今では、連絡手段といえばLINEが当たり前になった。
人によってはKakaoTalkを使うこともあるし、仕事ならSlackやTeams、Discordを使う人も多いと思う。
スマホを開けば、すぐに誰かへメッセージを送れる。
既読もつく。
スタンプも送れる。
写真も動画も一瞬で送れる。
音声通話もビデオ通話もできる。
便利すぎる。
本当に便利すぎる。
でも、自分がインターネットを使い始めた頃は、今とはまったく違う世界だった。
スマホはない。
LINEもない。
常時接続も当たり前ではない。
そもそも、パソコンを立ち上げて、ダイヤルアップでネットに接続するところから始まる。
「連絡する」という行為が、今よりずっと手間のかかるものだった。
それでも、その手間が楽しかった。
大学の友人との連絡手段は、メールよりもチャットが中心だった気がする。
そして、その中心にあったのがICQだった。
あの頃、ICQの通知音が鳴るだけで少しテンションが上がった。
「誰か来た」
そう思える瞬間があった。
今のLINE通知とは少し違う。
もっと特別感があった。
今回は、LINEの前に使っていたICQやIRC、そして当時のチャット文化について振り返ってみたい。
LINEの前には別のチャット文化があった
今の連絡手段は、とにかくスマホ中心だ。
LINEを開く。
メッセージを送る。
スタンプを押す。
必要なら通話する。
それで終わり。
操作も簡単だし、誰でも使える。
でも昔は違った。
チャットをするには、まずパソコンを使う必要があった。
パソコンの電源を入れる。
ネットに接続する。
ソフトを起動する。
相手がオンラインかどうかを見る。
そして、ようやく話しかける。
今と比べると、かなり遠回りである。
でも、だからこそ「繋がった感」が強かった。
相手がオンラインになるのを待つ。
名前の横にオンライン表示が出る。
通知音が鳴る。
チャットウィンドウが開く。
この一つひとつに、ちょっとしたワクワクがあった。
今は常に誰かと繋がれる。
便利だけど、特別感は薄い。
昔は繋がるまでに手間があった。
だからこそ、誰かと話せたときのうれしさがあった。
あの頃のチャットは、ただの連絡手段というより、一つの遊び場でもあったと思う。
ICQがすべての始まりだった
自分にとって、チャット文化の入口になったのはICQだった。
ICQは、イスラエルのMirabilisが開発したチャットソフト。
当時としては、かなり画期的な存在だった。
特定のユーザーを登録して、相手がオンラインかどうかを確認できる。
メッセージを送れる。
リアルタイムで会話できる。
今の感覚で言えば、当たり前の機能かもしれない。
でも当時は、それがかなり新鮮だった。
メールとは違う。
メールは送ったら相手が読むのを待つ。
返事が来るまで時間が空く。
でもICQは、相手がオンラインならすぐに話しかけられる。
会話がリアルタイムで続く。
これがとても面白かった。
大学の友人とは、メールよりもICQでやり取りすることのほうが多かった気がする。
「今いる?」
「今日どうする?」
「ゲームやる?」
そんな軽いやり取りができた。
この気軽さがよかった。
今ではLINEで普通にやっていることだけれど、当時のICQにはそれを初めて体験した驚きがあった。
オンラインかどうかが分かる衝撃
ICQで大きかったのは、相手がオンラインかどうか分かることだった。
今では当たり前すぎる。
オンライン表示。
ログイン状態。
最終ログイン。
既読。
そういうものに慣れすぎている。
でも当時は、相手が今ネットに繋いでいるかどうかが分かるだけで、けっこうな衝撃だった。
「あ、今いる」
そう思ったら話しかけられる。
これが楽しかった。
逆に、相手がオフラインだと少し残念だった。
特に用事があるわけではない。
でも、オンラインになっていると話しかけたくなる。
この感覚は、今のメッセージアプリにも少し通じるかもしれない。
ただ、当時はもっとパソコンに向き合っていた。
相手もパソコンの前にいる。
自分もパソコンの前にいる。
その状態で会話が始まる。
スマホの通知に片手で返信する今とは、少し違う空気があった。
ICQは、ネット上に「誰かが今そこにいる」という感覚を教えてくれた。
それは自分にとって、かなり大きな体験だった。
ランダム検索で世界中の人とつながる
ICQには、ランダムで世界中のユーザーを検索できるような機能もあった。
これがまた面白かった。
今考えると、なかなかすごい機能である。
知らない人を探して、メッセージを送る。
相手が返事をくれれば会話が始まる。
今なら少し慎重になる。
いや、かなり慎重になる。
でも当時は、インターネット全体にまだ新鮮さがあり、知らない人とつながること自体が一つの冒険だった。
もちろん、誰とでも深い関係になるわけではない。
ちょっと話して終わることもある。
返事がないこともある。
会話が続かないこともある。
でも、世界のどこかにいる知らない人と、自分の部屋から会話できる。
それだけでかなり不思議だった。
自分が大学生で、日本の部屋にいる。
相手は海外のどこかにいる。
それなのに、同じ画面上で文字を送り合っている。
今では当たり前の国際的なネット交流も、当時はすごく新鮮だった。
ネットは本当に世界につながっているんだなと感じた。
香港のSMAP好き女性との交流
ICQを通じて、海外の人と知り合ったこともあった。
その中で印象に残っているのが、香港の女性だった。
なぜかSMAPが好きだった。
香港の女性がSMAPを好きで、日本にいる自分とICQでやり取りしている。
今思うと、なかなか不思議な状況である。
でも当時は、それが面白かった。
日本の音楽やアイドルが海外でも知られていることに少し驚いたし、同じ話題で盛り上がれることも新鮮だった。
お互いにプレゼントを送り合ったりもしていた。
今考えると、
「よくそんなことしてたな」
と思う。
住所を教えて、海外の人と物を送り合う。
今なら、もう少し慎重になると思う。
でも当時は、それくらい距離が近かった。
ネットで知り合った人との距離感が、今よりも少し無防備だったのかもしれない。
良くも悪くも、インターネットがまだ素朴だった。
もちろん危険がなかったわけではない。
でも、自分の中では「知らない人とつながる楽しさ」のほうが大きかった。
香港のSMAP好き女性とのやり取りは、そんな時代をよく表している思い出だと思う。
あのカッコー音がすべてを物語る
ICQといえば、やっぱりあの音である。
メッセージが届くと鳴る、独特の通知音。
「カッコー」
あれを聞くだけで、
「あ、誰か来た」
とすぐ分かった。
今でも記憶に残っているくらい印象的だった。
通知音というのは不思議だ。
たった一つの音なのに、その時代の記憶を一気に呼び戻す。
ICQのカッコー音を思い出すと、パソコンの前に座っていた頃の感覚まで戻ってくる。
夜の部屋。
モニターの光。
ダイヤルアップで接続している時間。
友人がオンラインになるのを待つ感じ。
メッセージが来たときの少しうれしい感じ。
全部がセットで思い出される。
今のLINE通知音も便利だし、すぐ分かる。
でもICQのカッコー音には、独特の存在感があった。
あの音が鳴ると、チャットが始まる。
誰かとつながる。
ネットの向こうに人がいる。
そういう感覚があった。
英語版と日本語パッチの時代
ICQは、基本的には英語版を使っていた記憶がある。
ただ、日本語パッチのようなものもあって、それを当てて使っていた人も多かったと思う。
この「パッチを当てる」という感覚も、当時のネットらしい。
今なら、アプリをインストールすれば最初から日本語対応していることが多い。
アップデートも自動。
設定も簡単。
でも当時は、何かを便利に使うには少し手間が必要だった。
英語のソフトを探す。
インストールする。
日本語化パッチを探す。
適用する。
ちゃんと動くか確認する。
この一連の作業に、少しパソコンを使いこなしている感があった。
もちろん面倒ではある。
でも、その面倒さも含めて楽しかった。
うまく日本語化できると、
「おお、できた」
となる。
今では考えられないくらい小さなことで喜んでいた。
でも、当時のパソコンやネットは、そういう小さな成功体験の積み重ねだった気がする。
ICQも、ただのチャットソフトではなく、そういう時代の空気をまとった存在だった。
IRCというもう一つの世界
ICQと並んで、もう一つよく使われていたのがIRCだった。
IRCは、ICQとは少し違う。
ICQが個人間のやり取り中心だとすれば、IRCは多人数での会話がメインだった。
チャンネルと呼ばれる部屋に入る。
そこにいる人たちとリアルタイムで会話する。
今でいうDiscordやオンラインコミュニティの原型のような存在だったと思う。
最初は少しとっつきにくい。
専用のクライアントソフトを使う。
サーバに接続する。
チャンネルに入る。
コマンドもある。
何も知らずにいきなり入ると、少し戸惑う。
でも、慣れてくるとこの「部屋に集まる感じ」がクセになった。
ICQは、知っている相手に話しかける感じ。
IRCは、部屋に入ってそこにいる人と話す感じ。
この違いが面白かった。
どちらもチャットなのに、空気が違う。
ICQにはICQの気軽さがあり、IRCにはIRCの場の空気があった。
チャンネルに集まる感覚
IRCの面白さは、チャンネルに人が集まるところだった。
特定のテーマのチャンネルに入ると、同じ趣味の人たちがいる。
ゲーム。
パソコン。
雑談。
地域。
学校関係。
いろいろなチャンネルがあった。
そこに入ると、すでに誰かが話している。
自分も会話に混ざる。
あるいは、しばらく眺める。
ROMる。
この「部屋に入る」感じが独特だった。
今のDiscordのサーバやチャンネルにも少し似ている。
ただ、当時のIRCはもっと文字中心で、シンプルだった。
アイコンもスタンプもない。
音声通話もない。
基本は文字。
でも、それで十分だった。
誰かが発言する。
別の誰かが返す。
話題が流れる。
時々、急に盛り上がる。
眠い時間帯になると人が減る。
常連が来ると空気が変わる。
そういうチャットルーム特有の雰囲気があった。
ネット上なのに、どこか部室みたいな感覚もあった。
最初は少しとっつきにくかった
IRCは、ICQより少しとっつきにくかった印象がある。
ICQは、相手を登録してメッセージを送るという分かりやすさがあった。
でもIRCは、サーバやチャンネルという概念がある。
クライアントソフトを設定する必要もある。
ニックネームを決める。
接続先を選ぶ。
チャンネル名を入力する。
コマンドを使うこともある。
慣れていない人には、少し難しく感じたと思う。
でも、そこを越えると楽しくなる。
チャットルームに入って、知らない人たちの会話を眺める。
勇気を出して発言する。
返事が来る。
そこから会話が始まる。
この流れが面白かった。
今のSNSは、投稿して反応を待つ形が多い。
でもIRCは、もっとリアルタイムだった。
同じ場所に人がいて、その場で会話が流れていく。
発言するタイミングも大事だった。
流れが速いチャンネルでは、少し目を離すと話題が変わっている。
このライブ感がIRCの魅力だったと思う。
今でいうDiscordの原型みたいなもの
IRCを今のサービスに例えるなら、Discordに近い部分があると思う。
もちろん、機能は全然違う。
Discordには音声通話もあるし、画像も貼れるし、リアクションもある。
サーバごとにいろいろなチャンネルを作れるし、権限管理も細かい。
それに比べると、IRCはもっとシンプルだった。
でも、「同じ場所に人が集まって、リアルタイムで話す」という意味では、かなり近いものがある。
特定のテーマに人が集まる。
常連がいる。
部屋の空気がある。
ログインすると誰かがいる。
会話が流れている。
そこに混ざる。
これは今のオンラインコミュニティにもつながる感覚だと思う。
当時はそれが文字だけで成立していた。
むしろ文字だけだからこその面白さもあった。
声や顔がないぶん、文章の雰囲気がその人の印象になる。
言葉の選び方。
返し方。
タイミング。
そういうもので人柄を感じていた。
今思うと、かなり濃い文化だった。
Yahoo!メッセンジャーとMSN Messenger
ICQやIRCのあと、時代はどんどん変わっていった。
次に使われるようになったのが、Yahoo!メッセンジャーやMSN Messengerだった。
このあたりは、使っていた人も多いと思う。
特にMSN Messengerは、かなり普及した印象がある。
Windowsとの相性も良くて、自然と使う人が増えた。
友人との連絡にも使いやすかった。
ICQよりも少し一般的になった感じがあった。
画面も分かりやすい。
登録も比較的簡単。
当時のネットユーザーにとって、メッセンジャー系ソフトはかなり大事な連絡手段だった。
メールより気軽。
電話より軽い。
チャットなのでリアルタイム。
この立ち位置が絶妙だった。
オンライン状態が分かる。
話しかけられる。
ファイルを送れる。
絵文字も使える。
だんだん、今のメッセージアプリに近い方向へ進化していった。
ICQの時代から比べると、少しずつチャットが一般化していった感じがある。
Skypeで音声通話の時代へ
さらに時代が進むと、Skypeが登場した。
Skypeは、チャットだけでなく音声通話やビデオ通話の印象が強い。
これもまた、大きな変化だった。
文字でのやり取りから、声で話す時代へ。
ネットを使って通話できる。
しかも海外とも話せる。
これも当時はかなり画期的だった。
もちろん、回線環境によって音質が悪かったり、途切れたりすることもあった。
でも、ネット経由で音声通話ができるというのは大きかった。
遠くにいる人と話せる。
海外にいる人とも話せる。
電話料金を気にせず通話できる。
チャット文化が、文字だけの世界から声や映像へ広がっていった。
今ではLINEでも普通に通話できるし、ZoomやTeamsでビデオ会議も当たり前になっている。
でも、その流れの途中にはSkypeの存在がかなり大きかったと思う。
ICQで文字を送り、IRCで多人数チャットをし、MSNで友人とやり取りし、Skypeで音声通話をする。
こうして振り返ると、チャットサービスは本当に進化し続けてきた。
そして今はLINEが当たり前になった
今では、連絡手段としてLINEが当たり前になっている。
スマホに入っている。
家族とも友人とも、LINEで連絡する。
スタンプを送る。
写真を送る。
通話する。
グループを作る。
予定を決める。
ちょっとした連絡なら、ほとんどLINEで済む。
KakaoTalkのようなメッセージアプリを使う人もいるし、海外ではWhatsAppやMessengerなども使われている。
でも、日本ではやはりLINEの存在感が大きい。
ここまで便利になると、昔のICQやIRCの手間はなかなか想像しにくい。
今はスマホひとつで完結する。
パソコンを立ち上げる必要もない。
ネットに接続する儀式もない。
相手がパソコンの前にいるかどうかを待つ必要もない。
いつでも送れる。
いつでも受け取れる。
本当に便利だ。
ただ、その便利さの一方で、昔のような「今つながった」という感覚は薄くなった気がする。
それは贅沢な話なのかもしれない。
でも、あの頃の不便さには、あの頃だけのワクワクがあった。
あの頃のチャットはちょっと特別だった
ICQやIRCを使っていた頃のチャットは、今とは少し違っていた。
まず、パソコンを立ち上げるところから始まる。
ネットに接続する。
ソフトを起動する。
誰かがオンラインになるのを待つ。
通知音が鳴る。
そこでようやく会話が始まる。
この流れがあった。
今のように、スマホの通知に一瞬で返す感じではない。
もっとパソコンの前に座って、チャットに向き合っていた。
誰かがオンラインになるのを待つ時間。
メッセージが来たときのうれしさ。
IRCのチャンネルに人が集まる感じ。
そういう一つひとつが楽しかった。
少し手間がかかる。
少し不便。
でも、それが逆に良かった。
今は何でもすぐできる。
便利で快適。
でも、そのぶん一つひとつの体験が軽くなっている部分もあるのかもしれない。
昔のチャットは、もっとイベント感があった。
特にICQのカッコー音は、自分の中では完全にその時代の音である。
通知音ひとつでテンションが上がった
今は通知が多すぎる。
LINE。
メール。
アプリ。
ニュース。
広告。
仕事の連絡。
通知が鳴ると、うれしいよりも少し疲れることもある。
でもICQの通知音は違った。
あの頃は、通知音ひとつでテンションが上がった。
誰から来たんだろう。
友人かな。
海外の人かな。
ゲームの誘いかな。
そんなふうに思った。
今のように通知に追われる感じではなく、通知を待っている感じがあった。
これは大きな違いだと思う。
当時は、ネットにつながっている時間そのものが特別だった。
だから、その時間に誰かからメッセージが来るとうれしい。
今は常にオンラインなので、通知が特別ではなくなった。
便利さと引き換えに、あのワクワクは少し減ったのかもしれない。
もちろん、昔に戻りたいわけではない。
今の便利さはありがたい。
でも、ICQのカッコー音が鳴った瞬間の気持ちは、今でも少し覚えている。
あの頃の人たちは今どうしているんだろう
たまに思う。
あのときICQで話していた人たちは、今どうしているんだろう。
大学の友人たちはもちろん、当時ランダム検索で知り合った人たち。
香港のSMAP好きの女性。
IRCのチャンネルで話していた人たち。
Yahoo!メッセンジャーやMSN Messengerでやり取りしていた人たち。
今はもう、ほとんど連絡が取れない人もいる。
当時のIDも覚えていない人がいる。
相手もこちらのことを覚えているか分からない。
それでも、その時間を共有していたことは事実だ。
ネットの向こうで、同じ時間に文字を打ち合っていた。
それだけでも、今思うと少し不思議だ。
今ならSNSでつながり続けることもできる。
でも当時は、サービスが変われば縁も切れやすかった。
メールアドレスが変わる。
ソフトを使わなくなる。
ログインしなくなる。
それだけで、簡単に連絡は途絶える。
だからこそ、その時その場所で話していた時間が、少し特別に見えるのかもしれない。
チャット文化はずっと形を変えている
昔のチャット文化を振り返ると、サービスの名前はどんどん変わっている。
ICQ。
IRC。
Yahoo!メッセンジャー。
MSN Messenger。
Skype。
そしてLINE。
他にもいろいろなサービスがあった。
それぞれの時代に、それぞれの空気があった。
ICQには個人チャットの新鮮さがあった。
IRCには部屋に集まる楽しさがあった。
Yahoo!やMSNには、チャットがより一般化していく流れがあった。
Skypeには、音声通話やビデオ通話への広がりがあった。
LINEには、スマホ時代の手軽さがある。
形は変わっている。
でも、人とつながりたいという部分はあまり変わっていないのかもしれない。
誰かに話しかけたい。
返事がほしい。
同じ時間を共有したい。
近況を伝えたい。
くだらない話をしたい。
それは昔も今も同じだと思う。
ただ、そのための道具が変わってきた。
自分は、その変化をリアルタイムで見てきた世代なのだと思う。
まとめ
LINEやKakaoTalkが当たり前になる前、自分にとってチャットの中心にあったのはICQとIRCだった。
ICQでは大学の友人と気軽に連絡を取り、ランダム検索で海外の人ともつながった。
香港のSMAP好き女性とやり取りして、プレゼントを送り合ったこともある。
あのカッコーという通知音は、今でも記憶に残っている。
IRCでは、チャンネルという部屋に集まり、多人数で会話する楽しさを知った。
その後、Yahoo!メッセンジャーやMSN Messenger、Skypeを経て、今のLINEへとつながっていった。
今の便利さは本当にありがたい。
でも、パソコンを立ち上げて、誰かがオンラインになるのを待ち、通知音ひとつでワクワクしていたあの頃のチャット文化も、やっぱり好きだった。
たまに思う。
あのときICQで話していた人たち、今どうしてるんだろうな。