胚移植の日が決まった
今日は、相方の不妊治療の通院日でした。
前回の通院から少し間が空いていたので、
「どうなっているかな」
と、朝からどこか落ち着かない気持ちがありました。
妊活の通院って、こちらが勝手に焦っても仕方ないのは分かっています。
分かっているんです。
でも、気になります。
何か進展はあるのか。
次はいつになるのか。
予定通り進めるのか。
薬はどうなるのか。
体の状態は大丈夫なのか。
自分が病院に行くわけではない時間でも、やっぱり頭のどこかに引っかかっています。
そして今回、動きがありました。
胚移植の日が決まりました。
ようやくここまで来たか、という感じです。
採卵があって、胚凍結があって、エストラーナテープが始まって、薬が増えて、通院があって。
一つ一つ進んできた結果として、ようやく胚移植の日程が決まった。
長かったような気もします。
でも、振り返るとあっという間だったような気もします。
この感覚、不思議です。
その時々では長く感じるんです。
次の通院までが長い。
結果を待つ時間が長い。
薬を続ける期間が長い。
どうなるか分からない時間が長い。
でも、ここまで来て振り返ると、
「あれ、もう胚移植まで来たのか」
とも思う。
不妊治療の時間って、普通の時間とは少し流れ方が違う気がします。
21日が胚移植、30日が判定日
スケジュールも、はっきりしてきました。
21日が胚移植。
30日が判定日。
この2つの日付が決まりました。
日付が決まると、急に現実感が出ます。
それまでは、
「次は胚移植に向けて準備」
という少しぼんやりした感覚でした。
でも、
「21日」
「30日」
と具体的な日が決まると、カレンダーの中に予定として入ってきます。
ただの数字ではありません。
その日を境に、自分たちの気持ちがまた大きく動くかもしれない。
そう思うと、少し緊張します。
21日に胚移植。
そこから30日の判定日まで、約1週間ちょっと。
たぶん、この期間が一番落ち着かない気がします。
期待もある。
不安もある。
考えすぎないようにしたい。
でも、考えないなんて無理です。
これはもう仕方ない。
「普通に過ごそう」
と思っても、普通が難しい。
仕事をしていても、ふと考えるかもしれません。
家にいても、カレンダーを見てしまうかもしれません。
食事をしていても、
「どうなるんだろう」
と思うかもしれません。
結果が出るまでの時間は、たぶん想像以上に長く感じると思います。
待つだけの時間って、地味にしんどいんですよね。
何かできるなら、まだ気が紛れます。
でも、この期間にできることは限られています。
だからこそ、余計に落ち着かないのかもしれません。
胚移植は平日の夜になった
胚移植の日程は、平日の夜になりました。
正直、仕事的には少し微妙な時間帯です。
平日の夜。
仕事が終わってから動く時間。
体力的にも、気持ち的にも、ちょっと重い時間帯です。
でも今回は、自分も行こうと思っています。
といっても、今回の病院では男性は院内に入ることができないようです。
だから、自分にできることは本当に限られています。
病院の近くで待つ。
終わったら一緒に帰る。
それくらいです。
正直、何か直接手伝えるわけではありません。
治療を受けるのは相方です。
薬を使っているのも相方です。
体に負担がかかるのも相方です。
自分は、近くで待つだけ。
それで何か変わるのかと言われると、分かりません。
でも、それでもいいかなと思っています。
何もしないよりは、ずっといい。
家で待っていることもできます。
「終わったら連絡して」
でも済むかもしれません。
実際、その方が仕事的には楽かもしれません。
でも今回は、近くにいたいと思いました。
院内に入れなくても、治療そのものに立ち会えなくても、終わったあとに一緒に帰ることはできる。
それくらいしかできないなら、それくらいはちゃんとやりたい。
そんな気持ちです。
男性側にできることは本当に少ない
不妊治療を進めていて思うのは、男性側にできることは本当に少ないということです。
もちろん、自分も当事者です。
以前、自分側の数値にも問題がありました。
精子の運動率が低く、顕微授精へ切り替えになったこともあります。
だから、無関係ではありません。
むしろ、しっかり関係しています。
でも、治療の多くは相方の体にかかっています。
通院する。
検査を受ける。
薬を使う。
貼り薬を貼る。
飲み薬を飲む。
体調の変化を感じる。
ホルモンの影響を受ける。
こういう負担の中心には、どうしても相方がいます。
自分が代われるなら代わりたい。
そう言うことはできます。
でも、実際には代われません。
これが何とももどかしいです。
自分にできることは限られています。
送り迎え。
近くで待つ。
話を聞く。
余計なストレスを増やさない。
なるべく家のことをやる。
必要なものを一緒に買いに行く。
予定を覚えておく。
言葉に気をつける。
書いてみると、どれも地味です。
でも、たぶんこういう地味なことしかできません。
そして、こういう地味なことが大事なのかもしれません。
大きなことはできない。
だからこそ、小さなことをちゃんとやる。
これしかない気がしています。
相方の負担は想像以上に大きい
今回あらためて感じたのは、相方の負担の大きさです。
薬もかなり多いようです。
飲み薬。
貼り薬。
いろいろあります。
前にも書きましたが、ホルモン系の薬は地味にしんどいと思います。
体調だけではなく、気持ちにも影響が出ることがあるはずです。
自分はその薬を使っているわけではありません。
だから、完全には分かりません。
でも、話を聞いているだけでも、これは大変だろうなと思います。
薬を決まった通りに使う。
貼り薬を貼り替える。
剥がれないように気をつける。
飲み忘れないようにする。
体調の変化を気にする。
次の通院日を意識する。
普通の生活を送りながら、これを続ける。
かなり大変です。
しかも、ただ薬を使えば必ず結果が出るというものでもありません。
頑張っても、結果は分からない。
ここが本当にきついところだと思います。
努力が必ず報われるわけではない。
でも、努力しないと前に進めない。
不妊治療は、この矛盾の中を歩いている感じがします。
相方は、その負担を受けながら進めています。
正直、自分にはできないことだなと思います。
だからこそ、もっとちゃんと支えないといけない。
そう思います。
……思います。
でも、実際に毎回ちゃんとできているかというと、自信はありません。
余計なことを言ってしまうこともある。
気づかないうちに負担を増やしていることもあるかもしれない。
そこは本当に気をつけたいです。
病院はかなり混んでいたらしい
今日の病院は、かなり混んでいたらしいです。
相方から聞いた感じだと、患者さんが多かったとのこと。
不妊治療って、普段の生活ではあまり表に出てきません。
誰が通っているのか。
どれくらい大変なのか。
どんな治療をしているのか。
何回目なのか。
どんな思いで待っているのか。
外からは分かりません。
職場でも、友人関係でも、近所でも、みんなが自分から話すわけではありません。
だから、自分たちが通院する立場になるまで、実感としては分かりにくい部分がありました。
でも病院が混んでいると聞くと、
「ああ、本当にたくさんの人が不妊治療をしているんだな」
と感じます。
表には出ないだけで、同じように悩んだり、不安になったり、通院したりしている人がたくさんいる。
それぞれ事情があるはずです。
なかなか結果が出ない人。
これから治療を始める人。
何度も挑戦している人。
夫婦で悩んでいる人。
一人で抱えている人。
病院の待合室にいる人たちは、みんな普通に見えるかもしれません。
でも、それぞれの中には、いろいろな感情があるのだと思います。
期待。
不安。
焦り。
疲れ。
祈るような気持ち。
きっと、簡単な気持ちで通っている人なんていないはずです。
みんなそれぞれ戦っている
病院にいる人たちは、それぞれ事情があります。
自分たちとまったく同じ状況の人はいないと思います。
年齢も違う。
治療の段階も違う。
体の状態も違う。
家計も違う。
夫婦関係も違う。
何回目の挑戦なのかも違う。
でも共通しているのは、みんな頑張っているということです。
不妊治療は、外から見ると分かりにくいです。
お腹に傷が見えるわけでもない。
ギプスをしているわけでもない。
周囲から見てすぐ分かるものではありません。
でも、体にも心にも負担があります。
それでも通っている。
予定を合わせて、薬を使って、検査を受けて、結果を待っている。
それぞれが、それぞれの場所で戦っている。
こう書くと少し大げさに聞こえるかもしれません。
でも、自分はそう感じました。
そして、相方もその中の一人です。
薬を使いながら、通院しながら、結果を待ちながら、進んでいる。
自分はその横にいる立場です。
横にいるだけでは足りないかもしれません。
でも、横にいることすらできていなかったら、もっとだめだと思います。
だから今回は、できるだけそばにいたい。
そう思っています。
期待しすぎるのが怖い
正直な気持ちを書くと、いろいろあります。
うまくいってほしい。
これは当然あります。
本当にあります。
ここまで来たからには、どうかうまくいってほしい。
でも、期待しすぎるのも怖い。
これも本音です。
期待すると、その分だけ結果が出なかったときに落ち込みます。
だから心のどこかで、
「まだ分からない」
「期待しすぎない方がいい」
「冷静にいよう」
と自分に言い聞かせています。
でも、何も感じないわけではありません。
胚移植の日が決まった。
判定日も決まった。
そこまで来たら、期待しない方が難しいです。
気持ちを平らに保とうとしても、心の中では普通に波があります。
期待。
不安。
怖さ。
祈るような気持ち。
できるだけ普通に過ごしたい気持ち。
全部あります。
このあたりが正直なところです。
変に気負っても仕方ない。
結果は自分の気合いで変えられるものではありません。
「よし、気合いで着床だ!」
なんてできるわけがない。
できたら誰も苦労しません。
でも、何も感じないふりもできない。
この中途半端な気持ちのまま、21日を迎えるのだと思います。
判定日までの時間をどう過ごすか
21日の胚移植から、30日の判定日まで。
この期間をどう過ごすか。
たぶん大事なのは、できるだけ普通に過ごすことなのだと思います。
でも、その普通が一番難しい。
何か特別なことをしすぎても疲れる。
かといって、何も考えないのは無理。
相方の体調も気になる。
気持ちの変化も気になる。
自分もそわそわする。
家の中の空気も、少し変わるかもしれません。
こういうときこそ、余計な喧嘩をしないこと。
これが大事です。
本当に大事。
不妊治療の大事な時期に、くだらないことで喧嘩している場合ではありません。
とはいえ、喧嘩というのは「しよう」と思ってするものではなく、気づいたら始まっているものです。
だから怖い。
言い方ひとつ。
タイミングひとつ。
疲れた日の一言。
それで空気が悪くなることがあります。
だからこそ、この期間はいつも以上に言葉に気をつけたいです。
相手の不安を軽く扱わない。
自分の焦りをぶつけない。
余計な正論を振り回さない。
これ、書くのは簡単です。
実行は難しい。
でも、ここはちゃんと意識したいです。
そばにいることしかできない
結局、自分にできることは限られています。
治療を代わることはできません。
薬を代わりに飲むこともできません。
貼り薬を代わりに貼ることもできません。
胚移植を代わりに受けることもできません。
判定日までの体の変化を代わりに感じることもできません。
できないことばかりです。
でも、できることもあります。
病院の近くで待つこと。
終わったら一緒に帰ること。
話を聞くこと。
必要なものがあれば買いに行くこと。
なるべく家の中のストレスを減らすこと。
相方が少しでも落ち着いて過ごせるようにすること。
そして、そばにいること。
それくらいです。
それくらいしかできない。
でも、それくらいはできる。
今回は、その「それくらい」をちゃんとやりたいと思っています。
大きなことはできません。
かっこいいことも言えません。
不安がないわけでもありません。
むしろ普通に不安です。
でも、逃げないでそばにいる。
それが今、自分にできる一番大事なことなのかもしれません。
不妊治療は日常の中に入ってくる
不妊治療は、特別なものだと思っていました。
病院で行われる医療。
自分たちの日常とは少し離れたもの。
最初はそんな感覚がありました。
でも実際は違いました。
不妊治療は、日常の中に入ってきます。
通院日をカレンダーに入れる。
薬の時間を気にする。
貼り薬を貼る。
防水テープを買う。
仕事の予定と通院を調整する。
結果を待ちながらご飯を食べる。
判定日を意識しながら生活する。
医療と生活が混ざります。
これがリアルです。
病院の中だけで完結しません。
家でも続く。
仕事中も頭の片隅にある。
夫婦の会話にも出てくる。
お金のことにもつながる。
気持ちにも影響する。
不妊治療は、生活そのものにじわっと入り込んできます。
今回、胚移植の日が決まったことで、さらにそれを感じました。
21日と30日。
この日付が、日常の中に入り込んできた感じです。
いつもの生活をしながら、その日を待つ。
いつもの生活をしながら、結果を待つ。
これがこれからの数日間になるのだと思います。
今は一緒にこの時間を乗り越える
結果がどうなるかは分かりません。
うまくいってほしい。
でも、どうなるかは分からない。
ここは何度考えても変わりません。
だから今は、結果の前に、この時間を一緒に乗り越えることが大事なのだと思います。
21日までの時間。
21日の胚移植。
そこから30日の判定日までの時間。
この間、相方は薬もあり、体調もあり、気持ちの負担もあるはずです。
自分もそわそわすると思います。
でも、そこで自分が余計に不安を増やしてはいけない。
少なくとも、家の中を少しでも穏やかにしたい。
できるかどうかは分かりません。
でも、やろうとは思っています。
夫婦生活も、不妊治療も、きれいごとだけでは進みません。
不安もある。
喧嘩もある。
お金の心配もある。
疲れもある。
でも、それでも一緒に進むしかない。
胚移植の日が決まった今日、そんなことを考えました。
まとめ
久しぶりの通院で、相方の不妊治療に動きがありました。
胚移植の日が決まりました。
21日が胚移植。
30日が判定日。
ようやくここまで来たか、という気持ちです。
長かったような、でも振り返るとあっという間だったような、不思議な感覚があります。
胚移植は平日の夜。
仕事的には少し微妙な時間帯ですが、今回は自分も行こうと思っています。
今回の病院では男性は院内に入れないため、病院の近くで待つことくらいしかできません。
でも、それでもいいと思っています。
終わったら一緒に帰る。
それくらいしかできないなら、それくらいはちゃんとやりたいです。
今回あらためて感じたのは、相方の負担の大きさです。
薬も多く、飲み薬や貼り薬などいろいろあります。
ホルモン系の薬は、体調にも気持ちにも影響があると思います。
それを受けながら進めている相方の負担は、想像以上に大きいはずです。
自分にできることは限られています。
送り迎え。
話を聞く。
なるべくストレスを減らす。
病院の近くで待つ。
そばにいる。
本当にそれくらいです。
でも、だからこそ、できることはちゃんとやりたい。
今日の病院はかなり混んでいたらしく、不妊治療をしている人が本当に多いことも改めて感じました。
あまり表には出ないだけで、みんなそれぞれの事情を抱えながら通っている。
なかなか結果が出ない人。
これから始める人。
何度も挑戦している人。
きっといろいろな人がいるのだと思います。
みんな、それぞれ戦っている。
自分たちも、その中の一組です。
正直、うまくいってほしい気持ちはあります。
でも期待しすぎるのも怖い。
できるだけ普通に過ごしたい。
でも何も感じないわけではない。
この微妙な気持ちのまま、21日を迎えることになると思います。
そして30日までの時間は、たぶん落ち着かない日々になるはずです。
結果がどうなるかは分かりません。
でも今は、一緒にこの時間を乗り越えること。
それが一番大事な気がしています。
そばにいること。
できることをちゃんとやること。
余計な喧嘩をしないこと。
……最後のやつが一番難しいかもしれません。
でも、頑張ります。
胚移植の日が決まった。
次のステップへ進む。
不安もあるけれど、ここまで来たことも事実です。
焦らず、腐らず、できるだけ穏やかに。
21日と30日を、相方と一緒に迎えたいと思います。