日々の気づき・生活

NETOMOで広がった韓国とのつながり

2026年4月23日

大学時代、ネットでの出会いといえば、まず思い浮かぶのはメル友だった。

メル友募集の掲示板に書き込む。

気になる人にメールを送る。

相手からメールが来る。

そこから何通もやり取りを続ける。

今のようなマッチングアプリでもSNSでもなく、もっとシンプルな出会い方だった。

プロフィールも簡単。

写真があるとは限らない。

本人確認なんてものもない。

でも、その分、文章のやり取りそのものに時間をかけていた気がする。

自分も一時期は、同時に10人近くの女性とメールをしていたことがある。

今思うと、かなりアクティブだった。

当時の自分、何をそんなに頑張っていたのか。

でも、それくらいネットで誰かとつながることが楽しかったのだと思う。

そして、しばらくすると欲が出てくる。

日本国内のメル友だけでなく、海外の人とも交流してみたい。

外国人と話してみたい。

特に興味があったのが、隣国の韓国だった。

理由は、そこまで大げさなものではない。

なんとなくの憧れ。

文化も近い。

距離も近い。

でも、日本とは違う国。

「実際に話してみたら、どんな感じなんだろう」

そんな軽い興味からだった。

そのときに出会ったのが、NETOMOという交流サイトだった。

メル友の次に興味を持ったのは海外だった

メル友文化にどっぷり浸かっていた頃、ネットで人と知り合うことにはすでに慣れていた。

掲示板に書き込むこと。

メールを送ること。

返事を待つこと。

相手の文章を読んで、自分も文章で返すこと。

そういうやり取りが、日常の一部になっていた。

でも、ある程度慣れてくると、今度はもっと広い世界が気になってくる。

ネットは日本国内だけではない。

世界とつながっている。

それは頭では分かっていた。

でも、実際に海外の人とやり取りする機会は、そう多くなかった。

英語ができれば、もっといろいろな国の人と交流できたのかもしれない。

でも当時の自分にとって、英語で会話するのはかなりハードルが高かった。

翻訳ツールも今ほど便利ではない。

スマホでその場で翻訳、なんて時代でもない。

そんな中で、比較的身近に感じたのが韓国だった。

距離も近い。

文化的にもどこか近い部分がある。

でも、言葉は違う。

実際に韓国の人と話したら、どんな会話になるのか。

その興味が少しずつ大きくなっていった。

韓国に興味を持った理由

なぜ韓国だったのか。

今思い返しても、ものすごく明確な理由があったわけではない。

韓国ドラマにどっぷりハマっていたわけでもない。

K-POPに詳しかったわけでもない。

当時は今ほど韓国文化が日本に広く浸透していた時代ではなかったと思う。

でも、隣の国という近さは大きかった。

近いのに、知らない。

似ている部分もありそうなのに、違う。

その距離感が面白かった。

海外と聞くと、アメリカやヨーロッパのような遠い国を想像しがちだけれど、韓国はもっと現実的な距離にあった。

飛行機に乗れば行ける。

文化もまったく別世界というほど遠くはない。

でも、言葉も街の雰囲気も人の感覚も違う。

その「近くて遠い感じ」に興味があったのだと思う。

そして何より、ネットなら実際に話せるかもしれない。

日本にいながら、韓国の人と知り合えるかもしれない。

そう思うと、かなりワクワクした。

当時のネットには、そういう開拓感があった。

NETOMOという交流サイト

そこで使い始めたのが、NETOMOだった。

ネトモ。

記憶では、韓国の人が作った交流サイトだったと思う。

当時としては、かなり珍しい場所だった。

何が珍しいかというと、とにかく韓国人ユーザーが多かった。

しかも、日本人に対してかなりフレンドリーな人が多い印象だった。

今みたいにSNSが当たり前ではない時代。

XもInstagramもない。

LINEもない。

KakaoTalkもまだ身近ではない。

そんな時代に、海外の人と気軽につながれる場所は限られていた。

その中で、NETOMOはかなり貴重だった。

普通に掲示板があり、チャットがあり、プロフィールがあり、ユーザー同士が交流できる。

今なら、国際交流アプリやSNSで似たようなことはできるかもしれない。

でも当時は、それだけでかなり新鮮だった。

しかも韓国の人が多い。

日本語で書いても何とかなる。

それが大きかった。

「海外交流」と聞くと難しそうに感じるけれど、NETOMOはそのハードルをかなり下げてくれた。

韓国人ユーザーがとにかく多かった

NETOMOを使っていて驚いたのは、韓国人ユーザーの多さだった。

本当に多かった。

掲示板を見ても、チャットを見ても、韓国の人がたくさんいる。

しかも、かなりアクティブだった。

今の感覚で考えると、

「本当にそんなに反応があったの?」

と思うかもしれない。

でも当時は、そういう勢いがあった。

ネットで日本人と話してみたい。

日本の友達を作りたい。

そう思っていた韓国の人が多かったのかもしれない。

自分にとっても、韓国の人と直接やり取りできることは新鮮だった。

しかも相手は同年代の女性が多かった。

大学生くらいの人もいたし、若い人が多かった印象がある。

日本に興味がある人。

日本語を勉強している人。

日本の文化に興味がある人。

そういう人たちと、気軽にやり取りできた。

これが楽しくないわけがない。

海外交流といっても、最初から難しい話をするわけではない。

趣味。

学校。

日常。

好きな音楽。

日本と韓国の違い。

そういう話から始まる。

それが面白かった。

掲示板に書くだけで30通くらいメールが来た

試しに、掲示板で友達募集をしてみたことがある。

すると、かなり驚いた。

30通くらいメールが来た。

いや、ちょっと多すぎる。

今だったら、まず疑う。

「本当に人間か?」

「業者じゃないか?」

「何かの勧誘じゃないか?」

そう思うかもしれない。

でも当時は、普通に成立していた。

しかも、ほとんどが韓国人女性だった。

これは今思い出しても、なかなかすごい。

当時の自分が特別モテていた、という話ではないと思う。

たぶん、サイト全体の空気がそうだった。

日本人と交流したい韓国の人が多かった。

そして、NETOMOという場所に人が集まっていた。

だから、掲示板に投稿するだけで多くの反応があったのだと思う。

もちろん、一通一通すべてと長く続くわけではない。

最初だけのやり取りで終わることもある。

途中で自然に途切れることもある。

それでも、海外の人から一気にメールが来る体験は、かなり印象に残っている。

ネットって本当にすごいなと思った。

メールだけではなくチャットもすごかった

NETOMOで面白かったのは、メールだけではなかった。

チャットもかなり活発だった。

次から次へと人が入ってくる。

常に誰かと話している状態。

一対一のチャットもあれば、グループチャットのような形もあった。

これがまた面白い。

チャットルームに入ると、そこに韓国の人たちがいる。

日本人は自分だけ、という状況もあった。

気づいたら、自分以外全員韓国人女性。

そんなこともあった。

今考えると、少し出来すぎている。

漫画みたいである。

でも当時は、それが普通に起きていた。

もちろん、会話はスムーズなことばかりではない。

文化の違いもある。

言葉の壁もある。

翻訳のズレもある。

でも、それも含めて楽しかった。

チャットというのは、リアルタイムで反応が返ってくる。

メールよりもテンポが速い。

その場で会話が進む。

海外の人とリアルタイムで話している。

この感覚は、当時かなり刺激的だった。

自分以外全員韓国人女性という不思議な状況

チャットで印象に残っているのが、自分以外全員韓国人女性という状況だった。

冷静に考えると、なかなか不思議である。

日本の自宅でパソコンの前に座っている自分。

画面の向こうには韓国の人たち。

しかもみんな女性。

その中で自分だけ日本人男性。

今なら、かなり身構えるかもしれない。

でも当時は、ただただ面白かった。

「こんなことあるんだ」

と思いながらチャットしていた。

相手も日本に興味を持ってくれている。

こちらも韓国に興味がある。

お互いに、相手の国のことを知りたい。

そういう空気があった。

もちろん、会話の内容はそこまで深刻なものばかりではない。

日常の話。

学校の話。

日本のどこに住んでいるのか。

韓国に来たことがあるのか。

好きな食べ物は何か。

そういう普通の話が多かったと思う。

でも、その普通の話を国境を越えてしていることが面白かった。

今なら珍しくないかもしれない。

でも当時は、かなり特別だった。

NETOMOの自動翻訳機能がすごかった

NETOMOがすごかったのは、自動翻訳機能があったことだ。

これが本当に大きかった。

日本語で書いた文章が韓国語に変換される。

相手の韓国語も日本語に変換される。

今でこそ、自動翻訳はかなり身近になった。

スマホでも翻訳できる。

ブラウザでも翻訳できる。

AI翻訳もある。

でも当時は、そんなに便利な時代ではなかった。

海外の人とやり取りするには、基本的に英語が必要という感覚があった。

英語ができなければ厳しい。

韓国語なんて、なおさら分からない。

でもNETOMOでは、自動翻訳があった。

これが革命的だった。

英語がいらない。

韓国語が分からなくても会話できる。

もちろん翻訳の精度は完璧ではなかったと思う。

変な日本語になることもあった。

意味が少しズレることもあった。

でも、それでも会話はできた。

この「とりあえず会話できる」ということが大事だった。

言葉の壁が一気に低くなった。

英語がいらない海外交流の衝撃

海外交流と聞くと、当時の自分には英語の壁があった。

英語ができないと、外国人とはまともに話せない。

そう思っていた。

でもNETOMOは違った。

日本語で書けば、相手に韓国語で届く。

相手の韓国語も、日本語で読める。

これによって、海外交流のハードルが一気に下がった。

英語がいらない。

これは本当に大きかった。

もちろん、翻訳された文章なので、細かいニュアンスまでは伝わらない。

冗談が変に訳されることもある。

意味が通じているのか不安になることもある。

それでも、会話ができる。

これだけで十分すごかった。

言葉が完璧に分からなくても、人とつながれる。

相手が何を言っているのか、だいたい分かる。

こちらの言いたいことも、だいたい伝わる。

この「だいたい」が大事だった。

完璧ではないけれど、つながれる。

ネットの面白さは、そこにあった気がする。

NETOMOの自動翻訳は、今思えばかなり先を行っていた機能だった。

翻訳のズレも含めて楽しかった

自動翻訳は便利だったけれど、当然完璧ではなかった。

変な訳になることもある。

ちょっと意味がズレることもある。

相手の言っていることが、妙に不自然な日本語になることもある。

こちらの日本語も、韓国語では変な表現になっていたかもしれない。

でも、それも含めて楽しかった。

「これ、どういう意味だろう」

と思いながら読み解く。

相手に聞き返す。

もう一度、簡単な言葉で書く。

そうやって会話を続ける。

今のように、自然な翻訳が当たり前の時代ではなかったからこそ、少しのズレも笑いになった。

むしろ、そのズレのおかげで会話が盛り上がることもあった。

言葉が完全に通じないからこそ、相手に伝えようと工夫する。

短い文章にする。

分かりやすく書く。

難しい言い回しを避ける。

これは、メールやチャットの良い練習にもなっていたのかもしれない。

外国語ができなくても、相手とやり取りしたい。

その気持ちが先にあった。

NETOMOは、それを支えてくれた場所だった。

ネットだけで終わらなかったつながり

NETOMOでの交流は、ネットだけで終わらなかった。

実際に会うところまで行った。

これも今思うと、かなり大きな出来事だった。

ネットで知り合った韓国の人と、実際に韓国で会う。

当時の自分にとっては、かなりの冒険だった。

もちろん、いきなり誰かに会いに行くというより、韓国旅行の中で現地の知り合いと会う形だった。

それでも、ネットのつながりが現実につながった瞬間だった。

画面の向こうにいた人が、目の前にいる。

メールやチャットで話していた人が、実際に歩いていて、話していて、笑っている。

これは不思議な感覚だった。

初対面なのに、完全な初対面ではない。

すでに何度もやり取りをしているから、関係が少しできている。

だから会っても、どこか安心感がある。

この感覚は、Yahooゲームのオフ会にも近い。

ネット上で共有した時間は、リアルでもちゃんと効いていた。

韓国旅行で実際に会った人たち

韓国旅行に行ったとき、現地で知り合った人と会うことができた。

この話は、別の旅ログでもしっかり書いていきたいと思っている。

ネットで知り合った人と海外で会う。

今なら、もっといろいろ準備すると思う。

場所も確認する。

連絡手段も確保する。

安全面も考える。

でも当時は、今より少し勢いがあった。

言葉もそこまで分からない。

土地勘もない。

それでも会ってみたい。

その気持ちが強かった。

韓国で現地の人と会ったことで、旅の印象はかなり変わった。

観光地を見るだけでは分からないことがある。

ガイドブックには載っていない空気がある。

現地の人と話すことで、街が少し近くなる。

自分にとって韓国旅行が印象に残っているのは、ただ海外へ行ったからではなく、ネットで知り合った人と実際に会えたからでもあると思う。

すでに関係ができているから会える

ネットで知り合った人と実際に会うとき、不思議なのは、初対面なのに初対面ではないことだ。

これは本当に何度も感じた。

NETOMOで知り合った韓国の人たちもそうだった。

メールやチャットでやり取りしている。

相手の雰囲気を少し知っている。

どんな話し方をするのか。

何に興味があるのか。

どんな距離感なのか。

そういうものが、文章から少しずつ伝わっている。

だから、実際に会っても完全なゼロからではない。

もちろん緊張はする。

海外で会うなら、なおさら緊張する。

でも、すでに関係ができているから会える。

これはネットの不思議な力だった。

顔を知らないままでも、人は文章で関係を作ることができる。

毎日のようにやり取りすれば、ちゃんと知り合いになる。

リアルで会ったとき、その積み重ねが効いてくる。

今では当たり前に思えるかもしれない。

でも当時の自分には、とても新鮮だった。

今では考えにくい出会いやすさ

今と比べると、当時はかなり出会いやすかった気がする。

もちろん、自分の体感でしかない。

でも、そう感じる。

今はSNSやアプリがたくさんある。

国際交流アプリもある。

翻訳機能も便利になっている。

それだけ見ると、今の方が圧倒的に簡単に見える。

でも実際には、今の方が慎重になっている部分もあると思う。

相手が本物かどうか。

業者ではないか。

詐称ではないか。

危険はないか。

そういうことを考える必要がある。

当時は、今ほど整備されていなかったぶん、もっとシンプルだった。

掲示板に書く。

メールが来る。

チャットする。

仲良くなる。

会う。

この流れが自然だった。

しかも、それが国境を越えて起きていた。

今思うと、かなりすごい。

ネットがまだ開拓されている途中だったからこそ、できた出会いだったのかもしれない。

便利さだけでは説明できない、あの時代独特の勢いがあった。

NETOMOはかなり画期的なサービスだった

振り返ってみると、NETOMOはかなり画期的なサービスだったと思う。

外国人と簡単につながれる。

掲示板がある。

チャットがある。

ユーザーが活発。

そして自動翻訳がある。

今でも通用しそうな要素が揃っていた。

特に自動翻訳は大きかった。

英語ができなくても、韓国語が分からなくても、交流できる。

これは当時としてはかなり先を行っていたと思う。

今なら、AI翻訳やリアルタイム翻訳がかなり進んでいる。

でも、その前の時代に、海外交流のハードルを下げていた場所があった。

それが自分にとってのNETOMOだった。

もちろん、今見たら古い部分も多いと思う。

デザインも機能も、今のサービスとは比べものにならないかもしれない。

でも、当時の自分にとっては十分すぎるほど新しかった。

ネットで海外とつながる。

その楽しさを教えてくれたサイトだった。

ネットがまだ開拓途中だった時代

あの頃のネットには、開拓途中の空気があった。

今のように何でも整っているわけではない。

検索も今ほど賢くない。

SNSもない。

スマホもない。

翻訳も不完全。

でも、そこにワクワクがあった。

自分で探す。

登録する。

掲示板に書く。

メールを待つ。

チャットに入る。

知らない人と話す。

ときには海外の人とつながる。

全部が少し冒険だった。

NETOMOで韓国の人たちと交流していた時間も、その一部だった。

掲示板に書けばメールが来る。

チャットに入れば誰かがいる。

翻訳を使えば何とか話せる。

実際に旅行先で会うこともできる。

今考えると、かなり濃い経験だった。

便利さだけではなく、不便さも含めてネットだった。

そして、その不便さの中で、人とつながることが楽しかった。

まとめ

大学時代、メル友文化から始まったネットでの出会いは、NETOMOを通じて海外へ広がっていきました。

NETOMOでは韓国人ユーザーが多く、掲示板に友達募集を書くだけで30通くらいメールが来たこともあります。

チャットも活発で、自分以外全員韓国人女性という不思議な状況になることもありました。

特に印象的だったのは、自動翻訳機能です。

日本語と韓国語を変換してくれたおかげで、英語や韓国語ができなくても交流できました。

そして、そのつながりはネットだけで終わらず、実際に韓国旅行で現地の人と会うところまで広がっていきました。

今ではもっと便利なサービスがたくさんあります。

でも、あの頃のNETOMOには、ネットがまだ開拓途中だった時代ならではの勢いとワクワクがありました。

韓国で実際に会った話は、また旅ログとしてしっかり残していきたいと思います。

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