日々の気づき・生活

体外受精の判定日|平常心で待った結果

体外受精の判定日を迎えた

今日は、体外受精の結果判定日でした。

この日が近づくにつれて、やはり心のどこかでは気になっていました。

ただ、今回は前回とは少し違いました。

判定日までの過ごし方について、相方(妻)と話していました。

できるだけ平常心で過ごそう。

必要以上に一喜一憂しないようにしよう。

体温も測らないようにしよう。

そんな感じで、お互いに意識していました。

もちろん、言葉で「平常心」と言うのは簡単です。

でも実際には、頭の片隅にずっとあります。

ふとした瞬間に考えてしまいます。

うまくいっているのか。

どうなのか。

症状がないのはどういうことなのか。

何か変化はあるのか。

そういうことを考え始めると、答えのない迷路に入ってしまいます。

だから今回は、あえて細かく確認しすぎないようにしました。

体温計も使わない。

症状を探しすぎない。

いつも通りに過ごす。

それが今回の私たちなりの過ごし方でした。

それでも、判定日当日はやはり特別です。

何も考えないようにしていても、考えます。

仕事をしていても、時計が気になります。

夕方が近づくにつれて、少しずつ落ち着かなくなっていきました。

相方は夕方4時頃に出発した

相方は夕方4時頃に出発しました。

クリニックへ向かうためです。

私は仕事があったので、仕事帰りにそのまま上野へ向かうことになっていました。

こういう日は、別々に動いていても、気持ちは同じところへ向かっています。

相方はクリニックへ。

私は仕事場から上野へ。

場所は違っても、考えていることは同じです。

判定結果のこと。

これからどうなるのか。

そして、相方の体のこと。

不妊治療では、どうしても相方の負担が大きくなります。

通院。

採血。

薬。

移植。

待つ時間。

体の変化への不安。

自分は横にいることしかできない場面も多いです。

もちろん、できることはあります。

一緒に話すこと。

送り迎えや合流をすること。

気持ちを共有すること。

でも、実際に体に起こることを引き受けているのは相方です。

だからこそ、こういう日は余計に思います。

自分にできることは少ないけれど、せめて同じ方向を見ていたい。

そんな気持ちで、仕事が終わるのを待っていました。

私は仕事帰りに上野へ向かった

仕事が終わると、私はすぐに上野へ向かいました。

こういう日は、寄り道をする気分にはなりません。

早く合流したい。

早く状況を知りたい。

でも焦っても結果が早く出るわけではありません。

それは分かっています。

分かっているのですが、気持ちは落ち着きません。

駅へ向かい、電車に乗り、上野へ。

いつもの移動のはずなのに、少し長く感じます。

移動中も、スマホを見たり、時計を見たり、特に意味もなく落ち着かない動きをしていた気がします。

不妊治療の判定日というのは、独特の緊張があります。

試験の結果を待つのとも違います。

仕事の結果を待つのとも違います。

自分たちの生活や気持ちに、深く関わってくる結果です。

だからこそ、簡単には割り切れません。

ただ、今回は相方と平常心で過ごそうと決めていました。

だから、あまり大げさに考えすぎないようにしました。

自分の中で何度も、

「落ち着こう」

と言い聞かせていたと思います。

言い聞かせている時点で、落ち着いていないのですが。

駅構内の立ち食い蕎麦で夕飯を食べた

上野へ向かう途中、駅構内の立ち食い蕎麦で私だけ夕飯を食べました。

食べたのは、かけそばです。

シンプルな一杯。

でも、美味しくいただきました。

こういう時の立ち食い蕎麦って、妙にありがたいです。

すぐ食べられる。

温かい。

お腹に入る。

変に重すぎない。

気持ちが落ち着かない時でも、かけそばなら食べられる感じがあります。

ただ、美味しく食べてはいたものの、やはり気にはなっていました。

そばを食べながらも、頭の中には判定のことがあります。

普通に食べているようで、心はクリニックの方へ飛んでいます。

「今どのあたりだろう」

「採血は終わったのかな」

「結果はいつ出るのかな」

そんなことを考えていました。

かけそばは美味しかったです。

でも、完全に味だけに集中できたかと言われると、そうではありません。

そばをすすりながら、そわそわしていました。

駅構内の立ち食い蕎麦で、こんなに心ここにあらずになることも、なかなかありません。

それでも、食べておいてよかったです。

こういう日は、ちゃんと食べておくことも大事です。

待つにも体力がいります。

採血結果を待つ時間

クリニックでは採血があり、結果が出るまで30分ぐらい時間がかかると聞いていました。

この30分が長いです。

たった30分。

でも、判定日の30分は普通の30分とは違います。

何かをしていても、気持ちはそこにあります。

椅子に座っていても、落ち着かない。

スマホを見ても、内容が入ってこない。

周りの人の動きも、なんとなく気になる。

結果を待つ時間というのは、どうしてあんなに長く感じるのでしょうか。

採血をして、数値が出る。

その結果を聞く。

医師から説明を受ける。

流れとしては分かっています。

でも、こちらの心は簡単にはついていきません。

この待ち時間は、希望と不安が両方あります。

うまくいっていてほしい。

でも期待しすぎるのも怖い。

だめだった時のことも考えておきたい。

でも、できれば良い結果であってほしい。

そんな気持ちが行ったり来たりします。

相方と平常心でいようと話していたはずなのに、待つ時間になるとやはりそわそわします。

平常心というものは、思ったよりも繊細です。

すぐ逃げます。

前回とは違う気持ちで過ごそうと決めていた

今回、判定日までの過ごし方で大事にしていたのは、前回と同じように振り回されすぎないことでした。

前回は、どうしても気持ちが揺れました。

症状があるか。

体温はどうか。

何か変化はあるか。

そういうことを気にしすぎると、毎日が判定日の前哨戦みたいになります。

朝から気になり、昼も気になり、夜も気になる。

少しの変化に期待し、少しの不安材料に落ち込む。

それはかなり疲れます。

もちろん、気にするなと言われても無理です。

不妊治療に向き合っている以上、気になるのは当然です。

でも、気にしすぎると心が持ちません。

だから今回は、お互いに平常心で過ごそうと決めました。

体温計も使わない。

必要以上に症状を探さない。

変化があるかどうかを毎日細かく確認しない。

できるだけ普段通りに過ごす。

この「普段通り」がなかなか難しいのですが、それでも意識しました。

少しでも心を守るためです。

治療の結果は、自分たちの気合いだけで変えられるものではありません。

だからこそ、待つ時間の過ごし方が大事なのだと思います。

体温を測らずに過ごした

今回は、体温を測ることもしませんでした。

体温を測ると、どうしても数字に振り回されます。

高いのか。

低いのか。

昨日と違うのか。

これは良い兆候なのか。

そう考え始めると止まりません。

数字は分かりやすい分、気持ちを大きく動かしてしまいます。

今回は、そこから少し距離を置くことにしました。

相方にとっても、その方が気持ちが少し楽だったのかもしれません。

毎朝、数字を見て一喜一憂するより、あえて見ない。

症状を探しすぎない。

普通に過ごす。

これは簡単なようで、かなり大事なことだったと思います。

もちろん、医学的に何が正しいかをここで語るつもりはありません。

私たちの体験として、今回はそうしたというだけです。

でも、少なくとも気持ちの面では、少し穏やかに過ごせた気がします。

体温を測らなかったからといって、不安が消えるわけではありません。

でも、余計な不安材料を増やしすぎないという意味では、よかったと思っています。

相方が感じた体の熱さ

相方は、クリニックへ向かう際に、電車内で体を熱く感じたと言っていました。

ただ、それだけだったようです。

それ以外に、特別な症状はなかったようでした。

こういう時、少しの体の変化が気になります。

体が熱く感じた。

これは何か意味があるのか。

関係あるのか。

ただの気温や電車内の環境なのか。

考えようと思えば、いくらでも考えてしまいます。

でも今回は、そこに深く入り込みすぎないようにしていました。

症状があるからどう。

ないからどう。

そう決めつけないようにしたかったのです。

不妊治療の待ち時間では、症状探しをし始めると本当に終わりがありません。

少し眠い。

お腹が張る気がする。

体が熱い。

何もない。

そのひとつひとつに意味を探そうとしてしまいます。

でも、実際のところ、自分たちだけでは分からないことばかりです。

だから今回は、相方が「体が熱く感じた」と言っても、

「そうだったんだね」

くらいで受け止めるようにしました。

心の中ではもちろん気になっています。

でも、言葉では大きくしすぎない。

それも、平常心を保つためには必要だったのかもしれません。

症状がないことに振り回されないようにした

相方には、特に目立つ症状はなかったようです。

こういう時、症状がないと不安になります。

何かあった方がいいのではないか。

何もないということは、だめなのではないか。

そう考えてしまいます。

でも、症状の有無だけで決められるものではありません。

これは、頭では分かっています。

分かっているのですが、気持ちは別です。

だからこそ、今回は症状に振り回されないようにしたかったのです。

前回と違って、できるだけ平常心で。

これは、相方もかなり意識してくれていたと思います。

「だめならまたやればいい」

そういう考えを持ってくれたことも、私にとっては大きかったです。

もちろん、簡単な言葉ではありません。

またやればいい。

そう言うには、気持ちの整理も必要です。

治療の負担もあります。

時間もかかります。

お金もかかります。

体も心も疲れます。

それでも、その考えを持てたことは、かなり大きかったと思います。

結果にすべてを預けすぎず、もしうまくいかなかったとしても次を考える。

そう思えるだけで、待つ時間の苦しさが少し変わります。

「だめならまたやればいい」と思えたこと

今回、相方が「だめならまたやればいい」という考えを持ってくれたことは、本当に大きかったです。

不妊治療は、どうしても一回一回に気持ちが乗ります。

期待します。

祈るような気持ちにもなります。

だから、うまくいかなかった時の落ち込みも大きいです。

でも、そのたびに心が完全に折れてしまうと続けるのが難しくなります。

もちろん、無理をする必要はありません。

休むことも大事です。

立ち止まることも大事です。

でも、今回の相方の言葉には、少し前を向く強さがありました。

だめならまたやればいい。

そう言えるのは、簡単なようで簡単ではありません。

私はその言葉に少し救われました。

相方自身がそう思えているなら、私も必要以上に不安を大きくしすぎないようにしよう。

そう思いました。

不妊治療は、二人で進むものです。

どちらか一人だけが強くても難しい。

どちらか一人だけが落ち着いていても、もう一方が不安なら一緒に揺れます。

だから、お互いに平常心でいようと話せたことは、今回とても大切でした。

結果を聞いてもまだ安心はできない

判定日という言葉には、ひとつの区切りのような響きがあります。

でも、実際にはそこで全部が決まるわけではありません。

この日の結果を聞いても、まだまだ安心できない。

そんな気持ちがありました。

次の通院でもう少し分かるようです。

エコーもあるみたいです。

つまり、今日で終わりではありません。

また次の通院まで、待つ時間が続きます。

判定日まで待つ。

結果を聞く。

そしてまた次の通院まで待つ。

不妊治療は、この「待つ」が本当に多いです。

結果を待つ。

数値を待つ。

次の診察を待つ。

体の変化を待つ。

そのたびに気持ちが揺れます。

今回も、ひとつ進んだようで、まだ安心はできません。

だからこそ、また平常心で過ごすことが大事だと思いました。

嬉しい気持ちがあっても、浮かれすぎない。

不安があっても、落ち込みすぎない。

言うのは簡単ですが、これがなかなか難しい。

それでも、相方と一緒に、また一週間を落ち着いて過ごしていきたいと思いました。

次の通院までの一週間をどう過ごすか

次の通院まで、また一週間あります。

この一週間も、きっと長く感じると思います。

判定日までの時間も長かったですが、その後の一週間もまた違う緊張があります。

次はエコーがあるようです。

そこで、もう少し分かることがあるのだと思います。

だから、また待つことになります。

この「次まで待つ」という時間が、不妊治療では何度も出てきます。

そのたびに、心の置き場所を考えます。

期待しすぎないように。

でも希望をなくさないように。

不安を無視しすぎないように。

でも不安に飲まれすぎないように。

とても難しいバランスです。

今回は、相方と平常心で過ごそうと決めていました。

次の一週間も、同じように過ごしたいです。

体温も測りすぎない。

症状を探しすぎない。

普段通りの生活をする。

ご飯を食べて、仕事をして、眠って、できるだけ普通に過ごす。

普通に過ごすことが、こんなに難しく感じる時もあります。

でも、今できるのはそれなのだと思います。

夫としてできることを考える

こういう時、夫としてできることは何だろうと考えます。

正直、できることは多くありません。

採血を代わることはできません。

体の変化を代わって受けることもできません。

不安そのものを消すこともできません。

でも、一緒に待つことはできます。

話を聞くことはできます。

必要以上に不安を煽らないことはできます。

相方が落ち着いて過ごせるように、日常を整えることは少しできます。

それくらいしかできない、と言えばそうなのですが、それでも大事なことだと思います。

不妊治療では、男性側はどうしても「見守る側」になる場面が多いです。

でも、見守るだけでも、どう見守るかは大切です。

変に励ましすぎない。

根拠なく大丈夫と言いすぎない。

相方の不安を軽く扱わない。

でも、一緒に沈み込みすぎない。

この距離感が難しいです。

私も完璧にはできません。

むしろ、そわそわしてかけそばを食べているくらいです。

でも、それでも相方と同じ方向を向いていたいと思っています。

上野のかけそばと判定日の記憶

この日のことを後から思い出した時、上野へ向かう途中で食べたかけそばも一緒に思い出しそうです。

判定日。

仕事帰り。

上野。

駅構内の立ち食い蕎麦。

私だけ食べた夕飯。

採血結果を待つそわそわ感。

こういう小さな場面が、意外と記憶に残ります。

大きな出来事の日ほど、何気ないものが一緒に焼きつくことがあります。

何を食べたか。

どこで待っていたか。

どんな気持ちだったか。

時計を何度見たか。

周りの音はどうだったか。

不妊治療の記録というと、どうしても結果や数値に目が行きます。

もちろんそれも大切です。

でも、自分たちの中に残るのは、そういう数字だけではありません。

待っている時の空気。

お互いに交わした言葉。

平常心でいようと決めたこと。

体温を測らなかったこと。

相方が電車内で体を熱く感じたと言っていたこと。

そして、かけそばを食べながらも気になっていた自分。

そういう細かい記憶も、この日の一部です。

まとめ

今日は、体外受精の結果判定日でした。

相方は夕方4時頃に出発し、私は仕事帰りにすぐ上野へ向かいました。

途中、駅構内の立ち食い蕎麦で、私だけ夕飯を食べました。

食べたのはかけそばです。

美味しくいただきましたが、やはり判定のことはずっと気になっていました。

採血があり、結果が出るまで30分ぐらいかかると聞いていたので、その時間はかなりそわそわしました。

30分といっても、こういう日の30分は長く感じます。

今回は、判定日までの過ごし方について、相方と話していました。

前回とは違い、お互い平常心で過ごそうと誓い合っていました。

体温も測らないようにしました。

症状を探しすぎず、できるだけ普段通りに過ごす。

簡単そうで難しいことですが、今回はそれを意識しました。

相方は、クリニックへ向かう際に、電車内で体を熱く感じたと言っていました。

ただ、それ以外に特別な症状はなかったようです。

症状がないと不安になりがちですが、今回はそこに振り回されすぎないようにしました。

「だめならまたやればいい」

相方がそういう考えを持ってくれたことも、とても大きかったです。

もちろん、簡単なことではありません。

でも、その気持ちがあったことで、私自身も少し落ち着けた気がします。

この日の結果を聞いても、まだまだ安心できる段階ではありません。

次の通院でもう少し分かるようです。

エコーもあるみたいです。

だからまた、次の通院までの一週間を平常心で過ごしていこうと思います。

不妊治療は、待つ時間が多いです。

判定日まで待ち、結果を聞き、また次の診察まで待つ。

そのたびに、期待と不安が行ったり来たりします。

でも今回は、相方と一緒に、少し落ち着いて向き合えた気がします。

もちろん、内心はそわそわしていました。

上野へ向かいながらも、かけそばを食べながらも、ずっと気になっていました。

平常心と言いながら、完全に無の境地にはなれません。

そこまで悟れていたら、たぶん立ち食い蕎麦の湯気すら哲学に見えていたはずです。

でも、そわそわしながらも、二人で同じ方向を向いていられたことは大きかったと思います。

次の一週間も、無理に期待しすぎず、不安に飲まれすぎず、相方と一緒に過ごしていきたいです。

また次の通院で、少しずつ分かることを待とうと思います。

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