土曜日の朝、右耳のカサカサ音が気になった
週末の土曜日。
本来なら、少しゆっくり起きて、何となくスマホを見て、相方と「今日どうする?」なんて話しながら、だらっと始めたい朝です。
しかしこの日は、朝から少し気になることがありました。
右耳の中で、カサカサ……パリパリ……と、乾いたような音がするのです。
痛いわけではありません。
急に聞こえなくなった感じもありません。
めまいがするわけでもない。
ただ、静かな部屋にいると、耳の奥で何かがこすれるような、薄い紙が動くような、地味に気になる音がする。
これがまた、絶妙に気持ち悪いのです。
痛いなら痛いで、「よし、病院だ」と分かりやすい。
熱があるなら体温計を見て、「はい、アウト」と判断できます。
でも、カサカサ音。
地味。
とにかく地味。
けれど一度気になり出すと、もうそこから頭の中が右耳だらけになります。
テレビを見ていても右耳。
スマホを触っていても右耳。
相方と話していても、心の片隅には右耳。
「何だろう、これ」
「耳垢かな」
「でも変な病気だったら嫌だな」
そんなことをぐるぐる考えていました。
普通なら、少しくらい様子を見るかもしれません。
でも私は、右耳に難聴があります。
だから耳の違和感には、どうしても敏感になります。
右耳に難聴があるから、小さな違和感でも怖くなる
右耳に難聴があると分かってから、耳に関する小さな変化が妙に怖くなりました。
昔なら、たぶん放置していたと思います。
「まあ、そのうち治るだろう」
「寝たら大丈夫でしょ」
「病院行くの面倒くさいし」
若い頃の自分なら、そんな感じで済ませていたはずです。
実際、昔は体の不調に対して今ほど真面目ではありませんでした。
少し疲れていても無理する。
多少の違和感は見なかったことにする。
病院へ行くのは、いよいよ動けなくなってから。
そんな昭和感のある雑な付き合い方をしていました。
でも47歳にもなると、さすがに体への向き合い方が変わります。
気合いでどうにかなることと、どうにもならないことがある。
寝れば治るものと、寝ても治らないものがある。
そして、放置した時間があとから重くのしかかることもある。
これは年齢を重ねて、少しずつ体で覚えてきたことです。
特に耳は怖いです。
目に見えません。
腫れているかどうかも自分では分かりません。
鏡で見ても、耳の中までは確認できません。
聞こえ方だって、自分では意外と分からない。
「聞こえているつもり」になってしまう。
私がまさにそうでした。
右耳に難聴があると分かった時も、自分ではまったく気づいていませんでした。
だから今回のカサカサ音も、たかがカサカサとは思えなかったのです。
「また悪化したのではないか」
「何か別の異常だったらどうしよう」
「このまま放っておいて大丈夫なのか」
そんな不安が出てきました。
耳の中の小さな音なのに、気持ちの中ではなかなか大きな存在になっていました。
土曜日に診てもらえる耳鼻科を予約する
ちょうど土曜日だったので、近所で診てもらえる耳鼻科を探しました。
今回行くことにした耳鼻科は、口コミがよく、かなり人気のある病院です。
土曜日に診てもらえるだけでもありがたいのですが、人気があるということは、当然ながら混みます。
ネット予約は朝8時から開始。
私は少し前からスマホを持って待機しました。
こういう時だけ、妙に真剣になります。
普段の朝はぼんやりしているくせに、予約開始前だけは戦闘態勢です。
スマホを握りしめ、時計を見ながら8時を待つ。
気分としては、人気ライブのチケット争奪戦です。
いや、実際には耳鼻科の予約なのですが。
8時ジャスト。
すぐにアクセスしました。
入力して、必要事項を入れて、予約完了。
「これはかなり早い番号が取れただろう」
そう思いました。
ところが表示された番号は、29番目。
29番目。
いや、みんな本気すぎる。
朝8時に、耳鼻科の予約でこのスピード感。
日本人、真面目すぎる。
私は途中でメールアドレス登録などがあり、少し時間を取られました。
それでも、8時ちょうどに動いたつもりです。
それで29番。
恐るべし人気耳鼻科。
そして、少しだけ悔しい。
元SEだったのに、このスピード勝負で負けた気分です。
パソコンやシステムに強かったはずの過去の自分が、スマホ予約の波に飲まれている。
時代は進んでいます。
こちらは耳もカサカサ、予約番号も29番。
土曜日の朝から、なかなか味わい深いスタートでした。
病院までは徒歩40分、考えながら歩いた
病院までは徒歩で40分ほど。
せっかくなので歩いて向かうことにしました。
東京都多摩地区に住んでいると、歩こうと思えば意外と歩けます。
駅まで、病院まで、買い物まで。
もちろん電車やバスを使えば楽なのですが、健康のため、そして節約のため、私はわりと歩きます。
徒歩40分。
若い人から見れば、「いや、普通に乗り物使えば?」と思う距離かもしれません。
でも、こちらは47歳男性会社員。
健康診断の数字も気になるお年頃です。
歩ける時に歩く。
お金も浮く。
運動にもなる。
一石二鳥どころか、一石三鳥くらいの気持ちで歩いています。
ただ、耳のことを考えながら歩く40分は、いつもの散歩とは少し違いました。
住宅街を歩きながら、ずっと右耳のことを考えていました。
カサカサという音は、歩いている時にはそこまで気になりません。
外の音があるからです。
車の音。
自転車の音。
人の声。
風の音。
そういうものに紛れて、耳の中の音は少し薄れます。
でも、ふとした瞬間に思い出します。
「あれ、さっきの音、まだするかな」
そう思うと、また耳に意識が向く。
耳に意識を向けると、余計に気になる。
このループです。
体の不調というのは、痛みそのものよりも、気持ちの持っていかれ方がしんどい時があります。
特に耳のように、自分では中が見えない場所は不安になります。
分からないから怖い。
見えないから想像してしまう。
しかも私には、2年前に右耳の難聴が発覚した経験があります。
その記憶が、今回の小さな違和感を大きくしていました。
2年前、入社前の健康診断で難聴が分かった
右耳の難聴が分かったのは、今の会社に入社する時でした。
今年5月で入社3年目になります。
そのちょうど2年前の今頃、入社前の健康診断を受けました。
その健康診断の聴力検査で、右耳の難聴が発覚したのです。
正直、かなり驚きました。
「え、自分が難聴?」
という感じでした。
それまで、自分の耳が悪いなんて思ったことはありませんでした。
普段の生活で大きな不便を感じていたわけでもありません。
人との会話も普通にできます。
テレビの音も聞こえます。
仕事もできます。
電話もできます。
だから、まさか自分に難聴があるとは思っていませんでした。
健康診断や人間ドックも受けてきました。
過去に聴力で引っかかった記憶もありません。
それなのに、その時の検査で、高い音と低い音の一部が聞こえにくいことが分かりました。
「え、そんなはずは……」
本当にそういう気持ちでした。
検査の時、音が鳴ったらボタンを押す。
あのよくある聴力検査です。
集中しているつもりでした。
でも聞こえない音があった。
聞こえていないことに、自分では気づいていなかった。
これがかなりショックでした。
難聴というと、もっと分かりやすいものだと思っていました。
人の声が聞き取りづらい。
テレビの音量を大きくする。
何度も聞き返す。
そういうイメージがありました。
でも実際には、特定の音だけ聞こえにくいということがある。
そしてそれは、日常生活ではなかなか気づけない。
この事実が、かなり怖かったです。
普通に暮らせているからこそ、気づけなかった
難聴といっても、すべての音が聞こえないわけではありません。
私の場合も、日常生活は普通に送れています。
相方との会話もできます。
仕事もしています。
買い物もできます。
テレビも見られます。
だからこそ、気づけませんでした。
これがやっかいです。
生活に大きな支障が出ていれば、すぐに病院へ行くと思います。
でも、何となく普通に暮らせてしまう。
困っているようで、困っていない。
不便なようで、何とかなる。
そうなると、自分の体の異変に気づくきっかけがありません。
「自分は大丈夫」
そう思ったまま過ごしてしまいます。
でも、検査をすると分かる。
聞こえていない音がある。
その現実を突きつけられた時、かなり動揺しました。
耳の怖さは、ここにあると思います。
痛みが出るとは限らない。
明らかに生活が変わるとは限らない。
でも、静かに変化していることがある。
気づいた時には、すでに時間が経っていることがある。
私の場合も、自覚症状がほとんどありませんでした。
「いつからだったのか」
「なぜ気づかなかったのか」
「もっと早く分かっていれば違ったのか」
そういうことを考えてしまいました。
もちろん、考えたところで時間は戻りません。
でも人間、考えてしまうものです。
特に健康のことは、後悔が残りやすいです。
あの時こうしていれば。
もっと早く病院へ行っていれば。
健康診断をちゃんと受けていれば。
そういう「たられば」は、頭の中で勝手に増殖します。
気づくと、脳内で反省会が始まっています。
しかも議長は自分。
出席者も自分。
責めるのも自分。
なかなかしんどい会議です。
新宿の有名病院でも言われた厳しい現実
難聴が分かったあと、私は新宿の有名な病院にも行きました。
少しでも改善できる可能性があるなら、ちゃんと診てもらいたいと思ったからです。
耳のことは素人には分かりません。
ネットで調べれば調べるほど不安になります。
良いことも悪いことも出てきます。
調べて安心したいのに、むしろ不安材料を集めてしまう。
これは健康検索あるあるだと思います。
病院で診てもらえば、少なくとも今の状態は分かる。
そう思って受診しました。
そこで言われたのは、なかなか厳しい現実でした。
その時の説明では、発覚から1週間から2週間以内に治療を始めないと、完治は難しいことが多いとのことでした。
もちろん、これはその時に私が受けた説明です。
耳の状態や原因によって違う部分もあると思います。
ただ、私にとってはかなり重い言葉でした。
もっと早く来ていれば、可能性があったのかもしれない。
でも、気づいた時にはもう時間が経っていた。
そう言われたような気がしました。
とはいえ、こちらとしてはこう思います。
気づけるわけがない。
普段普通に生活していて、特定の高い音や低い音だけ聞こえにくいなんて、自分ではなかなか分かりません。
「今日から右耳のこの周波数が聞こえにくくなりました」
などと体がアラートを出してくれればいいのですが、そんな便利機能はありません。
スマホなら通知が来ます。
バッテリーが少なければ赤くなります。
容量が足りなければ警告が出ます。
でも人間の体は、そこまで親切ではありません。
たまに不調を出してくるだけです。
しかもその不調が、分かりやすいとは限らない。
耳の場合は特にそうでした。
あの時は本当にショックでした。
自分の体のことなのに、自分が一番分かっていなかった。
その感覚がありました。
今回のカサカサ音も、だから放置できなかった
そんな経験があるので、今回の右耳のカサカサ音も放置できませんでした。
たぶん、右耳に難聴がなければ、もう少し様子を見ていたかもしれません。
「耳垢かな」
「そのうち取れるかな」
「まあ痛くないし」
そんなふうに思っていた可能性があります。
でも今は違います。
右耳に何かあると、すぐにあの時のことを思い出します。
入社前の健康診断で引っかかったこと。
新宿の病院へ行ったこと。
完治は難しいかもしれないと言われたこと。
そして、もっと早く気づけなかった自分へのもどかしさ。
そういう記憶が、今回のカサカサ音に全部くっついてきます。
耳の中の音自体は小さい。
でも、それが呼び起こす不安は小さくありません。
「今回も何かあったらどうしよう」
「聞こえが悪くなっていたら嫌だな」
「また通院になるのかな」
そんなことを考えながら耳鼻科へ向かいました。
病院へ行く前というのは、不安と安心が混ざります。
診てもらえば分かる。
でも、分かるのが怖い。
大したことなければいい。
でも、もし何か見つかったらどうしよう。
この感じ、何度経験しても慣れません。
むしろ年齢を重ねるほど、変に想像力が育っている気がします。
若い頃は楽観的でした。
今は、最悪パターンを勝手に頭の中で上映してしまう。
しかも勝手に上映されるわりに、内容が暗い。
もう少し明るい映画を流してほしいものです。
診察の結果、鼓膜には問題なし
耳鼻科では、耳の中を診てもらいました。
いくつか検査も受けました。
診察を受けるまでは少し緊張していました。
耳の中を見てもらっている時も、先生の反応が気になります。
こういう時、先生の表情をやたら観察してしまいます。
眉が少し動いただけで、
「何かあったのか?」
と思ってしまう。
もちろん、先生からすれば普通に診ているだけかもしれません。
でも患者側は勝手にドキドキしています。
結果としては、鼓膜などに問題はありませんでした。
今回のカサカサ音は、耳垢などによるものだったようです。
深刻な異常ではないと分かり、かなり安心しました。
本当にホッとしました。
病院へ行く前はあれこれ考えていましたが、結果を聞くと一気に力が抜けます。
「よかった……」
と素直に思いました。
カサカサ音の正体が大きな問題ではなかったこと。
鼓膜に問題がなかったこと。
それだけで、土曜日の空気が少し軽くなりました。
ただ、右耳の難聴そのものが急に治るわけではありません。
そこは変わりません。
今回の問題は大きくなかった。
でも、右耳とはこれからも付き合っていく必要がある。
その現実は、改めて感じました。
難聴と付き合いながら、普通に暮らしている
難聴と聞くと、生活が大きく変わるイメージを持つ人もいるかもしれません。
もちろん、程度によって全然違うと思います。
私の場合は、今のところ日常生活は送れています。
仕事もできています。
相方とも普通に話せています。
買い物にも行けます。
テレビも見られます。
こうしてブログも書いています。
だから、普段からずっと「自分は難聴だ」と意識しているわけではありません。
でも、耳に何か違和感が出ると、一気に思い出します。
「ああ、自分の右耳は万全ではないんだな」
と。
普段は忘れている不安が、何かのきっかけで顔を出す感じです。
今回のカサカサ音もそうでした。
結果的には大きな問題ではありませんでした。
でも、あの不安は本物でした。
耳のことは、これからも大事にしないといけない。
そう思いました。
睡眠不足。
強いストレス。
疲労の蓄積。
そういうものも耳にはよくないと言われることがあります。
私自身、昔よりは無理をしなくなりました。
もちろん会社員なので、まったく無理しないわけにはいきません。
仕事は仕事であります。
生活費もあります。
築40年以上の賃貸アパートで相方と暮らしている、現実の47歳です。
「無理せず丁寧な暮らしを」なんて、雑誌の特集みたいにはいきません。
朝は眠いし、仕事は疲れるし、家計も気になる。
おしゃれなハーブティーより、値引きシールの総菜の方が現実味があります。
でも、それでも昔よりは体の声を無視しなくなりました。
違和感があれば病院へ行く。
疲れたら休む。
できるだけ寝る。
無理に気合いで乗り切ろうとしない。
こういう小さな積み重ねが、今の自分には必要なのだと思います。
病院帰りに国立駅のNONOWAへ寄る
診察が終わったあとは、国立駅のNONOWAへ寄りました。
病院で大きな問題がないと分かったので、気持ちも少し軽くなっていました。
こういう時、帰り道にちょっと買い物をしたくなります。
特別なご褒美というほどではありません。
でも、少しだけ気分を変えたい。
そんな感じです。
相方には春雨のお惣菜。
私はイカのから揚げとポテトサラダ。
全部で800円ほどでした。
この「全部で800円ほど」というところが、実に我が家らしいです。
豪華ランチでもなく、高級スイーツでもなく、春雨とイカのから揚げとポテトサラダ。
でも、こういう買い物がけっこう楽しいのです。
自分たちの生活に合った小さな楽しみ。
無理のない範囲で、ちょっとだけ嬉しいものを買う。
これくらいがちょうどいいのかもしれません。
病院帰りにデパ地下で高級惣菜を買い込む生活にも、もちろん憧れはあります。
しかし現実は800円。
でも、その800円の中にちゃんと幸せがあります。
むしろ、800円で幸せを感じられるなら、なかなか燃費のいい人生です。
最近、そういう方向で自分を納得させる技術だけは上がってきました。
帰宅するとご飯ができていた
帰宅すると、ご飯ができていました。
ありがたいことです。
病院へ行って、歩いて、買い物して帰ってきて、家にご飯がある。
それだけでかなり救われます。
すぐに食べました。
耳の心配が少し軽くなったあとに食べるご飯は、いつもより安心して食べられます。
人間、体調や不安があると食事の味も変わります。
何か心配事があると、食べていても頭のどこかが落ち着きません。
でも「大きな問題ではなかった」と分かったあとのご飯は、ちゃんと体に入ってくる感じがします。
午後は、相方とそれぞれ過ごしました。
動画を見たり。
パソコンをしたり。
テレビを見たり。
何か特別なイベントがあったわけではありません。
遠出したわけでもありません。
外食したわけでもありません。
旅行でも、記念日でもありません。
ただ、病院へ行って、買い物して、帰ってきて、ご飯を食べて、家で過ごした。
それだけです。
でも、こういう日常が実は一番ありがたいのかもしれません。
若い頃は、休日に何もしないと損した気分になったこともありました。
どこかへ行かなきゃ。
何かしなきゃ。
せっかくの休みなのにもったいない。
そんなふうに思っていました。
でも今は、家で穏やかに過ごせること自体がかなり貴重に感じます。
体調に大きな問題がない。
相方がいる。
ご飯がある。
テレビがある。
パソコンがある。
おやつも少しある。
これだけで十分ではないかと思うことがあります。
もちろん、毎日そんな悟ったような気持ちでいるわけではありません。
お金の心配もあります。
将来の不安もあります。
不妊治療のこともあります。
仕事のこともあります。
ブログのこともあります。
人生、心配事の在庫だけはなぜか豊富です。
でも、その中でも穏やかな午後がある。
それはやっぱりありがたいことです。
おやつは煎餅1枚と飴1個
この日のおやつは、煎餅1枚ずつと飴1個。
なんとも慎ましい。
いや、慎ましいというより、もはや昭和の留守番みたいなおやつです。
でも、こういうのがいいのです。
ポテトチップスを一袋開けるでもなく、ケーキを食べるでもなく、煎餅1枚。
そして飴1個。
これでおやつタイム成立。
我が家の経済感覚と健康意識が、ぎゅっと詰まっています。
本当はもっと食べたい気持ちもあります。
甘いものも好きです。
しょっぱいものも好きです。
イカのから揚げも買っています。
ポテトサラダも買っています。
食欲だけは、耳と違ってかなり元気です。
でも47歳。
好きなだけ食べていたら、体重も健康診断の数値もあっという間に反抗してきます。
だから煎餅1枚。
飴1個。
地味ですが、これもまた生活です。
夜は玉ねぎだけの味噌汁予定。
これもまたシンプルです。
具だくさん味噌汁ではありません。
玉ねぎだけ。
でも、玉ねぎの味噌汁はおいしいです。
甘みが出ます。
体も温まります。
何より安い。
安くてうまい。
この二つがそろうと、我が家ではかなり評価が高いです。
派手さはありません。
映える要素もありません。
SNSに載せても、たぶん誰もざわつきません。
でも、生活はそういうものでできています。
病院の不安。
徒歩40分。
800円の惣菜。
煎餅1枚。
飴1個。
玉ねぎだけの味噌汁。
どれも小さいことですが、こういうものが一日の輪郭を作っている気がします。
耳の健康は、失ってから気づく
今回、右耳のカサカサ音がきっかけで耳鼻科へ行きました。
結果としては、鼓膜などに大きな問題はなく、耳垢などによるものだったようです。
それを聞いて、かなり安心しました。
でも同時に、2年前に発覚した右耳の難聴のことを改めて思い出しました。
耳は、自覚しにくい。
悪くなっていても、普通に暮らせてしまうことがある。
自分では気づけないことがある。
そこが本当に怖いです。
私の場合、入社前の健康診断がなければ、もっと長く気づかなかったかもしれません。
普段の生活で大きな不便がなかったからです。
会話できる。
仕事できる。
テレビも聞こえる。
そうなると、「大丈夫」と思ってしまう。
でも検査では、聞こえにくい音があった。
自分の感覚だけでは分からないことがある。
それを実感しました。
今回のカサカサ音は大きな問題ではありませんでした。
でも、違和感があった時に病院へ行ってよかったと思っています。
診てもらわなければ、不安はずっと残っていたはずです。
「大丈夫かな」
「悪化していないかな」
「何かあったらどうしよう」
そんなことを考え続けていたと思います。
病院へ行くのは面倒です。
予約も大変です。
人気の病院だと、朝8時に予約しても29番目です。
元SEでも負けます。
徒歩40分もかかります。
でも、それでも診てもらって安心できるなら、その時間には意味があります。
耳に限らず、体の違和感は早めに向き合った方がいい。
これは、47歳になってしみじみ思うことです。
若い頃のように、何でも気合いで乗り切れるわけではありません。
そして、無理をしたツケは、あとから律儀に回収されます。
しかも利息つきで。
体は、なかなか厳しい取り立て屋です。
普通に暮らせていることを大事にしたい
右耳の難聴は、今も不安として残っています。
急に治るわけではありません。
完全に忘れられるものでもありません。
耳に違和感が出れば、また不安になります。
今回のようにカサカサ音がするだけでも、心はざわつきます。
でも、それでも今、普通に暮らせていることには感謝しています。
仕事ができている。
相方と会話ができている。
休日に病院へ行ける。
帰りに惣菜を買える。
家でご飯を食べられる。
午後に動画やテレビを見ながら過ごせる。
煎餅1枚と飴1個で、何となくおやつ時間になる。
夜は玉ねぎだけの味噌汁を飲む予定がある。
書いてみると、本当に地味です。
でも、この地味さがありがたい。
人生は、大きなイベントだけでできているわけではありません。
むしろ、ほとんどはこういう何でもない日でできています。
耳鼻科へ行った土曜日。
右耳のカサカサ音。
2年前に発覚した難聴の記憶。
病院帰りの買い物。
相方との静かな午後。
どれも大事件ではないかもしれません。
でも、自分にとってはちゃんと記録しておきたい一日でした。
不安はあります。
年齢を重ねるほど、体の心配も増えます。
将来のことを考えれば、明るい話ばかりではありません。
でも、それでも今日も普通に暮らせている。
それは当たり前ではないのだと思います。
特別に前向きな言葉で締めるつもりはありません。
「すべてに感謝!」みたいなテンションでもありません。
そこまでキラキラした人間ではないです。
ただ、右耳のカサカサ音で病院へ行き、結果を聞いて安心して、帰りに惣菜を買って、家で相方と過ごした。
その一日が、じんわりありがたかった。
それくらいの温度感です。
まとめ
今回は、右耳のカサカサ音が気になり、土曜日に耳鼻科へ行った記録でした。
結果としては鼓膜などに大きな問題はなく、耳垢などによる音だったようで安心しました。
ただ、2年前に入社前の健康診断で右耳の難聴が発覚した時のことも思い出し、耳の健康について改めて考える一日になりました。
耳は、自分では気づきにくい。
普通に生活できているからこそ、異変に気づかないこともある。
だからこそ、小さな違和感でも気になった時は、早めに診てもらうのが自分には合っているのだと思います。
病院帰りには国立駅のNONOWAで、相方は春雨のお惣菜、自分はイカのから揚げとポテトサラダを買いました。
全部で800円ほど。
帰宅後はご飯を食べ、午後はそれぞれ動画やパソコンやテレビでゆっくり過ごしました。
おやつは煎餅1枚と飴1個。
夜は玉ねぎだけの味噌汁予定。
派手さはまったくありません。
でも、こういう穏やかな日常があることは、やっぱりありがたいです。
右耳の不安はこれからも続くと思います。
それでも、今できることをしながら、普通の一日を積み重ねていくしかありません。
とりあえず今回は、大きな問題がなくてよかったです。
そして元SEとしては、次回こそ耳鼻科のネット予約で29番より前を取りたい。
耳より先に、予約操作のリハビリが必要かもしれません。