PC・デジタル系

初ネット接続とテレホーダイ23時の戦い

2026年4月10日

初めてインターネットに繋いだ日のことは、今でもなんとなく覚えている。

前の記事でも書いたけれど、自分にとって最初のパソコンは、高校2年生のときに叔父からもらったMS-DOSのノートパソコンだった。

黒い画面にコマンドを打つ世界。

今のように、電源を入れたらすぐネットに繋がって、ブラウザを開けば何でも見られる時代ではなかった。

そこから少し時代が進み、大学入学のときに両親からお祝いでパソコンを買ってもらった。

NECのVALUESTARシリーズ。

価格は約30万円。

今考えると、なかなかの金額である。

いや、なかなかどころではない。

普通に大金だ。

今なら30万円のパソコンを買うとなったら、かなり考える。

スペックを比べたり、レビューを見たり、ポイント還元を気にしたり、セール時期を待ったりする。

でも当時は、パソコン自体が高かった。

本体、モニター、ソフト、周辺機器。

いろいろ揃えると、それくらいの金額になるのも珍しくなかった。

そんな高い買い物を、大学入学祝いとして買ってくれた両親には、本当に感謝している。

当時の自分がどこまでそのありがたみを理解していたかは、かなり怪しい。

たぶん、

「やった、パソコンだ」

くらいの気持ちだったと思う。

若さというのは恐ろしい。

ありがたみより先に、ワクワクが勝つ。

でも今になって思う。

あのときパソコンを買ってもらえたことは、自分にとってかなり大きかった。

そして、そのパソコンで初めてインターネットに繋いだ。

今思えば、あれはただの接続ではなかった。

一つのイベントだった。

インターネットに繋ぐという一大イベント

今は、ネットに繋がることが当たり前になっている。

スマホを開けばすぐ繋がる。

家にいればWi-Fi。

外に出ればモバイル回線。

動画も見られる。

地図も見られる。

買い物もできる。

メッセージも送れる。

「ネットに繋ぐ」という意識すら、ほとんどない。

気づいたら繋がっている。

それが今の感覚だと思う。

でも当時は違った。

インターネットに繋ぐという行為そのものが、ちゃんとしたイベントだった。

まず、回線は電話回線。

ダイヤルアップ接続というやつである。

パソコンから電話番号を呼び出して、プロバイダのアクセスポイントに接続する。

言葉にすると、すでに少し面倒くさい。

でも当時は、それが普通だった。

接続するには、パソコン側で設定をして、電話番号を登録して、モデムを使って接続する。

今のように、Wi-Fiのパスワードを入れたら終わり、というものではない。

接続ボタンを押すと、モデムが動き出す。

そして、あの音が鳴る。

あのダイヤルアップの音

ダイヤルアップ接続といえば、やっぱりあの音だ。

「ピーーーー……ガガガ……キュイーン……」

文字で書いても、全然伝わらない気がする。

でも、あの時代を経験した人なら、たぶん脳内再生できると思う。

あの独特な接続音。

最初は電話をかけているような音がして、そのあと機械同士が会話しているような、なんとも言えない音が続く。

初めて聞いたときは、

「大丈夫かこれ」

と思った。

何か壊れているのではないか。

パソコンが苦しんでいるのではないか。

そんな音だった。

でも、その音こそがインターネットへの入口だった。

あの音を聞くと、

「あ、今からネットだ」

という気分になった。

今なら、そんな音は鳴らない。

静かに、勝手に、いつの間にか繋がっている。

それは便利だ。

本当に便利だ。

でも、あの頃の「今まさに繋がろうとしている感」は、もうない。

ネットに繋ぐだけで、少し儀式みたいだった。

接続音を聞きながら、無事に繋がるのを待つ。

失敗しないでくれ。

つながれ。

つながれ。

そんな気持ちで画面を見ていた。

33.6kbpsという時代

当時、自分が使っていたのは33.6kbpsモデムだった。

33.6kbps。

今の感覚で見ると、数字の小ささにびっくりする。

今はメガだギガだという世界である。

光回線なら数百Mbps、環境によっては1Gbpsなんて言葉も普通に出てくる。

スマホの回線でも、当時とは比べものにならない速度が出る。

それに対して、33.6kbps。

ほぼ止まっているようなものだ。

いや、当時の自分からすれば止まってはいない。

ちゃんと動いていた。

でも今の感覚で考えると、かなり厳しい。

画像1枚を表示するのにも時間がかかる。

ページを開くと、上から少しずつ表示されていく。

じわじわ出てくる。

まず文字が出る。

そのあと画像が少しずつ読み込まれる。

上から下へ、ゆっくり表示される。

今なら、ページが一瞬で表示されないとイライラする人も多いと思う。

数秒待つだけで、

「重いな」

となる。

でも当時は、待つのが普通だった。

むしろ、表示されていく過程すら見ていた。

画像が上からじわじわ出てくる感動

当時のインターネットは、とにかく遅かった。

でも、それが普通だった。

ページを開く。

少し待つ。

文字が出る。

画像の枠が出る。

そして、上からじわじわ画像が表示されていく。

今ならかなりストレスだと思う。

でも当時は、それすらワクワクしていた。

「あ、出てきた」

「もう少しで全部見える」

そんな感じだった。

画像が少しずつ完成していくのを見ているだけで、なんとなく楽しかった。

今考えると、相当のんびりしている。

でも当時のネットには、そういう待ち時間込みの楽しさがあった。

もちろん、速いに越したことはない。

速ければ速いほど便利だ。

それは間違いない。

でも、遅いからこそ、表示されたときの感動があった。

繋がるだけでうれしい。

表示されるだけでうれしい。

誰かのホームページが見られるだけでうれしい。

そんな時代だった。

今は情報が多すぎる。

見たいものを探す前に、情報のほうから押し寄せてくる。

でも当時は、自分から繋ぎに行って、探しに行って、ようやくたどり着く感じだった。

だから一つひとつが濃かったのかもしれない。

最大の問題は電話代だった

インターネットに繋がること自体は楽しかった。

でも、そこには大きな問題があった。

電話代である。

当時のダイヤルアップ接続は、電話回線を使う。

つまり、ネットに繋いでいる間は電話を使っているのと同じような状態になる。

当然、通話料がかかる。

今みたいに定額で常時接続、という感覚ではない。

使えば使うほどお金がかかる。

当時は、3分10円みたいな感覚だったと思う。

ちょっと繋ぐだけなら大したことはない。

でも、インターネットはちょっとで終わらない。

気づけば時間が経っている。

ページを見ている。

チャットをしている。

ゲームをしている。

調べものをしている。

そして、その間ずっと電話代がかかっている。

これはかなり危険だった。

今で言えば、動画を見ている時間だけずっと課金されているようなものだ。

怖い。

でも当時は、それが現実だった。

楽しいが勝ってしまう怖さ

電話代がかかることは分かっていた。

長く使えばお金がかかる。

それも分かっていた。

でも、楽しいが勝ってしまう。

これが怖い。

初めてネットに繋いだ頃は、とにかく見るものすべてが新鮮だった。

ホームページ。

掲示板。

チャット。

ネットゲーム。

知らない人とのやり取り。

大学の友人との会話。

全部が面白かった。

少しだけ見るつもりが、気づけば長時間。

「あと少し」

「もう少しだけ」

「このページだけ」

「この会話が終わったら」

そんなことを思っているうちに、時間はどんどん過ぎていく。

そして電話代も増えていく。

今なら、定額回線が当たり前なので、時間を気にせず使える。

もちろん電気代や通信費はあるけれど、ネットを1時間見たからいくら、という感覚はあまりない。

でも当時は違った。

時間がそのままお金になる。

なのに、やめられない。

インターネットは、かなり危険な遊びだった。

救世主テレホーダイ

そこで登場するのが、テレホーダイだった。

これが本当にすごいサービスだった。

テレホーダイは、23時から翌朝8時まで、指定した電話番号への通話が定額になるサービス。

月額はたしか1800円くらいだったと思う。

この時間帯であれば、いくら使っても定額。

ダイヤルアップ接続をしていた人間にとって、これはまさに救世主だった。

電話代を気にせずネットができる。

それだけで夢のようだった。

ただし、条件がある。

23時から。

つまり、夜11時からである。

ここが重要だった。

22時59分までは、まだ通常料金。

23時になった瞬間から、テレホーダイの時間が始まる。

だからどうなるか。

全国のネット民が、23時を待つ。

時計を見る。

あと5分。

あと1分。

23時になった。

接続。

みんな同じことをする。

その結果、回線が混雑する。

23時はインターネット争奪戦だった

23時は戦いの時間だった。

今思うと、なかなか面白い。

夜11時になると、全国で一斉に人々がインターネットに繋ごうとする。

プロバイダのアクセスポイントに電話をかける。

回線が混雑する。

つながらない。

リダイヤルする。

また失敗。

またリダイヤル。

これを何度もやっていた。

当時の23時は、インターネット争奪戦だった。

うまく繋がると、ちょっと嬉しい。

「よし、入れた」

という感じ。

逆に繋がらないとイライラする。

早くしないと、ネットの時間が削られていく。

いや、朝8時まであるのだから十分長いのだけれど、当時は1分でも早く繋ぎたかった。

23時になった瞬間に接続できるかどうか。

そこに妙な勝負感があった。

今の常時接続では絶対に味わえない感覚である。

ネットを始める前に、まず接続戦争に勝たなければならない。

なかなかハードな時代だった。

つながらない夜もあった

もちろん、いつもすんなり繋がったわけではない。

何度リダイヤルしても繋がらないことがあった。

接続に失敗しました。

また接続。

また失敗。

電話をかけているようなものなので、相手側が混雑していれば入れない。

これが地味にストレスだった。

23時まで待っていたのに、繋がらない。

せっかくこれからネットをやろうと思っていたのに、入口で止められる。

今なら、Wi-Fiが少し不安定なだけでイライラする。

でも当時は、そもそも接続できないことが普通にあった。

それでも、何度も試した。

リダイヤル。

リダイヤル。

リダイヤル。

そして、ようやく繋がる。

あの瞬間の嬉しさは、今ではなかなかない。

便利になった今、ネットに繋がっていることに感動することはほとんどない。

でも当時は違った。

接続できた。

それだけで小さな勝利だった。

深夜に広がる世界

無事に繋がったあとは、自由時間だった。

大学の友人とチャットしたり、ネットゲームをしたり。

今みたいにSNSはなかった。

XもInstagramもLINEもない。

YouTubeもない。

でも、「誰かと繋がっている感覚」はちゃんとあった。

むしろ、その感覚はかなり強かった。

普段は大学で会う友人と、夜中にチャットで話す。

知らない人がいる掲示板を見る。

ネットゲームで一緒に遊ぶ。

それだけで、新しい世界が広がっていた。

今では当たり前すぎるオンラインのつながり。

でも当時は、かなり新鮮だった。

電話でもない。

手紙でもない。

実際に会っているわけでもない。

でも画面の向こうに誰かがいる。

文字を打つと返事が来る。

それがとても不思議で、面白かった。

深夜の部屋で、パソコンの画面を見ながら誰かと繋がる。

この感覚は、当時の自分にかなり刺さった。

気づけば深夜2時、3時

テレホーダイの時間は23時から翌朝8時まで。

夜11時に接続して、少しだけネットをするつもりが、気づけば深夜2時、3時になっている。

これは本当によくあった。

「明日授業あるのに何やってんだろう」

そう思いながらも、やめられない。

チャットが終わらない。

ネットゲームが終わらない。

掲示板を見ていると時間が溶ける。

ページを開くのに時間がかかるので、そもそも同じことをするにも今より時間がかかる。

でも、その時間も含めて楽しかった。

深夜の静かな部屋。

パソコンの画面。

モデムの接続。

キーボードの音。

たまに時計を見る。

もう2時。

やばい。

でももう少し。

そして3時。

完全にやばい。

大学生の夜である。

今考えると、生活リズムはかなりひどかったと思う。

でも、あの深夜のネット時間には独特の楽しさがあった。

誰にも邪魔されず、ひたすら画面の向こうの世界に入り込む。

それは、かなり強い体験だった。

ネットゲームにもハマっていく

インターネットに繋がるようになると、ネットゲームにも触れるようになった。

これがまた面白かった。

それまでゲームといえば、一人で遊ぶか、友達の家に集まって遊ぶものだった。

でもネットゲームは違う。

離れた場所にいる人と一緒に遊べる。

画面の向こうに相手がいる。

これだけで、かなり衝撃だった。

大学の友人と時間を決めて集まったり、知らない人と対戦したりする。

通信速度は遅い。

ラグもある。

接続も不安定。

今の快適なオンラインゲームとは比べものにならない。

それでも、楽しかった。

むしろ、多少不安定でも、

「ネットで人と遊べる」

ということ自体がすごかった。

今では、オンラインゲームは当たり前の存在になっている。

世界中の人と対戦できる。

ボイスチャットもできる。

映像もきれい。

でも、あの頃はそうではなかった。

遅い回線で、必死に繋ぎながら、それでも遊んでいた。

不便だったけど、ワクワクしていた。

電話代でやらかす

もちろん、テレホーダイの時間内だけ使っていれば、まだよかった。

問題は、それ以外の時間にも使ってしまうことだった。

昼。

夕方。

23時前。

ちょっとだけ見たい。

少しだけ調べたい。

友人と少しだけ話したい。

そう思って接続する。

でも、少しだけでは終わらない。

また時間が過ぎる。

そして電話代がかかる。

その結果どうなるか。

電話代が跳ね上がる。

普通に月1万円を超えるようなこともあった。

請求書を見て、

「あ、やばいなこれ」

と思う。

でも、もう遅い。

使ったものは戻らない。

今のように通信料が定額という感覚ではないので、使った分だけしっかり反映される。

若い自分には、この感覚が少し甘かった。

楽しいから使う。

使ったあとに請求が来る。

そして焦る。

完全に順番が悪い。

親に負担をかけていたと思う

正直、当時はそこまで深く考えていなかった。

ネットが楽しかった。

それが一番だった。

電話代が高くなることは分かっていた。

でも、本当の意味で家計への負担を理解していたかというと、怪しい。

今になって思う。

親に負担をかけていたなと。

パソコン本体も買ってもらった。

NECのVALUESTAR。

約30万円。

それだけでもかなり大きい。

そこに電話代。

テレホーダイの料金。

プロバイダ料金。

今考えると、いろいろお金がかかっている。

自分はただ楽しくネットをしていたけれど、その環境を用意してくれたのは親だった。

お父さん、お母さん、ごめんなさい。

そして、ありがとうございます。

当時は照れくさくて、そんなことをちゃんと言えなかったと思う。

でも今振り返ると、本当にありがたい。

あの環境がなかったら、自分はここまでパソコンやインターネットに触れていなかったかもしれない。

今との違いがすごすぎる

今の環境と比べると、当時のインターネットは本当に不便だった。

繋ぐのに時間がかかる。

速度は遅い。

電話代もかかる。

接続に失敗することもある。

画像はじわじわ表示される。

夜23時を待たなければならない。

今の感覚で考えると、かなりしんどい。

でも、その不便さの中に楽しさがあった。

これは本当に不思議だ。

便利になった今のほうが、圧倒的に快適だ。

それは間違いない。

もうダイヤルアップに戻りたいとは思わない。

33.6kbpsで画像がじわじわ表示される生活には戻れない。

テレホーダイの23時まで待つのも、今ならたぶん無理だ。

でも、あの頃にはあの頃のワクワクがあった。

接続できたときの感動。

初めて誰かとチャットしたときの不思議さ。

ネットゲームで人と遊べたときの衝撃。

深夜に広がる世界。

それは、便利すぎる今では味わいにくいものだった。

常時接続が当たり前になるまで

今では常時接続が当たり前になっている。

パソコンを立ち上げれば、ネットに繋がっている。

スマホは常にオンライン。

家でも外でも、ネットから完全に切り離されることのほうが少ない。

でも、昔は違った。

ネットは「繋ぎに行くもの」だった。

必要なときに接続する。

終わったら切断する。

ずっと繋ぎっぱなしにはしない。

なぜなら、お金がかかるから。

この感覚は、今の若い人にはかなり伝わりにくいと思う。

でも当時は、ネットを切るという行為も普通にあった。

接続。

利用。

切断。

この流れがあった。

だからこそ、ネットに繋がっている時間は特別だった。

今は常にネットにつながっている。

それは便利だけれど、特別感は薄くなった。

昔のネットは、不便だったぶん「今、繋がっている」という感覚が強かった。

自分で接続して、自分で切る。

ネットの入口と出口が、はっきりしていた時代だった。

あの頃の不便さは戻らない

今となっては、あの頃の不便さは戻ってこない。

戻ってこなくていい。

正直、今さら33.6kbpsには戻れない。

画像1枚で待たされるのも無理だし、23時まで接続を我慢するのもつらい。

電話代を気にしながらネットをするのも嫌だ。

便利な今のほうがいい。

それは間違いない。

でも、懐かしいのも事実だ。

不便だったけれど、あの頃はネットに繋がるだけで楽しかった。

ページが表示されるだけで感動した。

誰かから返事が来るだけでうれしかった。

ネットの向こうに人がいることが、ただただ新鮮だった。

今は便利すぎて、ネットに繋がること自体には感動しない。

むしろ、繋がらないと怒る。

Wi-Fiが遅いとイライラする。

ページが開かないとすぐ閉じる。

人間、便利になると贅沢になる。

自分も完全にそうだ。

でも、たまにあの頃を思い出すと、

「不便だったけど、面白かったな」

と思う。

初めてネットに繋いだ日の意味

初めてインターネットに繋いだ日は、自分にとって大きな入口だった。

その日から、パソコンはただの機械ではなくなった。

一人で文字を打つだけのものではなく、外の世界とつながる道具になった。

大学の友人とチャットする。

知らない人とやり取りする。

ネットゲームをする。

ホームページを見る。

自分の知らない世界が、画面の向こうに広がっている。

これが本当に面白かった。

今となっては、ネットは日常そのものだ。

仕事にも使う。

調べものにも使う。

買い物にも使う。

暇つぶしにも使う。

でも最初の頃は、もっと純粋にワクワクしていた。

何があるのか分からない。

でも、何かがある。

その感じがよかった。

ダイヤルアップの音がして、33.6kbpsでゆっくり繋がる。

それでも、画面の向こうには新しい世界があった。

あの感覚は、今でも少し覚えている。

まとめ

初めてインターネットに繋いだ頃の記憶は、ダイヤルアップの音とセットで残っている。

33.6kbpsの遅い通信速度。

画像が上からじわじわ表示される画面。

電話代を気にしながらの接続。

そして、23時から始まるテレホーダイの争奪戦。

今の光回線やスマホの便利さとは比べものにならないほど不便だった。

でも、繋がるだけで感動があった。

深夜にチャットをしたり、ネットゲームをしたり、気づけば2時、3時まで起きていた。

その結果、電話代でやらかしたこともある。

親には本当に申し訳ない。

それでも、あの頃にインターネットへ触れた経験は、自分にとって大きかった。

不便だったけれど、ワクワクした。

あの「ピー、ガガガ、キュイーン」という音は、自分にとってネットの入口の音だった。

-PC・デジタル系