PC・デジタル系

ブルーレイ終了に驚く|記憶媒体の歴史

2026年4月28日

ブルーレイ終了のニュースに驚いた

最近、ちょっと驚いたニュースがありました。

ブルーレイ関連の製品が、少しずつ終わりに向かっているという話です。

ソニーの記録用ブルーレイディスクメディアの生産終了。

ブルーレイディスクレコーダーの出荷終了。

パナソニックの録画用ブルーレイディスクの生産完了。

さらに、バッファローやエレコムのブルーレイドライブも、2026年半ばごろに販売終了予定という流れ。

もちろん、ブルーレイという規格そのものが今日明日で完全に消えるという話ではありません。

映画ソフトもありますし、すでに持っているディスクや機器が急に使えなくなるわけでもありません。

それでも、ニュースとして見た時の正直な感想は、

「え、もう終わるの?」

でした。

ブルーレイといえば、私の中ではまだ「新しいディスク規格」というイメージがどこかに残っています。

DVDより高画質。

容量も大きい。

映像をきれいに残せる。

そんな“ちょっと未来のディスク”みたいな印象がありました。

それなのに、気づけば終了のニュースです。

時代の流れ、早すぎませんか。

こっちはまだ気持ちの中では、DVDからブルーレイに進化した時の「おお、すごいな」という感覚を完全には手放せていません。

なのに世の中はもう、ブルーレイの次どころか、ディスクそのものを通り過ぎて、クラウドや配信へ行ってしまいました。

こちらが「ブルーレイってきれいだよね」と言っている間に、世間は「そもそもディスク使わないよね」という場所まで進んでいたわけです。

置いていかれた感がすごい。

しかも私は、元SEです。

一応、昔はパソコンやデータ保存にはそれなりに親しんできた側の人間です。

それなのに、このニュースを見て普通に驚いている。

技術の変化についていけているようで、実は気持ちの方はかなり昔に置き去りになっているのかもしれません。

DVDより先にブルーレイが終わるとは思わなかった

今回のニュースで特に驚いたのは、ブルーレイがDVDより先に存在感を失っていくように見えることです。

普通に考えると、記録媒体の流れは、

CD。

DVD。

ブルーレイ。

という順番でした。

だから、最後に出てきたブルーレイが一番長く残るような気がしていました。

技術的にも新しい。

容量も大きい。

映像もきれい。

だったら、古いCDやDVDが先に消えて、ブルーレイが最後まで残る。

何となく、そう思っていました。

でも現実は少し違いました。

新しいものほど、意外と早く消えていくことがある。

これが何とも不思議です。

もちろん、DVDも以前ほど使われているわけではありません。

それでもDVDは、長く広く普及しました。

映画、音楽、パソコンソフト、データ保存、家庭用録画。

本当にいろいろな場面で使われました。

一方でブルーレイは、高性能ではありましたが、登場した時期が少し難しかったのかもしれません。

ブルーレイが出てきた頃には、インターネット回線も速くなり始めていました。

パソコンのストレージも大容量になってきました。

外付けハードディスクも一般的になりました。

そして、その後は配信サービスやクラウドが一気に広がっていきました。

つまり、ブルーレイは優秀だったけれど、時代がすぐに次の方向へ動いてしまった。

そんな印象があります。

これ、何だか少し切ないです。

せっかく高画質で大容量のディスクとして登場したのに、世の中が「いや、もう物理ディスク自体いらないかも」と言い始めてしまった。

タイミングの問題というのは、技術にもあるのだなと思います。

人間関係でも仕事でもそうですが、能力があってもタイミングが悪いと苦労する。

ブルーレイにも、少しそんな哀愁を感じます。

そもそも最近ディスクを使っていない

ただ、冷静に考えると、ブルーレイが終わっていく流れに驚いたものの、自分自身も最近ほとんどディスクを使っていません。

ここが何とも勝手なところです。

ニュースを見て、

「え、ブルーレイ終わるの?」

と驚いておきながら、では自分が最近いつブルーレイにデータを焼いたのかと聞かれると、すぐには思い出せません。

たぶん、かなり前です。

動画は配信で見る。

音楽はサブスクで聴く。

データはクラウドに保存する。

写真もスマホやクラウド。

仕事のファイルもオンラインで共有。

わざわざディスクに焼くことが、ほとんどなくなりました。

昔は「焼く」という言葉が普通にありました。

CDを焼く。

DVDを焼く。

データを焼く。

今の若い人に「焼く」と言ったら、肉でも焼くのかと思われるかもしれません。

いや、さすがにそこまではないかもしれませんが、少なくとも昔ほど日常的な言葉ではなくなった気がします。

当時は、データをディスクに焼いて渡すことが普通にありました。

音楽CDを作る。

写真を保存する。

動画をDVDにする。

パソコンのバックアップを取る。

ディスクケースに入れて、ラベルを書いて、棚に並べる。

そういう作業が当たり前でした。

今は、リンクを送る。

クラウドに上げる。

共有フォルダに入れる。

スマホで見る。

これで終わりです。

楽です。

圧倒的に楽です。

場所も取らない。

探しやすい。

すぐ見られる。

便利さで言えば、今の方が圧勝です。

でも、その便利さの裏で、ディスクを扱う時間そのものが消えていったのだなと思います。

ディスクを買う。

パッケージを開ける。

ドライブに入れる。

焼き終わるまで待つ。

書き込みに失敗して、少しイラッとする。

そういう面倒くさい時間も含めて、ひとつの時代だったのかもしれません。

私の記憶媒体は5インチフロッピーから始まった

ここで、少し昔話になります。

自分が最初に触った記憶媒体は、5インチのフロッピーディスクでした。

今の人に見せても、たぶん「何ですか、これ」と言われると思います。

ペラペラで、黒くて、サイズも大きい。

名前はディスクですが、今のディスクのように硬い円盤が見えるわけではありません。

紙っぽいというか、薄いケースに入った不思議な物体。

それが5インチフロッピーでした。

容量なんて、今の感覚で言えば本当に少ないです。

今のスマホで撮った写真1枚よりも少ない容量だったりします。

でも当時は、それが普通でした。

その少ない容量の中に、プログラムやデータを入れていたわけです。

今考えると、よくあれでやっていたなと思います。

でも、その時代にはそれが最先端でした。

データを保存できる。

持ち運べる。

別のパソコンで読み込める。

それだけで十分すごかったのです。

5インチフロッピーには、今のクラウドにはない「物としてのデータ感」がありました。

データがそこにある。

手で持てる。

なくしたら終わり。

折れたり曲がったりしたら不安。

そういう緊張感がありました。

今はクラウドに保存しておけば、スマホでもパソコンでも見られます。

それは本当に便利です。

でも、データを手で持っている感覚は薄くなりました。

5インチフロッピーは、今思えば不便の塊みたいな存在です。

それでも、自分にとっては記憶媒体の原点です。

ここから始まったのだなと思うと、ちょっと感慨深いものがあります。

3.5インチフロッピーはかなり使った

その後、3.5インチのフロッピーディスクが出てきました。

これはかなり使いました。

5インチよりも小さく、ケースもしっかりしています。

カチッとしたプラスチックのケースに入っていて、持ち運びもしやすい。

当時は、

「これで十分じゃん」

と思っていました。

3.5インチフロッピーは、本当に身近な存在でした。

学校でも、仕事でも、個人のパソコンでも使いました。

データを保存するならフロッピー。

持ち運ぶならフロッピー。

人に渡すならフロッピー。

今でいうUSBメモリやクラウドのような存在だったと思います。

フロッピーを何枚も持っていると、何となくちゃんとパソコンを使っている人のような気分になりました。

ラベルにファイル名を書いたり、用途ごとに分けたり。

「これは大事なデータ」

「これはバックアップ」

「これは古いけど捨てられない」

そんな感じで、どんどん増えていきました。

ただ、今思うと容量は本当に少ないです。

テキストファイルならまだしも、画像や音声、動画などはかなり厳しい。

今の感覚で言えば、ほぼ何も入らないレベルです。

スマホの写真を数枚入れるどころか、1枚でも無理なことがある。

それでも当時は、それでやりくりしていました。

容量が少ないから、ファイルを整理する。

不要なものを消す。

圧縮する。

分割する。

そういう工夫が必要でした。

不便ではありましたが、その分、データに対して少し慎重だった気がします。

今は容量が大きすぎて、逆に何でも保存してしまいます。

写真も撮りっぱなし。

ファイルも置きっぱなし。

クラウドにも放りっぱなし。

便利になったはずなのに、探す時に困る。

これはこれで、現代の不便です。

MOドライブという懐かしい中間世代

フロッピーの次に思い出すのが、MOドライブです。

光磁気ディスク。

この言葉の響きだけで、何だか少し時代を感じます。

MOは、フロッピーより大容量で、当時としてはかなり頼もしい存在でした。

仕事で使っていた人も多いのではないでしょうか。

少なくとも私の中では、フロッピーよりも一段上の保存媒体という印象があります。

データをしっかり保存するならMO。

大きめのファイルを扱うならMO。

そんな雰囲気がありました。

ただ、MOは一気に家庭へ広く普及したというより、ある程度パソコンを使う人や仕事で使う人のための媒体という印象もあります。

便利ではあったけれど、誰もが当たり前のように使うところまではいかなかった。

そのうちCD-RやUSBメモリ、外付けハードディスクなどが出てきて、気づけば少しずつ姿を見なくなっていきました。

MOには、何とも言えない中間世代感があります。

フロッピーほど古くはない。

CDやDVDほど一般的でもない。

でも確かに存在感はあった。

こういう記憶媒体って、あとから振り返ると妙に懐かしいです。

主役になりきれなかったけれど、ある時期には確かに活躍していた。

人で言えば、派手なスターではないけれど、現場では頼られていた職人タイプ。

そんな感じでしょうか。

私の記憶の中でも、MOは少し地味だけれど懐かしい存在です。

CDとDVDの時代はとにかく長かった

そして、CDとDVDの時代が来ました。

ここは本当に長かったです。

音楽CD。

データ保存用CD-R。

映画DVD。

パソコンソフト。

ゲーム。

バックアップ。

とにかく何でもディスクでした。

CDは音楽の中心でした。

お店でCDを買う。

レンタルする。

家で聴く。

パソコンに取り込む。

歌詞カードを見る。

ケースに傷がつかないように扱う。

そういう文化がありました。

今は音楽をサブスクで聴くことが当たり前になりました。

聴きたい曲を検索すれば、すぐに再生できます。

便利です。

でも昔は、CDを買うこと自体がイベントでした。

パッケージを開ける時のワクワク感。

歌詞カードを読む時間。

棚に並べる満足感。

そういう楽しさがありました。

DVDも大きな存在でした。

映画をDVDで見る。

ドラマをDVDで借りる。

レンタルビデオ屋へ行く。

パッケージを眺めながら、何を借りるか迷う。

あの時間も楽しかったです。

今は配信で探せばすぐに見られます。

でも、昔は店内を歩きながら作品を探しました。

「あ、これ懐かしい」

「これ見たかったやつだ」

「こっちはパッケージが面白そう」

そうやって偶然出会う楽しさがありました。

DVDは本当に革命だったと思います。

ビデオテープと比べて画質も良く、巻き戻しも不要。

場所も取りにくい。

チャプターで見たい場面へ飛べる。

当時はそれだけでかなり便利でした。

今では当たり前のことですが、当時は十分すごかったのです。

このCDとDVDの時代は、記憶媒体としても映像文化としても、かなり長く中心にいたように思います。

そしてブルーレイが登場した

そこからさらに進化して、ブルーレイが登場しました。

高画質。

大容量。

DVDの次の世代。

そういうイメージでした。

最初にブルーレイの映像を見た時は、やはりきれいだなと思いました。

DVDよりも細かい。

映像がくっきりしている。

映画やライブ映像をきれいに残したい人にとっては、魅力的な媒体だったと思います。

「ついにここまで来たか」

そんな感覚がありました。

CDからDVDへ。

DVDからブルーレイへ。

記憶媒体はどんどん進化していく。

容量も増える。

映像もきれいになる。

これからはブルーレイの時代になるのだろう。

当時はそう思っていました。

でも、ここで流れが変わりました。

ブルーレイそのものは優秀でした。

ただ、世の中はディスクの進化とは別の方向へ進み始めました。

インターネット回線が速くなり、動画配信が現実的になっていきました。

YouTubeを見るのが当たり前になり、映画やドラマも配信で見るようになりました。

音楽もダウンロードからサブスクへ。

データ保存もクラウドへ。

気づけば、ディスクを買うことも、焼くことも、ドライブに入れることも減っていきました。

ブルーレイが悪かったわけではありません。

むしろ性能は高かった。

でも、便利さの方向が変わってしまった。

これは大きかったと思います。

物理メディアを持つことより、いつでもどこでもアクセスできることの方が重視されるようになりました。

ディスクからデータへ、データからクラウドへ

今は、保存の感覚そのものが変わりました。

昔は、データを保存するというと、何かの媒体に入れることでした。

フロッピーに入れる。

MOに入れる。

CDに焼く。

DVDに焼く。

ブルーレイに保存する。

つまり、保存先には“物”がありました。

でも今は違います。

クラウドに上げる。

オンラインストレージに保存する。

スマホと同期する。

リンクで共有する。

物としての媒体を意識することが減りました。

データはどこかにある。

でも手元にはない。

この感覚にも、最初は少し違和感がありました。

本当に保存されているのか。

ちゃんと残っているのか。

サービスが終了したらどうなるのか。

パスワードを忘れたらどうするのか。

クラウドにはクラウドの不安があります。

ディスクなら手元にある安心感がありました。

棚に並んでいる。

ケースに入っている。

目で見て確認できる。

一方で、ディスクは傷がつく。

場所を取る。

探すのが大変。

劣化もする。

クラウドは場所を取らない。

検索できる。

スマホでも見られる。

でも、サービスやアカウントに依存する。

どちらが絶対に正しいという話ではありません。

ただ、時代の標準は明らかにクラウドやストリーミングへ移っています。

持たない。

置かない。

探さない。

すぐ使う。

この流れは強いです。

便利さには、やはり勝てません。

今は「所有」より「利用」の時代になった

今の時代は、物を所有するより、必要な時に利用する感覚が強くなったように思います。

音楽はサブスク。

映画やドラマは配信。

本も電子書籍。

写真はクラウド。

データもクラウド。

昔は、買って持っていることに価値がありました。

CDを持っている。

DVDを持っている。

ソフトを持っている。

ディスクを棚に並べる。

それが満足感につながっていました。

今は、持っていなくても使えます。

聴ける。

見られる。

読める。

保存できる。

しかも場所を取りません。

築40年以上の賃貸アパートで暮らしている身としては、場所を取らないというのはかなり大きいです。

物が増えると、それだけで部屋が狭くなります。

CDやDVDをずらっと並べるのも楽しいですが、現実問題としてスペースが必要です。

棚も必要です。

掃除も必要です。

引っ越しの時は重いです。

そう考えると、サブスクやクラウドの便利さは本当にありがたい。

でも、所有していた時代の満足感も忘れがたいです。

CDを買って帰る時の嬉しさ。

DVDを集める楽しさ。

パッケージを開ける瞬間。

棚に並べた時の達成感。

そういうものは、配信では少し薄くなります。

便利にはなった。

でも、手触りのある楽しさは減った。

これは、ブルーレイ終了のニュースを見て感じた寂しさの正体かもしれません。

不便だったけれど、記憶には残っている

昔の記憶媒体は、今から考えると本当に不便でした。

容量は少ない。

読み込みは遅い。

壊れることもある。

書き込みに失敗することもある。

相性問題もある。

保存したはずなのに読めないこともある。

今なら、

「そんなもの使ってられない」

と思うかもしれません。

でも、不便だったからこそ記憶に残っている部分もあります。

フロッピーを何枚も持ち歩いたこと。

MOを使っていたこと。

CD-Rにデータを焼いたこと。

DVDに動画を保存したこと。

ディスクのラベルを書いたこと。

ケースに入れて保管したこと。

そういう作業の一つひとつに、時代の空気があります。

今のクラウド保存はとても便利ですが、作業としてはあまり記憶に残りません。

自動で同期される。

保存される。

気づいたらバックアップされている。

それはありがたいことです。

でも、あまりにも自然すぎて、記憶には残りにくい。

昔は、データを保存すること自体がひとつの作業でした。

失敗しないように気をつける。

保存先を確認する。

ディスクを入れ替える。

時間を待つ。

面倒でした。

でも、その面倒の中に、自分が確かにパソコンを使っていた感覚がありました。

今思うと、あの不便さも悪くなかったのかもしれません。

いや、当時に戻りたいかと言われると、それはまた別です。

正直、今の便利さに慣れた体で5インチフロッピー時代へ戻されたら、かなりつらいと思います。

懐かしいのと戻りたいのは違います。

そこは冷静です。

全部経験してきた世代としての感慨

5インチフロッピー。

3.5インチフロッピー。

MO。

CD。

DVD。

ブルーレイ。

そしてクラウドとストリーミング。

こうして並べてみると、自分はけっこういろいろな記憶媒体を経験してきたのだなと思います。

これは、少し面白いことです。

若い頃から今までの間に、データの保存方法がこれだけ変わりました。

音楽の聴き方も変わりました。

映画の見方も変わりました。

仕事のファイルの扱い方も変わりました。

昔なら、データを渡すには媒体が必要でした。

今は、リンクを送れば終わりです。

昔なら、映画を見るにはレンタル店へ行く必要がありました。

今は、家で検索すれば見られます。

昔なら、音楽を聴くにはCDを買うか借りる必要がありました。

今は、サブスクで聴けます。

便利になりました。

本当に便利です。

でもその一方で、自分の中には昔の記憶が残っています。

フロッピーを入れる感覚。

CDケースを開ける音。

DVDをデッキに入れる動作。

ディスクにマジックでタイトルを書く時間。

そういうものが、体の記憶として残っています。

47歳になった今、こういうニュースを見ると、単なる製品終了の話ではなく、自分の人生の時間も一緒に振り返ってしまいます。

「ブルーレイも終わるのか」

という驚きの中には、

「自分もそれだけ年を取ったのか」

という小さな衝撃も混ざっています。

技術の進化は、便利さをくれる一方で、自分の年齢をさりげなく突きつけてきます。

なかなか容赦がありません。

ブルーレイ終了は時代の区切りに見える

今回のブルーレイ関連製品終了のニュースは、単にひとつの製品が終わるという話以上に、物理メディアの時代が大きく変わったことを感じさせるものでした。

もちろん、完全になくなるわけではありません。

今後も必要な人は使うでしょうし、映画ソフトや保存用途として残る部分もあると思います。

ただ、一般的な生活の中で、ディスクを使う場面は確実に減りました。

かつては中心だったものが、少しずつ脇へ移っていく。

これが時代の変化なのだと思います。

フロッピーもそうでした。

MOもそうでした。

CDもDVDも、以前ほどの中心ではありません。

そしてブルーレイも、その流れの中にいる。

技術はずっと残るものではありません。

どれだけ便利でも、次の便利さが出てくると役割が変わります。

そのスピードが、昔より速くなっている気がします。

新しいものが出てきても、長く主役でいられるとは限らない。

むしろ、次の波にあっという間に飲まれてしまうこともある。

これは少し寂しいですが、仕方のないことでもあります。

私たちの生活も同じかもしれません。

昔当たり前だったものが、いつの間にか当たり前ではなくなる。

固定電話。

ビデオテープ。

カセットテープ。

紙の地図。

駅の伝言板。

いろいろなものが、いつの間にか日常から消えていきました。

ブルーレイのニュースも、その延長にあるのだと思います。

便利になった今だからこそ昔を思い出す

今の時代は本当に便利です。

動画はすぐ見られます。

音楽もすぐ聴けます。

データもすぐ保存できます。

スマホひとつで、かなりのことができます。

昔のようにディスクを探したり、ケースを開けたり、読み込みを待ったりする必要はありません。

それは素晴らしいことです。

でも、便利になったからこそ、たまに昔の不便さを思い出したくなります。

フロッピーの容量の少なさ。

MOの少し特別な感じ。

CDを買った時の満足感。

DVDをレンタルしに行った時間。

ブルーレイの高画質に驚いた記憶。

そういうものは、もう生活の中心ではありません。

でも、確かに自分の中には残っています。

便利さは生活を楽にしてくれます。

一方で、不便さは記憶に残ります。

これは不思議です。

当時は面倒だったことも、あとから振り返ると妙に愛おしくなる。

人間の記憶は都合がいいものです。

書き込みに失敗してイライラしたことも、今では少し笑えます。

フロッピーの容量が足りなくて困ったことも、懐かしい話になります。

でも当時の自分に言ったら、たぶん怒られます。

「こっちは本気で困ってるんだよ」と。

それくらい、不便な時代をちゃんと生きていたのだと思います。

まとめ

ブルーレイ関連製品の終了ニュースを見て、かなり驚きました。

自分の中ではまだ「新しいディスク規格」という印象が残っていたブルーレイ。

それが、記録用メディアやレコーダー、外付けドライブの世界では少しずつ終わりに向かっている。

そう考えると、時代の流れの速さを感じます。

特に、DVDより先にブルーレイの方が存在感を失っていくように見えることには驚きました。

CD、DVD、ブルーレイと進化してきたのだから、最後に出たブルーレイが長く残ると思っていました。

でも現実には、ブルーレイが登場した頃にはインターネット回線が速くなり、配信やクラウドが広がっていきました。

高性能なディスクであっても、物理メディアそのものを使わない時代の流れには逆らえなかったのかもしれません。

自分の記憶媒体の歴史を振り返ると、5インチフロッピーから始まり、3.5インチフロッピー、MO、CD、DVD、ブルーレイと、いろいろな時代を経験してきました。

そして今は、クラウドとストリーミングの時代です。

こうして並べると、全部経験してきたこと自体が少し面白いです。

便利になった今の時代は、本当にありがたい。

でもたまには、昔の不便さを思い出すのも悪くありません。

ディスクを入れる。

データを焼く。

ラベルを書く。

棚に並べる。

そういう手間も含めて、ひとつの時代でした。

ブルーレイ終了のニュースは少し寂しいですが、これもまた時代の区切りなのだと思います。

そして、5インチフロッピーを知っている自分としては、ここまで来たかという感慨もあります。

記憶媒体の容量はどんどん増えましたが、こちらの記憶力は年々あやしくなっています。

そこだけは、なかなかアップデートされません。

-PC・デジタル系