インターネットに繋がるようになってから、生活の中で明らかに変わったものがいくつかある。
その中でも、自分にとって一番インパクトが大きかったのは、たぶんネットゲームにハマったことだったと思う。
前の記事でも書いたけれど、当時はまだ常時接続ではなかった。
今みたいに、スマホを開けばすぐオンライン。
パソコンを起動すればWi-Fiに勝手につながる。
そんな便利な時代ではない。
電話回線を使って、ダイヤルアップで接続する。
接続するときには、
「ピーーーー……ガガガ……キュイーン」
という、あの独特な音が鳴る。
そして、電話代も気にしなければいけない。
ネットに繋ぐこと自体が、ちょっとしたイベントだった時代だ。
だから、ネットゲームの遊び方にも自然とルールのようなものがあった。
その代表が、23時集合。
テレホーダイの時間である。
今の人からすると、ゲームをするために23時まで待つという感覚は、なかなか伝わりにくいかもしれない。
でも当時は、それが当たり前だった。
むしろ23時からが本番。
ネットの世界が、一気に動き出す時間だった。
初めてネットゲームにハマった頃
インターネットに繋がるようになると、まず驚いたのは、画面の向こうに人がいるという感覚だった。
掲示板に書き込めば返事が来る。
チャットをすれば、誰かが反応する。
ネットゲームをすれば、離れた場所にいる人と一緒に遊べる。
今では当たり前すぎることだけれど、当時の自分にはかなり新鮮だった。
ゲームといえば、それまでは一人で遊ぶか、友達の家に集まって遊ぶものだった。
家に友達を呼ぶ。
コントローラーを渡す。
同じ画面を見ながら遊ぶ。
そういう世界だった。
でもネットゲームは違う。
それぞれが自分の家にいる。
画面の向こうに相手がいる。
文字でやり取りをしながら、一緒にゲームをする。
これが、とにかく面白かった。
「ネットで人と遊ぶ」
たったそれだけのことが、当時はものすごく未来的に感じた。
今のオンラインゲームほどグラフィックがきれいだったわけではない。
通信も不安定。
ラグもある。
途中で落ちることもある。
それでも楽しかった。
不便さよりも、「繋がって遊んでいる」という感動のほうが大きかった。
23時集合が当たり前だった理由
大学の友人たちとよく遊んでいたのが、Age of Empiresというゲームだった。
いわゆるリアルタイムストラテジー。
資源を集める。
村人を増やす。
文明を発展させる。
兵を作る。
相手を攻める。
守る。
同盟を組む。
裏切る。
ゲームの流れだけ見ると、かなり忙しい。
でも、これがとにかく面白かった。
ただ、今みたいに「じゃあ今からオンラインでやろう」とすぐ始められるわけではない。
通信は電話回線。
料金は時間制。
テレホーダイ以外の時間に長く繋ぐと、電話代が大変なことになる。
だから自然と集合時間が決まる。
23時。
テレホーダイ開始の時間である。
この時間になると、みんな一斉に接続を試みる。
誰かがサーバを立てる。
「入れる?」
「ちょっと待って」
「落ちた」
「もう一回」
そんなやり取りをしながら、ようやくゲームが始まる。
今振り返ると、かなり非効率だ。
でも、不思議とその待ち時間も含めて楽しかった。
ゲームを始める前から、すでにイベントだった。
テレホーダイ開始と同時に戦いが始まる
23時になると、ネット民たちが一斉に動き出す。
プロバイダに接続する。
混んでいて繋がらない。
リダイヤルする。
また失敗する。
もう一回リダイヤルする。
ようやく繋がる。
この時点で、すでに一勝したような気分になる。
そこから友人たちと連絡を取り、ゲームの準備をする。
Age of Empiresを起動して、誰かの部屋に入る。
この「入る」までが、今よりずっと大変だった。
でも、だからこそゲームが始まったときのうれしさも大きかった。
無事に全員が揃う。
接続が安定する。
いよいよ開始。
この流れがたまらなかった。
今なら、オンラインゲームは数クリックで始まる。
マッチングも自動。
ボイスチャットも簡単。
回線も速い。
便利になった。
本当に便利になった。
でも当時のように、
「23時まで待って、みんなで一斉に繋いで、ようやく始まる」
という高揚感は、もうなかなか味わえない。
不便だったけれど、その不便さが儀式みたいになっていた。
Age of Empiresの面白さ
Age of Empiresは、ただ相手を攻撃するだけのゲームではなかった。
資源をどう集めるか。
どのタイミングで進化するか。
兵をどれくらい作るか。
守るのか、攻めるのか。
誰と同盟するのか。
どのタイミングで裏切るのか。
いろいろ考えることがあった。
しかもリアルタイムで進む。
のんびり考えていると、あっという間に攻め込まれる。
友人同士で遊ぶと、これがさらに面白い。
普段の性格が出る。
慎重な人は守りを固める。
攻めっ気の強い人はすぐ突っ込む。
裏でこそこそ資源をためる人もいる。
同盟していたはずなのに、急に怪しい動きをする人もいる。
こういう駆け引きが、リアルの友人同士だと妙に盛り上がる。
ゲーム内で攻められると、普通に腹が立つ。
でも、友人だから笑える。
「お前、何してんだよ」
「いや、今しかないと思って」
そんなやり取りも含めて楽しかった。
ゲームの勝敗だけではなく、その場の空気全部が面白かった。
ちょっとした裏切りで盛り上がる
Age of Empiresで特に面白かったのは、同盟や駆け引きだった。
最初は協力しているように見せる。
でも、裏では兵を増やしている。
資源をためている。
タイミングを見て、一気に攻める。
やられた側はたまったものではない。
でも、ゲームとしてはかなり面白い。
友人同士でやると、こういう裏切りが妙に盛り上がる。
現実の人間関係にヒビが入るほどではない。
でも、その瞬間は本気で悔しい。
「あいつ、やりやがった」
となる。
逆に自分がうまく仕掛けたときは、かなり気持ちいい。
ただのゲームなのに、妙に人間くさい。
資源管理。
軍事力。
外交。
裏切り。
冷静に考えると、なかなか濃い遊びである。
しかもそれを、深夜23時以降に電話回線でやっている。
明日授業があるのに。
本当に何をやっているのか。
でも、それが楽しかった。
大学生の深夜テンションとネットゲームの相性は、かなり危険だった。
不安定な回線すら楽しんでいた
当時の回線は、今とは比べものにならないくらい不安定だった。
途中で落ちることもあった。
ラグもよくあった。
思ったように動かないこともあった。
今なら、回線が不安定なだけでかなりイライラする。
オンラインゲーム中に落ちたら、文句の一つも言いたくなる。
でも当時は、どこかそれを受け入れていた。
「まあ、しょうがないよね」
という空気があった。
もちろん、落ちたら残念だ。
せっかくいいところだったのに、回線が切れたら普通に悔しい。
でも、不安定なのが前提だった。
完璧に動くほうが珍しい。
ラグがあるのも普通。
途中で落ちるのもあり得る。
そういう時代だった。
不便だけれど、みんなそれを知っていた。
だからこそ、繋がって遊べている時間が貴重だった。
今は快適で便利。
でも、当時は不安定だからこそ、一緒に遊べている時間そのものに価値があった気がする。
実はもっとハマっていたYahoo!ゲーム
ただ、正直に言うと、市販のゲーム以上にハマっていた場所がある。
それが、Yahoo!ゲームだった。

当時のYahooには、ブラウザ上で遊べるゲームが用意されていた。
トランプ系のゲームが特に充実していて、これが本当に面白かった。
見た目はシンプル。
派手な演出もない。
美麗グラフィックでもない。
今のゲームと比べれば、かなり地味だったと思う。
でも、その地味さが良かった。
Hearts。
大富豪。
リバーシ。
スペード。
一見すると、どこにでもあるゲームばかり。
でも、それがオンライン対戦になるだけで、一気に面白さが増す。
コンピューター相手ではなく、人間相手。
これが大きい。
相手が考えている。
迷っている。
強気に出ている。
わざとそうしている。
そういう気配が、画面越しでも伝わってくる。
シンプルなゲームほど、人間同士でやると奥が深い。
Yahoo!ゲームは、そのことを教えてくれた場所だった。
ブラウザゲームなのに奥が深かった
Yahoo!ゲームは、手軽に遊べるのがよかった。
専用ソフトを買う必要がない。
ブラウザでアクセスして、ゲームを選んで、部屋に入る。
それだけで遊べる。
今では当たり前に見えるかもしれないけれど、当時はかなり魅力的だった。
しかも、相手は人間。
全国のどこかにいる人。
場合によっては海外の人。
同じゲームを、同じ時間に遊んでいる。
それだけで面白い。
ゲーム自体はシンプルでも、相手が人間になると毎回展開が違う。
同じHeartsでも、メンバーが変われば空気が変わる。
大富豪も、場の読み合いがある。
リバーシも、相手によって手が違う。
スペードも、組む相手や相手の癖が出る。
見た目は簡単そうなのに、やればやるほど深くなる。
しかも無料で遊べる。
これはハマる。
気軽に始めて、気づけば長時間。
Yahoo!ゲームは、かなり危険な沼だった。
オンラインだからこそ生まれる関係
Yahoo!ゲームの面白さは、ゲームそのものだけではなかった。
毎日同じ時間帯にログインしていると、自然と顔なじみができてくる。
「あ、この人またいる」
「この人強いな」
「この人とはよく当たるな」
そんなふうに、IDを覚えるようになる。
最初はただの対戦相手。
でも、何度も遊んでいるうちに、少しずつ会話が増える。
挨拶をする。
軽く雑談する。
掲示板でやり取りする。
一緒に遊ぶ約束をする。
気づけば、オンライン上での人間関係がゆるく広がっていた。
今でいうSNSのようなものが、そこには少しあったと思う。
プロフィールがあって、掲示板があって、いつものメンバーがいて、ゲームを通じてつながる。
決して深い関係ばかりではない。
でも、毎晩のように顔を合わせるIDがある。
それだけで、妙な親近感が生まれる。
ネットの向こうに人がいる。
この感覚を強く味わったのが、Yahoo!ゲームだった。
いつものメンバーがいる安心感
オンラインゲームには、「いつものメンバー」ができることがある。
Yahoo!ゲームもそうだった。
特定の時間帯に行くと、だいたい同じような人がいる。
強い人。
よくしゃべる人。
無口だけど強い人。
ちょっとクセのある人。
名前を見ただけで、なんとなく雰囲気が分かるようになる。
これが面白かった。
学校や職場とは違うコミュニティ。
でも、ちゃんとそこに人間関係がある。
誰かが来ると、
「あ、来た」
と思う。
対戦すると緊張する相手もいる。
勝つとうれしい相手もいる。
負けると悔しい相手もいる。
そのIDの向こうに、どんな人がいるのかは分からない。
年齢も、住んでいる場所も、職業も、詳しく知らない。
でも、ゲーム上では確かに知り合いだった。
今思うと不思議な関係だ。
顔も知らない。
本名も知らない。
でも、一緒に時間を過ごしていた。
そういうネットならではの関係が、あの頃にはあった。
Heartsという沼
Yahoo!ゲームの中でも、自分が特にハマったのがHeartsだった。
Hearts。
トランプゲームの一つである。
ルール自体はそこまで複雑ではない。
でも、実際にやってみると、とんでもなく奥が深い。
4人でプレイするゲームなのだが、完全に心理戦だった。
どのカードを出すか。
どのタイミングで攻めるか。
誰に点を押し付けるか。
今の点数状況で、誰を止めるべきか。
誰が何を狙っているのか。
場の流れを読む必要がある。
単なる運だけでは勝てない。
もちろんカード運はある。
でも、それだけでは上位には行けない。
相手の思考を読む。
癖を読む。
点数状況を読む。
これが楽しかった。
特に上位プレイヤー同士になると、一手の重みが違う。
何気なく出したカードが、あとで大きく響く。
ミスをすれば、一気に点を背負わされる。
この緊張感がたまらなかった。
1人を3人で潰しにいく空気
Heartsで面白かったのは、点数状況によって空気が変わることだった。
例えば、誰か一人がトップを走っている。
そうなると、他の3人が自然とその人を潰しにいく展開になることがある。
もちろん、明確に会議をするわけではない。
でも、場の空気で分かる。
「あ、この人を止めないとまずい」
そうなると、みんなのカードの出し方が変わる。
トップの人に点を押し付けようとする。
逃げようとするトップ。
止めようとする他の3人。
この構図がとにかく面白い。
逆に、自分が狙われる側になることもある。
そうなると、かなりきつい。
「やめてくれ」
と思いながらカードを出す。
でも、うまく抜けられると気持ちいい。
連携を崩して、相手の読みを外して、うまく逃げる。
こういう展開があるから、Heartsはやめられなかった。
ただのトランプゲームなのに、人間関係の縮図みたいなものがある。
協力と裏切り。
牽制と読み合い。
運と実力。
そこがたまらなく面白かった。
順位システムがやめられなくする
さらに、Yahoo!ゲームには順位システムがあった。
勝てば上がる。
負ければ下がる。
シンプルな仕組み。
でも、これが絶妙にプレイヤー心理を刺激する。
順位が上がるとうれしい。
下がると悔しい。
当たり前だけど、その当たり前が効く。
特に、上位プレイヤーに勝ったときの上昇幅が大きい。
強い相手に勝つと、一気に順位が上がる。
これが気持ちいい。
逆に、格下相手に負けるとダメージが大きい。
「今の負けは痛い」
となる。
あと1回勝てば順位が上がる。
ここでやめればいいのに、もう1回やる。
負ける。
取り返したくなる。
もう1回やる。
気づけば深夜。
完全に沼である。
ランキングシステムは危険だ。
人間の欲をよく分かっている。
あと少し。
もう少し。
次でやめる。
この言葉を何度使ったか分からない。
そして、だいたい次ではやめない。
海外版Yahoo!ゲームにも手を出す
日本版だけでも十分楽しめた。
でも、そのうち物足りなくなってくる。
もっと強い人とやりたい。
もっと上を目指したい。
そんな気持ちが出てきた。
そこで手を出したのが、海外版のYahoo!ゲームだった。
最初は不安もあった。
言語の壁がある。
英語で会話しなければいけない。
ルールは同じでも、チャットや雰囲気が分からない。
でも、実際にプレイしてみると、ゲーム自体は問題なく遊べた。
トランプのルールは共通。
カードを出す。
点数を読む。
相手の動きを見る。
そこに言葉はそこまで必要ない。
むしろ、海外版にはレベルの高いプレイヤーが多く、いい刺激になった。
日本版とはまた違う空気があった。
強い人が多い場所に行くと、最初は負ける。
でも、それが面白い。
どうやったら勝てるか考える。
相手の癖を読む。
ランキングを上げる。
また沼である。
海外版Yahoo Heartsで100位以内に入った
これはちょっとした自慢になるけれど、海外版のYahoo Heartsで100位以内に入ったことがある。
当時の自分のIDは、
tomosuke_
今思うと、ちょっと恥ずかしい。
でも、あの頃の自分にとっては本気のIDだった。
その名前で、かなり真剣にHeartsをやっていた。
100位以内に入ったときは、かなりうれしかった。
ゲームとはいえ、海外版で上位に入るというのは、自分の中ではちょっとした実績だった。
誰に褒められるわけでもない。
履歴書に書けるわけでもない。
社会人になって役に立つわけでもない。
でも、当時の自分には大きかった。
「自分、けっこうやれるじゃん」
と思えた。
オンラインゲームのランキングは、ちゃんと結果が見える。
勝てば上がる。
負ければ下がる。
その中で100位以内に入ったというのは、かなり達成感があった。
今でも少し覚えているくらいだから、よほど嬉しかったのだと思う。
joyparkさんという強い日本人プレイヤー
当時、日本人で強かったプレイヤーといえば、joyparkさんが印象に残っている。
かなり有名だった。
対戦すると緊張するレベルだった。
強い人というのは、IDを見るだけで空気が変わる。
「あ、この人いる」
「これは油断できない」
そんな感じになる。
Heartsは、相手の癖や考え方がかなり出るゲームだった。
だから強い人と当たると、ただカードを出しているだけでは勝てない。
相手が何を狙っているのか。
どこで仕掛けてくるのか。
今の点数状況ならどう動くのか。
そういうことを考える必要がある。
強い人とやるのは緊張する。
でも、楽しい。
勝てばうれしい。
負ければ悔しい。
そして、また挑戦したくなる。
joyparkさんのような存在がいたからこそ、ランキングを上げたい気持ちも強くなったのだと思う。
コミュニティには、やっぱり目標になる人がいると盛り上がる。
クセのあるIDと常連感
当時は、クセのあるIDの人たちが多かった。
名前だけで、
「あ、この人見たことある」
「あ、この人強い」
「あ、この人よくいる」
と分かる。
今のSNSでもユーザー名やアイコンで覚えることはあるけれど、当時のYahoo!ゲームのIDには独特の存在感があった。
ゲーム部屋に入ると、見覚えのあるIDが並んでいる。
それだけで、少し安心する。
あるいは緊張する。
強い人がいると、
「今日は厳しいな」
と思う。
よく話す人がいると、少し楽しい。
そういう常連感が、あのコミュニティを作っていた。
ネット上なのに、どこか顔なじみの店に行くような感覚があった。
もちろん、実際の顔は知らない。
声も知らない。
でもIDは知っている。
プレイスタイルも知っている。
妙な関係である。
でも、あの頃のネットには、そういう距離感がたしかにあった。
オフ会というリアルへの拡張
当時のネット文化で印象的だったものの一つが、オフ会だった。
オンラインで知り合った人と、実際に会う。
今では珍しくない。
SNSで知り合った人と会う。
オンラインゲーム仲間と会う。
趣味のコミュニティで集まる。
そういうことは普通にある。
でも当時は、かなり新鮮だった。
1998年から2001年あたりは、特にそういう空気が強かった気がする。
ネットで知り合った人たちと、実際に顔を合わせる。
最初は少し緊張する。
画面の文字でしか知らなかった人が、目の前にいる。
「あ、本当に実在するんだ」
そんな当たり前のことに、少し感動していた。
同じ世代の人たちと会って、ゲームの話やネットの話をする。
あの時間はとても楽しかった。
ネットの向こう側にいた人が、リアルにも存在する。
その感覚は、自分にとってかなり大きかった。
ネットの向こう側に人がいた
今は、ネットの向こうに人がいることは当たり前だ。
SNSでも、ゲームでも、配信でも、チャットでも、常に誰かがいる。
でも当時は、その当たり前がまだ新鮮だった。
IDしか知らない相手。
掲示板でやり取りした相手。
ゲームで何度も戦った相手。
その人たちが実際に存在している。
笑う。
話す。
ご飯を食べる。
それを知ると、ネットの世界が一気に現実に近づいた。
自分はその後、海外一人旅でも、ネットで知り合った人に会いに行くことになる。
韓国のWon。
タイのMai。
そう考えると、ネットで知り合った人と実際に会うという感覚は、この頃の経験が土台になっていたのかもしれない。
ネットの出会いが、画面の中だけで終わらない。
現実につながることがある。
それは当時の自分にとって、とても大きな発見だった。
Yahoo!ゲームやオフ会は、単なる遊び以上の経験だったのだと思う。
あの頃の人たちは今どうしているんだろう
ふと思うことがある。
あの頃、一緒に遊んでいた人たちは、今どうしているんだろう。
Age of Empiresで23時に集まっていた友人たち。
Yahoo!ゲームでよく見かけた常連たち。
Heartsで戦っていたプレイヤーたち。
掲示板でやり取りしていた人たち。
オフ会で会った人たち。
みんな、今は何をしているのだろう。
たぶん普通に社会人になって、家庭を持って、別の人生を歩んでいる人も多いと思う。
もうゲームをしていない人もいるだろう。
当時のIDなんて忘れている人もいるかもしれない。
自分自身も、ずっと同じように遊び続けているわけではない。
生活は変わる。
仕事も変わる。
人間関係も変わる。
使うサービスも変わる。
Yahoo!ゲームのあの空気も、もう同じ形では残っていない。
でも、あの時間を共有していたことだけは事実だ。
夜中に集まって遊んだこと。
ランキングを追いかけたこと。
勝って喜び、負けて悔しがったこと。
それはちゃんとあった。
あの不便さの中にあった熱量
今のオンラインゲーム環境は、本当にすごい。
回線は速い。
マッチングも早い。
グラフィックもきれい。
ボイスチャットも簡単。
スマホでも遊べる。
世界中の人と一瞬でつながる。
便利さで言えば、当時とは比べものにならない。
でも、あの頃にはあの頃の熱量があった。
23時を待つ。
接続に苦戦する。
ラグに文句を言いながら遊ぶ。
回線落ちも笑い話にする。
ブラウザのシンプルなトランプゲームに本気になる。
ランキングを上げるために深夜まで粘る。
海外版に挑戦する。
100位以内を目指す。
今考えると、かなり熱い。
そして少しアホでもある。
でも、そのアホさがいい。
不便だった。
効率も悪かった。
でも、夢中になっていた。
あの熱量は、あの時代だからこそ生まれたものだったのかもしれない。
まとめ
初めてネットゲームにハマった頃は、テレホーダイの23時集合が当たり前だった。
大学の友人たちとAge of Empiresで遊び、回線落ちやラグすら含めて楽しんでいた。
その一方で、もっと深くハマったのがYahoo!ゲーム。
特にHeartsは心理戦が面白く、ランキングシステムにも完全にのめり込んだ。
海外版Yahoo Heartsで、ID「tomosuke_」として100位以内に入ったこともある。
当時は本気だった。
今のオンライン環境は、比べものにならないくらい便利になった。
でも、23時を待って接続し、不安定な回線で仲間と遊んだあの時間には、独特の熱量があった。
たまに思う。
あの頃のネット、やっぱり好きだったな。