パソコンを使い始めたばかりの頃、誰もが一度は思うことがある。
「キーボード、全然打てないんだけど……」
自分もまさにそうだった。
今では普通にキーボードを打っている。
ブログも書くし、仕事でもパソコンを使うし、文章を入力すること自体にそこまで抵抗はない。
でも、最初から打てたわけではない。
むしろ最初は、かなりひどかったと思う。
キーの位置が分からない。
手元を見ないと打てない。
1文字打つのにも少し考える。
「あ」はどこだ。
「K」はどこだ。
「Enter」は分かるけど、記号が分からない。
そんな状態だった。
今となっては笑えるけれど、最初は本当に指が迷子だった。
キーボードの上で指が右往左往する。
ホームポジションなんて言葉もよく分からない。
両手で打つというより、目でキーを探して、指一本で押すような感じ。
完全に初心者だった。
では、どうやって速く打てるようになったのか。
結論はシンプルである。
練習しかない。
身もふたもない。
でも、本当にこれしかない。
ただし、大事なのは「練習すること」そのものよりも、「どうやって続けるか」だったと思う。
最初はみんな打てない
キーボードを速く打てる人を見ると、最初からそうだったように見えることがある。
カタカタカタカタ。
画面を見ながら、手元を見ずに、どんどん文字を入力していく。
あれを見ると、
「自分には無理かもしれない」
と思ってしまう。
でも、最初から打てる人はたぶんいない。
少なくとも自分はそうだった。
最初は誰でも遅い。
キーの位置を覚えていない。
指の動かし方も分からない。
ミスも多い。
打っては消し、打っては消し。
文章を書く以前に、文字を入力すること自体が大変だった。
今ならスマホのフリック入力に慣れている人も多い。
でもキーボードは、また別の操作感がある。
両手を使う。
指ごとに担当するキーがある。
目で追っているうちは、なかなか速くならない。
だから最初は遅くて当たり前だ。
ここで焦ると、だいたい嫌になる。
「自分は向いていない」
「全然速くならない」
そう思ってやめてしまう。
でも、最初に打てないのは普通。
むしろ、打てないところから少しずつ速くなっていくのがタイピングなのだと思う。
結論はシンプル、練習しかない
キーボードを早く打つにはどうすればいいのか。
これを聞かれたら、やっぱり答えは練習になる。
裏技はあまりない。
魔法のように急に速くなる方法もない。
もちろん、ホームポジションを覚えるとか、正しい指使いを意識するとか、効率の良い練習方法はある。
でも、最終的には打つしかない。
とにかくキーボードに触れる。
文字を打つ。
ミスをする。
直す。
また打つ。
その繰り返しだ。
地味である。
ものすごく地味である。
でも、こういう地味なことほど後から効いてくる。
タイピングは筋トレに近いところがあると思う。
1日だけ長時間やったからといって、急に劇的に速くなるわけではない。
少しずつ指が覚える。
少しずつキーの位置が体に入る。
少しずつ手元を見なくても打てるようになる。
気づいたら、前より速くなっている。
そういうものだ。
ただ、問題はこの「少しずつ」が退屈なことだ。
人間、地味な練習はなかなか続かない。
自分もそうだった。
だからこそ、楽しく続ける工夫が大事だった。
最初はパソコン付属のタイピングソフト
自分の場合、最初はパソコンに最初から入っていたタイピングソフトを使って練習していた。
昔のパソコンには、こういうおまけソフトが意外と入っていた。
タイピング練習ソフト。
家計簿ソフト。
簡単なゲーム。
よく分からない便利ツール。
今考えると、けっこういろいろ入っていた気がする。
その中に、タイピングを練習できるソフトがあった。
ホームポジションを覚える。
指の置き方を学ぶ。
決められたキーを打つ。
画面に表示された文字を入力する。
そういう基礎練習ができるものだった。
正直、最初はあまり面白くない。
ひたすら同じキーを打つ。
「A」
「S」
「D」
「F」
みたいな練習をする。
地味すぎる。
達成感もあまりない。
ゲームとして派手な演出があるわけでもない。
ただ、基礎を覚えるには必要だった。
ここを飛ばしてしまうと、結局あとで変な癖がつく。
最初は面白くなくても、指の置き方やキーの位置を少しずつ覚えることには意味があった。
ホームポジションが分からない頃
最初にタイピング練習をしたとき、ホームポジションというものがよく分からなかった。
左手の指をA、S、D、Fに置く。
右手の指をJ、K、Lあたりに置く。
そこを基準にして指を動かす。
理屈としては分かる。
でも実際にやると、かなり難しい。
つい手元を見てしまう。
違う指で押してしまう。
小指を使うのが苦手。
遠いキーを押すと手全体が動いてしまう。
最初は、かなりぎこちなかった。
でも、ここも慣れだった。
最初は不自然でも、繰り返しているうちに少しずつ体が覚えていく。
「F」と「J」に小さな突起があることに気づく。
あれを指で感じると、手元を見なくても位置が分かる。
今では当たり前だけど、最初に知ったときはちょっと感動した。
キーボードって、ちゃんと考えられているんだなと思った。
当時の自分には、それすら発見だった。
少し速くなる瞬間がうれしい
タイピング練習は地味だ。
でも、続けていると少しずつ変化が出てくる。
昨日より少し速く打てる。
前は探していたキーが、自然に押せる。
ミスが少し減る。
手元を見る回数が減る。
こういう小さな成長が、意外とうれしい。
「あれ?さっきより速くなってるな」
そう感じる瞬間がある。
これがモチベーションになる。
タイピングは、成長が分かりやすい。
速度が上がる。
ミスが減る。
スコアが出る。
時間内に打てる文字数が増える。
数字や結果で見えるから、少しずつ楽しくなってくる。
最初はつらい。
でも、成長を感じ始めると面白くなる。
自分もたぶん、その感覚で続けられたのだと思う。
最初から楽しかったわけではない。
でも、少しできるようになると楽しくなる。
これはタイピングに限らず、何でもそうかもしれない。
できない時期を少しだけ乗り越えると、急に面白くなることがある。
ゲーム形式になると一気に変わる
ある程度キーボードに慣れてくると、今度はゲーム形式のタイピングソフトに移っていった。
これがかなり大きかったと思う。
ただ文字を打つだけの練習は、どうしても飽きる。
でもゲームになると、一気に楽しくなる。
昔よくあったのが、西部劇のガンマンみたいな設定のタイピングゲームだった。
画面に敵が出てくる。
単語が表示される。
その単語を素早く打つと、敵を倒せる。
撃ち遅れるとやられる。
ミスすると負ける。
今考えると、かなりシンプルなゲームだ。
でも、これが妙にハマった。
単語を打つだけなのに、敵を倒している感じがある。
練習しているというより、遊んでいる感覚になる。
「次はもっと早く打ちたい」
「今のミスは悔しい」
「もう一回やればいける」
そう思って、気づけば何度もやっている。
これが大事だった。
練習は、練習だと思いすぎると続かない。
遊びに変わると、勝手に続く。
ガンマン系タイピングソフトの思い出
西部劇のガンマン系タイピングソフトは、今でもなんとなく覚えている。
画面に敵が出てくる。
こちらは表示された文字を打つ。
早く正確に打てれば勝てる。
遅いと撃たれる。
設定は単純。
でも、タイピング練習としてはかなりよくできていたと思う。
ただ「この文字を打ちましょう」と言われるより、敵が迫ってくるほうが燃える。
時間制限があると焦る。
ミスをすると悔しい。
成功すると気持ちいい。
この感情の動きがあるから、続けられる。
たぶん、ただ地味に練習していたら、そこまで続かなかったと思う。
自分は根性だけでコツコツ続けられるタイプではない。
楽しくないと続かない。
でもゲームなら続けられた。
「練習しなきゃ」ではなく、
「もう一回やろう」
になる。
この違いは大きい。
今思えば、タイピングソフトにかなり助けられた。
ミスすると妙に悔しい
ゲーム形式のタイピング練習で面白いのは、ミスしたときに妙に悔しいことだ。
普通の練習なら、
「あ、間違えた」
で終わる。
でもゲームだと、ミスが結果に直結する。
敵に撃たれる。
スコアが下がる。
クリアできない。
ランキングが伸びない。
そうなると悔しい。
「今のは打てたはず」
「なんでそこで間違えた」
「もう一回」
この「もう一回」が練習になる。
気づけば、同じ単語を何度も打っている。
苦手なキーを何度も打っている。
でも本人は練習しているつもりがあまりない。
ゲームをしているだけ。
これが理想的だった。
続けるには、楽しいことが一番強い。
努力している感覚が強すぎると疲れる。
でも遊んでいるうちに上達するなら、続けやすい。
タイピングは、まさにゲーム化との相性がいい分野だと思う。
キーを打つ。
結果が出る。
スコアが上がる。
ミスが減る。
成長が見える。
この流れが気持ちいい。
昔はシェアウェアの時代だった
当時は、こういったソフトの中でもシェアウェアと呼ばれるものが多かった。
今の若い人には、あまり馴染みがない言葉かもしれない。
シェアウェアとは、無料で一部を使えて、気に入ったらお金を払うという仕組みのソフトだった。
今でいう無料体験版や課金版に近いのかもしれない。
ただ、当時はもう少し手作り感があった。
ネットで探す。
ダウンロードする。
場合によっては雑誌の付録CD-ROMに入っている。
インストールする。
起動する。
気に入ったら作者に送金する。
そんな世界だった。
今のように、ブラウザで検索してすぐ遊べるわけではない。
アプリストアでボタン一つ、という感じでもない。
だから、ソフトを使うまでに少し手間があった。
でも、その手間も含めて楽しかった気がする。
「面白そうなソフトを見つけた」
「インストールしてみよう」
「動いた」
これだけで少しワクワクした。
わざわざ入れるから特別感があった
昔のソフトは、今よりも「わざわざ使う」感じがあった。
探して、手に入れて、インストールして、起動する。
それだけで少し特別だった。
今は何でもすぐ始められる。
ブラウザでタイピングゲームと検索すれば、すぐに遊べるサイトが出てくる。
インストールすら必要ないものも多い。
スマホでもできる。
便利になった。
本当に便利になった。
でも、昔の「わざわざ感」も悪くなかった。
フロッピーディスクやCD-ROMからソフトを入れる。
インストーラーを起動する。
デスクトップやメニューから立ち上げる。
自分のパソコンにソフトが増える。
それだけで、少しパソコンを使いこなしている気分になった。
タイピングソフトも、ただの練習道具ではなく、自分のパソコンの中に入っているちょっとしたゲームだった。
そういう存在感があった。
今は便利だけど、少し軽い。
昔は不便だけど、少し重みがあった。
どちらが良い悪いではなく、時代の違いだと思う。
今はもっと恵まれている
今は、タイピング練習を始める環境としてはかなり恵まれている。
ネットで検索すれば、無料のタイピングゲームがたくさん出てくる。
ブラウザですぐに始められる。
会員登録なしで使えるものもある。
スコアが出る。
ランキングもある。
苦手なキーを練習できるものもある。
ローマ字入力、かな入力、英単語、文章入力など、種類も多い。
昔と比べると、始めるまでのハードルがかなり低い。
パソコンがあればすぐできる。
場合によってはスマホやタブレットでも練習できる。
これはすごいことだと思う。
自分の頃は、ソフトを探して、入れて、使うという流れがあった。
でも今は、思い立ったらすぐ始められる。
便利すぎる。
だからこそ、言い訳もしづらい。
「練習する環境がない」
とは、なかなか言えない時代になった。
もちろん、続けるのは今でも大変だ。
でも始めるだけなら、昔より圧倒的に簡単だと思う。
一番大事なのは継続
ここまでいろいろ書いてきたけれど、一番大事なのはやっぱり継続だと思う。
1日だけ長時間やるより、毎日少しでも触るほうがいい。
1日10分でもいい。
毎日キーボードに触れる。
文字を打つ。
これを続けるだけで、少しずつ変わってくる。
逆に、たまにまとめてやるだけだと、あまり身につかない。
久しぶりに触ると、また指が忘れている。
せっかく覚えた感覚が薄れてしまう。
地味だけど、積み重ねが一番効く。
これは自分の実感でもある。
タイピングは、頭で理解するだけでは速くならない。
キーの位置を暗記するだけでも足りない。
指が勝手に動くようになるまで、繰り返す必要がある。
そのためには、短くても継続することが大事だ。
ただし、無理に長時間やる必要はないと思う。
嫌になるほどやると続かない。
毎日少し。
楽しくできる範囲で。
それが一番現実的だと思う。
速く打てると作業が楽になる
タイピングが速くなると、地味にいろいろなことが楽になる。
文章を書くスピードが上がる。
メールやチャットの返信が楽になる。
検索も早くなる。
仕事の作業効率も上がる。
何より、入力することへのストレスが減る。
これは大きい。
頭に浮かんだことを、すぐ文字にできる。
考えが消える前に打てる。
入力で詰まらない。
これだけで、かなり違う。
逆にタイピングが遅いと、考えていることに指が追いつかない。
「あれを書こう」と思っても、入力に時間がかかる。
そのうち何を書こうとしていたか忘れる。
これはけっこうもったいない。
特にブログを書くようになると、タイピング速度の差はかなり大きい。
文章を書く作業は、考える時間も大事だけど、打つスピードも大事だ。
もちろん、速ければ良い記事が書けるわけではない。
でも、頭の中の流れを止めずに打てるのはかなり助かる。
ブログを書く今だからこそ感じること
今、自分はブログを書いている。
日常のこと。
旅行のこと。
パソコンの思い出。
投資の記録。
妊活や不妊治療のこと。
いろいろなテーマで文章を書くようになった。
そうなると、タイピングできることのありがたさを改めて感じる。
頭に浮かんだ言葉を、そのまま打てる。
昔の記憶を思い出しながら、文章にしていく。
途中で手が止まることもあるけれど、少なくとも入力そのものが大きな壁にはなっていない。
これは昔の練習のおかげだと思う。
もし今でもキーボードを打つのが苦手だったら、ブログを書くハードルはもっと高かったはずだ。
文章を書く前に疲れてしまう。
入力するだけで面倒になる。
そうなると、続けるのがかなり難しい。
タイピングは、目立たないスキルだ。
でも、パソコンで何かを続けるならかなり重要だと思う。
ブログを書くようになった今、昔の自分がガンマン相手に必死に単語を打っていたことに、少し感謝している。
練習している感覚を減らすのがコツ
タイピングを続けるコツは、練習している感覚を減らすことだと思う。
「練習しなきゃ」
と思うと、少し重い。
面倒になる。
やらされている感じが出る。
でも、ゲームなら違う。
スコアを上げたい。
ミスを減らしたい。
前回より速く打ちたい。
そう思っているうちに、自然と練習になる。
これはかなり大事だ。
タイピングに限らず、何かを続けるには楽しさが必要だと思う。
根性だけで続けるのは難しい。
もちろん、根性が必要な場面もある。
でも、ずっと根性だけで走るのはしんどい。
楽しさがあると、自然に続く。
昔のタイピングゲームは、自分にとってその役割をしてくれた。
敵を倒す。
スコアを伸ばす。
ミスして悔しがる。
もう一回やる。
その繰り返しで、少しずつ打てるようになっていった。
結果的に、それが一番良かったのだと思う。
最初は遅くて当たり前
キーボードを速く打ちたいと思っている人に言うなら、最初は遅くて当たり前だと思う。
自分もそうだった。
キーの位置も分からなかった。
手元を見ていた。
指も迷子だった。
ミスも多かった。
でも、少しずつ慣れた。
最初から速く打てないからといって、向いていないわけではない。
ただ慣れていないだけ。
まだ指が覚えていないだけ。
だから焦らなくていい。
ただ、少しずつ続けることは必要だ。
毎日少し打つ。
ゲームでもいい。
文章でもいい。
メールでもいい。
ブログでもいい。
とにかくキーボードに触る。
それだけで変わってくる。
気づいたときには、前より打てるようになっている。
タイピングは、劇的に変わるというより、気づいたら変わっているタイプのスキルだと思う。
だからこそ、続けた人が強い。
まとめ
キーボードを早く打てるようになるには、結局のところ練習しかない。
でも、ただ地味に練習するだけだと続きにくい。
自分の場合は、パソコンに入っていたタイピングソフトや、ガンマン系のゲーム形式ソフトで遊びながら練習していた。
ゲームになると、ミスが悔しくて「もう一回」と思える。
その繰り返しが、自然と練習になっていた。
今は無料のタイピングゲームも多く、昔よりずっと始めやすい。
大事なのは、毎日少しでも打つこと。
そして、楽しみながら続けること。
最初は遅くて当たり前。
焦らず続けていけば、気づいたときにはちゃんと打てるようになっている。
あとは本当にシンプル。
打つべし。
打つべし。
打つべし。