日々の気づき・生活

大学時代のアルバイト|塾講師と寺の駐車場

2026年4月20日

大学生って、何をして過ごすかで、その後の記憶がけっこう変わる気がする。

もちろん勉強は大事。

大学に行っている以上、本来はそこがメインのはず。

でも実際の大学生活って、勉強だけでできているわけではない。

友人と遊ぶ。

授業を受ける。

研究室に行く。

ネットゲームにハマる。

チャットをする。

変な時間まで起きる。

そして、アルバイトをする。

このあたりが全部混ざって、大学時代というものができている気がする。

自分の場合も、そこまで計画的に動いていたわけではなかった。

「将来のためにこの経験を積もう」

みたいな意識が強かったわけでもない。

むしろ、その時その時で流れに乗っていた感じがある。

でも今振り返ると、大学時代にやっていたアルバイトは、どれもそれなりにクセがあった。

塾講師。

寺の駐車場管理。

ものつくり大学での講師補佐。

こうやって並べると、なかなか統一感がない。

コンビニでも飲食店でもない。

王道から少し外れたラインナップである。

でも、どれも自分にとってはいい経験だった。

お金を稼ぐためだけではなく、人を見る経験、教える経験、地元を感じる経験、朝早くから遠くへ向かう経験。

今思えば、大学時代のアルバイトは、社会に出る前のちょっとした練習みたいなものだったのかもしれない。

大学生は何をして過ごすのか

大学生の時間というのは、かなり自由度が高い。

もちろん授業はある。

課題もある。

試験もある。

研究室に入れば、研究や卒論もある。

でも高校までと比べると、自分で時間を選ぶ場面が一気に増える。

その時間をどう使うか。

遊ぶのか。

勉強するのか。

バイトするのか。

家で寝るのか。

ネットゲームをするのか。

当時の自分は、わりといろいろやっていた気がする。

ものすごく勉強熱心だったかと言われると、そこは少し怪しい。

いや、かなり怪しい。

でも、パソコンやネットにはかなり触れていたし、アルバイトもそれなりにしていた。

大学生のアルバイトは、ただお金を稼ぐだけではない。

社会人ほど責任は重くない。

でも、ちゃんと働く経験にはなる。

時間を守る。

人と接する。

お金をもらう。

自分の役割を果たす。

こういう基本的なことを、少しずつ覚えていく場所だったと思う。

今ならもっと意識してバイトを選んだかもしれない。

でも当時は、そこまで深く考えていなかった。

それでも、結果的にはそれなりに面白い経験になった。

メインは明光義塾の塾講師

大学時代に一番長くやっていたアルバイトは、明光義塾の塾講師だった。

当時の時給は、たしか1200円くらいだったと思う。

大学生のアルバイトとしては、悪くない金額だった。

コンビニや飲食店より少し高めだったような気がする。

もちろん、その分責任もある。

生徒に勉強を教えるわけだから、ただ座っていればいいわけではない。

分からないところを説明する。

問題を解かせる。

解説する。

宿題の確認をする。

時には、生徒のやる気のなさと向き合う。

これがなかなか大変だった。

担当していたのは、小学5年生くらいから高校1年生くらいまで。

科目は主に、算数、数学、英語、理科。

理科の中でも物理寄りの内容を教えることが多かった。

自分は理系だったので、どちらかというと数学や物理のほうが担当しやすかった。

英語も教えていたけれど、やっぱり自分としては数字や式が出てくる科目のほうが安心感があった。

塾講師というと、少し知的なバイトに見える。

実際、周りからもそう見られることがある。

でも中に入ると、けっこう泥くさい。

生徒によって理解度もやる気も全然違う。

同じ説明をしても、すぐ分かる子もいれば、まったく伝わらない子もいる。

そこで初めて、

「教えるって難しいな」

と思った。

高校生を教えるのが一番大変だった

塾講師をやっていて、一番大変だったのは高校生を教えることだった。

これは今でもよく覚えている。

小学生や中学生は、まだ素直な部分がある。

もちろん全員がそうではない。

集中しない子もいるし、宿題をやってこない子もいる。

でも、こちらが説明すると、わりとそのまま聞いてくれることが多かった。

一方で、高校生になると少し違う。

理解しているふりをする。

プライドがある。

分からないと言いたくない。

やる気に波がある。

そして内容も普通に難しい。

これがきつい。

高校数学や物理になると、教える側もちゃんと理解していないと説明できない。

なんとなく解けるだけでは足りない。

なぜそうなるのか。

どこでつまずいているのか。

どう説明すれば伝わるのか。

そこまで考える必要がある。

正直、

「これ、自分もちゃんと復習しないと無理だな」

と思うこともあった。

教える側なのに、自分も勉強する。

これは塾講師あるあるかもしれない。

生徒に質問されて、すぐに答えられないと焦る。

もちろん、適当にごまかすわけにはいかない。

分からないところは確認して、きちんと説明する。

そのために、自分も教材を見直す。

大学生バイトとはいえ、教える立場になると、それなりの準備や責任感が必要だった。

教えることは、自分が理解することでもあった

塾講師をやって一番感じたのは、自分が分かっていることと、相手に分かるように伝えることはまったく別だということだった。

これは本当に大きかった。

自分が問題を解ける。

それと、生徒に解き方を説明できる。

この二つは違う。

自分の中では当たり前に処理していることでも、生徒からするとそこが分からない。

「なんでここでこの式になるの?」

「どうしてこの単語を使うの?」

「この問題、何を聞かれてるの?」

そう聞かれると、自分も改めて考えることになる。

最初は、

「なんで分からないんだろう」

と思うこともあった。

でも、それはかなり雑な考え方だったと思う。

自分だって、最初から分かっていたわけではない。

誰かに教えてもらったり、何度も問題を解いたりして、少しずつ分かるようになったはず。

そう考えると、生徒が分からないことにも理由がある。

説明の仕方を変える。

例えを変える。

問題を小さく分ける。

一緒に途中まで解く。

そうやって少しずつ工夫するようになった。

そして、生徒が「分かった」と言ってくれたときは、普通にうれしかった。

バイトではあるけれど、ちゃんとやりがいはあった。

塾のメンバーは個性が強かった

当時の塾のメンバーも、なかなか印象に残っている。

構成としては、塾長がご年配の男性。

そこにリーダー的な女性が一人。

大学生バイトの男性が自分を含めて3人。

大学生バイトの女性が2人。

合計7人くらいだったと思う。

規模としてはそこまで大きくない。

だからこそ、距離は近かった。

大きな職場ではないので、お互いの雰囲気もよく分かる。

その中でも特にインパクトがあったのが、リーダー的な女性だった。

いわゆる昔でいうヤンキー系。

見た目も雰囲気も、完全にそっち寄りだった。

飲み屋で遊んでいそうなタイプ。

正直、最初はちょっと怖かった。

大学生の自分からすると、

「この人、怒らせたらまずそうだな」

という空気があった。

でも、仕事はちゃんとしていた。

生徒への対応もしっかりしていたし、塾の中での役割もきちんと果たしていた。

見た目だけで判断してはいけない。

これは、かなり分かりやすい社会勉強だったと思う。

人は見た目だけでは分からない。

雰囲気が強めでも、仕事ができる人はできる。

逆に、見た目が真面目そうでも、仕事が雑な人もいる。

大学生のバイトとはいえ、こういう人間観察もけっこう勉強になった。

塾講師で学んだ人との向き合い方

塾講師は、ただ勉強を教えるだけの仕事ではなかった。

生徒によって性格が違う。

理解度も違う。

やる気も違う。

家庭の雰囲気も違う。

同じ学年でも、全然違う。

だから、全員に同じやり方で教えてもうまくいかない。

ぐいぐい進めたほうがいい子もいれば、ゆっくり確認しながら進めたほうがいい子もいる。

褒めると伸びる子もいれば、少し厳しく言わないと動かない子もいる。

その見極めが難しかった。

もちろん、大学生バイトの自分に完璧な対応ができていたとは思わない。

むしろ、今思えば未熟だったところも多い。

でも、そのときなりに考えていた。

どうすれば分かるか。

どうすれば集中するか。

どうすれば嫌にならずに続けられるか。

この経験は、その後の仕事にも少しつながっている気がする。

仕事でも、人に説明する場面はある。

相手に合わせて伝える必要がある。

自分だけ分かっていても意味がない。

塾講師のバイトは、そういう基本を教えてくれた気がする。

年末限定、寺の駐車場バイト

塾講師以外にも、単発のバイトをしたことがある。

その一つが、地元の塩船観音寺での駐車場管理だった。

たしか大学1年のときだったと思う。

年末か年始に近い時期だった記憶がある。

朝7時からのスタート。

時給は1000円未満だったと思う。

条件だけ見ると、そこまで良いバイトではない。

朝は早い。

寒い。

時給も高くない。

でも、これが意外と楽しかった。

仕事内容は、駐車場の誘導。

車が来たら案内する。

混んできたら整理する。

参拝に来る人の流れを見ながら動く。

ピークの時間帯は確かにバタバタする。

でも、ずっと忙しいわけではない。

落ち着いている時間もある。

そして、その落ち着いた時間に何をしていたか。

焚き火である。

これが妙に良かった。

ほぼ焚き火していた時間

寒い時期だったので、みんなで火に当たりながら過ごしていた。

バイトなのに、どこかアウトドア感があった。

駐車場の誘導というより、半分くらい焚き火の記憶である。

いや、ちゃんと仕事はしていた。

車が来れば誘導する。

必要なときは動く。

でも、落ち着いている時間は火に当たる。

これが妙に心地よかった。

寒い朝。

外の空気。

寺の雰囲気。

焚き火の暖かさ。

なんだか少し特別な時間だった。

普通のバイトとは違う。

コンビニのレジや飲食店の厨房とはまた違う。

寺の駐車場で、火に当たりながら車を誘導する。

なかなか珍しい経験である。

大学生のアルバイトとしては、かなり地元感が強かった。

お金を稼ぐという意味ではそこまで大きくない。

でも記憶には残っている。

こういうバイトは、条件の良し悪しだけでは測れないところがある。

地元ならではの再会があった

このバイトで印象に残っているのが、知り合いに会ったことだった。

中学校は違うけれど、同じ市内で塾に通っていた人と偶然再会した。

「あれ?久しぶりじゃん」

みたいな感じである。

こういうのは地元ならではだと思う。

普段は会わない。

でも、同じ地域のイベントや寺、駅前、スーパーなどで、ふと知り合いに会う。

地元というのは、そういう距離感がある。

寺の駐車場バイトは、単なる仕事というより、ちょっとした地元イベントの一部みたいな感じだった。

参拝に来る人たち。

地元の人。

知り合い。

バイト仲間。

寒い中の焚き火。

全部が混ざって、少し不思議な空気だった。

今思うと、かなり良い経験だった。

時給だけで考えれば、もっと効率の良いバイトはあったと思う。

でも、あの地元感や焚き火の記憶は、他のバイトではなかなか得られない。

大学時代のバイトには、こういう偶然の面白さがあった。

大学4年で講師補佐のバイト

もう一つ、少し変わったバイトがある。

大学4年生のときに、教授の紹介で「ものつくり大学」で講師補佐として働くことになった。

正直、自分でも、

「なんで自分が?」

と思った。

塾講師の経験はあった。

情報系の勉強もしていた。

でも、大学で講師補佐という響きは、少し立派すぎる。

自分にそんな役割が務まるのか。

そう思った記憶がある。

働き方としては、週1回の土曜日。

毎週土曜日に現地へ向かう。

場所は行田市の方で、駅からさらにバス。

これが遠かった。

とにかく遠かった。

朝はほぼ始発。

眠い。

大学生の土曜日に、ほぼ始発で起きて遠くへ向かう。

今考えても、なかなか頑張っていたと思う。

ただ、授業自体は昼くらいには終わる。

だから拘束時間そのものは、そこまで長くはなかった。

問題は移動である。

移動時間が一番きつかった。

土曜の朝ほぼ始発はきつい

大学生にとって、土曜日の朝は貴重である。

できれば寝ていたい。

前日の夜に何かしていれば、なおさら寝ていたい。

それなのに、ほぼ始発で出発。

これはなかなかきつい。

電車に乗って、行田市の方まで向かう。

そこからさらにバス。

移動だけでかなり時間を使う。

授業を手伝う前に、すでに少し疲れている。

これが正直なところだった。

でも、バイトなので行く。

教授の紹介でもある。

簡単に休むわけにはいかない。

こういうところで、少し社会人に近い感覚を学んだ気もする。

やると決めたら行く。

朝が早くても行く。

遠くても行く。

眠くても行く。

当たり前のことだけど、大学生の自分にはそれなりに大変だった。

今の会社員生活から考えると、始発に近い時間に動くこと自体は珍しくないかもしれない。

でも当時の自分には、けっこうなイベントだった。

友人2人と一緒だったのが救い

この講師補佐のバイトは、同じ研究室の友人2人と一緒だった。

これはかなり大きかった。

もし一人だったら、たぶんもっとしんどかったと思う。

朝早い。

場所が遠い。

知らない環境。

仕事内容も少し特殊。

それを一人でやるのは、なかなか気が重い。

でも友人が一緒なら、かなり気持ちが楽になる。

移動中に話せる。

現地でも知っている人がいる。

分からないことがあっても相談できる。

バイトが終わったあとも、帰り道を一緒に過ごせる。

これだけで全然違う。

アルバイトは仕事内容や時給も大事だけど、一緒に働く人もかなり大事だと思う。

どんなに条件が良くても、人間関係がきついと続かない。

逆に多少大変でも、一緒にいる人がよければ何とかなることもある。

ものつくり大学の講師補佐は、まさに友人と一緒だったから続けられたバイトだったと思う。

バイト代はそこそこ、でも距離がきつかった

講師補佐のバイト代は、そこそこ出ていたと思う。

交通費も支給されていたので、その点はありがたかった。

教授の紹介ということもあり、普通のバイトとは少し違う安心感もあった。

ただ、正直な感想としては、

距離が一番きつかった。

これに尽きる。

仕事内容そのものがものすごく大変だったかというと、そこまでではなかった。

もちろん責任はある。

講師補佐なので、授業のサポートをする。

学生を見る。

必要なところを手伝う。

自分なりに役割を果たす必要はある。

でも、肉体的に一番きつかったのはやっぱり移動だった。

朝早く出て、電車に乗り、バスに乗り、現地へ行く。

昼頃には終わるとはいえ、帰ってくる頃にはそれなりに疲れている。

土曜日の午前中を丸ごと使う感覚だった。

それでも、大学4年のときにこういうバイトを経験できたのは良かったと思う。

塾講師とはまた違う「教える側に近い立場」を経験できた。

それは少しだけ社会に近づいた感じがあった。

やりたかった王道バイトもある

大学時代、実はやってみたかったバイトもある。

コンビニ。

飲食店。

いわゆる王道バイトである。

でも結局、やらずに終わった。

タイミングもあった。

塾講師をやって、その流れで講師補佐のようなバイトもして、気づけば大学生活が進んでいた。

コンビニや飲食店は、経験しておいてもよかったなと思う。

レジ対応。

接客。

忙しい時間帯の厨房。

クレーム対応。

発注。

品出し。

そういう経験は、かなり社会勉強になったはずだ。

飲食店なら、チームで動く感覚も強かったと思う。

ピーク時の忙しさも味わえたかもしれない。

もちろん大変だったと思う。

でも一度くらいはやってみたかった。

少し心残りではある。

大学時代のバイトは、やったものだけでなく、やらなかったものにも記憶が残る。

「あれ、やっておけばよかったかな」

という思いも含めて、大学生活なのかもしれない。

どのバイトもクセがあった

改めて振り返ると、自分の大学時代のバイトは、どれも少しクセがあった。

明光義塾の塾講師。

塩船観音寺の駐車場管理。

ものつくり大学の講師補佐。

どれも、大学生バイトとしてはそこまで珍しすぎるわけではないかもしれない。

でも並べてみると、なかなか個性的だと思う。

塾では、生徒に勉強を教える難しさを知った。

寺の駐車場では、寒い中で焚き火に当たりながら地元感を味わった。

ものつくり大学では、朝早く遠くまで行き、講師補佐という少し変わった立場を経験した。

どれも、ものすごく稼げたわけではない。

時給だけで見れば、もっと良いバイトもあったかもしれない。

でも経験としては濃かった。

今でも覚えている場面がある。

塾のリーダー的な女性の雰囲気。

高校生を教える難しさ。

寺の焚き火。

地元の知り合いとの再会。

行田市方面への遠い移動。

こういう記憶は、なかなか消えない。

大学時代のバイトは社会に出る前の練習だった

大学時代のバイトは、社会に出る前の練習だったのかもしれない。

もちろん、本格的な社会人生活とは違う。

責任も違う。

働く時間も違う。

立場も違う。

でも、お金をもらって働くという意味では同じだ。

時間を守る。

役割を果たす。

人と関わる。

失敗する。

覚える。

工夫する。

そういう経験を、少しずつ積んでいたのだと思う。

塾講師では、人に説明することの難しさを知った。

寺のバイトでは、地元の中で働く面白さを知った。

講師補佐では、紹介で働く責任や、遠くまで通う大変さを知った。

どれも、当時はそこまで深く考えていなかった。

でも今振り返ると、ちゃんと意味

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