葉でした。
韓国まで会いに行き、気持ちを伝え、遠距離でメールを重ね、再び会いに行った関係。
それが、ここで終わりました。
あの喧嘩がすべてだったのか
今振り返ると、どうしても考えてしまいます。
あの喧嘩がすべてだったのか。
もしホテルで喧嘩しなかったら、関係は続いていたのか。
もしもっと早く謝っていたら、違ったのか。
もし喫茶店で、もっと落ち着いて話せていたら、変わったのか。
答えは分かりません。
おそらく、喧嘩だけが原因ではなかったのだと思います。
遠距離。
国の違い。
価値観の違い。
将来への不安。
お互いの気持ちの変化。
そうしたものが、少しずつ積み重なっていたのかもしれません。
喧嘩は、その積み重なったものが表に出た出来事だったのかもしれません。
でも、当時の自分にとっては、どうしても昨日の喧嘩が大きく見えたはずです。
「あれさえなければ」
そう思ったと思います。
恋愛の終わりには、どうしても原因を探してしまいます。
何が悪かったのか。
どこで間違えたのか。
どうすればよかったのか。
でも、すべてに明確な答えがあるわけではありません。
ただ、終わってしまったという事実だけが残ります。
遠距離の難しさを知った
この恋愛で、遠距離の難しさを強く知りました。
好きな気持ちだけでは、すべては解決しません。
会いたい時に会えない。
気持ちを直接伝えられない。
メールでは誤解も生まれやすい。
会える時間が限られているから、一度のすれ違いが大きく感じられる。
国が違えば、文化や生活感覚も違います。
何気ない言葉の受け取り方も違うかもしれません。
恋愛に対する価値観も違うかもしれません。
そういう違いを、楽しめる時もあります。
でも、ぶつかった時には大きな壁になります。
今回の旅でも、最初は再会できた嬉しさがありました。
COEX Mallへ行き、中華料理を食べ、カンナムでビールを飲みました。
2日目も、餃子、カラオケ、明洞、チーズケーキ、パスタと楽しい時間がたくさんありました。
でも、最後の価値観の違いが、関係を大きく揺らしました。
遠距離では、喧嘩の後にすぐ会って仲直りすることが難しいです。
帰国日が来てしまえば、もう距離が戻ってきます。
その難しさを、この旅で痛感しました。
それでも大切な経験だった
最終的には別れることになりました。
その事実は、とてもつらいものでした。
でも、今振り返ると、この恋愛が無意味だったとは思いません。
ソヒャンと出会ったこと。
毎日メールをしたこと。
韓国へ会いに行ったこと。
夜景の前で気持ちを伝えたこと。
空港へ向かうバスの中で答えをもらったこと。
遠距離でやり取りを続けたこと。
再び韓国へ行ったこと。
楽しい時間を過ごしたこと。
そして、喧嘩をして別れを迎えたこと。
どれも、自分にとって大切な経験でした。
うまくいったことだけが思い出になるわけではありません。
うまくいかなかったことも、時間が経つと自分の一部になります。
後悔もあります。
反省もあります。
あの時もっとこうできたのではないかと思うこともあります。
でも、その時の自分なりには本気でした。
不器用でも、本気でした。
だからこそ、今でもこうして覚えているのだと思います。
恋愛は、終わった後にようやく意味が見えてくることがあります。
この旅も、当時はただ苦しかったはずです。
でも今は、自分の人生の中にある濃い記録のひとつとして残っています。
韓国2泊3日旅の終わり
2003年1月11日から13日までの韓国2泊3日旅。
1日目は、ソヒャンとの再会の日でした。
仁川空港に到着し、ファーストフードで昼を済ませ、Dinastyホテルへ。
COEX MallでFinklのCDやお土産を買い、ゲームをして、ソヒャンが予約してくれた中華料理店で食事をしました。
夜はカンナムでビールを飲み、ホテル前で別れました。
2日目は、楽しい時間と喧嘩が同じ日に詰まった一日でした。
日本人と韓国人が集まる喫茶店へ行こうとしたものの、店は休み。
昼には餃子を食べ、カラオケでは2時間歌わせてもらい、明洞でチーズケーキとパスタを楽しみました。
でも夜、ホテルでビールとつまみを飲んでいる時に、価値観の違いから喧嘩になりました。
そして3日目。
帰国日。
ホテルをチェックアウトし、喫茶店に入り、そこで別れを告げられました。
友達でいようと言われたものの、すぐに気持ちを切り替えることはできず、考えさせてほしいと答えました。
結論が出ないまま空港へ向かい、しばらく友達としてメールを続け、彼女の心が戻るのを待つことになりました。
でも1週間後、もう心は戻らないと言われ、完全に別れることになりました。
短い旅でした。
でも、とても重い旅でした。
まとめ
2003年1月13日、韓国2泊3日旅の最終日。
この日は、前日の喧嘩を引きずったまま迎えた帰国日でした。
昨夜、ソヒャンとは価値観の違いから喧嘩をしてしまい、修復できないまま別れることになりました。
彼女は明日見送りに来てくれると言ってくれましたが、本当に来てくれるのか、関係はどうなるのか、不安なまま朝を迎えました。
それでも、ソヒャンは約束した時間に来てくれました。
ホテルをチェックアウトし、喫茶店に入りました。
そこで、彼女から別れを告げられました。
彼女は友達でいようと言ってくれました。
でも、私はすぐに友達としてメールを書くことはできないと思いました。
好きな気持ちが残ったまま、すぐに友達として振る舞うことは難しかったのです。
だから、「考えさせて」と話しました。
結論は出ないまま、空港へ向かいました。
最終的には、しばらくの間、友達のままメール交換をして、再びソヒャンの心が許してくれるまで待つことになりました。
でも、1週間経った日、2度と彼女の心は戻らないだろうと言われました。
そして、彼女とは完全に別れることになりました。
この旅は、再会のための旅でした。
毎日メールを重ね、また会えることを楽しみにして韓国へ向かいました。
1日目は、COEX Mallで買い物をし、中華料理を食べ、カンナムでビールを飲みました。
2日目も、餃子、カラオケ、明洞、チーズケーキ、パスタと楽しい時間がありました。
でも、最後の夜に喧嘩をしてしまい、その流れのまま最終日に別れを迎えることになりました。
今振り返ると、つらい旅でした。
でも、楽しい時間がなかったわけではありません。
むしろ、楽しい時間があったからこそ、最後の別れが余計につらかったのだと思います。
遠距離の難しさ。
価値観の違い。
言葉のすれ違い。
好きな気持ちだけでは越えられないもの。
この旅で、そういうものを知りました。
あの時の自分には、うまく受け止めることができませんでした。
もっと落ち着いて話せばよかった。
もっと相手の気持ちを考えればよかった。
そう思うこともあります。
でも、その時の自分なりには本気でした。
会いたくて韓国へ行き、毎日メールを重ね、関係を続けたいと思っていました。
結果として別れることになりましたが、その気持ちまで否定する必要はないのだと思います。
韓国2泊3日の旅は、恋が再び動く旅になるはずでした。
でも実際には、恋の終わりを知る旅になりました。
それでも、この旅の記憶は今でも残っています。
喫茶店で別れを告げられたこと。
空港へ向かう時の整理できない気持ち。
帰国後もしばらく友達としてメールを続けたこと。
そして1週間後に、完全な別れを受け入れることになったこと。
旅は楽しいだけではありません。
人と深く関わる旅ほど、嬉しさも痛みも濃くなります。
この韓国旅行は、まさにそんな旅でした。
最後に残ったのは、華やかな観光の記憶ではなく、喫茶店の中で言われた別れの言葉でした。
でも、それも含めて、自分の大切な記録です。
あの時の自分は、かなり不器用でした。
でも、不器用なりに本気でした。
だからこそ、今でも忘れられないのだと思います。