PC・デジタル系

初めてホームページを作った話

2026年4月16日

「初めてホームページを作ったのはいつですか?」

こう聞かれると、意外とちゃんと答えられる人は少ないかもしれない。

今なら、ブログもSNSもある。

X、Instagram、YouTube、TikTok、note、WordPress。

発信する場所はいくらでもある。

スマホひとつあれば、写真も文章も動画もすぐに公開できる。

でも、自分が初めてホームページを作った頃は、そんな時代ではなかった。

そもそも「自分のホームページを持つ」ということ自体が、少し特別だった。

今のSNSアカウントのように、誰でも持っていて当たり前という感じではない。

HTMLを書いて、ファイルを作って、アップロードして、ブラウザで確認する。

そこには、今よりずっと手作り感があった。

自分の場合、初めてホームページを作ったきっかけは、大学時代の授業だった。

工学部の情報工学科で、HTMLの基本を学んだ。

最初は完全に授業の一部。

でも、そこで触れた「自分で書いたものが画面に表示される」という感覚が、かなり面白かった。

それが、自分にとってのホームページ作りの始まりだった。

今、自分はWordPressでブログを書いている。

副業という目的もあるし、収益化も意識している。

でも、こうして振り返ると、原点はかなりシンプルだった。

ただ作りたかった。

ただ見てもらいたかった。

ただネット上に自分の場所を持つのが楽しかった。

そんな時代の話である。

ホームページ作りは授業から始まった

初めてホームページを作ったのは、大学時代だった。

工学部の情報工学科の授業で、HTMLを学んだのがきっかけである。

当時は、今みたいに「ブログを書こう」「SNSで発信しよう」という感覚はあまりなかった。

ホームページを作るという行為そのものが、ちょっと技術っぽかった。

パソコンに詳しい人がやるもの。

インターネットが好きな人がやるもの。

そんな雰囲気があった。

授業では、HTMLの基本から学んだ。

見出しを作る。

文字を大きくする。

リンクを貼る。

画像を表示する。

背景色を変える。

今思えば、かなりシンプルな内容だったと思う。

でも当時は、それだけでも十分楽しかった。

タグを書く。

保存する。

ブラウザで開く。

すると、自分が書いたものが画面に表示される。

この感覚が新鮮だった。

プログラムというほど複雑ではない。

でも、ちゃんと自分の入力に対して画面が変わる。

それが面白かった。

MS-DOSの黒い画面にコマンドを打ったときの感覚にも少し似ている。

自分で何かを書いて、機械が反応する。

その小さな手応えが楽しかった。

HTMLを手打ちする楽しさ

当時のホームページ作りは、HTMLを手打ちすることが多かった。

今なら、WordPressのブロックエディタや、ブログサービスの投稿画面で簡単に文章を書ける。

見出しもボタン一つ。

リンクもボタン一つ。

画像もドラッグするだけ。

かなり便利になった。

でも当時は、タグを書く。

<html>から始まって、<body>を書いて、見出しや本文を書いていく。

リンクを貼るにも、タグを書く。

画像を表示するにも、タグを書く。

ちょっと間違えると表示がおかしくなる。

閉じタグを忘れる。

パスを間違える。

画像が出ない。

リンクが飛ばない。

レイアウトが崩れる。

そんなことは日常茶飯事だった。

でも、それすら面白かった。

エラーが出るというより、表示が思った通りにならない。

だから原因を探す。

ここかな。

あそこかな。

タグを直して、またブラウザで確認する。

うまく表示されると、

「おお、できた」

となる。

今なら当たり前のことだけど、当時はその一つひとつが楽しかった。

自分で作っている感が、とても強かった。

自分で書いたコードが画面に出る感動

ホームページ作りで一番面白かったのは、自分で書いたコードがそのまま画面に反映されることだった。

文字を入力する。

タグを書く。

保存する。

ブラウザで見る。

画面に表示される。

この流れが単純に気持ちよかった。

今の感覚だと、ブログを書けばすぐ公開できるし、SNSに投稿すればすぐ表示される。

でも当時は、自分でHTMLを書いて表示させること自体に達成感があった。

少し文字を大きくするだけでも楽しい。

背景色を変えるだけでも楽しい。

リンクを貼るだけでも楽しい。

「ここをクリックすると別ページに飛ぶ」

これだけで、なんだかすごいことをしている気分になった。

もちろん、技術としては本当に基本的なことだ。

でも最初は何でも楽しい。

特に、インターネット上に自分の作ったものを置けるという感覚は大きかった。

自分の部屋で作ったページが、ネットにつながっている誰かのパソコンでも見られる。

それは当時の自分にとって、かなり不思議なことだった。

JavaScriptでも少し遊んだ

HTMLに慣れてくると、ついでにJavaScriptも少しだけ触るようになった。

もちろん、本格的に使いこなしていたわけではない。

今のように複雑なWebアプリを作るとか、そういうレベルではまったくない。

ボタンを押すと何かが動く。

メッセージが出る。

画像が変わる。

時計っぽいものを表示する。

そんな簡単な仕掛けを作って遊ぶ程度だった。

でも、それがまた面白かった。

HTMLだけでも画面に表示できる。

そこにJavaScriptを入れると、少し動きが出る。

静的だったページが、ちょっと反応するようになる。

これが楽しかった。

当時の個人ホームページには、こういうちょっとした仕掛けが多かった気がする。

今見ると少し古い。

いや、かなり古い。

でも、その手作り感が良かった。

アクセスした瞬間に文字が流れたり、マウスを乗せると画像が変わったり、ポップアップが出たり。

やりすぎると見づらい。

でも作っている本人は楽しい。

完全に自己満足。

ただ、その自己満足こそが個人サイトの魅力だったと思う。

ブログが出てくる前の個人サイト文化

しばらくすると、世の中は少しずつ変わっていった。

mixiが流行り始め、ブログサービスも広がっていく。

FC2ブログ。

livedoor Blog。

他にもいろいろなサービスがあった。

文章を書く場所が、ホームページからブログへ移っていく流れがあった。

ブログは便利だった。

管理画面から記事を書ける。

HTMLをそこまで知らなくても更新できる。

日記形式で書きやすい。

コメントもつく。

トラックバックなんて言葉もあった。

今思うと懐かしい。

それ以前の個人サイトは、もっと手作り感が強かった。

自分でページを作る。

自分でリンクを貼る。

自分で更新履歴を書く。

日記ページも自分で作る。

掲示板を設置する。

アクセスカウンターを置く。

リンク集を作る。

そういう世界だった。

ブログやSNSのように、あらかじめ用意された枠の中で発信するというより、自分で場所を作る感覚が強かった。

それが面倒でもあり、楽しくもあった。

mixiやブログが広がる前の空気

mixiが流行り始めた頃、ネットの空気はまた少し変わった。

それまでは個人ホームページや掲示板、チャットが中心だった。

そこに、SNSという仕組みが入ってきた。

友人とつながる。

日記を書く。

コメントをもらう。

コミュニティに入る。

足あとを見る。

あの頃のmixiには、独特の距離感があった。

そしてブログサービスもどんどん広がっていった。

FC2ブログやlivedoor Blogを使っている人も多かった印象がある。

HTMLを手打ちしなくても、記事を書いて公開できる。

これはかなり大きかった。

発信のハードルが一気に下がったと思う。

そういえば、ライブドアは堀江貴文さんの件で、一気に世の中の空気が変わった時期もあった。

あの頃は、ネット企業やブログ、ニュース、投資、世間の注目が一気につながっていくような感覚があった。

ネットはネットの中だけのものではなく、現実社会にも大きく影響するものになっていった。

でも、その前にあった個人サイトの時代には、もっと素朴な遊び場のような空気があった。

ジオシティーズという街に住んでいた

自分の中で、個人ホームページ文化として一番印象に残っているのが、Yahoo!ジオシティーズである。

ジオシティーズは、無料でホームページを作れるサービスだった。

当時としてはかなり大きな存在だったと思う。

このサービスの面白かったところは、「街」という概念があったことだ。

普通のレンタルサーバーとは少し違う。

ジャンルごとにエリアが分かれていて、その中に自分のホームページを作る。

ネットの中に町があって、自分はその一角に住む。

そんな感覚だった。

今のSNSのアカウントとは全然違う。

SNSは、タイムラインの中に自分の投稿が流れていく感じがある。

でもジオシティーズは、自分の場所を持つ感じが強かった。

住所がある。

番地がある。

そこに自分のページがある。

これはかなり面白かった。

ネットの中に、自分の家のようなものを持つ。

それがジオシティーズの魅力だったと思う。

番地があるネットの住所

ジオシティーズには、番地のような考え方があった。

これがなんとも良かった。

今のURLにももちろん住所のような役割はある。

でもジオシティーズの「街」や「番地」という表現には、もっと生活感があった。

自分のホームページが、ネットの街の中にある。

隣のページがあり、同じエリアに別の人のページがある。

リンクをたどれば、他の人のページへ行ける。

それは、ネット上の散歩のようだった。

今の検索エンジンやSNSの流れとは少し違う。

当時は、リンクをたどって知らないホームページに行くことが多かった。

誰かのリンク集から、別の個人サイトへ飛ぶ。

そこからまた別のサイトへ行く。

気づけば全然知らない人のページを読んでいる。

このリンクで広がる感じが、当時のネットの面白さだった。

今は検索すれば目的の情報にすぐたどり着ける。

便利だけど、寄り道は減った気がする。

ジオシティーズの頃は、寄り道そのものが楽しかった。

自分のホームページはまとまりがなかった

自分もジオシティーズでホームページを作っていた。

では、どんな内容だったのか。

正直、かなり自由だった。

というか、まとまりはなかったと思う。

今のブログなら、ある程度テーマを考える。

SEOも考える。

カテゴリーも作る。

検索されるキーワードも意識する。

読者が何を知りたいかも考える。

でも当時の個人ホームページは、もっと自由だった。

日記を書く。

好きなゲームの話を書く。

リンク集を作る。

プロフィールを置く。

掲示板を設置する。

適当に画像を貼る。

ちょっとしたJavaScriptの仕掛けを入れる。

そんな感じだったと思う。

目的は、収益でも集客でもない。

ただ作りたいから作る。

見てほしいから公開する。

仲間に見せたいから更新する。

それだけだった。

今思うと、かなり純粋である。

もちろん、内容としては今見たら恥ずかしいものも多いと思う。

いや、たぶんほぼ恥ずかしい。

でも、その恥ずかしさも含めて個人サイトだった。

Yahoo!ゲームズの仲間たちも作っていた

面白かったのが、周りの人たちもみんなホームページを作り始めたことだ。

特に、自分がよく遊んでいたYahoo!ゲームズのHearts仲間たち。

いわゆるネット仲間が、それぞれ自分のホームページを持っていた。

今でいうと、Xやブログのリンクを貼り合うような感覚に近いのかもしれない。

でも当時は、もっと手作りだった。

相互リンク。

リンク集。

バナー。

掲示板への書き込み。

そういうものでつながっていた。

ある人は日記を書いていた。

ある人はゲームの戦績を載せていた。

ある人はプロフィールを凝っていた。

ある人はデザインにやたら力を入れていた。

中には、かなり作り込んだサイトもあった。

「この人、すごいな」

と思うこともあった。

同じゲームをしている仲間でも、ホームページを見ると個性が出る。

文章の書き方。

色使い。

リンクの貼り方。

画像の選び方。

そういうところに、その人らしさが出ていた。

相互リンクという文化

当時の個人ホームページには、相互リンクという文化があった。

自分のサイトから相手のサイトへリンクする。

相手も自分のサイトへリンクしてくれる。

それが一つのつながりだった。

今ならSNSでフォローする感覚に近いかもしれない。

でも、相互リンクにはもう少し手作り感があった。

リンク集のページを作る。

サイト名を書く。

管理人の名前を書く。

簡単な紹介文を書く。

場合によってはバナーを貼る。

この作業が楽しかった。

「リンク貼っておきました」

「こちらも貼りました」

そんなやり取りがあった。

アクセス数を増やすためというより、仲間同士のつながりを見える形にするものだった気がする。

リンク集を見ると、その人がどんなネット仲間とつながっているのかが分かる。

そこからまた別のサイトへ行ける。

相互リンクは、ネット上の人間関係の地図みたいなものだった。

今のSNSのフォロー一覧とは少し違う。

もっとゆっくりしていて、もっと手作業だった。

でも、その分温かさがあった。

掲示板とアクセスカウンターの時代

個人ホームページといえば、掲示板とアクセスカウンターも欠かせない。

掲示板を置いて、訪問者に書き込んでもらう。

「来ました」

「更新見ました」

「リンク貼りました」

「また遊びに来ます」

そんな書き込みがあるとうれしかった。

今のSNSのコメントやいいねとは、少し違う。

掲示板に書き込むには、わざわざそのページに来て、名前を書いて、本文を書いて、送信する。

少し手間がかかる。

だからこそ、書き込みがあるとけっこううれしい。

アクセスカウンターもよく置いていた。

何人来たかが数字で表示される。

「キリ番」という文化もあった。

1000番、2000番、7777番など、特定の数字を踏んだ人が掲示板に報告する。

今思うと、なかなか独特な文化である。

でも当時は普通に楽しかった。

「キリ番踏みました」

「おめでとうございます」

そんなやり取りがあった。

アクセス数が少し増えるだけでもうれしい。

自分の作ったページを誰かが見てくれている。

それが数字で分かる。

個人サイト運営の小さな喜びだった。

隠しリンクというロマン

個人ホームページで特に印象に残っているものがある。

隠しリンクである。

これを知っている人は、かなり懐かしいと思う。

普通のリンクとは別に、画像の一部や、ページ内の特定の場所にだけリンクが仕込まれている。

そこをクリックすると、別ページに飛ぶ。

いわゆる裏ページ。

これが地味に楽しかった。

見つけたときの、

「お、ここにあったか」

という感じがいい。

探す側も楽しいし、作る側も楽しい。

自分で作るときは、

「どこに仕込もうか」

「どれくらい分かりにくくしようか」

「ヒントを出すか」

みたいなことを考える。

今でいうイースターエッグのようなものだと思う。

でも当時は、それを個人サイトで普通にやっていた。

裏ページに何があるのかというと、そこまで大した内容ではないことも多い。

ちょっとした日記。

秘密っぽい文章。

仲間向けのページ。

おまけ画像。

でも、その「隠されている」というだけで楽しかった。

裏ページを探す楽しさ

隠しリンクや裏ページには、妙なロマンがあった。

ホームページの中をじっくり見る。

画像の端にマウスを乗せる。

文字のないところをクリックしてみる。

ソースを見る人もいたかもしれない。

今考えると、かなり地道である。

でも、それが楽しかった。

ページの中に秘密がある。

普通に見ているだけでは分からない場所がある。

自分だけが見つけたような気分になる。

もちろん、実際には多くの人が見つけているかもしれない。

でも、その発見感がよかった。

今のWebサイトは、使いやすさや分かりやすさが重視される。

隠しリンクなんて、ユーザビリティ的にはあまりよろしくない。

SEO的にも意味はない。

むしろ邪魔かもしれない。

でも当時の個人サイトでは、そういう遊びが許されていた。

いや、許されていたというより、みんな好き勝手にやっていた。

ネットの遊び場だったのだ。

その自由さが、今思うととても懐かしい。

不便だけど楽しかったホームページ作成

今振り返ると、当時のホームページ作成はかなり不便だった。

HTMLを手打ちする。

ファイルを作る。

FTPでアップロードする。

表示を確認する。

ミスがあれば直す。

またアップロードする。

ちょっとした修正でも手間がかかる。

画像のサイズにも気を使う。

通信速度も今ほど速くない。

重いページはなかなか表示されない。

レイアウトも崩れやすい。

ブラウザによって見え方が違うこともあった。

今なら、WordPressで記事を書いて公開ボタンを押せばいい。

テーマもある。

プラグインもある。

デザインもある程度整っている。

本当に便利になった。

でも、当時の不便さには、不思議な楽しさがあった。

なぜか。

たぶん、自分で作っている感が強かったからだと思う。

完成度は低い。

見た目も今見ると厳しい。

でも、自分で作った。

この感覚が大きかった。

自分で作っている感が強かった

個人ホームページ作りは、手間がかかるぶん、自分で作っている感が強かった。

背景色を選ぶ。

文字色を決める。

リンクの色を変える。

画像を配置する。

掲示板を設置する。

隠しリンクを作る。

リンク集を更新する。

全部、自分で決める。

もちろん、センスがあるかどうかは別問題である。

当時の個人サイトには、今見ると目がチカチカするようなページも多かった。

背景画像が派手。

文字色が読みにくい。

MIDIが鳴る。

カーソルに何かついてくる。

アクセスすると謎のポップアップが出る。

今なら、

「ちょっと待って」

となる。

でも当時は、それも含めて個性だった。

自分のホームページだから、好きに作る。

見やすさよりも、やりたいことを詰め込む。

そういう熱量があった。

今のブログ運営では、読みやすさやSEOも大事だ。

それは分かる。

でも、あの頃の自由さも忘れたくないと思う。

今との違いは熱量かもしれない

あの頃のホームページ作りには、収益とかSEOとか、そういう概念はほとんどなかった。

少なくとも、自分の周りではそうだった。

アフィリエイトで稼ぐとか、検索順位を狙うとか、クリック率を考えるとか、そういう話ではない。

純粋に、作りたい。

見てもらいたい。

交流したい。

それだけで動いていた。

だからこそ、一つひとつのサイトに個性があった。

変なこだわりもあった。

誰かのサイトを見ると、

「ああ、この人こういう感じなんだな」

と伝わってくる。

デザインが上手な人もいれば、文章が面白い人もいた。

とにかくリンクを集めている人もいた。

裏ページに力を入れている人もいた。

無駄なものも多かった。

でも、その無駄が面白かった。

今は、どうしても効率や収益を考える。

もちろん、それは悪いことではない。

自分も今、ブログを副業として育てたいと思っている。

でも、原点は完全に遊びだった。

これを忘れたくない。

今のブログ運営にもつながっている

今、自分はWordPressでブログを書いている。

「自由人への道」というブログで、副業や日常、旅行、投資、パソコンの思い出などを書いている。

今は、昔の個人ホームページとはかなり違う。

SEOを意識する。

タイトルを考える。

メタディスクリプションも考える。

カテゴリーを整理する。

読者に読みやすい文章を意識する。

収益化も頭にある。

そういう意味では、昔のように完全な遊びではない。

でも、根っこには同じものがある気がする。

自分の場所を作る。

自分の経験を書く。

誰かに読んでもらう。

これが楽しい。

ジオシティーズでホームページを作っていた頃と、今のブログ運営は、形は全然違う。

でも、ネット上に自分の場所を作るという意味ではつながっている。

当時は番地のあるネットの街に住んでいた。

今はWordPressで自分のブログを持っている。

時代は変わった。

でも、やっていることの根っこは少し似ている。

そう思うと、なかなか面白い。

楽しんで作ることを忘れたくない

ブログを副業として考えると、どうしても数字が気になる。

アクセス数。

検索順位。

収益。

クリック率。

滞在時間。

そういうものを見るようになる。

それは大事だ。

せっかくブログをやるなら、成果も出したい。

ただ、数字ばかり見ると、作る楽しさを忘れそうになることがある。

これは危ない。

ジオシティーズでホームページを作っていた頃は、もっと単純だった。

作るのが楽しい。

見てもらえるとうれしい。

掲示板に書き込みがあるとうれしい。

リンクしてもらえるとうれしい。

それだけで十分だった。

今の自分にも、その感覚は必要だと思う。

もちろん、昔と同じにはできない。

今は今のブログ運営がある。

でも、楽しんで作ることは忘れたくない。

記事を書く。

思い出を残す。

自分の経験を形にする。

それが楽しいから続けられる。

副業としてのブログでも、最後に残るのはそこなのかもしれない。

あのホームページはどこかに残っているのか

たまに思う。

あのとき作っていたホームページは、どこかに残っていないのだろうか。

ジオシティーズはサービスが終了している。

昔のファイルも、自分の手元に残っているか分からない。

フロッピーディスクや古いハードディスクの中に、もしかしたら何か残っているのかもしれない。

でも、たぶん簡単には見つからない。

もし見つかったら、恥ずかしさで倒れる可能性もある。

当時の文章。

当時のデザイン。

当時のプロフィール。

たぶん今見ると、かなりきつい。

でも、少し見てみたい気もする。

若い頃の自分が、何を考えて、どんなページを作っていたのか。

どんな色を選び、どんな文章を書き、どんなリンクを貼っていたのか。

怖いもの見たさである。

ネットの中に作った自分の部屋。

もうほとんど跡形もないかもしれない。

でも、あのとき作っていた記憶は残っている。

それだけでも、まあいいのかもしれない。

まとめ

初めてホームページを作ったきっかけは、大学時代の情報工学科の授業だった。

HTMLを手打ちして、リンクを貼ったり、文字を変えたり、自分で書いたものが画面に表示される感覚が楽しかった。

その後、ジオシティーズで自分のホームページを作り、Yahoo!ゲームズの仲間たちともリンクし合うようになった。

相互リンク、掲示板、アクセスカウンター、隠しリンク。

今思えば不便で手間も多かったけれど、自分で作っている感が強くて、とにかく楽しかった。

今はWordPressでブログを書いている。

副業や収益も意識しているけれど、原点はやっぱり「あの頃の遊び場」だった気がする。

だからこそ、これからも楽しんで作る気持ちは忘れないようにしたい。

たまに思う。

あのときのホームページ、どこかに残ってないかな。

-PC・デジタル系