※2003年6月15日の日記です。
2003年6月15日、釜山旅の最終日
2003年6月15日。
韓国・釜山2泊3日旅の最終日です。
帰国便は、釜山発のKE713。
11時00分に釜山を出発し、12時55分に東京・成田へ到着する便でした。
2泊3日という旅は、始まる前は十分な時間があるように感じます。
でも、実際に行ってみるとあっという間です。
1日目は、成田から釜山へ向かい、金海空港でJuと初めて会いました。
そこからバスと電車でホテルへ向かい、NONGSHIM HOTELに到着。
夜にはJinたちと合流し、のり巻き屋で夕食を食べ、さらに友人たちも加わって、かなりにぎやかな時間を過ごしました。
初めて釜山へ来たその日から、いきなり人の輪の中に入れてもらったような一日でした。
2日目は、Juと寺のような場所へ行き、階段を上り、暑さにやられ、鳩の落とし物が上着に直撃するという悲劇にも遭いました。
繁華街ではイメージ写真を撮り、鍋料理を食べ、PCルームに行き、魚市場を歩き、夜にはJuの姉と弟にも会いました。
姉おすすめのチキンがとんでもなく美味しかったことも、強く覚えています。
そして3日目。
帰国日です。
旅の最終日は、いつも少し寂しいものです。
でも、この日の朝は、ただの帰国日の寂しさとは少し違っていました。
朝7時頃にJuがホテルへ来る予定だった
この日は、朝7時頃にJuがホテルへ来ることになっていました。
帰国便が午前中だったので、早めに空港へ向かわなければいけません。
そのため、朝から急いで準備をしました。
旅の最終日の朝は、少しバタバタします。
荷物をまとめる。
忘れ物がないか確認する。
部屋を見回す。
使ったものをバッグに入れる。
チェックアウトのことを考える。
空港までの時間も気にする。
前日の疲れも残っています。
でも帰国日なので、ゆっくりしている余裕はありません。
しかもこの日は、Juがホテルまで来てくれる予定でした。
待たせるわけにはいきません。
急いで準備をしながら、どこか落ち着かない気持ちだったと思います。
帰国日というだけで、気持ちは少し沈みます。
「もう帰るのか」
「もう終わりなのか」
そう感じます。
2泊3日は、本当に短いです。
特に今回は、初めて会った相手と過ごす旅でした。
初対面から始まり、友人たちに会い、家族にも会い、観光というより人との時間が濃い旅でした。
その分、帰る朝の寂しさも強かったのだと思います。
Juは時間通りに来てくれた
Juは、時間通りにホテルへ来てくれました。
朝早い時間です。
それでも、ちゃんと来てくれました。
こういうことは、旅先ではとてもありがたいです。
帰国日の朝に見送りに来てくれる。
しかも空港まで一緒に向かってくれる。
それだけで、かなり嬉しいことです。
前日までずっと一緒に過ごしていたので、もう少し一緒にいたい気持ちもありました。
でも時間は限られています。
飛行機の時間は待ってくれません。
どれだけ名残惜しくても、空港へ向かわなければいけません。
Juと軽く挨拶をして、2人でこれから空港へ向かうことになりました。
ホテルを出る時、どんな会話をしたのか細かくは覚えていません。
ただ、空気は少し静かだったと思います。
旅の初日や2日目のような勢いはありませんでした。
にぎやかな友人たちの声もありません。
寺の階段も、魚市場の匂いも、チキン屋の熱気もありません。
ただ、帰国日の朝です。
別れが近づいている朝でした。
Juはとても寂しそうな顔をしていた
Juを見ると、とても寂しそうな顔をしていました。
その表情が印象に残っています。
初めて会った金海空港。
釜山の街を案内してくれたこと。
友人たちを紹介してくれたこと。
寺へ行ったこと。
写真屋へ行ったこと。
市場を歩いたこと。
姉や弟にも会ったこと。
そういう2日間を過ごした後の帰国日です。
彼女にとっても、別れが近づいていることは寂しかったのだと思います。
私は、その顔を見て何を言えばよかったのか分かりませんでした。
「また来るよ」
と言えばよかったのか。
「また会おう」
と言えばよかったのか。
「ありがとう」
とだけ言えばよかったのか。
その時の自分が、どんな言葉をかけたのかは覚えていません。
ただ、何かを言うには、少し言葉が足りなかったような気がします。
帰国日の朝は、言葉が難しいです。
軽く言いすぎても違う。
重く言いすぎても違う。
そして、言葉にしたところで、帰る事実は変わりません。
だから、余計に静かになってしまったのかもしれません。
空港へ向かうバスに乗る
私たちは、空港へ向かうためにバスに乗りました。
釜山のバスは、相変わらず揺れました。
初日に金海空港から街へ向かった時も、かなり揺れたことを覚えています。
道のでこぼこ感。
車内の揺れ。
ソウルとは違う釜山の印象。
そのすべてを、初日に感じました。
そして最終日にも、また同じように揺れるバスに乗っています。
行きは、これから始まる旅への期待がありました。
帰りは、旅が終わっていく寂しさがあります。
同じ道ではなかったかもしれません。
でも、空港へ向かうバスというだけで、気持ちはかなり違います。
バスの揺れも、初日とは別のものに感じました。
初日は、
「釜山ってこういう感じなのか」
と驚きながら乗っていました。
最終日は、
「もう空港へ向かっているのか」
と思いながら乗っていました。
同じ街の景色でも、行きと帰りでは見え方が変わります。
旅先では、気持ちが景色に色をつけるのだと思います。
バスの中で会話は少なかった
空港へ向かうバスの中で、会話は多くなかったと思います。
Juは寂しそうでした。
私も、どう話せばいいのか分かりませんでした。
旅の思い出を振り返るには、まだ気持ちが近すぎます。
これから離れることを考えると、明るく話し続けるのも難しい。
だから、自然と無口になっていったのだと思います。
こういう時間は、後から振り返るととても長く感じます。
実際の移動時間は、そこまで長くなかったかもしれません。
でも、気持ちの中では長い時間でした。
窓の外を見ていたのか。
Juの表情を見ていたのか。
自分の荷物を気にしていたのか。
細かい場面ははっきりしません。
ただ、静かな時間だったことは覚えています。
旅先での別れは、にぎやかな別れより、静かな別れの方が心に残ることがあります。
涙を流して大きく感情を出すわけではない。
でも、言葉が少ない分だけ、空気が重くなる。
この日のバスの中は、そういう時間だったのだと思います。
金海空港に到着した
空港に到着しました。
金海空港です。
この旅の始まりも、金海空港でした。
空港に着いて電話ボックスを探し、Juに電話をかけ、お互いに気づいて挨拶をしました。
あの時は、初めて会う緊張と、会えた安心感がありました。
それが今は、帰国のために同じ空港へ来ています。
空港という場所は、出会いと別れの両方があります。
行きは期待。
帰りは寂しさ。
同じ建物なのに、まったく違う場所のように感じることがあります。
金海空港に着くと、2人とも無口になりました。
お互いに、別れが近いことを意識していたのだと思います。
空港に着いてしまうと、もう帰国が現実になります。
それまでは、バスに乗っているだけでした。
でも空港に着くと、出国手続きや搭乗時間が目の前に来ます。
もう引き返せません。
あと少しで、私は日本へ帰ります。
Juは釜山に残ります。
その距離が、空港に着いた瞬間にはっきり見えた気がしました。
空港で喫茶店に入った
お腹も空いていました。
朝早くから準備をして、空港へ向かっていたので、何か食べたり飲んだりしたかったのだと思います。
空港内で喫茶店に入りました。
注文したのは、コーラだったと思います。
空港の喫茶店でコーラ。
なんとも普通です。
でも、こういう普通の場面が、妙に記憶に残ります。
特別な料理ではありません。
豪華な朝食でもありません。
ただ、帰国前に空港の喫茶店で飲んだコーラ。
それだけです。
でも、その時の空気が一緒に残っています。
2人とも無口。
別れが近い。
出国時間が近づいている。
何かを話したいような、でもうまく話せないような時間。
喫茶店の椅子に座っていても、落ち着かなかったと思います。
コーラを飲みながら、何を考えていたのでしょうか。
たぶん、言葉にならないことばかり考えていたと思います。
旅が終わること。
Juと離れること。
これからどうなるのか。
帰国した後、連絡を続けるのか。
また会うことはあるのか。
その時には、まだはっきりした答えはなかったのだと思います。
出国時間が近づいてきた
出国時間が近づいてきました。
空港では、時間がとても現実的です。
搭乗時間。
出国手続き。
ゲート。
飛行機。
どれも感情とは関係なく進んでいきます。
どれだけ名残惜しくても、時間が来れば行かなければいけません。
それが空港のつらいところです。
喫茶店でゆっくりしていたくても、ずっとそこにいるわけにはいきません。
もう行かないといけない。
そういう時間が来ます。
Juとの別れも、そこで一気に現実になりました。
旅先での別れには、何度経験しても慣れません。
特に、今回のように初めて会った相手と濃い時間を過ごした後だと、なおさらです。
2泊3日。
短い時間です。
でも、内容はかなり濃かったです。
だから、別れの時間も重くなります。
たった数日でも、人との距離は一気に近くなることがあります。
その分、離れる時に心が追いつかなくなることもあります。
この時も、まさにそんな感じだったと思います。
すぐに別れることにした
出国時間が近づいてきたので、すぐに別れることにしました。
長く引き延ばしても、つらくなるだけだったのかもしれません。
名残惜しくて、もう少し一緒にいたい気持ちはありました。
でも、時間は決まっています。
だから、そこで別れるしかありませんでした。
どんな言葉を交わしたのか、はっきりとは覚えていません。
「ありがとう」
「またね」
そんな言葉だったのかもしれません。
もしかすると、もっと短かったかもしれません。
別れの言葉というのは、後から思い出そうとしても曖昧なことがあります。
その瞬間の感情が大きすぎて、具体的な言葉が残らないのです。
ただ、Juの寂しそうな表情は残っています。
空港の静かな空気も残っています。
そして、自分が日本へ帰るために歩き出したことも覚えています。
釜山での2泊3日が、そこで終わりました。
金海空港で始まった旅は、金海空港で静かに終わりました。
そして日本へ帰国した
その後、私は帰国しました。
釜山から成田へ。
KE713で日本へ戻りました。
飛行機に乗ると、体は日本へ向かいます。
でも、気持ちはまだ釜山に残っているような感覚だったと思います。
旅の帰りの飛行機は、いつも少し不思議です。
行きの飛行機は、これから始まることで頭がいっぱいです。
帰りの飛行機は、終わったことを思い返す時間になります。
金海空港でJuと初めて会ったこと。
バスが揺れたこと。
ハトムギ茶を買ってもらったこと。
NONGSHIM HOTELの部屋が広くてきれいだったこと。
Jinたちと会ったこと。
韓国ののり巻きを食べたこと。
SYUHEIでのにぎやかな時間。
寺の階段。
鳩の落とし物。
イメージ写真。
鍋料理。
PCルーム。
魚市場。
アップルティー。
Kyong Won。
Juの姉。
絶品チキン。
夜の散歩。
そして、空港での別れ。
全部が一気に頭の中を流れていたかもしれません。
旅は終わったのに、気持ちはまだ整理できていない。
そんな帰国だったと思います。
帰国後、Juとは連絡を取らなくなった
その後、Juと私は互いに連絡を取ることをやめました。
理由は、ここでは詳しく書きません。
あえて言うなら、距離です。
この「距離」という言葉には、いろいろな意味があります。
日本と韓国という物理的な距離。
会いたい時に会えない距離。
気持ちの温度差。
生活の違い。
連絡を続ける難しさ。
旅先では近く感じた相手も、帰国すると一気に遠くなります。
メールやチャットでつながることはできます。
でも、実際に会えない時間が続くと、少しずつ何かが変わっていきます。
釜山で一緒に過ごした時間は、本当に濃いものでした。
それは間違いありません。
でも、濃い時間があったからといって、その後も自然に続くとは限りません。
むしろ、旅先だからこそ近づけた部分もあったのかもしれません。
現地で会い、案内してもらい、友人や家族にも会い、たくさんの出来事を共有する。
それは特別です。
でも、その特別な時間が終わった後、日常の距離が戻ってきます。
その距離を越えることは、簡単ではありませんでした。
距離という言葉でしか説明できないこと
原因を細かく書こうと思えば、いろいろあるのかもしれません。
でも、今はあえて書きません。
一言で言うなら、距離。
それが一番近い気がします。
距離は、ただのキロメートルではありません。
飛行機で行けるから近い、というものでもありません。
連絡手段があるから大丈夫、というものでもありません。
心の距離。
生活の距離。
日々の流れの距離。
そういうものが積み重なると、少しずつ連絡を取ること自体が難しくなります。
最初は、また連絡するつもりだったのかもしれません。
また会えるかもしれないと思っていたのかもしれません。
でも、時間が経つと、言葉を送るタイミングを失っていきます。
何を書けばいいのか分からなくなる。
相手からの連絡を待つのか、自分から送るのか迷う。
そうしているうちに、連絡は途切れていきます。
この釜山旅は、Juとの始まりの旅になる可能性もありました。
でも実際には、そこで区切りを迎える旅になりました。
旅先で濃く近づいたからこそ、帰国後の距離が余計にはっきりしたのかもしれません。
釜山旅は楽しいだけでは終わらなかった
2003年6月の釜山旅は、楽しいことがたくさんありました。
初めての釜山。
初めての金海空港。
初めて会うJu。
にぎやかな友人たち。
韓国ののり巻き。
ハトムギ茶。
寺の階段。
鳩の悲劇。
イメージ写真。
辛い鍋料理。
魚市場の海の匂い。
喫茶店のアップルティー。
Juの家族との食事。
信じられないくらい美味しかったチキン。
夜の広い敷地の散歩。
どれも、今でも思い出せる場面です。
でも、旅の最後に残っているのは、金海空港での静かな別れです。
Juの寂しそうな顔。
無口になった空港。
喫茶店で飲んだコーラ。
出国時間が近づいて、すぐに別れたこと。
そして帰国後、連絡を取らなくなったこと。
楽しいだけの旅ではありませんでした。
でも、だからこそ記憶に残っているのだと思います。
旅の思い出は、きれいな景色や美味しい料理だけではできません。
うまくいかなかったこと。
言葉にできなかった気持ち。
続かなかった関係。
そういうものも、旅の記憶になります。
釜山旅は、まさにそんな旅でした。
Juと過ごした2泊3日を振り返る
Juと過ごした2泊3日は、とても濃い時間でした。
初めて会ったのに、初日から友人たちをたくさん紹介されました。
のり巻き屋で食事をし、SYUHEIでにぎやかに過ごし、ゲームで盛り上がりました。
2日目には、寺のような場所へ行き、写真屋でイメージ写真を撮り、繁華街を歩き、市場にも行きました。
夜にはJuの姉と弟に会い、チゲやチキンを食べました。
普通の観光旅行とはかなり違います。
有名スポットを効率よく回る旅ではありません。
現地の人たちの輪に入れてもらい、Juの生活に少し触れるような旅でした。
だからこそ、強く記憶に残っています。
もし1人で釜山へ行っていたら、きっとまったく違う旅になっていたと思います。
金海空港からホテルへ行き、ガイドブックに載っている場所を回り、市場で食事をして帰る。
それはそれで楽しかったかもしれません。
でも、今回のような濃い出会いの旅にはならなかったはずです。
Juがいたからこそ、この釜山旅は特別なものになりました。
最終日の朝が一番静かだった
この旅で一番静かだったのは、最終日の朝だったかもしれません。
初日は、とにかく展開が速かったです。
空港で会い、移動して、ホテルへ行き、友人たちと会い、にぎやかに過ごしました。
2日目も、朝から夜まで動きっぱなしでした。
寺、繁華街、写真屋、鍋料理、市場、喫茶店、家族との食事、夜の散歩。
かなり内容が詰まっていました。
でも3日目は、朝から空港へ向かうだけです。
行動としては少ないです。
でも、気持ちとしては一番重かったかもしれません。
Juの寂しそうな顔。
揺れるバス。
無口になった空港。
喫茶店のコーラ。
出国時間。
短い別れ。
この静けさが、逆に強く残っています。
旅は、にぎやかな場面だけが記憶に残るわけではありません。
むしろ、最後の静かな時間の方が、後から何度も思い出されることがあります。
この釜山旅の最終日は、まさにそんな日でした。
まとめ
2003年6月15日。
韓国・釜山2泊3日旅の最終日でした。
この日は帰国日で、Juが朝7時頃にホテルへ来ると言っていたので、急いで準備をしました。
すると、時間通りにJuが来てくれました。
2人で空港へ向かうことになりました。
Juを見ると、とても寂しそうな顔をしていました。
その表情が、今でも印象に残っています。
初めて会った金海空港。
バスで移動した釜山の街。
ハトムギ茶。
NONGSHIM HOTEL。
友人たちとのにぎやかな時間。
寺の階段。
鳩の落とし物。
イメージ写真。
鍋料理。
魚市場。
アップルティー。
Juの姉と弟。
絶品チキン。
たった2泊3日でしたが、本当にいろいろなことがありました。
だからこそ、帰国日の朝は寂しさが強かったのだと思います。
空港へ向かうバスは、相変わらず揺れました。
初日に乗った時は、釜山の街への期待や驚きがありました。
でもこの日は、もう帰るためのバスです。
同じように揺れていても、感じ方はまったく違いました。
金海空港に到着すると、2人とも無口になりました。
お腹も空いていましたが、空港内の喫茶店に入り、コーラを注文したと思います。
何かを話したいような、でもうまく話せないような時間でした。
出国時間も近づいてきたので、すぐに別れることにしました。
長く引き延ばしても、つらくなるだけだったのかもしれません。
どんな言葉を交わしたのかは、はっきり覚えていません。
でも、Juの寂しそうな顔と、空港の静かな空気は覚えています。
そして私は帰国しました。
その後、Juと私は互いに連絡を取ることをやめました。
原因については、詳しく書きません。
あえて言うなら、距離です。
日本と韓国という距離。
会いたい時に会えない距離。
旅が終わった後の日常の距離。
気持ちの距離。
いろいろな距離がありました。
釜山で過ごした時間は、本当に濃いものでした。
Juは空港まで迎えに来てくれて、ホテルまで案内してくれて、友人たちや家族にも会わせてくれました。
釜山の街を一緒に歩き、いろいろなものを食べ、たくさんの出来事を共有しました。
それでも、帰国後に連絡を続けることはできませんでした。
旅先では近く感じた相手も、帰国すると一気に遠くなることがあります。
それがこの時の私たちだったのだと思います。
この釜山旅は、楽しいだけの旅ではありませんでした。
でも、忘れられない旅でした。
初めての釜山。
初めての金海空港。
Juとの初対面。
にぎやかな友人たち。
家族との食事。
そして、金海空港での静かな別れ。
すべて含めて、濃い2泊3日でした。
最後に残ったのは、豪華な観光地の記憶ではなく、空港へ向かう揺れるバスと、寂しそうなJuの顔でした。
旅は、始まりより終わりの方が心に残ることがあります。
この釜山旅も、まさにそうでした。
そして今でも少し思います。
あのバス、最後までよく揺れました。
釜山の別れを、体ごと覚えさせてくるタイプのバスでした。