今日は相方の胚移植の日でした
今日は、相方にとって大切な胚移植の日でした。
不妊治療を続けてきて、ようやく迎えた一つの区切りの日です。
ここまで来るまでに、本当にいろいろありました。
通院。
検査。
採卵。
胚凍結。
薬。
貼り薬。
スケジュール調整。
そして、気持ちの浮き沈み。
一つひとつを積み重ねて、今日という日を迎えました。
もちろん、胚移植をしたからすぐ結果が分かるわけではありません。
ここから判定日まで待つ時間があります。
だから「今日で終わり」というわけではない。
でも、それでも今日は大きな一日でした。
自分にできることは限られています。
治療を受けるのは相方です。
体に負担がかかるのも相方です。
薬を続けているのも相方です。
自分は代わることができません。
それでも、仕事を終えてからクリニックへ向かいました。
少しでも近くで待っていたい。
終わったら一緒に帰りたい。
それくらいしかできないけれど、何もしないよりはいい。
そう思いました。
こういうとき、男側にできることは本当に少ないです。
「頑張って」と言うのも、少し違う気がする。
もう十分頑張っているからです。
だからせめて、そばにいる。
今日はそれをちゃんとやろうと思いました。
仕事を終えてクリニック近くのカフェへ
予定では、胚移植は18時45分から開始でした。
私は仕事を終えてからクリニックへ向かいました。
自分が院内に入れるわけではありません。
病院によって方針は違うと思いますが、今回は男性が中に入れるわけではないので、できることは近くで待つことくらいです。
それでも、家で待つよりはいいかなと思いました。
先に到着した私は、クリニック近くのカフェで待機することにしました。
カフェに入って、席に座る。
飲み物を頼む。
スマホを見る。
時計を見る。
またスマホを見る。
そしてまた時計を見る。
何をしても、どこか落ち着きません。
こういう日は、待っている側もなんとなくそわそわします。
自分が何かをするわけではない。
治療そのものには何も関われない。
でも、頭の中ではずっとそのことを考えている。
「今どんな感じなんだろう」
「ちゃんと始まったかな」
「時間かかるのかな」
「無事に終わるかな」
考えたところで、何かが変わるわけではありません。
それでも考えてしまう。
人間というのは、できることがない時間ほど落ち着かないものですね。
カフェで待っているだけなのに、なぜか少し疲れます。
何か作業でもしようかと思いましたが、集中できるわけもありません。
ブログの下書きでもしようか。
ニュースでも見ようか。
そう思ってスマホを開いても、結局時計を見てしまう。
完全に落ち着いていない人です。
想像よりずっと早く終わって驚いた
今日は混んでいると聞いていました。
だから、もっと時間がかかると思っていました。
待つ覚悟もしていました。
クリニックは混んでいることも多いですし、不妊治療は予定通りに進むとも限りません。
診察や処置の流れで、どうしても待ち時間が出ることもあると思います。
だから、
「今日は少し長くなるかもしれないな」
と思っていました。
ところが、想像以上にスムーズだったようです。
予定通り、15分ほどで終了したとのこと。
連絡が来たときは、
「もう終わったの?」
と少し驚きました。
待つ側の感覚としては、もっと時間がかかると思っていたので、拍子抜けしたような、ほっとしたような、不思議な気持ちでした。
でも、何より無事に終わったことが一番です。
時間が短かったから軽い、という話ではありません。
相方にとっては、今日まで薬を続け、準備をして、体調を整えて、この日を迎えています。
たった15分ほどの処置に見えても、その前に積み重ねてきたものがあります。
だからこそ、無事に終わったと聞いて、本当に安心しました。
「終わったよ」
という連絡を見た瞬間、少し肩の力が抜けました。
何もできない自分でも、その一言を待っていたのだと思います。
胚移植証明書というものがあるらしい
胚移植後には、胚移植証明書も発行してくれるようです。
しかも写真付きとのこと。
これには少し驚きました。
医療の現場では当たり前のことなのかもしれません。
でも、こちらからすると、
「そんなものまであるんだ」
という感じです。
不妊治療を進めていると、知らなかったことが本当にたくさん出てきます。
採卵。
胚凍結。
胚移植。
判定日。
ホルモン補充。
貼り薬。
証明書。
一つひとつ、実際に自分たちが経験して初めて知ることばかりです。
胚移植証明書も、その一つでした。
写真付きというのも、なんだか不思議な感覚があります。
医療としての記録でもあるし、ここまで進んできた証でもある。
もちろん、結果が決まったわけではありません。
でも、今日という日が確かにあったことを示すものでもあります。
ここまで来るまで、本当にいろいろありました。
血液検査で安心した日。
精子の運動率の結果に落ち込んだ日。
顕微授精へ切り替わった日。
12個のうち3個を胚凍結すると聞いた日。
エストラーナテープが始まった日。
防水テープを買いに行った日。
そういう小さな出来事が積み重なって、今日につながっています。
胚移植証明書は、その積み重ねの一つの形なのかもしれません。
判定日は9日後
ここからは、9日後の判定日まで待つ時間になります。
この待つ時間が、きっと長く感じるのだと思います。
胚移植が無事に終わった。
それは大きな一歩です。
でも、治療は移植して終わりではありません。
その後も薬を入れたり、体調管理をしたり、相方の負担は続きます。
ここが不妊治療の大変なところだと感じます。
一つ終わっても、すぐ次がある。
採卵が終わったら培養。
胚凍結ができたら移植準備。
移植が終わったら判定日までの待機。
その間も薬や体調管理。
区切りはあるけれど、完全に気が抜けるわけではありません。
9日後。
数字で見ると短いです。
でも、待つ側からすると長い。
たぶん、毎日どこかで考えてしまうと思います。
「どうなんだろう」
「うまくいっているかな」
「体調は大丈夫かな」
「期待しすぎない方がいいかな」
期待はあります。
不安もあります。
どちらか一つだけではありません。
うまくいってほしい。
でも期待しすぎるのも怖い。
できるだけ普通に過ごしたい。
でも普通でいるのが難しい。
この9日間は、そういう時間になるのだと思います。
移植して終わりではなく、その後も続く
今日、改めて感じたのは、胚移植は大きな区切りだけれど、終わりではないということです。
むしろ、ここから判定日までの時間もかなり大事です。
薬を続ける。
体調を気にする。
無理をしすぎない。
気持ちをなるべく落ち着ける。
このあたりは、言葉で書くと簡単です。
でも実際にやる相方は大変だと思います。
自分は待っているだけです。
近くにいることはできる。
一緒に帰ることはできる。
話を聞くこともできる。
でも、体の中で起きていることを代わることはできません。
このもどかしさは、ずっとあります。
不妊治療は夫婦のことです。
自分も当事者です。
でも、体に負担がかかるのは相方の方が圧倒的に多い。
だからこそ、相方の負担を軽く見ないようにしたいです。
「終わったからよかったね」
だけでは済まない。
移植後もまだ続く。
薬もある。
体調もある。
判定日までの気持ちもある。
そこをちゃんと分かっておかないといけないと思いました。
帰りは座って帰れるルートを選んだ
帰りは、二人で電車に乗って帰りました。
遠回りにはなるのですが、座って帰れるルートを選びました。
帰宅まで1時間半近くかかるので、今日はそれで正解だったと思います。
少しでも相方の負担を減らしたかったです。
治療後ですし、ずっと立って帰るのはきついはずです。
こういうとき、早さよりも座れることの方が大事だと思います。
若い頃なら、
「早く帰れる方がいい」
と思っていたかもしれません。
でも今は違います。
多少時間がかかっても、座れる方がいい。
体を休められる方がいい。
無理をしない方がいい。
特に今日は、そういう日です。
電車に座って、ゆっくり帰る。
特別なことを話したわけではありません。
車内でずっと深い話をしていたわけでもありません。
むしろ、会話は少なかったと思います。
でも、一緒に帰るその時間だけで十分だった気がします。
無理に言葉を探さなくてもいい。
そばにいて、同じ方向に帰る。
それだけで、少し安心できることがあります。
一緒に帰るだけでも意味はある
今日、自分がしたことは本当に少ないです。
クリニック近くのカフェで待った。
終わった連絡を受けた。
一緒に電車で帰った。
それだけです。
でも、それでも意味はあったと思いたいです。
少なくとも、自分にできることはそれくらいでした。
不妊治療の中で、男性側は何をすればいいのか。
これは今でも考えます。
大きなことはできません。
治療を代われません。
痛みも、薬の負担も、体調の変化も代われません。
でも、近くで待つことはできます。
一緒に帰ることはできます。
座れるルートを選ぶことはできます。
荷物を持つこともできます。
話を聞くこともできます。
余計なことを言わないように気をつけることもできます。
……最後のやつが、意外と難しいんですけどね。
でも、できることはちゃんとやる。
今はそれしかない気がしています。
大げさなことはできない。
かっこいいことも言えない。
でも、こういう小さな行動の積み重ねで、少しでも支えられたらいい。
そう思いました。
相方は本当に頑張っている
相方は本当に頑張っています。
これは、今日だけの話ではありません。
ここまでの通院も、薬も、検査も、採卵も、移植準備も、全部含めてです。
自分が見えている部分だけでも大変そうなのに、実際にはもっといろいろあるはずです。
体の違和感。
薬の影響。
気持ちの揺れ。
予定の調整。
結果を待つ不安。
自分には分からない部分が、きっとたくさんあります。
だから、軽々しく分かったようなことは言えません。
でも、頑張っていることは分かります。
本当にそう思います。
自分は、もっとちゃんと支えないといけない。
そう思う一方で、うまくできている自信はありません。
ときどき余計なことを言ってしまう。
気持ちに余裕がなくなる。
変に正論っぽいことを言ってしまう。
それで空気を悪くしてしまうこともある。
夫婦生活は、きれいごとだけではありません。
不妊治療中でも、普通に喧嘩することはあります。
でも、こういう大事な時期だからこそ、できるだけ穏やかに過ごしたい。
判定日までの9日間。
余計なストレスを増やさないようにしたいです。
言うのは簡単。
実行は難しい。
でも、意識しないよりはいいはずです。
静かに良い結果を願うしかない
あとは、9日後の判定日を待つだけです。
もちろん、その間も薬や体調管理は続きます。
だから「待つだけ」と言うと少し違うかもしれません。
でも、自分にできることとしては、静かに待つしかありません。
良い結果を願う。
相方が少しでも穏やかに過ごせるようにする。
できるだけ普通の生活を続ける。
それくらいです。
ここで変に気負っても仕方ありません。
「絶対大丈夫」
とも言えません。
結果は分かりません。
分からないから不安です。
でも、分からないからこそ、今はできることを一つずつやるしかありません。
ご飯を食べる。
ちゃんと寝る。
薬を忘れないようにする。
予定を確認する。
余計な喧嘩をしない。
相方の話を聞く。
こういう日常の積み重ねです。
不妊治療って、もっと特別なものだと思っていました。
でも実際には、こうして日常の中に入ってきます。
仕事帰りにクリニック近くのカフェで待つ。
終わったら一緒に電車で帰る。
帰りのルートを考える。
家に着く。
また明日が来る。
その日常の中で、良い結果を願う。
それが今の自分たちの不妊治療なのだと思います。
まとめ
今日は、相方にとって大切な胚移植の日でした。
仕事を終えてから、私もクリニックへ向かいました。
院内には入れませんが、少しでも近くで待っていようと思ったからです。
予定では18時45分から開始。
私は先に到着し、クリニック近くのカフェで待機しました。
こういう日は、待っている側もなんとなく落ち着きません。
時計を見たり、スマホを見たり、また時計を見たり。
何かできるわけではないのに、そわそわしてしまいました。
今日は混んでいると聞いていたので、もっと時間がかかると思っていました。
でも実際には想像以上にスムーズで、予定通り15分ほどで終了。
連絡が来たときは、
「もう終わったの?」
と少し驚いたくらいです。
でも、無事に終わったことが何よりでした。
胚移植後には、胚移植証明書も発行してくれるようです。
しかも写真付きとのこと。
医療の現場では当たり前なのかもしれませんが、自分には少し驚きでした。
ここまで来るまでに、通院、検査、薬、スケジュール調整など、本当にいろいろありました。
一つひとつ積み重ねて、今日という日を迎えたのだと感じます。
ここからは、9日後の判定日まで待つ時間になります。
その間も薬を入れたり、体調管理をしたり、相方の負担は続きます。
治療は移植して終わりではなく、その後の時間もとても大事なんだと実感しました。
帰りは二人で電車に乗って帰りました。
遠回りにはなりますが、座って帰れるルートを選択。
1時間半近くかかるので、今日はそれで正解だったと思います。
車内では、特別に多く話したわけではありません。
でも、一緒に帰るその時間だけで十分だった気がします。
今日は大きな一区切りとなる一日でした。
無事に胚移植を終えられたこと。
予定よりスムーズに進んだこと。
そして、一緒に帰宅できたこと。
相方は本当に頑張っています。
私はできることは限られていますが、支えられるところはしっかり支えていきたいです。
あとは9日後。
静かに、良い結果を願いながら過ごしたいと思います。
期待しすぎるのは怖い。
でも、願わずにはいられない。
この9日間、できるだけ穏やかに。
余計な喧嘩はせずに。
……ここが一番難しい気もしますが。
とにかく今は、無事に今日を終えられたことに感謝したいです。