日々の気づき・生活

体外受精2回目の日程決定|6月21日へ

2026年6月11日

今日は、相方が12時過ぎに診察を受ける日だった。

内容としては、主に診察。

そして、2回目の体外受精の日が決まる予定の日でもあった。

ものすごく大きな処置がある日、というわけではない。

たぶん、診察をして、今後の予定を確認して、次にいつ進むのかが決まる。

そういう日だった。

だから、外から見ると「予定を決める日」なのかもしれない。

でも、不妊治療をしている側からすると、こういう日もそれなりに重い。

大きな出来事が起きるわけではなくても、予定が決まるということは、また次のステップに進むということだからだ。

カレンダーにひとつ日付が入るだけ。

でも、その日付には、期待も不安も、相方の通院の負担も、こちらの落ち着かなさも、いろいろ乗ってくる。

今日は自分は仕事だった。

相方は診察へ。

自分は職場で、相方からの連絡を待っていた。

そして、2回目の体外受精の予定は、6月21日の日曜日に決まった。

12時過ぎの診察を待つ日

相方の診察は12時過ぎ。

午前中でもなく、午後の早い時間でもなく、ちょうど昼をまたぐような時間帯。

この時間の予定というのは、待つ側としては少し落ち着かない。

朝からずっと気になる。

でも、診察は昼すぎ。

仕事をしていても、頭のどこかにずっと残っている。

「そろそろ病院に向かったかな」

「もう受付したかな」

「診察は時間通り始まるのかな」

「終わったら連絡くるかな」

そんなことを、仕事の合間にふと思う。

もちろん、ずっとスマホを見ているわけにはいかない。

仕事中だし、やることはある。

会社員である以上、目の前の仕事を放り投げて、ずっとソワソワしているわけにもいかない。

でも、気持ちまで完全に仕事モードに切り替わるかというと、そんなに器用でもない。

画面を見ながら仕事をしている。

キーボードを打っている。

でも、心の端っこのほうに、相方の診察のことがずっとある。

こういう日は、時間の進み方が少し変になる。

普段なら気づいたら昼になっていることもあるのに、今日は時計が気になる。

12時過ぎ。

診察。

予定が決まる。

その言葉が頭に残っていた。

今回は「予定が決まる日」だった

今日は、何か大きな処置をする日ではない。

主に診察だけのはずだった。

そして、2回目の体外受精の日程が決まる。

だから、冷静に言えば「今後の予定を確認する日」だった。

ただ、不妊治療の予定というのは、普通の予定とは少し違う。

たとえば旅行の予定なら、楽しみが先にくる。

この日に飛行機に乗る。

この日にホテルに泊まる。

この日に何を食べる。

もちろんお金の心配はあるけれど、基本的には楽しみの予定だ。

でも不妊治療の予定は、楽しみだけではない。

期待はある。

もちろんある。

でも同じくらい、不安もある。

相方の体への負担もある。

通院の負担もある。

結果がどうなるのか分からない怖さもある。

そして、自分にはできることが少ないというもどかしさもある。

日付が決まることは、前に進むこと。

それは間違いない。

でも、ただ明るく「決まった!」という感じだけではない。

少し背筋が伸びるような、静かな重さがある。

今日という日は、そんな日だった。

自分は仕事、相方は診察

自分は仕事だった。

相方は診察。

この分かれ方が、不妊治療では何度も出てくる。

本当は一緒に行けたらいいのかもしれない。

でも、現実には仕事がある。

生活がある。

毎回全部について行けるわけではない。

相方が病院へ行っている間、自分は職場にいる。

この状況になるたびに、少し申し訳なさもある。

診察を受けるのは相方。

体のことを見られるのも相方。

薬や治療の影響を直接受けるのも相方。

それに対して、自分は仕事場で連絡を待つだけ。

もちろん、自分にできることがまったくないわけではない。

話を聞くこと。

予定を共有すること。

できる範囲で協力すること。

家のことを少しでもやること。

相方がしんどいときに、ちゃんと気づくこと。

そういうことはある。

でも、病院の診察台に上がるわけでもないし、注射や薬の負担を代われるわけでもない。

ここが、男性側としては本当にもどかしい。

「頑張って」と言うのは簡単だけど、頑張っているのは相方だ。

だから、軽く言いすぎるのも違う気がする。

でも何も言わないのも違う。

このあたりの距離感は、いつも少し難しい。

連絡を待つ時間の落ち着かなさ

相方からの連絡を待っている時間は、やっぱり落ち着かない。

診察内容としては、予定が決まるだけのはず。

特に何か大きなことがあるわけではない。

そう分かっていても、スマホが気になる。

仕事中にスマホばかり見ているわけにもいかないので、見ないようにする。

でも、気になる。

通知が鳴った気がして見る。

鳴っていない。

こういうときのスマホは、なぜか気配だけ出してくる。

いや、実際には自分が勝手に気にしているだけなのだけど。

仕事のメールやチャットは普通に来る。

それに対応する。

でも、待っているのは相方からの連絡。

仕事の連絡ではない。

病院が混んでいたら遅れるかもしれない。

診察が少し長引くかもしれない。

会計にも時間がかかるかもしれない。

そんなことは分かっている。

それでも、待っている側は勝手に時間を気にしてしまう。

自分が病院にいるわけではないから、状況が見えない。

だから余計に気になる。

見えない時間は、長く感じる。

6月21日の日曜日に決まった

そして、相方から連絡が来た。

予定は、6月21日の日曜日になった。

2回目の体外受精の日。

日付が決まった。

2026年6月21日。

日曜日。

カレンダーの中に、その日がはっきり入った。

日付が決まると、急に現実感が出る。

それまでは「次の予定が決まる」という少しぼんやりした状態だった。

でも、6月21日と聞いた瞬間、そこに向かって時間が動き始める感じがする。

あと何日。

その日までに、相方の体調はどうだろう。

自分は何ができるだろう。

仕事の予定は大丈夫だろうか。

当日はどんな一日になるのだろう。

いろいろ考える。

ただ、ここで考えすぎても仕方ない。

不妊治療は、こちらがどれだけ考えても、全部をコントロールできるわけではない。

できることは限られている。

でも、限られているからこそ、できることはちゃんとやりたい。

6月21日。

この日が、次の大事な日になった。

2回目という言葉の重さ

今回は2回目の体外受精。

「2回目」という言葉には、少し重さがある。

1回目があって、今回がある。

その間に、期待したこともあったし、不安になったこともあった。

うまくいかなかった現実もある。

そのうえで、もう一度進む。

だから、2回目というのは、ただの数字ではない。

もちろん、ここで何かを決めつけることはできない。

医療のことは、自分が簡単に語れるものではない。

結果がどうなるかも分からない。

でも、少なくとも自分たち夫婦にとって、2回目に進むというのは小さなことではない。

相方は、また病院に通う。

予定に合わせて動く。

体のこともある。

気持ちのこともある。

自分はその隣にいる側として、どう支えるかを考える。

支えると言っても、かっこいいことができるわけではない。

ドラマみたいな名言を言えるわけでもない。

むしろ、自分が変なことを言って空気を壊さないように気をつけるくらいである。

47歳にもなって、気の利いた言葉ひとつスッと出てこないこともある。

でも、変に盛り上げたり、無理に前向きな言葉を並べたりするより、ちゃんと一緒に現実を見ていたい。

不妊治療は夫婦の予定でもある

体外受精の日程が決まると、それは相方だけの予定ではなく、夫婦の予定になる。

もちろん、診察や治療を受けるのは相方だ。

体への負担も相方のほうが大きい。

それは忘れてはいけない。

でも、夫婦としてその日を迎えるという意味では、自分にとっても大事な予定になる。

カレンダーに入れる。

仕事のことを考える。

当日どう動くか考える。

前後の生活をどうするか考える。

ほんの少しの予定変更でも、不妊治療では気になる。

普段なら「まあ何とかなるか」で済ませることも、この時期は少し慎重になる。

相方の通院を優先したい。

体調も気になる。

気持ちの浮き沈みもあるかもしれない。

そう考えると、日常の予定の見え方が少し変わる。

いつもの生活の中に、治療の予定が入ってくる。

ご飯を食べる。

仕事に行く。

洗濯をする。

家で過ごす。

そういう普通の生活の中に、6月21日という日付がそっと置かれる。

不妊治療は、病院の中だけで完結するものではないのだと思う。

家の中にも、仕事中の気持ちにも、夫婦の会話にも、少しずつ影響してくる。

待つ側にできることは少ない

今日、仕事をしながら相方の連絡を待っていて、改めて思った。

待つ側にできることは少ない。

病院の診察を早めることはできない。

結果を変えることもできない。

相方の体の負担を代わることもできない。

できないことを数え始めると、けっこう多い。

でも、何もできないわけではない。

連絡が来たらちゃんと返す。

話を聞く。

予定を一緒に確認する。

変に急かさない。

不安を軽く扱わない。

家に帰ってから、普通にいつもの空気でいられるようにする。

それくらいのことなら、自分にもできる。

むしろ、そういう地味なことしかできないのかもしれない。

不妊治療に関して、自分は主役ではない。

少なくとも体の負担という意味では、相方のほうがずっと大変だ。

だからこそ、変に自分が前に出すぎるのも違う。

でも、無関係な顔をするのも違う。

このあたりの立ち位置は、なかなか難しい。

何か大きなことをしている実感はない。

でも、日々の小さな対応が大事なのかもしれない。

期待と不安が同時にある

予定が決まると、期待が出てくる。

6月21日。

この日がひとつの節目になる。

もしかしたら、良い方向に進むかもしれない。

そう思いたい気持ちはある。

でも同時に、不安もある。

またダメだったらどうしよう。

相方がしんどい思いをしたらどうしよう。

自分はちゃんと支えられるだろうか。

そういう気持ちも出てくる。

不妊治療は、期待だけで進めるほど簡単ではない。

かといって、不安だけでいっぱいになると、それもつらい。

期待と不安が同時にある。

その両方を抱えたまま、次の日を待つ感じだ。

自分はもともと、ものすごくポジティブな人間というわけではない。

どちらかというと、いろいろ考えてしまうほうだ。

仕事のことも考える。

年齢のことも考える。

そして、相方の負担のことも考える。

考えたからといって答えが出るわけではない。

でも、考えずにはいられない。

こういうとき、変に明るくまとめるのは少し違う気がする。

不安はある。

期待もある。

どちらも本音だ。

夫としての言葉の難しさ

相方に対して、どんな言葉をかけるか。

これもなかなか難しい。

「大丈夫」と言いたくなる。

でも、何が大丈夫なのか分からない。

結果を保証できるわけではない。

「きっとうまくいく」と言いたくなる。

でも、それも軽く聞こえてしまうかもしれない。

「頑張って」と言いたくなる。

でも、もう十分頑張っている。

不妊治療の中で、言葉は難しい。

良かれと思って言ったことが、相手にとって負担になるかもしれない。

逆に、何も言わないことで寂しく感じさせてしまうかもしれない。

正解が分からない。

47歳にもなって、夫としての正解が分からないことだらけである。

まあ、年齢を重ねたからといって、急に立派な人間になるわけではない。

むしろ、分からないことが増えている気もする。

ただ、分からないなら分からないなりに、相方の様子をちゃんと見ていたい。

話したそうなら聞く。

そっとしておいてほしそうなら、無理に聞かない。

自分の不安を相方にぶつけすぎない。

でも、自分の気持ちを完全に隠して無理もしない。

このへんの加減を、少しずつ探っていくしかない。

日曜日に決まったことの安心感

予定が6月21日の日曜日になったことには、少し安心感もあった。

もちろん、日曜日だからすべてが楽になるわけではない。

治療の内容や相方の体のことを考えれば、曜日だけで軽くなるものではない。

でも、自分が仕事ではない可能性が高い日曜日というのは、気持ちとしては少し違う。

平日だと、どうしても仕事との兼ね合いが出てくる。

連絡を待つにしても、合間になる。

帰宅後に話を聞く形になる。

日曜日なら、少なくとも仕事中にそわそわする感じは少し減るかもしれない。

もちろん、当日どうなるかはまだ分からない。

でも、日曜日というだけで、少しだけ一緒に向き合いやすい気がする。

不妊治療は、予定通りに進むことばかりではないのかもしれない。

体の状態や診察の結果で変わることもあると思う。

だからこそ、日付が決まったことは一区切りになる。

次はその日に向けて、無理せず過ごすこと。

今の自分たちにできるのは、それくらいなのかもしれない。

予定が決まっただけなのに疲れる

今日は、相方の診察があって、2回目の体外受精の日程が決まった。

それだけと言えば、それだけだ。

でも、気持ちとしては少し疲れた。

自分は病院に行ったわけではない。

診察を受けたわけでもない。

仕事をして、連絡を待って、予定を聞いただけ。

それなのに、少し疲れる。

これはたぶん、気持ちがずっと張っていたからだと思う。

大きな変化がある日ではなくても、不妊治療に関わる日はどこか緊張する。

良い意味でも悪い意味でも、普段の日とは少し違う。

日付が決まった瞬間、少し安心する。

でも同時に、また次の緊張が始まる。

6月21日までの時間。

当日。

その後。

考えることは続く。

こうして書いていると、まだ何も始まっていないようで、もう始まっているのだと思う。

日程が決まるというのは、そういうことなのかもしれない。

普通の生活の中で進んでいく

不妊治療というと、病院での出来事に目が行きがちだ。

でも実際には、普通の生活の中で進んでいく。

朝起きる。

仕事に行く。

ご飯を食べる。

洗濯をする。

買い物をする。

家で相方と話す。

そういう日々の中に、治療の予定が入ってくる。

今日も、自分は普通に仕事をしていた。

相方は診察に行っていた。

そして、2回目の体外受精の日が決まった。

何か大きなドラマがあったわけではない。

でも、夫婦にとっては大事な一日だった。

こういう日を記録しておくのも、自分のブログらしいと思う。

成功した話だけを書くわけではない。

前向きなことだけを書くわけでもない。

迷いも、不安も、待つ時間も、少し情けない気持ちも、そのまま残しておく。

ブログ「自由人への道」は、キラキラした成功者ブログではない。

築40年以上の賃貸アパートで暮らす47歳会社員が、相方と一緒に日々を何とか進んでいく記録である。

そう考えると、今日のような日もちゃんと残しておきたい。

6月21日に向けて

予定は6月21日の日曜日に決まった。

ここから、その日に向けて少しずつ気持ちを整えていくことになる。

大げさなことはできない。

特別なこともたぶんできない。

でも、できるだけ相方が落ち着いて過ごせるようにしたい。

とはいえ、自分が勝手に気を使いすぎて、変に空回りするのもよくない。

不自然に優しくなりすぎると、それはそれで怪しい。

普段やらないことを急にやると、

「何かやましいことでもあるのか」

みたいな空気になりかねない。

いや、そこまでは言われないと思うけれど。

でも、普段の生活をちゃんとすることが大事なのかもしれない。

ご飯を食べる。

ちゃんと寝る。

無理をしすぎない。

相方の話を聞く。

必要なときに一緒に考える。

自分の仕事もきちんとする。

地味だけど、そういうことの積み重ねだと思う。

6月21日がどういう日になるのかは、まだ分からない。

でも、日付は決まった。

まずはそこまで、夫婦で一日ずつ進んでいく。

まとめ

今日は、相方が12時過ぎに診察を受ける日だった。

主に診察だけの予定で、2回目の体外受精の日程が決まる日。

自分は仕事だったので、相方からの連絡を待っていた。

仕事をしながらも、診察のことはずっと頭のどこかにあった。

何か大きな処置がある日ではなくても、不妊治療に関わる日はやはり落ち着かない。

スマホが気になり、連絡を待つ時間が少し長く感じた。

そして、2回目の体外受精の予定は、6月21日の日曜日に決まった。

日付が決まると、急に現実感が出る。

ただの予定ではなく、夫婦にとって大事な日がカレンダーに入った感じがした。

不妊治療では、相方の体への負担が大きい。

診察を受けるのも、通院するのも、体の変化と向き合うのも相方だ。

自分は仕事をしながら連絡を待つ側で、できることは限られている。

そこにもどかしさはある。

でも、できることが少ないからこそ、話を聞くこと、予定を共有すること、変に軽く扱わないこと、普段の生活を整えることを大事にしたい。

期待もある。

不安もある。

どちらか一方だけではない。

6月21日がどうなるのかは分からない。

でも、日付は決まった。

また一つ、次に進むことになった。

派手な出来事ではないけれど、今日はちゃんと記録しておきたい日だった。

夫婦で不妊治療に向き合う日々は、病院の中だけで進むわけではない。

仕事中に連絡を待つ時間も、家で話す時間も、カレンダーを見て少し黙る時間も、その一部なのだと思う。

まずは6月21日の日曜日に向けて、無理しすぎず、でも他人事にせず、相方の隣でできることをしていきたい。

できることは少ない。

でも、少ないからこそ、ちゃんとやる。

とりあえず今日は、予定が決まった。

それだけで少し緊張して、少し安心して、少しだけ胃のあたりが重い。

不妊治療の日記って、なかなかスカッとは終わらない。

でもまあ、それが今のリアルなんだと思う。

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