旅ログ

韓国旅最終日|金浦空港での別れと感謝

2026年6月18日

※2000年11月12日の日記です。

2000年11月12日、韓国4泊5日旅の最終日

韓国4泊5日旅の最終日です。

前日の夜は、大田からソウルへ移動しました。

大田で過ごした数日間に別れを告げ、バスの車窓から大きな満月を眺め、ソウルに着くと初雪が降っていました。

その後、石焼ビビンバを食べ、明洞近くのモーテルに宿泊。

旅の終わりが近づいていることを感じながら眠りについた夜でした。

そしてこの朝、いよいよ帰国の日を迎えました。

旅行の最終日の朝というのは、いつも少し不思議です。

まだ旅先にいるのに、気持ちは少しずつ帰る方へ向かっています。

荷物をまとめなければいけない。

空港へ行かなければいけない。

飛行機に乗らなければいけない。

昨日までの時間が、急に過去へ変わり始めるような感覚があります。

この旅は、ただ観光地を回るだけの旅行ではありませんでした。

メールやチャットで知り合った韓国人女性・Samongと初めて会い、ロッテワールドへ行き、大田の家に泊めてもらい、家族に迎えてもらい、エキスポ跡地や紅葉の山、独立記念館にも行きました。

そして最後は、ソウルで初雪を見るという忘れられない夜までありました。

そんな濃い旅の最終日は、驚くほどあっけなく始まり、あっけなく終わっていきました。

でも、そのあっけなさも含めて、今でも心に残っています。

朝7時、ノックの音で目を覚ます

朝7時には目を覚ましました。

すると、部屋のノックが聞こえました。

モーテルの部屋で聞く朝のノック。

寝ぼけた頭でドアを開けると、Samongたちはすでに準備を整えていました。

その姿を見て、こちらも一気に目が覚めました。

「あ、もう出発なんだ」

そんな感じです。

旅の最終日には、のんびり余韻にひたる時間があるようで、実際には意外と慌ただしいことが多いです。

空港へ行く時間。

飛行機の時間。

荷物の準備。

忘れ物の確認。

ゆっくり別れを惜しむつもりでいても、現実は時間に追われます。

この朝もまさにそうでした。

Samongたちはもう準備万端。

こちらも急いで準備をしなければいけません。

前日の夜の疲れも残っていたと思います。

大田からソウルへ移動し、初雪の中で食事をして、ミリオレへ行き、モーテルへ戻ったのは夜遅くでした。

体はまだ少し重かったはずです。

でも、帰国の日の朝にゆっくりしている余裕はありません。

慌てて身支度を済ませ、荷物をまとめました。

旅の終わりはいつも慌ただしい

旅の終わりは、なぜかいつも慌ただしいです。

行く前は、あれだけ準備しているのに。

旅の最中は、あれだけ濃い時間を過ごしているのに。

最後は、荷物をまとめて、時間を確認して、空港へ向かう。

とても現実的な作業で終わっていきます。

この朝も、余韻をゆっくり味わうというより、急いで準備する時間でした。

歯を磨く。

荷物を確認する。

忘れ物がないか見る。

パスポートはあるか。

航空券はあるか。

財布はあるか。

そういうことを確認しながら、モーテルの部屋を出る準備をしました。

旅先で荷物をまとめる時、少し寂しい気持ちになります。

到着した時には、これから始まる時間がありました。

でも、荷物をしまう時には、その時間が終わったことを感じます。

数日前には、韓国に着いたばかりでした。

空港でSamongと初めて会ったばかりでした。

それがもう、帰国の朝です。

時間の流れが早すぎます。

旅先では、一日一日が濃いのに、終わってみるとあっという間です。

この韓国4泊5日旅も、まさにそうでした。

すぐにモーテルを出発する

準備を済ませると、すぐにモーテルを出ました。

明洞近くのモーテル。

前日の夜は初雪の中を歩き、ここへ戻ってきました。

しかし朝になると、もう出発です。

旅先の宿というのは、不思議な場所です。

長く泊まったわけではなくても、その夜の記憶と一緒に残ります。

このモーテルも、豪華なホテルというわけではありません。

でも、韓国旅の最後の夜を過ごした場所として記憶に残っています。

モーテルを出ると、朝のソウルの空気がありました。

前夜に雪が降っていたこともあり、きっと冷たい空気だったと思います。

まだ朝早い時間。

街は完全には動き出していない。

でも、自分たちは空港へ向かわなければいけない。

旅行者にとって、帰国日の朝は少し特別です。

周りの街はいつも通りの朝を迎えているのに、自分だけがその場所を離れようとしている。

そのギャップが、少し寂しさを強めます。

この朝も、そんな空気の中で地下鉄へ向かいました。

地下鉄で金浦空港へ向かう

モーテルを出たあと、地下鉄へ向かいました。

金浦空港まで地下鉄で行けるらしい、という流れでした。

当時の自分にとって、海外で地下鉄に乗って空港へ行くことも、少し緊張することでした。

日本なら、路線や乗り換えも何となく分かります。

でも韓国では、文字も言葉も違います。

一人だったら、かなり不安だったと思います。

でもこの時は、Samongたちが一緒にいてくれました。

それだけで安心感が全然違います。

旅の最初から最後まで、本当に助けてもらってばかりでした。

空港までの道のりを自分で必死に調べる必要もなく、彼女たちについていけばいい。

これは本当にありがたかったです。

地下鉄に乗り、金浦空港へ向かいました。

移動時間は30分程度だったと思います。

この30分は、きっとあっという間だったはずです。

でも、帰国が近づく30分でもあります。

車内でどんな会話をしたか、細かいことまでは覚えていません。

ただ、もうすぐ別れなんだという気持ちはあったと思います。

初対面だったはずのSamongたちと、数日間を一緒に過ごし、そして空港へ向かっている。

不思議な流れです。

空港へ向かう地下鉄の時間

空港へ向かう地下鉄の時間は、旅の最後の余白のようなものです。

もう観光は終わっています。

買い物もほぼ終わっています。

大きな予定もありません。

あとは空港へ行き、飛行機に乗るだけです。

でも、この「だけ」の時間が意外と記憶に残ります。

窓の外を見る。

車内の音を聞く。

隣にいる人たちの気配を感じる。

荷物を持っている自分を意識する。

そういう小さなことが、旅の終わりを実感させます。

この時、Samongたちがどんな気持ちだったのかは分かりません。

空港まで見送ってくれるというだけでも、本当にありがたいことです。

朝早くから準備して、モーテルまで来て、地下鉄で一緒に移動してくれる。

普通なら、そこまでしてもらえるとは思いません。

自分はこの旅の中で、何度も彼女たちの親切に助けられました。

空港で迎えてくれたこと。

ロッテワールドへ連れて行ってくれたこと。

大田の家に泊めてくれたこと。

家族が温かく迎えてくれたこと。

天安の独立記念館へ案内してくれたこと。

ソウルへの移動も手伝ってくれたこと。

そして最後に、空港まで見送ってくれること。

思い返すと、感謝することばかりです。

地下鉄の30分は、そういう感謝が少しずつ胸にたまっていく時間だったのかもしれません。

金浦空港に到着

地下鉄に乗って、金浦空港へ到着しました。

当時の韓国旅行では、金浦空港を利用していました。

今思い返すと、空港の雰囲気も旅の記憶の一部です。

出発ロビー。

案内表示。

旅行者の荷物。

搭乗時間を気にする空気。

空港に着くと、旅が本当に終わりに向かっていることを感じます。

空港という場所は、出発の時にはわくわくする場所です。

これから旅が始まる。

どこへ行くのか。

何が待っているのか。

そんな期待があります。

でも帰国の時の空港は、少し違います。

旅が終わる場所。

見送られる場所。

日常へ戻る入口。

同じ空港でも、行きと帰りではまったく感じ方が違います。

この時の金浦空港も、そうでした。

初日にソウルへ到着した時は、Samongと会えるかどうかの緊張がありました。

そして最終日の金浦空港では、別れの時間が近づいていました。

空港は、出会いと別れの場所です。

まさにその通りだと思います。

出発ロビーの喫茶店でサンドイッチを食べる

金浦空港に着いたあと、出発ロビー内の喫茶店で簡単にサンドイッチを食べました。

旅の最後の食事が、サンドイッチ。

とても普通です。

韓国料理の締め、という感じではありません。

豪華な朝食でもありません。

でも、最終日の朝にはそれくらいがちょうど良かったのかもしれません。

時間も限られています。

ゆっくり食事をする余裕はありません。

空港で、出発前に軽く食べる。

それだけです。

でも、このサンドイッチの時間も覚えています。

なぜなら、それが別れの直前の時間だったからです。

食べ物そのものより、その時間の空気が記憶に残ります。

もうすぐ別れる。

でも、まだ一緒にいる。

この微妙な時間です。

旅の最後の喫茶店というのは、少し切ないです。

何を話せばいいのか分からない。

たくさん話したいことがあるような気もする。

でも、時間がない。

大げさな別れの言葉を言うには照れくさい。

そんな空気だったのかもしれません。

サンドイッチを食べ終えたら、すぐに別れることになります。

別れはあっけなかった

サンドイッチを食べ終えたあと、すぐに別れました。

本当にあっけない別れでした。

何時間も別れを惜しんだわけではありません。

長い会話をしたわけでもありません。

感動的な演出があったわけでもありません。

食べ終えて、時間が来て、別れる。

それだけです。

でも、別れというのは、案外そういうものかもしれません。

旅の中では、あれだけ濃い時間を過ごします。

初対面。

観光。

移動。

家庭での宿泊。

歴史を考える時間。

満月。

初雪。

いろいろな出来事があったのに、最後は空港で短く別れる。

そのあっけなさが、逆にリアルです。

きっとその場では、うまく言葉にできなかったと思います。

感謝している。

寂しい。

また会いたい。

いろいろな気持ちはあったはずです。

でも、実際には簡単な言葉しか出なかったのではないでしょうか。

言葉が十分に通じるわけでもありません。

時間もありません。

だからこそ、別れは短くなります。

でも、短い別れだからといって、気持ちが薄いわけではありません。

むしろ、言い切れなかった気持ちが、あとからずっと残ることがあります。

数日間でここまで濃い関係になる不思議

この旅で不思議だったのは、数日間しか一緒に過ごしていないのに、別れが寂しかったことです。

11月8日に韓国へ到着し、11月12日に帰国。

わずか4泊5日です。

でも、その中身がとても濃かった。

メールやチャットで知り合っていたとはいえ、実際に会ったのはこの旅が初めてでした。

それでも、空港で迎えてもらい、観光に連れて行ってもらい、家に泊めてもらい、家族にも会い、食事をし、街を歩き、歴史施設にも行き、最後はソウルまで見送ってもらいました。

普通の数日間ではありません。

旅先の時間は、日常より密度が高いです。

朝から夜まで、新しいことが続きます。

移動も多く、感情もよく動きます。

その中で人と一緒に過ごすと、短い時間でも強く記憶に残ります。

Samongとの時間もそうでした。

メールだけだった相手が、現実の友人になった。

そして家族まで自分を受け入れてくれた。

この経験は、今でも特別です。

空港での別れがあっけなかったからこそ、その後に感謝の気持ちがじわじわ残ったのかもしれません。

Samongの家族への感謝

この旅を振り返ると、Samong本人だけでなく、家族への感謝がとても大きいです。

お父さんは、大田に着いた夜に迎えに来てくれました。

お母さんは、食事に連れて行ってくれたり、家で温かく接してくれたりしました。

叔母さんは日本語で話しかけてくれ、お菓子まで持ってきてくれました。

お姉さんも空港まで迎えに来てくれたり、最後まで見送ってくれたりしました。

犬のオットも、毎回元気に迎えてくれました。

家族と言っていいのか分かりませんが、オットも含めて、この旅の大事な存在です。

自分は、異国から来た若者です。

言葉も十分には通じない。

文化も違う。

家族でも親戚でもない。

それでも、泊めてくれて、食事を出してくれて、気遣ってくれました。

これは本当に簡単なことではありません。

今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

当時、その感謝を十分に伝えられたかどうかは分かりません。

たぶん、言葉にするには足りなかったと思います。

でも、ずっと記憶に残っています。

旅先で受けた親切は、時間が経っても残ります。

むしろ、時間が経つほどありがたさが増すこともあります。

ただの観光旅行ではなかった

この韓国4泊5日旅は、ただの観光旅行ではありませんでした。

もちろん、観光もしました。

ロッテワールドへ行きました。

大田エキスポ跡地も見ました。

紅葉の山も歩きました。

天安の独立記念館にも行きました。

ソウルの街も歩きました。

でも、それ以上に残っているのは、人との時間です。

Samongと初めて会ったこと。

彼女の家に泊まったこと。

家族に迎えてもらったこと。

オットと遊んだこと。

近所を散歩したこと。

空港まで見送ってもらったこと。

ガイドブックに載るような名所だけではなく、その人たちと過ごした何気ない時間が、この旅を特別なものにしてくれました。

旅行というのは、どこへ行ったかも大事です。

でも、誰と過ごしたかも同じくらい大事です。

この旅は、まさにそれを感じさせてくれました。

もし一人で韓国へ行っていたら、まったく違う旅になっていたと思います。

ホテルに泊まり、観光地を回り、食事をして帰る。

それも楽しかったかもしれません。

でも、ここまで心に残る旅にはならなかったかもしれません。

Samongとその家族がいたからこそ、この旅は今でも忘れられないものになりました。

帰国の飛行機へ向かう気持ち

別れたあと、自分は出発ゲートへ向かったはずです。

空港での手続き。

搭乗までの時間。

そして飛行機へ。

そのあたりの記憶は、少しぼんやりしています。

ただ、気持ちの中には旅の余韻が残っていたと思います。

ロッテワールドのにぎやかさ。

大田の家の温かさ。

オットのしっぽ。

エキスポ跡地の少し古びた未来感。

紅葉の山。

独立記念館で考えたこと。

大田を離れるバスで見た満月。

ソウルの初雪。

そして空港でのあっけない別れ。

いろいろな場面が、頭の中に残っていたはずです。

帰国の飛行機は、いつも少し静かな気持ちになります。

行きの飛行機は、これから始まる期待があります。

帰りの飛行機は、終わった旅を振り返る時間です。

窓の外を見ながら、

「本当に行ってよかったな」

と思っていたのではないかと思います。

旅の最後は寂しいです。

でも、寂しいと思えるくらいの旅ができたこと自体が、ありがたいことです。

今でも残っている感謝の気持ち

この最終日の記録は、とても短いです。

朝7時に起きた。

ノックがあった。

彼女たちは準備を整えていた。

自分も急いで準備をした。

モーテルを出た。

地下鉄で金浦空港へ向かった。

出発ロビーの喫茶店でサンドイッチを食べた。

食べ終えたあと、すぐに別れた。

出来事だけを書けば、それだけです。

でも、その短い出来事の後ろには、4泊5日分の感情があります。

旅の最後の朝は、いつも短い。

そして、別れもあっけない。

でも、その後に残るものは短くありません。

Samongの家族には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

あの時、どうしてあそこまで親切にしてくれたのだろうと思います。

もちろん、Samongとの関係があったからこそでしょう。

でも、それでも、家族全体で迎えてくれたことは本当にありがたかったです。

異国の若者を家に泊め、食事を出し、案内し、最後は空港まで見送ってくれる。

簡単にできることではありません。

この感謝は、年月が経っても薄れません。

むしろ、今振り返るほどにありがたく感じます。

まとめ

2000年11月12日、日曜日。

韓国4泊5日旅の最終日は、朝7時のノックから始まりました。

ドアを開けると、Samongたちはすでに準備を整えていて、自分も急いで身支度を済ませました。

前日の夜は大田からソウルへ移動し、明洞近くのモーテルに泊まっていました。

満月と初雪を見た特別な夜の翌朝でしたが、帰国日の朝は思った以上に慌ただしく、余韻にひたる時間はあまりありませんでした。

すぐにモーテルを出て、地下鉄で金浦空港へ向かいました。

空港までは30分程度。

一人では不安だったかもしれない移動も、Samongたちが一緒にいてくれたことで安心できました。

金浦空港へ到着後、出発ロビー内の喫茶店で簡単にサンドイッチを食べました。

それが、この旅で一緒に過ごす最後の時間になりました。

食べ終えたあと、すぐに別れました。

長く別れを惜しむような時間はなく、本当にあっけない別れだったと思います。

でも、そのあっけなさも含めて、とてもリアルな旅の終わりでした。

この韓国4泊5日旅は、ただの観光旅行ではありませんでした。

メールやチャットで知り合ったSamongと初めて会い、ロッテワールドへ行き、大田の家に泊めてもらい、家族に迎えてもらい、地方都市を歩き、天安の独立記念館で歴史について考え、最後は満月と初雪のソウルを見ました。

そのすべてが、今でも強く記憶に残っています。

特にSamongの家族には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

お父さん、お母さん、お姉さん、叔母さん、そして犬のオット。

みんながこの旅の記憶の中にいます。

言葉が十分に通じなくても、優しさは伝わる。

旅先で受けた親切は、年月が経っても消えない。

この旅は、そのことを教えてくれた大切な思い出です。

最後の別れは短かったけれど、感謝の気持ちはずっと残っています。

金浦空港で食べたサンドイッチの味は細かく覚えていません。

でも、あの朝の少し慌ただしい空気と、別れのあっけなさ、そして胸に残った感謝だけは、今でもはっきり覚えています。

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