更新が遅れた理由と、今回書く意味
少し更新が遅れてしまいました。
理由は、正直に言うと、書くかどうか迷っていたからです。
30日は、体外受精の判定日でした。
結果から言うと、今回は残念な結果でした。
陰性でした。
こういうことを書くのは、やっぱり少し勇気がいります。
読んでいる側も気を使うかもしれないし、どうしても内容が重くなります。
明るいお出かけ記事や、美味しかったカレーの話とは違います。
いや、カレーの話なら何杯でも書けるんですけどね。
今回はそういうわけにはいきません。
体外受精の判定日。
陰性という結果。
妻の気持ち。
自分の気持ち。
これからどうするか。
どれも軽い話ではありません。
それなら、あえて書かない方がいいのではないかとも思いました。
自分たちの中だけにしまっておいてもいい話です。
わざわざブログに残さなくてもいい。
そう考えた時間もありました。
でも、やっぱり書いておこうと思いました。
うまくいった時だけを書くのではなく、うまくいかなかった時も記録する。
それが、自分のブログらしい気がしたからです。
体外受精や不妊治療は、きれいな結果だけで進んでいくものではありません。
期待して、待って、結果を聞いて、落ち込んで、それでもまた考える。
そういう現実があります。
その現実も含めて残しておくことに意味があると思いました。
後から振り返った時に、
「あの時、自分はこう感じていたんだ」
と思えるように。
そして、もし同じような状況の人が読んだ時に、
「こういう気持ちになる人もいるんだな」
と思ってもらえるかもしれない。
そんな気持ちで書いています。
判定日前の数日間は静かに落ち着かなかった
判定日が近づくにつれて、なんとも言えない時間が続きました。
何か大きな出来事が毎日あるわけではありません。
普通に生活しています。
ご飯を食べる。
仕事をする。
家に帰る。
寝る。
また朝が来る。
日常はいつも通り進んでいきます。
でも、頭のどこかにずっと判定日のことがあります。
「もしかしたら、うまくいっているかもしれない」
そう思う瞬間があります。
でもすぐに、
「いや、今回はダメかもしれない」
とも思う。
期待と不安が、ずっと交互にやってくる感じです。
期待しすぎると怖い。
でも期待しないなんて無理です。
ここまで通院して、薬も使って、胚移植もして、判定日まで来ています。
何も感じないわけがありません。
できるだけ普段通りに過ごそうとは思っていました。
でも、完全に気持ちを切り離すことはできませんでした。
そしてこれは、おそらく自分以上に妻の方が強く感じていたはずです。
体の変化も含めて、全部を自分ごととして受け止めているのは妻の方です。
薬の影響もある。
体調の変化もある。
期待も不安も、自分よりずっと近い場所で感じていたと思います。
そう考えると、自分の不安なんてまだ軽い方なのかもしれません。
もちろん、自分も当事者です。
でも、体の負担を直接受けている妻とは違います。
その違いを忘れてはいけないなと思いました。
判定日当日の朝はいつも通りのようで違った
判定日当日の朝。
特別なことをしたわけではありません。
いつも通り起きて、いつも通りの朝を過ごす。
そのはずでした。
でも、気持ちは明らかにいつもと違いました。
落ち着かない。
そわそわする。
変に時間を気にする。
何をしていても、
「今日で結果が出る」
という事実が、じわじわ重くのしかかってきます。
こういう日は、何をしていても意識がそちらに引っ張られます。
仕事をしていても、ふと考える。
移動していても、時計を見る。
スマホを見る。
通知を気にする。
落ち着こうとしても、完全には無理です。
「普段通りでいよう」
と思えば思うほど、普段通りではないことに気づきます。
この感覚は、なかなか言葉にしにくいです。
ものすごく激しく不安というわけではない。
でも、心の奥にずっと重りがある。
そんな感じでした。
そして妻は、これをもっと強く感じていたはずです。
自分は外で待つ側。
妻は結果を直接聞く側。
この違いは大きいです。
クリニックの外で待つしかなかった
クリニックに到着しました。
ここで改めて感じたのが、
「男性は中に入れない」
という現実です。
妻は中へ。
自分は外で待機。
一緒に結果を聞くことはできません。
これは事前に分かっていたことです。
分かっていたはずなんです。
でも、実際にその場になると、やっぱり少し違いました。
ただ外で待つだけ。
本当にそれだけです。
何か手続きをするわけでもない。
診察室に入るわけでもない。
先生の話を一緒に聞くわけでもない。
ただ、外で待つ。
それだけなのに、その時間が妙に重く感じました。
中で何が行われているのか分かりません。
検査が終わったのか。
結果を待っているのか。
もう医師から話を聞いているのか。
妻が今どんな表情でいるのか。
何も分かりません。
外にいる自分には、想像することしかできませんでした。
この「分からないまま待つ」という時間は、なかなかしんどいです。
でも、それでも自分は待つ側です。
本当に結果を受け止める瞬間にいるのは妻です。
そのことを考えると、自分が落ち着かないなんて言っている場合ではないのかもしれません。
待つ側と結果を聞く側の違い
外で待っていて、強く感じたことがあります。
一番そわそわしているのは、間違いなく妻の方だろう。
ということです。
自分は結果を待つ側です。
でも妻は、その結果を一人で聞く側です。
この違いは大きいと思いました。
診察室に入る瞬間の緊張。
医師から言葉を聞く瞬間の空気。
その場で結果を受け止める重さ。
これは、外で待っている自分には体験できません。
自分も落ち着きませんでした。
でも、それ以上に妻の方が大きな不安を抱えていたはずです。
そう考えると、
「ただ待っているだけでいいのか」
という気持ちにもなりました。
でも、できることは限られています。
男性側にできることは、本当に少ないです。
治療を代わることはできません。
薬の負担を代わることもできません。
判定の瞬間に同席することもできません。
できるのは、外で待つこと。
連絡を待つこと。
合流したら、一緒に帰ること。
話を聞くこと。
それくらいです。
それくらいしかできない。
でも、それくらいはちゃんとやりたい。
そう思っていました。
LINEを待ち続けた時間
今回は、結果をLINEで教えてもらう形でした。
だから、ひたすらスマホを見ていました。
通知が来ていないか。
メッセージが届いていないか。
何度も確認する。
でも、なかなか来ない。
この時間が、とにかく長く感じました。
普段なら数分なんてあっという間です。
スマホを見ていたら、10分くらいすぐ過ぎます。
どうでもいい動画やニュースを見ていたら、時間なんて溶けます。
でも、この時の数分は長い。
LINEの通知を待つ数分は、いつもの時間とは違いました。
スマホを見ても何も来ていない。
少し目を離す。
また見る。
まだ来ていない。
通知音が鳴った気がして確認する。
違う。
この繰り返しです。
そして同時に考えるのは、
「今、妻はどんな気持ちでいるんだろう」
ということでした。
結果を一人で聞いている時間。
その直後の気持ち。
陰性だった場合、その場でどう受け止めているのか。
陽性だった場合、どんな気持ちで連絡してくるのか。
考えても分からないのに、考えてしまいます。
待つしかない時間は、本当に長いです。
結果は陰性だった
そして、結果は陰性でした。
やはりショックはありました。
ここまで来ていたので、どこかで期待していました。
期待しすぎないようにと思っていても、期待していないわけではありません。
うまくいってほしい。
今回はもしかしたら。
そんな気持ちは、当然ありました。
だから陰性という結果を聞いた時、やっぱり落ち込みました。
ただ、不思議と完全に崩れる感じではありませんでした。
たぶん、どこかで覚悟していたからだと思います。
体外受精だからといって、必ずうまくいくわけではない。
一回で結果が出るとは限らない。
そういうことは、頭では分かっていました。
だから、どこかで最悪の結果も考えていたのだと思います。
そしてもう一つ。
自分だけの結果ではない、という意識がありました。
自分が落ち込むことよりも、妻がどう受け止めているかが気になりました。
妻は大丈夫だろうか。
どれくらいショックを受けているだろうか。
今、どんな表情をしているだろうか。
その方が気になっていました。
合流して顔を見て少し安心した
その後、妻と合流しました。
顔を見て、少し安心したのを覚えています。
結果は残念でした。
でも、顔を見られたことで、少し現実に戻れた気がしました。
LINEの文字だけでは分からないものがあります。
表情。
声の感じ。
歩き方。
空気。
合流して初めて分かることがあります。
そして同時に、やっぱり感じるのが温度差です。
自分も落ち込んでいます。
でも、妻の方がもっといろいろ感じているはずです。
体に薬を入れ、通院し、移植を受け、結果を一人で聞いたのは妻です。
その重さは、自分とは違います。
その場で多くを聞くわけではありませんでした。
でも、空気でなんとなく伝わってくるものがあります。
こういう時、何を言えばいいのかは本当に難しいです。
無理に励ますのも違う気がします。
「次があるよ」
と軽く言うのも違う。
もちろん次を考えることは大事です。
でも、その瞬間の落ち込みを無視して、前向きな言葉だけを出すのは違う気がしました。
かといって、何も言わないのも違う。
結局、自然に話せる範囲で話すことしかできませんでした。
こういう時に、気の利いたことを言える人間ではありません。
47歳になっても、こういう場面では言葉に困ります。
でも、言葉が足りなくても、そばにいることはできる。
それだけは意識していました。
二人で前に進むと決めた
少し落ち着いてから、二人で話しました。
今回の結果をどう受け止めるか。
これからどうするか。
結論は、とてもシンプルでした。
前向きにやっていこう。
この言葉だけ見ると、少しきれいごとのように聞こえるかもしれません。
でも、無理に明るくなるという意味ではありません。
落ち込んでいないわけではない。
ショックがないわけでもない。
ただ、ここで止まらない。
できることを続けていく。
それが今の自分たちにできることだと思いました。
体外受精は、精神的にも金銭的にも負担があります。
一回一回の結果に、どうしても気持ちが動きます。
今回のように陰性だと、やっぱりつらいです。
でも、ここで全部を終わりにするのではなく、次に進む。
それを二人で決めました。
もちろん、簡単ではありません。
次も必ずうまくいく保証はありません。
また期待して、また不安になって、また待つ時間が来ます。
それでも、今は進む方を選びたい。
そう思いました。
医師の言葉とこれからの進め方
先生からは、
「もう一度やってみましょう」
という話がありました。
そして、
「3回目になったら、その時に対策を考えましょう」
とのことでした。
段階的に進めていく、という考え方です。
この言葉を聞いて、少し現実的に受け止められた気がします。
特別な奇跡を期待するだけではなく、今できることを一つずつやる。
一回でうまくいかなかったから全部終わり、ではない。
もう一度やってみる。
その上で、必要になれば対策を考える。
医療としては、そういう進め方なのだと思います。
もちろん、こちらとしては毎回が大きいです。
気持ちも使います。
お金も使います。
時間も使います。
妻の体にも負担がかかります。
だから「もう一度」と言われても、簡単に軽く受け止められるわけではありません。
でも、先生の言葉には、淡々と次へ進む現実感がありました。
それは少し救いでもありました。
落ち込みながらも、次の道が見えている。
真っ暗ではない。
そう思えたのは大きかったです。
次は5月12日前後
次は5月12日前後とのこと。
思っているより早くやってきます。
今回の結果を引きずる時間は、あまりありません。
それが良いのか悪いのかは分かりません。
でも、今はそれでいいのかもしれないと思っています。
止まってしまうより、次に進む方がいい。
もちろん、気持ちの整理は必要です。
今回の陰性という結果を、何もなかったことにはできません。
でも、ずっとその場に立ち止まっていても、何も変わりません。
次がある。
次に向けて準備する。
体調を整える。
気持ちも少しずつ整える。
それが今の自分たちにできることです。
5月12日前後。
また新しい挑戦が始まります。
正直、不安はあります。
次もダメだったらどうしよう。
また妻がつらい思いをするのではないか。
お金のことは大丈夫か。
仕事との調整はどうなるか。
いろいろ考えてしまいます。
でも、それでも進むと決めたなら、今はその準備をするしかありません。
男性としてできることを考えた
今回、強く感じたのは、男性にできることは限られているということです。
でも、何もできないわけではありません。
これも同時に感じました。
できることは派手ではありません。
一緒に考えること。
話を聞くこと。
同じ方向を向くこと。
通院の日を覚えておくこと。
結果を一緒に受け止めること。
できるだけ余計なストレスを増やさないこと。
必要な時にそばにいること。
これくらいかもしれません。
でも、それでも意味はあると思っています。
少なくとも、
「一人ではない」
と思ってもらえること。
それが大事なのかもしれません。
妻が一人で結果を聞く時間は、どうしてもあります。
でも、その前後に一人にしないことはできます。
クリニックの外で待つこともできます。
合流して一緒に帰ることもできます。
結果を聞いて、これからどうするかを一緒に考えることもできます。
それが支えになっているかは分かりません。
自分では分かりません。
でも、自分にできることをしない理由にはなりません。
できることは限られている。
だからこそ、できることはやる。
今はそう考えています。
うまくいかなかった記録も残しておきたい
今回の結果は、残念でした。
正直、できれば良い報告を書きたかったです。
「陽性でした」
「ひとまず一歩進みました」
そんな記事を書けたら、どれだけよかったかと思います。
でも現実は陰性でした。
だから、そのまま書きます。
うまくいった時だけを書くと、ブログはきれいに見えるかもしれません。
でも、自分たちの記録としては、少し違う気がします。
不妊治療は、うまくいかなかった日も含めて不妊治療です。
判定日までの不安。
外で待つ時間。
LINEを待つ時間。
陰性という結果。
妻の気持ちを考える時間。
次に進むと決めたこと。
全部、今の自分たちの軌跡です。
だから、残しておきたい。
もちろん、すべてを細かく書く必要はありません。
書きたくないことまで無理に書く必要もない。
でも、自分が書ける範囲で、正直に残しておく。
それが今の自分のブログの形なのだと思います。
まとめ
30日は、体外受精の判定日でした。
結果は陰性。
今回は残念な結果でした。
正直、この内容を書くかどうか迷いました。
重い話になるし、読む人も気を使うかもしれない。
それでも、うまくいかなかった現実も含めて記録していくことに意味があると思い、書くことにしました。
判定日が近づくにつれて、静かな不安が続いていました。
「もしかしたらうまくいっているかもしれない」
「いや、今回はダメかもしれない」
その繰り返し。
日常生活を普通に過ごしているつもりでも、完全に気持ちを切り離すことはできませんでした。
当日、クリニックに到着すると、妻は中へ。
私は外で待機しました。
男性は中に入れず、一緒に結果を聞くことはできません。
事前に分かっていたことですが、実際にその場になると、やはり重く感じました。
今回は結果をLINEで教えてもらう形でした。
スマホを何度も確認し、通知を待つ時間はとても長く感じました。
でも、一番大きな不安を抱えていたのは妻だと思います。
自分は結果を待つ側。
妻は一人で結果を聞く側。
その違いは大きいです。
結果は陰性。
ショックはありました。
でも、完全に崩れる感じではありませんでした。
どこかで覚悟していたこともありますし、それ以上に妻がどう受け止めているかが気になっていました。
合流して妻の顔を見た時、少し安心しました。
その後、二人で話し、前向きにやっていこうという結論になりました。
無理に元気になるわけではありません。
でも、止まらない。
できることを続けていく。
先生からも、
「もう一度やってみましょう」
という話があり、
「3回目になったら、その時に対策を考えましょう」
とのことでした。
次は5月12日前後。
思っているより早く次の挑戦が来ます。
今回の結果を引きずる時間はあまりありません。
でも、止まってしまうより、次に進む方がいい。
今はそう思っています。
今回改めて感じたのは、男性にできることは限られているということです。
でも、何もできないわけではありません。
一緒に考えること。
話を聞くこと。
同じ方向を向くこと。
結果を一緒に受け止めること。
「一人ではない」と思ってもらえるように、そばにいること。
それくらいかもしれません。
でも、それが大事なのだと思います。
体外受精の判定日。
クリニックの外で待つ時間。
LINEを待つ時間。
陰性という結果。
どれも簡単ではありませんでした。
でも、その中で二人で前に進むと決めました。
焦らず。
自分たちのペースで。
できることを一つずつ。
また次の挑戦へ向かいます。
良い結果が出なかった日も、ちゃんと自分たちの一部です。
だから、ここに残しておきます。