「初めてのパソコンって何だった?」
そう聞かれると、ちょっと考える。
今のようにスマホがある時代ではない。
家にパソコンがあるのも当たり前ではなかった。
そもそも、パソコンというもの自体が、まだ少し特別な存在だった。
テレビや冷蔵庫のような普通の家電とは違う。
ゲーム機とも違う。
触れる人は触れるけれど、触れない人はまったく触れない。
そんな機械だった。
自分にとっての最初のパソコンは、高校2年生のときに叔父からもらったノートパソコンだった。
今みたいな薄くて軽いノートパソコンではない。
おしゃれでもない。
カフェで開いてドヤ顔するようなものでもない。
そもそも当時、カフェでノートパソコンを開く人なんて、ほとんど見なかった気がする。
少なくとも、自分の生活圏にはいなかった。
でも、その一台は自分にとってかなり特別だった。
そして、そのパソコンに入っていたのが、MS-DOS 6.2。
今の感覚で言えば、かなり渋いスタートである。
初めてのパソコンがWindowsでもMacでもなく、MS-DOS。
黒い画面に文字。
マウスではなくキーボード。
アイコンをクリックするのではなく、コマンドを打つ。
そういう世界から、自分のパソコン人生は始まった。
今振り返ると、なかなかクセの強い入口だったと思う。
でも、あの黒い画面がなかったら、たぶん今の自分は少し違っていた。
初めてのパソコンは叔父からもらったノートだった
高校2年生の頃、叔父からノートパソコンをもらった。
これが自分にとっての初めてのパソコンだった。
今思うと、あの一台がかなり大きかった。
もしあのときパソコンをもらっていなかったら、自分の進路も、その後の興味も、かなり違っていた気がする。
当時は、パソコンを持っている高校生なんてそこまで多くなかった。
少なくとも、自分の周りでは「みんな持っている」という感じではなかった。
スマホなんてもちろんない。
携帯電話も今ほど当たり前ではない。
インターネットもまだ今のように生活の中心ではなかった。
パソコンはまだ、一部の人が使う特別な機械という雰囲気があった。
だから、家にパソコンがあるというだけで、少しテンションが上がった。
別に何かすごいことができたわけではない。
プログラムをバリバリ書いていたわけでもない。
高度な作業をしていたわけでもない。
でも、目の前にあるその機械が、自分にはかなり魅力的に見えた。
「これ、なんかすごいぞ」
そんな感じだった。
まだ使い方もよく分かっていないのに、触っているだけで楽しい。
今思うと、あの感覚こそが最初の入口だったのだと思う。
黒い画面とコマンドの世界
そのノートパソコンに入っていたのが、MS-DOS 6.2だった。
MS-DOS。
今の若い人からすると、たぶんピンとこないと思う。
パソコンといえば、電源を入れたらきれいな画面が出て、マウスでアイコンをクリックして、ブラウザを開いて、動画を見たり、書類を作ったりするもの。
でも当時のMS-DOSは違った。
画面は黒。
そこに白い文字が出ている。
基本的にマウスは使わない。
操作はキーボード。
コマンドを打って動かす。
今の感覚からすると、かなり不親切である。
「何をすればいいのか」が画面に分かりやすく表示されているわけではない。
ボタンもない。
メニューもない。
親切な案内もない。
こちらが何かを知らないと、何も始まらない。
最初は正直、何をしていいのかよく分からなかった。
黒い画面を前にして、
「で、これは何をすればいいんだ?」
となる。
今のパソコンなら、とりあえずクリックしていれば何かしら動く。
スマホなら、画面を触っているうちに何となく操作できる。
でもMS-DOSは、知らなければ本当に何もできない。
この不親切さ。
でも、それが逆にパソコンっぽかった。
コマンドを打つだけで少し賢くなった気がした
MS-DOSでは、何かをするたびにコマンドを打つ。
ファイルを見る。
ディレクトリを移動する。
ソフトを起動する。
それぞれにコマンドがある。
英語のような文字列を入力して、Enterキーを押す。
すると画面が動く。
これが、当時の自分にはかなり面白かった。
自分が何かを命令している感じがした。
もちろん、実際には大したことをしていない。
ただ決まったコマンドを入力しているだけだ。
でも、黒い画面に向かって文字を打ち、機械が反応する。
これだけで、ちょっと賢くなった気がした。
今なら笑ってしまう。
でも当時は本当にそうだった。
パソコンを使っている自分。
黒い画面にコマンドを打っている自分。
それだけで、少し特別なことをしているような気分になった。
たぶん、周りにパソコンを使える人がまだ少なかったことも大きい。
「パソコンを触れる人は頭がいい」
そんな空気があった。
実際の自分は、たいして分かっていなかった。
でも、触っているだけで少し優越感があった。
今思うと、かなり単純である。
でも、その単純なワクワクが大事だった。
使っていたソフトも今とは別世界
当時よく使われていたソフトといえば、Lotus 1-2-3や一太郎だった。
Lotus 1-2-3。
今でいうExcelのご先祖みたいな存在。
一太郎。
今でいうWordのような日本語ワープロソフト。
もちろん、厳密にはそれぞれ特徴が違うのだろうけれど、当時の自分の感覚では、表計算ならLotus、文章を書くなら一太郎という印象だった。
今なら、表計算はExcelやGoogleスプレッドシート。
文書作成はWordやGoogleドキュメント。
そんな感じだと思う。
でも当時は、Lotus 1-2-3と一太郎。
時代である。
とはいえ、自分がそれらを使いこなしていたかというと、全然そんなことはない。
正直、ちょっと触って、文字を打つくらいだった。
表計算をバリバリ使っていたわけでもない。
一太郎で立派な文書を作っていたわけでもない。
ただ、ソフトを起動して、画面に文字を打つ。
それだけでも楽しかった。
自分が打った文字が画面に出る。
保存できる。
印刷もできる。
今では当たり前すぎることだけれど、当時はそれだけで「すごい」と思えた。
文字を打つだけでも楽しかった
最初の頃は、パソコンで何かを作るというより、ただ触っていること自体が楽しかった。
文字を打つ。
消す。
また打つ。
保存する。
ファイルを開く。
たったそれだけ。
でも、それが新鮮だった。
今のようにネットで調べものをしたり、動画を見たり、SNSを開いたりすることはできない。
当時の自分にとって、パソコンはまだインターネットにつながる便利な道具というより、単体で何かをする機械だった。
ワープロとして使う。
表計算ソフトを触る。
ファイルを操作する。
そんな感じだった。
でも、そこにはちゃんと面白さがあった。
特にキーボードを打つ感覚。
自分の入力に対して、画面が反応する感じ。
あれは、ゲームとは違う面白さだった。
自分の手で機械を動かしている感覚がある。
今のスマホは便利すぎて、操作している感覚がかなり薄い。
指で触ればすぐ動く。
アプリも直感的。
でも当時のパソコンは、もっと機械と向き合っている感じがあった。
不便だけど、触っている実感が強かった。
パソコンは特別な機械だった
当時のパソコンには、「なんかすごい機械を触っている感」があった。
今のパソコンやスマホとは、少し存在感が違う。
今は、誰でもスマホを持っている。
パソコンも仕事や学校で普通に使う。
便利な道具ではあるけれど、特別感は薄くなった。
でも当時のパソコンは違った。
家にあるだけで少し珍しい。
触れるだけで少しすごい。
使える人は頭がよさそう。
そんな空気があった。
もちろん、それはイメージでしかない。
パソコンを持っているから偉いわけでもないし、使えるから急に優秀になるわけでもない。
でも、当時の自分は完全にその空気に乗っていた。
「自分、ちょっとすごいもの触ってるかも」
そんな気持ちがあった。
黒い画面に文字を打っているだけなのに。
Lotusや一太郎をちょっと触っているだけなのに。
それでも、パソコンに向かっている時間は少し特別だった。
今思えば、あの優越感みたいなものも、パソコンにのめり込むきっかけの一つだったのかもしれない。
進路に影響したのは間違いない
この体験が、自分の進路に影響したのは間違いないと思う。
高校卒業後、自分は工学部の情報系へ進むことにした。
当時は、そこまで深く考えていたわけではない。
「将来はこういう仕事をしたい」
「この技術を極めたい」
「絶対にプログラマーになる」
そんな明確な目標があったわけではなかった。
むしろ、
「なんとなく面白そう」
くらいのノリだった。
でも、その「なんとなく面白そう」が大きい。
進路を選ぶとき、完全に理屈だけで決める人ばかりではないと思う。
何となく好き。
何となく気になる。
何となく触っていて楽しい。
そういう感覚で選ぶこともある。
自分にとって、パソコンはまさにそうだった。
高校2年生のときに叔父からもらったノートパソコン。
MS-DOSの黒い画面。
Lotus 1-2-3や一太郎。
そこから始まった小さな興味が、情報系へ進むきっかけになった。
その後、大学で情報系を学び、2012年に卒業することになる。
もしあのときパソコンを触っていなかったら、たぶん全然違う進路になっていたと思う。
人生の分岐点というのは、意外とそんなものなのかもしれない。
「これだ」と熱く決意するというより、
「なんか面白そう」
と触ってみたものが、あとになって大きく影響してくる。
自分にとってのパソコンは、まさにそんな存在だった。
パソコンが一気に身近になっていった時代
自分がパソコンに興味を持ち始めた頃から、世の中のパソコン環境はどんどん変わっていった。
その中で大きかったのが、Windowsの存在だと思う。
特に1995年に登場したWindows 95は、パソコンを一般家庭へ広げる大きなきっかけになった。
それまでの「黒い画面にコマンドを打つ世界」から、マウスで操作する時代へ。
もちろん、Windows自体はそれ以前にもあった。
でも、一般の人にとってパソコンが一気に身近になったという意味では、Windows 95の影響はとても大きかったと思う。
パソコンは難しいもの。
コマンドを知らないと使えないもの。
詳しい人だけが触るもの。
そんなイメージから、少しずつ変わっていった。
画面にアイコンが並ぶ。
マウスでクリックする。
スタートボタンがある。
ウィンドウを開く。
今となっては当たり前の操作だけれど、当時はかなり分かりやすくなった印象があった。
MS-DOSの黒い画面を最初に見ていた自分からすると、この変化は大きかった。
パソコンが、一部の人だけの機械から、一般の人にも開かれていく。
そんな時代の変わり目を、リアルタイムで見ていた感覚がある。
黒い画面からマウス操作へ
MS-DOSからWindowsの世界へ移ると、操作感は大きく変わった。
コマンドを覚えなくてもいい。
画面を見れば、何となく分かる。
ファイルもアイコンで表示される。
マウスで選んで、ダブルクリックすれば開く。
これはかなり革命的だった。
今の若い人からすれば、
「いや、それ普通でしょ」
という話だと思う。
でも、黒い画面から入った人間にとっては、かなり違う世界だった。
もちろん、最初から全部が簡単だったわけではない。
WindowsにはWindowsの難しさもあった。
フリーズもする。
設定も分かりづらい。
周辺機器の接続も今ほど簡単ではない。
ドライバという言葉に何度も苦しめられた人も多いと思う。
でも、それでもMS-DOSに比べると、見た目の分かりやすさは圧倒的だった。
パソコンが「ちょっと触れば使えるもの」へ変わっていく。
その空気を、自分も感じていた。
MS-DOSの世界も面白かった。
でも、Windowsによってパソコンが広がっていく感じもまた面白かった。
時代が動いている感じがあった。
当時強かったNECのPC98シリーズ
当時、日本のパソコンといえば、NECのPC-9800シリーズ、いわゆるPC98の存在感がとても大きかった。
今の人には、ほぼ通じないかもしれない。
PC98。
この言葉だけで懐かしくなる人もいると思う。
当時の日本のパソコン市場では、NECの存在感がかなり大きかった。
学校や会社、研究室、電気店などでもNEC機を見かけることが多かった印象がある。
自分のパソコンも、父母が大学の入学祝いとして電気店でNECのPC98系のものを購入してくれた。
価格は30万円から40万円くらいだったと思う。
今考えても高い。
かなり高い。
大学入学祝いとはいえ、簡単に買える金額ではない。
本当に感謝している。
当時の自分がどこまでそのありがたみを分かっていたかは怪しい。
正直、若い頃は「買ってもらえた、ラッキー」くらいに思っていた部分もある。
でも今になって考えると、30万から40万円のパソコンを買ってくれた父母には、本当に感謝しかない。
たしか、竹中直人がNECのCMに出ていた記憶がある。
それもまた時代を感じる。
テレビCMでパソコンを見る時代。
今思えば、パソコンそのものがまだ特別な商品だったのだと思う。
30万から40万円のパソコンという重み
今の感覚でも、30万から40万円のパソコンは高い。
でも当時は、パソコンそのものが高かった。
本体、モニター、プリンター、ソフト。
いろいろそろえると、簡単にかなりの金額になる。
大学入学のタイミングで、そのパソコンを買ってもらえたことは、自分にとって大きかった。
情報系へ進むなら、パソコンは必要になる。
でも、家に自由に使えるパソコンがあるかどうかで、学び方はかなり変わる。
大学の授業だけで触るのと、自宅で好きなだけ触れるのでは全然違う。
分からないことを試せる。
失敗できる。
いじれる。
壊れるかもしれないけれど、その分覚える。
パソコンは、触った時間がそのまま経験値になるところがある。
あの一台があったから、自分はパソコンをより身近なものとして使うようになった。
今こうして振り返ると、本当に大きな買い物だったと思う。
父母には、改めて感謝である。
あの頃は、パソコンを買うというのは、ちょっとした家電を買うというより、かなり思い切った投資に近かった気がする。
そのおかげで、自分は家で自由にパソコンを触ることができた。
これは本当に大きかった。
大学で情報系を学んだこと
自分はその後、大学で情報系を学んだ。
大学を卒業したのは2012年。
パソコンを取り巻く環境は、自分が最初にMS-DOSを触った頃から大きく変わっていた。
黒い画面にコマンドを打つ世界から、Windowsが当たり前になり、インターネットもかなり身近なものになっていた。
大学で学んだ内容のすべてを、今でも完璧に覚えているわけではない。
正直、忘れていることも多い。
授業で学んだことより、実際に自分で触って覚えたことのほうが記憶に残っている部分もある。
それでも、情報系に進んだことは、自分の中では大きかった。
パソコンに対する抵抗感がなくなった。
ソフトウェアやネットワーク、プログラムといったものが、完全に未知のものではなくなった。
それがその後の仕事や生活にもつながっている。
パソコンを触るのが怖くない。
分からないことがあっても、調べれば何とかなると思える。
この感覚は、今でもかなり役に立っている。
きっかけは、高校2年生のときのMS-DOSのノートパソコンだった。
そこから情報系へ進み、2012年に大学を卒業するところまでつながっていった。
そう考えると、あの一台の影響はかなり大きい。
VAIOに憧れた時代もあった
NECのパソコンに触れていた一方で、大学に通っていた頃にはVAIOにも憧れた。
VAIOは、とにかくデザインが良かった。
パソコンなのに、少しおしゃれ。
家電っぽさがある。
持っているだけで、ちょっとカッコいい感じがする。
そういうブランドだった。
その中でも印象に残っているのが、VAIO type P。

とにかく小さい。
デニムのポケットに入るというような売り方をしていた、超小型ノートPCだった。
今でいうモバイルPCやUMPCのような存在。
当時としてはかなり未来感があった。
「これ持ち歩いてる自分、ちょっとカッコいいかも」
そんな気持ちになる機械だった。
正直、実用性だけで見れば難しい部分もあったと思う。
画面は小さいし、キーボードも独特。
何でも快適にできる万能機というわけではない。
でも、ガジェットとしての魅力が強かった。
小さいパソコンには、なぜか人を惹きつける力がある。
普通のノートパソコンとは違う、ロマンみたいなものがあった。
小さいパソコンには夢があった
VAIO type Pのような小型パソコンには、独特の夢があった。
ポケットに入るパソコン。
どこでも開けるパソコン。
手のひらに近いサイズで、Windowsが動く。
それだけでワクワクする。
今なら、スマホでたいていのことはできる。
メールも見られる。
Webも見られる。
動画も見られる。
文章も書ける。
でも当時は、ポケットに入るサイズでパソコンが動くということ自体に未来感があった。
スマホとは違う。
あくまでパソコン。
キーボードがあり、Windowsがあり、ファイルが扱える。
この「小さいけどパソコン」というところが良かった。
自分は昔から、こういう少しクセのある機械に弱いのかもしれない。
普通に使いやすいものより、
「これ、何か面白そう」
と思えるものに惹かれる。
MS-DOSの黒い画面もそうだった。
VAIO type Pの小ささもそうだった。
パソコンには、便利さだけでなく、触っていて楽しいという要素がある。
自分にとって、それは今でもかなり大事な感覚だ。
パソコン通信という文化
今ではほとんど聞かなくなった言葉に、パソコン通信がある。
当時は、インターネットが今ほど一般的ではなかった。
電話回線を使って、専用のホストに接続する。
そこでメールや掲示板のようなやり取りをする。
それがパソコン通信だった。
特に有名だったのが、NIFTY-Serve。
いわゆるニフティである。
当時、パソコン通信には独特の文化があった。
フォーラムがあり、掲示板があり、そこでいろいろな人がやり取りしていた。
今のSNSとは違う。
もっと閉じた場所で、もう少し濃いコミュニティのような雰囲気があった。
接続するにも電話回線を使う。
通信速度も遅い。
料金も気になる。
今のように常時接続で、いつでもどこでもネットにつながっている状態とはまったく違う。
接続すること自体が、一つの作業だった。
モデムの音がして、つながるまで待つ。
それだけで少しワクワクした。
今思うと、かなり不便である。
でも、不便だからこその面白さもあった。
NIFTY-Serveと掲示板の空気
NIFTY-Serveでは、いろいろな人とやり取りしていた。
今のSNSのように、誰でも気軽に画像や動画を投稿する時代ではない。
基本は文字。
掲示板に書き込む。
返信が来る。
メールを送る。
そういうやり取りだった。
文字だけだからこそ、文章の雰囲気が大事だった。
誰がどんな書き方をするのか。
どんな話題で盛り上がるのか。
どんな人がいるのか。
そういうものを、画面の文字から感じ取っていた。
今のSNSのスピード感とは違う。
もっとゆっくりしていた。
返信もすぐ来るとは限らない。
でも、それが普通だった。
今は便利になりすぎて、すぐ返事が来ないと少し気になることもある。
でも当時は、接続して、見に行って、書き込んで、また次に接続したときに返事を見る。
そんなペースだった。
それでも十分楽しかった。
パソコン通信には、今とは違う距離感があった。
少し不便で、少し面倒で、でも妙に温かい。
そんな記憶がある。
インターネットの普及で一気に変わった
その後、インターネットが普及していく。
これによって、パソコン通信の文化は一気に変わっていった。
専用のサービスに接続して掲示板を見る時代から、Webサイトを見る時代へ。
メールもインターネットメールへ。
検索エンジンで情報を探す。
ホームページを作る。
チャットをする。
世界中の情報にアクセスできる。
この変化は本当に大きかった。
パソコン通信も面白かった。
でも、インターネットはさらに世界を広げた。
国内のサービスの中でやり取りしていた感覚から、海外ともつながる感覚へ。
自分も大学時代からその後にかけて、チャットやホームページ、海外の人とのやり取りなど、インターネットの面白さにどんどん触れていった。
今では当たり前すぎるインターネット。
でも当時は、本当に新しい世界だった。
接続するだけで一苦労。
通信速度も遅い。
画像が表示されるまで待つ。
それでも面白かった。
むしろ、少しずつ表示される画面を待つ時間すら、ワクワクの一部だった気がする。
接続するだけで一苦労だった時代
今は、スマホを開けばすぐネットにつながる。
家でも外でも、ほぼ常時接続。
Wi-Fiもある。
モバイル回線も速い。
動画も普通に見られる。
でも当時は違った。
ネットに接続するだけで一苦労だった。
電話回線を使う。
モデムで接続する。
接続音が鳴る。
つながるまで待つ。
通信速度は遅い。
電話代も気になる。
画像が多いページはなかなか表示されない。
ファイルのダウンロードには時間がかかる。
今の感覚では耐えられないかもしれない。
でも、当時はそれが普通だった。
そして、その不便さの中に面白さがあった。
接続できたときのうれしさ。
初めてWebページを見たときの驚き。
メールが届いたときの感覚。
チャットで誰かとつながったときの不思議さ。
一つひとつが新しかった。
便利ではない。
でも、ちゃんと楽しかった。
今は何でもすぐできる。
それは本当にありがたい。
でも、あの頃の「つながった!」という感動は、もうなかなか味わえない気がする。
今思うとすごい変化の中にいた
振り返ってみると、自分はかなり大きな変化の中にいた。
MS-DOS。
黒い画面。
Lotus 1-2-3。
一太郎。
Windows。
PC98。
パソコン通信。
NIFTY-Serve。
インターネットの普及。
そしてスマホの時代。
全部をリアルタイムで経験してきた。
当時は、そこまで大きな時代の変化だとは思っていなかった。
ただ目の前のパソコンを触っていただけ。
新しいものが出たら、なんとなく気になっていた。
ネットにつながれば面白かった。
でも今振り返ると、かなりすごい変化の中にいたのだと思う。
パソコンが、一部の人の特別な機械から、多くの人が使う道具になっていく。
インターネットが、珍しいものから生活の一部になっていく。
そして今では、スマホ一台でほとんどのことができる。
すごい時代になった。
同時に、昔の不便さも少し懐かしい。
不便だったけれど、触っている実感があった。
分からないことを調べるにも時間がかかったけれど、その分覚えた。
失敗しながら、少しずつ使えるようになっていった。
あの黒い画面が入り口だった
自分のパソコン人生の入り口は、MS-DOSの黒い画面だった。
あのときは、何をしていいのかよく分からなかった。
コマンドも覚えていないと使えない。
今のように親切な画面ではない。
でも、その不親切さが逆に面白かった。
「分からないけど、何かすごそう」
その感覚が、自分をパソコンの世界に引き込んだのだと思う。
そこから情報系へ進み、大学でパソコンに触れ、インターネットに出会い、チャットやホームページにもつながっていった。
最初の一台がなければ、その後の流れはかなり違っていたはずだ。
たかが一台の古いノートパソコン。
でも、自分にとってはかなり大きな存在だった。
今の高性能なパソコンから見れば、性能は比べものにならない。
でも、思い出の重さでは負けていない。
あの黒い画面が、自分にとってのスタート地点だった。
まとめ
初めてのパソコンは、高校2年生のときに叔父からもらったMS-DOS 6.2のノートパソコンだった。
黒い画面にコマンドを打つ世界は、今のように親切ではなかった。
でも、触っているだけで「すごい機械を使っている」という感覚があった。
その小さな興味が、情報系へ進むきっかけになり、大学で情報系を学ぶ流れにもつながっていった。
その後、Windows、PC98、パソコン通信、インターネット普及と、パソコンを取り巻く環境はどんどん変わっていった。
今はスマホ一台で何でもできる時代。
でも、接続するだけで一苦労だったあの頃には、あの頃の面白さがあった。
不便だったけれど、ワクワクした。
あの一台がなかったら、今とは少し違う人生になっていたかもしれない。