日々の気づき・生活

不妊治療の経過|12個中3個を胚凍結

2026年3月23日

妊活の経過に少し動きがありました

相方は、妊活で通院を続けています。

このブログでも何度か書いていますが、妊活というのは、思っていた以上に簡単ではありません。

通院すればすぐ結果が出るわけでもないし、
治療を始めたからといって、一直線に進むわけでもない。

むしろ、ひとつ進むたびに、また次の不安が出てくる。

そんな感じです。

今回は、その妊活の経過に少し動きがありました。

採卵した12個のうち、3個を胚凍結することになりました。

12個のうち3個。

この数字を見て、多いのか少ないのか。

正直、自分にはまだよく分かっていません。

専門的な知識があるわけではないし、ネットで調べれば調べるほど、逆に不安になることもあります。

「平均はどうなんだろう」
「この数で大丈夫なのか」
「もっと多い人もいるのでは」
「3個というのは希望がある数字なのか」

いろいろ考えてしまいます。

でも、まず思ったのは、

ゼロではなかった。

このことでした。

もちろん、ここから先が大事なのは分かっています。

胚凍結できたから終わりではありません。

ここから胚移植の準備があり、その後もまだまだ分からないことだらけです。

それでも、ゼロではなかった。

自分たちにとっては、それだけでも少し安心できる結果でした。

12個のうち3個という数字をどう受け止めるか

採卵した12個のうち、3個を胚凍結。

この数字を聞いたとき、最初に感じたのは、少し複雑な気持ちでした。

「3個も残った」と思うべきなのか。

「12個あって3個なのか」と思うべきなのか。

自分の中で、すぐには整理できませんでした。

数字というのは、便利なようで怖いです。

はっきり見える分、どうしても比べてしまいます。

ネットで検索すると、いろいろな人の体験談が出てきます。

たくさん胚凍結できた人。

思ったより少なかった人。

何度も治療を続けている人。

一回でうまくいった人。

読めば参考になる部分もあります。

でも同時に、自分たちと比べてしまう危険もあります。

「あの人はこうだったのに」

「うちはどうなんだろう」

そう考え始めると、気持ちが落ち着かなくなります。

妊活や不妊治療は、本当に人それぞれです。

年齢も違う。

体の状態も違う。

治療内容も違う。

病院の方針も違う。

だから、数字だけで一喜一憂しすぎても仕方ない。

頭では分かっています。

でも、心は普通に揺れます。

12個のうち3個。

この数字を、どう受け止めればいいのか。

まだ完全には分かりません。

ただ、少なくとも前には進んでいる。

今は、そう考えるようにしています。

ゼロではなかったことに少し救われた

今回、自分の中で一番大きかったのは、

「ゼロではなかった」

ということです。

妊活をしていると、期待しすぎるのが怖くなります。

期待して、落ち込む。

また期待して、また落ち込む。

それを繰り返すのは、かなりしんどいです。

だから、どこかで自分の気持ちにブレーキをかけるようになります。

「まだ分からない」
「期待しすぎない方がいい」
「喜ぶのは早い」
「次の結果を見てから」

そうやって、自分を守ろうとします。

でも、何も感じないわけではありません。

3個を胚凍結できたと聞いて、やっぱり少しほっとしました。

小さな安心感がありました。

不妊治療は、結果が出るたびに気持ちが動きます。

良い結果でも、次の不安が出る。

悪い結果なら、もちろん落ち込む。

今回も、手放しで喜べるほど単純ではありません。

でも、ゼロではなかった。

ここから先に進める可能性がある。

それだけで、自分たちにとっては大きな一歩でした。

普段の生活なら、3という数字はそこまで大きく感じないかもしれません。

3個。

3回。

3つ。

でも今回の3個は、自分たちにとってかなり重い数字です。

ただの数字ではなく、希望の数のように感じました。

卵にもグレードがあると初めて知った

今回、初めて知ったことがあります。

卵にもグレードがあるそうです。

正確には、受精後の胚の状態や成長具合などを見て評価されるものだと思いますが、自分の感覚としては、

「卵にもグレードがあるのか」

という驚きでした。

見た目や成長具合などで評価され、どれを優先して使うかが決まるとのこと。

専門的なことは正直よく分かりません。

説明を聞いても、その場では分かったような気になります。

でもあとから思い返すと、

「あれ、結局どういうことだったんだろう」

となることもあります。

医療の説明って、普段使わない言葉が多いです。

採卵。
受精。
培養。
胚凍結。
グレード。
胚移植。

一つひとつの言葉に意味があり、その一つひとつが今後に関わってくる。

でも、自分は医療の専門家ではありません。

理解しようとは思います。

でも、全部を完璧に理解するのは難しい。

だから最終的には、先生の判断を信じるしかありません。

この「信じるしかない」という感覚。

不妊治療では何度も出てきます。

自分たちでできることはやる。

通院する。

説明を聞く。

生活を整える。

お金のことも考える。

でも、医療的な判断は先生に任せるしかない。

こういう場面は、少し怖さもあります。

自分で全部コントロールできない。

だからこそ、不安になる。

でも、信じて進むしかない。

妊活って、本当にメンタルが鍛えられます。

できれば、もう少し楽な形で鍛えられたかったです。

専門的なことが分からない不安

不妊治療をしていて感じるのは、分からないことの多さです。

自分たちの体のことなのに、分からない。

治療のことなのに、分からない。

数字を聞いても、その意味がすぐには分からない。

これが地味に不安です。

たとえば今回の胚凍結もそうです。

12個のうち3個。

その3個のグレード。

次にどう進むのか。

何が良くて、何が心配なのか。

説明は受けます。

でも、自分の中で完全に整理できているかというと、そうでもありません。

分からないことがあると、人は調べたくなります。

ネットで検索したくなります。

でも、検索すると情報が多すぎる。

専門的な情報。
個人の体験談。
成功談。
不安になる話。
病院ごとの説明。

いろいろ出てきます。

そして、読めば読むほど気持ちが揺れることもあります。

便利な時代です。

でも、便利すぎて疲れることもあります。

妊活について調べるときは、特にそうです。

希望になる情報もある。

でも、怖くなる情報もある。

だから最近は、必要以上に調べすぎない方がいいのかもしれないとも思っています。

もちろん、知ることは大事です。

でも、自分たちの状況は先生に確認するのが一番です。

ネットの誰かの結果は、自分たちの結果ではありません。

そう分かっていても、つい比べてしまう。

このあたりが難しいですね。

次は胚移植の準備へ

今後は、生理が来てから胚移植の準備に入る流れになるようです。

ここからが、また一つの山です。

採卵が終わった。

胚凍結ができた。

では次へ。

そう簡単に気持ちが切り替えられるわけではありません。

次は次で、不安があります。

胚移植がうまくいくのか。

体の状態はどうなのか。

タイミングはどうなるのか。

その後の結果はどうなるのか。

考えれば考えるほど、また頭の中がいっぱいになります。

でも、ここまで来たからには、一つひとつ進んでいくしかありません。

妊活は、先のことを全部考えすぎるとしんどくなります。

だから、今見えている次の一歩を見るしかない。

今は、胚移植の準備。

その前に、生理が来るのを待つ。

待つ。

この「待つ」という時間が、なかなか長く感じます。

日常生活では、1日なんてあっという間に過ぎることもあります。

仕事をして、家に帰って、ご飯を食べて、少し休んで、寝る。

気づけば翌日。

でも、妊活の結果や次のステップを待っている時間は、妙に長く感じる。

まだかな。

どうなるんだろう。

次はいつだろう。

そんなことを考えてしまいます。

待つしかない時間ほど、地味にしんどいものはありません。

期待しすぎるのが怖い

正直な気持ちを書くと、期待しすぎるのが怖いです。

3個を胚凍結できた。

次は胚移植へ。

そう聞くと、少し希望が見えます。

でも、その希望に思いきり飛びつくのが怖い。

もしうまくいかなかったら、落差が大きいからです。

だから、心のどこかで自分に言い聞かせています。

「まだ分からない」
「期待しすぎない」
「一歩進んだだけ」
「結果はこれから」

そうやって、気持ちを抑えようとします。

でも、完全に期待しないなんて無理です。

だって、ここまで頑張ってきています。

相方も通院を続けている。

治療もしている。

お金もかかっている。

気持ちも使っている。

それで何も期待しないなんて、できるわけがありません。

期待しすぎると怖い。

でも、期待しないのも難しい。

この中途半端な気持ちのまま、毎日を過ごしています。

妊活中の気持ちって、たぶんこういうものなのかもしれません。

前向きになりたい。

でも怖い。

喜びたい。

でもまだ早い気がする。

何も考えずにいたい。

でも考えてしまう。

気持ちが行ったり来たりします。

まるで洗濯機の中です。

ぐるぐる回っています。

できれば脱水は短めでお願いしたいです。

相方の負担を考える

今回の経過を聞いて、改めて思ったのは、相方の負担の大きさです。

妊活、不妊治療は夫婦のことです。

自分も当事者です。

前回は、自分の精子の運動率のこともありました。

自分側の問題もあります。

でも、通院や採卵、体への負担は、やはり相方の方が大きいです。

注射や薬。

通院のスケジュール。

体調の変化。

精神的な負担。

自分が想像している以上に大変だと思います。

だからこそ、自分はどう支えるべきなのか。

ここは常に考えないといけないと思っています。

とはいえ、うまくできているかは分かりません。

むしろ、できていないことも多い気がします。

余裕がないときに、変な言い方をしてしまう。

相方の不安をちゃんと受け止められていない。

自分の不安ばかりが前に出てしまう。

そういうこともあると思います。

本当は、もっと落ち着いて支えたい。

どっしり構えたい。

「大丈夫、一つずつやっていこう」

と自然に言える人間でありたい。

でも実際は、こちらも普通に不安です。

そして、たまに頼りない。

いや、たぶん結構頼りない。

それでも、夫婦で進めている以上、自分も逃げずに向き合わないといけません。

妊活は、相方だけのものではない。

自分たちのことです。

お金のことも現実としてある

不妊治療には、お金もかかります。

ここも現実です。

命や家族の話なので、お金のことを言うと少し冷たく聞こえるかもしれません。

でも、実際にはとても大事です。

通院。
検査。
治療。
薬。
凍結。
移植。

ひとつひとつに費用がかかります。

自分たちは、決して余裕のある生活をしているわけではありません。

築40年以上の賃貸に住み、家賃を抑え、平日はお弁当中心で、電気や水道もできるだけ節約しながら暮らしています。

その中での不妊治療。

やっぱり負担はあります。

でも、やらない後悔はしたくない。

以前にも書きましたが、この気持ちは変わりません。

もちろん、無限にお金を使えるわけではありません。

生活もあります。

将来のこともあります。

どこまでやるのか。

どう進めるのか。

お金の面でも考えなければいけません。

妊活は、感情だけではなく、家計とも向き合うことになります。

ここがまた現実的です。

夢や希望だけでは進めない。

でも、現実だけ見ていたら心が折れる。

その間で、なんとかやっている感じです。

夫婦で同じ方向を向く難しさ

妊活をしていると、夫婦で同じ方向を向くことの難しさも感じます。

同じ目標があるはずです。

でも、感じ方は同じではありません。

相方には相方の不安がある。

自分には自分の不安がある。

体の負担も違う。

考えるタイミングも違う。

言葉の受け取り方も違う。

同じ出来事に対して、同じ感情になるとは限りません。

たとえば、3個を胚凍結できたという結果。

自分は「ゼロではなくてよかった」と思いました。

でも、相方はまた違う気持ちだったかもしれません。

もっと不安だったかもしれない。

もっと複雑だったかもしれない。

そういうところを、ちゃんと想像しないといけない。

でも、自分はつい自分の気持ちだけで考えてしまうことがあります。

これは反省です。

夫婦で進める治療だからこそ、結果だけではなく、お互いの気持ちも共有していく必要があるのだと思います。

ただ、それも簡単ではありません。

話せば分かる、というほど単純でもない。

話すタイミングも大事。

言い方も大事。

相手の体調も大事。

結婚生活もそうですが、不妊治療も、細かい調整の連続です。

大きな愛情より、日々の言葉遣い。

壮大な決意より、今日の一言。

そういうものが効いてくる気がします。

少なくとも前には進んでいる

不安はあります。

分からないことも多いです。

期待しすぎるのも怖いです。

でも、少なくとも前には進んでいます。

採卵した。

顕微授精へ進んだ。

12個のうち3個を胚凍結できた。

次は胚移植の準備へ。

こうして書いてみると、確かに一歩ずつ進んでいます。

結果がどうなるかは分かりません。

ここから先も、思い通りに進むとは限りません。

でも、何もしていないわけではない。

止まっているわけでもない。

少しずつですが、前に進んでいる。

今はその事実を大事にしたいです。

妊活は、結果だけを見ると苦しくなることがあります。

もちろん最終的な結果は大事です。

でも、その途中にも、ちゃんと意味はあると思いたい。

通院したこと。

話し合ったこと。

不安になったこと。

反省したこと。

少し安心したこと。

全部、自分たちが向き合っている証拠です。

うまくいくかどうかは分かりません。

でも、逃げずに向き合っている。

それだけは、自分たちを少しだけ認めてもいいのかもしれません。

焦らず、一つずつ進むしかない

今後どうなるかは、まだ分かりません。

胚移植がどうなるのか。

その後の結果がどうなるのか。

どこまで進めるのか。

不安は尽きません。

でも、焦っても仕方ない。

これは本当にそう思います。

焦ったところで、結果が早く出るわけではありません。

不安になりすぎたところで、良い方向に進むわけでもありません。

もちろん、頭では分かっています。

でも、心が追いつかないこともあります。

だからこそ、今は一つずつです。

次の通院。

次の説明。

次の準備。

その日の体調。

相方との会話。

日々の生活。

目の前のことを一つずつやるしかない。

人生の大きな問題ほど、結局やることは地味です。

寝る。
食べる。
働く。
通院する。
話す。
待つ。

派手な解決策なんてありません。

でも、その地味な積み重ねが、今の自分たちにできることなのだと思います。

まとめ

妊活の経過に、少し動きがありました。

採卵した12個のうち、3個を胚凍結することになりました。

数字だけ見ると、それが多いのか少ないのか、自分にはまだよく分かっていません。

でも、とりあえずゼロではなかった。

それだけで、少し安心しました。

今回初めて、卵にもグレードがあるということを知りました。

見た目や成長具合などで評価され、どれを優先して使うかが決まるとのこと。

専門的なことは分からない部分も多く、最終的には先生の判断を信じて進むしかありません。

今後は、生理が来てから胚移植の準備に入る流れです。

ここからがまた一つの山だと思います。

待つしかない時間は、地味に長く感じます。

期待しすぎると怖い。

でも、何も考えないのも難しい。

この微妙な気持ちのまま、毎日を過ごしています。

不妊治療は、思っていた以上に心が揺れます。

数字に安心したり、不安になったり。

説明を聞いて少し前向きになったり、また次の心配が出てきたり。

それでも、少なくとも前には進んでいます。

12個のうち3個。

数字だけ見れば、小さな変化かもしれません。

でも、自分たちにとっては大きな一歩です。

ここから先は、まだ分からないことだらけです。

それでも、焦らずに一つずつ進んでいこうと思います。

相方の負担も忘れずに。

自分も当事者として、逃げずに。

できれば余計な喧嘩はせずに。

……いや、そこが一番難しいのかもしれません。

でも、せめて今日はこう思っています。

ゼロではなかった。

一歩進んだ。

それだけでも、今は大事にしたいです。

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